- 2008-06-14 (土) 0:01
- MLB Players

#33 ホゼ・カンセコ | OF

- 1982年6月ドラフト・アスレティックス15位
- 1964年7月2日生 右投右打 193センチ 108キロ
- キューバ出身
選手の紹介文
新人王を獲得し、MVPも授賞。メジャー史上初の「40-40」を達成するなどメジャーを代表する選手だったホゼ・カンセコ。晩年は通算500号HR達成に執念を見せるべく、メジャー昇格に執念をみせるが怪我に苦しみバットを置くことになった(結果的に462本)。引退後は自らのステロイド使用を認める発言や本出版で話題となり、華々しい現役時代とは違う意味で一挙手一投足に注目が集まっている。
1964年、カンセコはキューバの首都ハバナで生まれた。生後まもなくアメリカに亡命し、フロリダで順調にすくすく育った。高校時代には打率4割を記録したカンセコだったが、1982年のドラフトで指名されたときの評価はアスレティックスからの15位というもので、さほど高いものではなかった。
カンセコが飛躍のきっかけを掴んだのは1984年の1Aモデストでのことで、この年は116試合に出場し、打率.276、15HR、73打点を記録した。そして、2Aハンツビルで開幕を迎えた翌1985年は、58試合で打率.318、25HR、80打点という桁違いの数字を残し、3Aタコマへ昇格。3Aでも60試合に出場し、打率.348、11HR、47打点を記録し、9月に入るとメジャーからお呼びがかかった。
メジャーデビューは代打としての出場で3球三振に終わってしまい、その後も24打席で12三振とメジャーの壁に苦しんだかに思えたが、終わってみれば29試合の出場で打率.302、5HR、13打点をマークする非凡さは、ただ者ではない恐ろしささえ感じさせた。この年はマイナーとメジャーで合わせて41本のホームランを放ったことになる。
満を持して迎えた1986年、シーズン途中で大きなスランプに苦しんだこともあり、打率こそ.240に終わるが、33HR、117打点と恐ろしいパワーを見せつけ、この年の新人王に輝いた。出場は出来なかったが初めてオールスターゲームのメンバーとしても選ばれた。ただ、157試合の出場で球団記録となる175三振という当たりにカンセコのイメージが定着しつつあった。
1987年も159試合に出場し、打率.257、31HR、113打点をマークし、2年目のジンクスというものを感じさせなかった。ちょうどこの年、チームメイトのマーク・マグワイアが49HRを放ち、新人王とホームラン王を同時に獲得したこともあり、カンセコとマグワイアで「バッシュブラザース」を結成し、相手から恐れられるようになったのはこの頃からである。
1988年、打率.307、42HR、124打点をマークしたカンセコはホームランと打点の2冠王に輝き、MVPに輝いた。特筆すべきは40盗塁も記録したため、メジャー史上初の「40-40」クラブ入りも果たしたことである。オールスターゲームではリーグナンバー1の票を集め、さらにチームも地区優勝を果たし、ワールドシリーズの舞台に立つこともできた。ドジャースとのワールドシリーズ第1戦では序盤にカンセコの満塁ホームランで勝ち越したアスレティックスだったが、最終回にクローザーのデニス・エカーズリーが打ち込まれサヨナラ負けすると、そのまま1勝4敗で敗れ去った。残念だったのがワールドシリーズでカンセコが記録したヒットというのは第1戦の満塁ホームランによる1本だけで、打率.053と大きなブレーキになったことだ。
3年連続で30HR、100打点をマークし、スターダムにのしあがったカンセコも、1989年は開幕前に左手を骨折し、復帰は7月までもつれ込んだ。復帰後、わずか65試合ながら17HRを記録したのはさすがというところか。2年連続でワールドシリーズへコマを進めたアスレティックスの相手はサンフランシスコ湾を挟んで本拠を構えるジャイアンツで、ベイエリア決戦と注目を浴びた。サンフランシスコ大地震の影響で、途中10日間の中止があったが、アスレティックスが4連勝で世界一に輝いた。カンセコも4試合で打率.357をマークし、前年の屈辱を晴らした。
1990年は途中で故障者リスト入りすることもあったが、37HR、101打点をマーク。チームも3年連続リーグ優勝を果たした。しかし、ワールドシリーズではレッズにまさかの4連敗。カンセコは全くの不振のため、途中でスタメンからはずされてしまう。なんと4試合でヒットはわずか1本であった。
1991年、怪我なく154試合に出場し、44HR、122打点をマークし、自身2度目のホームラン王に輝いた。MVP投票でもカル・リプケン、セシル・フィルダー、フランク・トーマスに次ぐ4位につけた。シーズン40HRはカンセコにとって2回目だが、伝統あるアスレティックスの球団史上、2回以上シーズン40HR以上を記録するのはジミー・フォックス(3回)以来の快挙である。
1992年はカンセコにとって信じられないことが起こった。8月31日の試合、打席に向かうカンセコが呼び止められ、告げられたのはレンジャーズへの移籍だった。あまりにも衝撃的なトレード通告にメジャーリーグ全体へ激震が響いたのはいうまでもない。そして翌1993年の5月29日のこと、大量リードされて負けている試合に志願してマウンドに立ち、1回を2安打3四球3失点と散々な結果に終わった。しかしそれよりも、この日の登板が元で右肘を痛めてしまい、残りのシーズンを棒に振ってしまった。一時は選手生命さえ危ぶまれるほどのひどさだった。
1994年、無事にフィールドに戻ってきたカンセコは、打率.282、31HR、90打点を挙げて復活の兆しを見せるがストライキに阻まれた。そしてシーズンオフにはレッドソックスへの移籍が決まってしまう。レッドソックスへ移籍した1995年、途中に約1ヶ月の故障者リスト入りはあったが、打率.306、24HR、81打点をマーク。オフにFAとなったカンセコはレッドソックスと再契約を交わした。
