- 2009-05-30 (土) 0:02
- MLB Players

#21 ケン・カミニティ(Ken CAMINITI) | 3B

- 1984年6月ドラフト・アストロズ3位(全米71番目)
- 1963年4月21日生 右投両打 183センチ 91キロ
- カリフォルニア州出身
選手の紹介文
強打のスイッチヒッターとして、MVP受賞経験も持つケン・カミニティ。元々は中距離打者であったが、パドレス移籍を境にパワー面も目立ってきた。1990年代を代表する選手であったことは間違いないが、後にステロイド使用を告白。現役引退からわずか3年後、ドラッグ使用による心臓発作で、41歳の短い生涯を終えた。
カリフォルニア州に生まれたカミニティは、高校時代から野球にフットボールにと優れた才能を見せた。特に野球に関しては守備は鉄壁で、堅守のショートストップとして名を馳せたという。大学へ進学する道を選び、1984年ドラフトでアストロズから3位指名(全米71番目)を受けて、プロ入りを決めた。
1985年、1Aオスセオラでプロとしてのキャリアをスタートさせたカミニティ。126試合の出場で打率.284、4HR、73打点という非凡な成績で、在籍するチームの中心打者として活躍。翌1986年は2Aコロンバスに昇格すると、137試合の出場で打率.300、12HR、81打点という数字を残し、自らの評価を高めたのである。
1987年、開幕こそ2Aだったが、7月半ばに待望のメジャー昇格を果たした。この年は2Aでは95試合の出場で打率.325、15HR、69打点を挙げ、メジャーでは63試合の出場で打率.246という結果に終わっている。翌1988年は開幕メジャーとなるも打率2割未満に低迷し、途中で3Aツーソンに降格するなど、苦しんだ1年だった。
1989年になってようやくメジャー定着を果たした。アストロズのサードのポジションを奪い取り、161試合に出場。しかし、成績は打率.255、10HR、72打点というもので、中距離打者としては確実性に欠いた。その後も同じような成績が続き、1992年には打率.294と向上し、1994年には打率.283、18HR、75打点という数字でオールスターゲームにも初出場を果たしている。
徐々に成績が上がりつつある中で、1994年のシーズンオフにはパドレスへの移籍が決まった。6対6と計12選手が動く大型トレードに巻き込まれたのであり、カミニティと一緒にパドレス入り選手の中には、スティーブ・フィンリー、ロベルト・ペタジーニらも含まれていたのである。
1995年、パドレスの一員となったカミニティは、ストライキ明けの短縮シーズンではあったが、143試合の出場で打率.302、26HR、94打点と、アストロズ時代を上回る数字を残した。堅実なサードの守備も評価され、自身初となるゴールドグラブ賞を受賞するなど存在感をより高める結果となった。パドレスへの移籍は、トニー・グウィンとチームメイトになれたことも、大きな刺激となった。
1996年は開幕序盤から好調を維持し、爆発的な打撃を見せて、チームの地区優勝に大きく貢献した。ほぼ常時3割以上の打率をキープし続けたカミニティは、146試合の出場で打率.326、40HR、130打点と、これまでより一皮剥けた圧倒的な成績を残した。MVP投票でも1位票の全28票を集めて、文句なしのシーズンMVPを受賞している。ゴールドグラブ賞とシルバースラッガー賞の同時受賞も果たしたが、惜しくもポストシーズンは勝ち抜けなかった(ディビジョンシリーズでカージナルスの前に敗退)。
1997年、139試合の出場で打率.290、26HR、82打点と前年より成績を落とすが、3年連続でのゴールドグラブ賞を受賞した。翌1998年、カミニティ自身は打率.252、29HR、82打点と安定さに欠けたが、チームは地区優勝を果たし、そのままポストシーズンを勝ち抜いたのである。リーグ優勝を果たし、初めてワールドシリーズの舞台にも立てたが、ヤンキースの前に4連敗で屈した(カミニティ自身も14打数2安打と振るわなかった)。
1999年からは古巣アストロズへとFA移籍。怪我もあり、78試合の出場に留まるも、打率.286でチームを牽引し、アストロズの地区優勝に貢献した。ディビジョンシリーズ(対ブレーブス)では打率.471、3HR、8打点と大当たりを見せている(しかし、ブレーブスの前に敗れた)。翌2000年も怪我でわずか59試合の出場に留まっている。
2001年はレンジャーズと契約を交わしたが、成績が振るわずに7月に解雇。すぐにブレーブスと契約し、この年限りで現役を退くことになった。メジャー通算成績は1760試合の出場で打率.272、1710安打、239HR、983打点というものである。
引退後のカミニティは、コカイン所持で逮捕されることに始まり、MVPを受賞した1996年にはステロイドを摂取していたことを告白するなど、周囲に衝撃を与えた。そして2004年暮れに心臓発作で急死。その後のメジャーリーグにステロイドへのバッシングがわき起こることになるが、カミニティの功績そのものは霞みつつある。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- シーズンMVP:1回(1996-NL)
- ゴールドグラブ賞:3回(1995-NL~1997-NL)
- シルバースラッガー賞:1回(1996-NL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1987 Hou 63 203 10 50 7 1 3 23 44 12 0 .287 .335 .246 1988 Hou 30 83 5 15 2 0 1 7 18 5 0 .225 .241 .181 1989 Hou 161 585 71 149 31 3 10 72 93 51 4 .316 .369 .255 1990 Hou 153 541 52 131 20 2 4 51 97 48 9 .302 .309 .242 1991 Hou 152 574 65 145 30 3 13 80 85 46 4 .312 .383 .253 1992 Hou 135 506 68 149 31 2 13 62 68 44 10 .350 .441 .294 1993 Hou 143 543 75 142 31 0 13 75 88 49 8 .321 .390 .262 1994 Hou 111 406 63 115 28 2 18 75 71 43 4 .352 .495 .283 1995 SD 143 526 74 159 33 0 26 94 94 69 12 .380 .513 .302 1996 SD 146 546 109 178 37 2 40 130 99 78 11 .408 .621 .326 1997 SD 137 486 92 141 28 0 26 90 118 80 11 .389 .508 .290 1998 SD 131 452 87 114 29 0 29 82 108 71 6 .353 .509 .252 1999 Hou 78 273 45 78 11 1 13 56 58 46 6 .386 .476 .286 2000 Hou 59 208 42 63 13 0 15 45 37 42 3 .419 .582 .303 2001 Tex 54 185 24 43 8 1 9 25 41 22 0 .318 .432 .232 2001 Atl 64 171 12 38 9 0 6 16 44 21 0 .306 .380 .222 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1760 6288 894 1710 348 17 239 983 1163 727 88 .347 .447 .272
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:3回(1994-NL、1996-NL、1997-NL)
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