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Kazuhiro SASAKI(佐々木主浩)

Major League Baseball

#22 佐々木主浩(Kazuhiro SASAKI) | RP

佐々木主浩

  • 1999年12月・マリナーズと契約
  • 1968年2月22日生 右投右打 191センチ 93キロ
  • 宮城県出身

選手の紹介文
日本で252セーブ、メジャーで129セーブ挙げた佐々木。伝家の宝刀フォークボールを武器に日本とメジャーリーグの両方の舞台で高い数字を残した佐々木主浩。日本一のクローザーがメジャーリーグの舞台でも通用することを十二分に証明した。「大魔人」が「DAIMAJIN」となり、世界中の野球ファンにその存在を知らしめたのである。

1968年2月22日、宮城県に生まれた佐々木。東北高校時代には甲子園出場も経験した。関東の大学への進学という考えもあったが、佐々木の性格も考え、周囲が地元の東北福祉大学へ進学を薦めて決断した。腰痛という故障を抱えてはいたが、潜在的な能力の高さが評価され、1990年のドラフトで横浜大洋ホエールズに1位指名され、プロの世界に足を踏み入れることになる。

プロ入り2年目頃から本格的にクローザーの座に定着し、得意のフォークボールでその地位を築きあげた。1998年には日本プロ野球記録となるシーズン45セーブをマークし、チームを38年ぶりの日本一に導いる大活躍。年俸も史上初となる5億円という大台に乗った。

しかし、翌1999年は右肘の状態が最悪であった。佐々木本人としては手術して完治させたいという希望があったが、球団としては離脱されては困るということで、手術にGOサインを出せないでいた。もちろん、この年のオフにFAを控えているという問題も裏にはあったと言われている。8月にドクターストップがかかりようやく手術を決断。自らの野球人生を考える佐々木と目先の1勝を考えるチームとの間で軋轢があったということは事実である。

結局、佐々木が実戦のマウンドに帰ってくるのは10月のハイサイリーグまで待たなければならなかった。そして、予想通りのFA宣言。周囲はおそらく日本の球団と契約するであろうと考えていたが、佐々木の目はメジャーリーグに向いていた。日本プロ野球での10年間で通算成績42勝33敗229セーブと輝かしい記録を樹立した佐々木が海を渡ることになったのである。「力と力の勝負がしたい」これが佐々木のメジャー挑戦を決めた理由だった。

佐々木に声をかけたメジャー球団は約10球団にも及んだ。実際に渡米した佐々木は幾つかの球団のメディカルチャックを受け、マウンドでピッチングも披露した。佐々木がチームを選ぶ基準は、まず優勝を狙えるチームであり、家族が住みやすい環境であることだ。そんな中で佐々木が選んだチームがマリナーズだった。背番号は日本時代と同じ22番で、3年契約の1500万ドルという破格のものを提示し、佐々木との契約をまとめた。こうして、メジャーリーガー佐々木が誕生するに至る。

ストレートとフォークがピッチングの生命線。2000年2月、マリナーズのスプリングトレーニングに参加。最初からクローザーの座が約束されていたわけではなく、ホゼ・メサとの争いになった。しかし、佐々木のフォークを実際に見たマリナーズ首脳陣は佐々木をクローザーで起用することを決定。そして開幕2戦目、セーブのつかない場面で初登板。難なく抑えた佐々木は翌日、3点リードの最終回にマウンドへ上がり、3者3連続三振と文句ない成績で初セーブを挙げた。

5月に入り、連続でサヨナラHRを打たれセーブ失敗した佐々木に、ルー・ピネラからクローザー降格が伝えられた。それまで佐々木が考えていた「力と力の勝負」ではメジャーで通用しないことを体感した。精神的にも苦しんだ時期で、高校時代の恩師にまで電話し、教えを請うた。しかし、挫折を経験したことがメジャーリーグを代表するクローザーとしての地位を確固たるものとした。5月末にはクローザーへ復帰し、6月はリーグトップの月間8セーブをマーク。ここでチームメイトは佐々木を認め、信頼関係を築いたといえる。

メジャーリーグでは新人に対して恒例のいたずらというものがあるが、チームリーダーのアレックス・ロドリゲスが佐々木の日本時代の実績を考慮し、いたずらを免除されるということもあった。球団記録となる15連続セーブを挙げる。この勢いはとどまらず、前年にビリー・コッチが打ち立てたシーズン33セーブというリーグ新人記録を9月半ばには塗り替えた。

8月半ばから負けが混み始めたマリナーズの中で、佐々木は充分な安定感を示したと言える。9月は8試合に登板し、7セーブを挙げ、防御率0.73と圧巻の成績。アスレティックス、インディアンズとの激しい争いがあったが、勝てばワイルドカードとしてポストシーズンが決まる10月1日の最終戦で見事にセーブを挙げた。この日のセーブがシーズン37セーブで、さらに1986年にトッド・ウォーレルが記録した36セーブというメジャー新人記録を塗り替えた。しかも、セーブ機会40回の登板での37セーブ(成功率.925)というのはリーグナンバー1である。