そろそろデビュー時のような輝きをもう一度見せたいカンセコだったが、1996年も2度の故障者リスト入りと怪我に泣いてしまう。オフに待っていたのは古巣アスレティックスへのトレードだった。1997年、再びマグワイアとのバッシュブラザーズ復活に周囲は沸いたが、7月末にマグワイアがカージナルスへ移籍することが決まった後、カンセコは怪我に苦しみ、8月以降はほとんど試合に出られなかった。オフにはFAとなり、ブルージェイズと契約した。
怪我ばかりで満足したシーズンを送れなかったが、1998年は151試合に出場し、打率.237ながら、46HR、107打点とカンセコの持ち味である長打力が存分に発揮され、復活を強く印象付けた。1999年はデビルレイズに移籍し、開幕から打棒爆発。4月半ばに通算400号HRを放ち、5月には5試合連続HRも記録。82試合を終えた時点で31HR、69打点を挙げ、前年にシーズン70HRをマークしたマグワイアに劣らぬ打棒を見せるが、腰を痛めてしまい椎間板ヘルニアの手術を受けることになり、惜しくも離脱。8月末には復帰するも勢いは収まっていた。
2000年は5月半ばから約2ヶ月も故障者リスト入り。8月に入りウェーバーにすくい上げられる形でヤンキースへ移籍。しかし、大した活躍は出来ずに終わった。カンセコにとって10年ぶりになるワールドシリーズの舞台も出場機会は代打による1打席のみであった(結果は三振)。
契約続行の意志がなくフリーとなったカンセコは、エンゼルスとマイナー契約を結び、開幕ロースターを目指した。主砲のモー・ボーンが怪我で1年間の離脱が決まったこともあり、カンセコに求められるのはホームランであった。しかし、オープン戦が始まってもホームランが出ないカンセコにエンゼルスから告げられたのは解雇通告であった。その後は独立リーグでプレーしながらメジャー復帰の道を探ることになる。そして、ホワイトソックスのトーマスが怪我をしたこともありホワイトソックスと契約を交わした。76試合の出場で打率.258、16HR、49打点という数字に終わった。
若い頃は映画「ナチュラル」の主人公ロイ・ホップスにイメージをだぶらせながら語られたカンセコ。現役を引退後はステロイド使用の告白で、ホームランが乱れ飛んだ1990年代後半のメジャーリーグそのものに波紋を投げる形となっている。果たしてメジャーリーグにカンセコは何を残したのか、結論は時の流れに委ねるしかないのか。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1985 Oak 29 96 16 29 3 0 5 13 31 4 1 .330 .490 .302 1986 Oak 157 600 85 144 29 1 33 117 175 65 15 .318 .457 .240 1987 Oak 159 630 81 162 35 3 31 113 157 50 15 .310 .470 .257 1988 Oak 158 610 120 187 34 0 42 124 128 78 40 .391 .569 .307 1989 Oak 65 227 40 61 9 1 17 57 69 23 6 .333 .542 .269 1990 Oak 131 481 83 132 14 2 37 101 158 72 19 .371 .543 .274 1991 Oak 154 572 115 152 32 1 44 122 152 78 26 .359 .556 .266 1992 Oak 97 366 66 90 11 0 22 72 104 48 5 .335 .456 .246 1992 Tex 22 73 8 17 4 0 4 15 24 15 1 .385 .452 .233 1993 Tex 60 231 30 59 14 1 10 46 62 16 6 .308 .455 .255 1994 Tex 111 429 88 121 19 2 31 90 114 69 15 .386 .552 .282 1995 Bos 102 396 64 121 25 1 24 81 93 42 4 .378 .556 .306 1996 Bos 96 360 68 104 22 1 28 82 82 63 3 .400 .589 .289 1997 Oak 108 388 56 91 19 0 23 74 122 51 8 .325 .461 .235 1998 Tor 151 583 98 138 26 0 46 107 159 65 29 .318 .518 .237 1999 TB 113 430 75 120 18 1 34 95 135 58 3 .369 .563 .279 2000 TB 61 218 31 56 15 0 9 30 65 41 2 .383 .450 .257 2000 NYY 37 111 16 27 3 0 6 19 37 23 0 .365 .432 .243 2001 CWS 76 256 46 66 8 0 16 49 75 45 2 .366 .477 .258 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1887 7057 1186 1877 340 14 462 1407 1942 906 200 .353 .515 .266
受賞タイトル一覧
- MVP1回(1988)
- 新人王(1986)
- 本塁打王2回(1988,91)
- 打点王1回(1988)
- シルバースラッガー賞4回(1988,90,91,98)
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