初めてのポストシーズンとなるホワイトソックスとのディビジョンシリーズ第2戦、3点リードした延長10回に登板し、先頭のカルロス・リーに2塁打を打たれてピンチを迎えるが、自慢のフォークで抑え、初セーブをマーク。第2戦も登板し、3者連続三振で斬って取った。3連勝でホワイトソックスを振り切ったマリナーズはヤンキースとのリーグチャンピオンシップシリーズへコマを進める。第1戦にセーブを挙げるが、その後はヤンキースが主導権を握るゲームで佐々木の出番がなかった。第5戦に投げ無失点に抑えはしたが、2勝4敗でワールドシリーズ進出の夢は絶たれた。しかし、ポストシーズンで4試合(4回2/3)に投げ、無失点に抑えたことは誇れるものに違いない。

クローザーとしての存在感は抜群だった。この年のオフには日米野球のメジャーリーグ選抜として日本で凱旋登板を果たし、32歳という年齢でありながら、アメリカンリーグの新人王も受賞。メジャーリーグの舞台を経験した佐々木はオフに2シームの修得に力を入れた。そこにはメジャーリーグを代表するクローザーとしての誇りも見える。

2001年、2年目を迎える佐々木に日本人のチームメイトが誕生した。ポスティングシステムによるイチローである。最高のトップバッターを手に入れたマリナーズは開幕から絶好調。開幕1ヶ月で25試合を20勝5敗と破竹の勢いで勝ち進む中、佐々木は15試合に登板し、4月の月間メジャー記録13セーブもマークした(これまでの記録は1994年、リー・スミスの12セーブ)。

オールスターまでの前半戦で29セーブをマークし、オールスターの、メンバーにも選出された。ちょうど地元であるセーフコフィールドで行われたこの年のオールスターゲームで、最終回に登板し、見事3者凡退に抑え込んだ。最後の打者をファーストゴロに打ち取り、ファーストのベースカバーに入った佐々木がウイニングボールをきっちりと掴んだのである。

マリアーノ・リベラとの激しいセーブ王争いがあり、そちらのタイトルはリベラに譲ったが、チームはシーズン116勝というメジャータイ記録をマークし、ダントツで2年連続のポストシーズン進出を決めた。インディアンズとのディビジョンシリーズでは勝ちゲームの3試合の最後を締めくくったのはいずれも佐々木だった。リーグチャンピオンシップシリーズでは前年に続いてヤンキースとの対戦となったが、1勝2敗で迎えた第4戦、1対1の同点の場面で登場した佐々木はアルフォンゾ・ソリアーノにサヨナラHRを打たれ、そのまま2001年シーズンは終わってしまった。

確固たる地位を築いて臨んだ2002年、61試合に登板し、4勝5敗37セーブ、防御率2.52という安定感を見せた。佐々木自身は2年連続オールスターゲーム出場を果たしたが、チームとしてはエンゼルス、アスレティックスの勢いに押されてしまい、地区3位に終わってしまった。念願となる世界一はさらに遠のいてしまった。

オールスターのマウンドへ向かう佐々木。2003年は相次ぐ怪我に苦しみ、戦線離脱を繰り返した。終わってみればわずか35試合にしか出場できず、1勝2敗10セーブと期待された数字を大きく下回ってしまったのである。オフになると、まだ契約期間が残っていながらもそれを破棄して、家族問題を理由に日本球界復帰を決めたのである。日本球界で2年間プレーし、満足した数字は残せなかったが、存在感は際立っていたのである。2005年8月には正式に現役引退を発表した。

日本プロ野球で残した数字は43勝38敗252セーブ、防御率2.41というものであり、メジャーリーグでは7勝16敗129セーブ、防御率3.14という数字を残している。一貫して背番号22番を付けていたが、これは2月22日午後2時22分に生まれたことに起因しているという。

【written by Kenji@webmaster】

獲得タイトル一覧

受賞アワード一覧

  • 新人王(2000-AL)

各年度別成績一覧

 YEAR Team    G  GS  CG SHO   W   L  SV     IP    H   SO   BB    R   ER    ERA
 -----------------------------------------------------------------------------
 2000  Sea   63   0   0   0   2   5  37   62.2   42   78   31   25   22   3.16
 2001  Sea   69   0   0   0   0   4  45   66.2   48   62   11   24   24   3.24
 2002  Sea   61   0   0   0   4   5  37   60.2   44   73   20   24   17   2.52
 2003  Sea   35   0   0   0   1   2  10   33.1   31   29   15   17   15   4.05
 -----------------------------------------------------------------------------
 Total      228   0   0   0   7  16 129  223.1  165  242   77   90   78   3.14

キャリアハイライト一覧

  • オールスター出場:2回(2001-AL、2002-AL)

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