- 2008-08-06 (水) 0:09
- MLB Players
#37 ケニー・ロジャース(Kenny ROGERS) | SP

- 1982年6月ドラフト・レンジャーズ39位(全米815番目)
- 1964年11月10日生 左投左打 185センチ 93キロ
- ジョージア州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 2006 Det 34 33 0 0 17 8 0 204.0 195 99 62 97 87 3.84 2007 Det 11 11 0 0 3 4 0 63.0 65 36 25 36 31 4.43 2008 Det 30 30 0 0 9 13 0 173.2 212 82 71 118 110 5.70 ----------------------------------------------------------------------------- Total 762 474 36 9 219 156 28 3302.2 3457 1968 1175 1739 1568 4.27
選手の紹介文
通算200勝を達成し、過去には完全試合や世界一の栄冠を手にするなど、望むものをほぼ全て手に入れた感のあるケニー・ロジャース。年齢からくるスタミナ面での課題はあるが、大きなカーブやチェンジアップを武器に打者を責めるピッチングスタイルはまだまだ健在であり、さらにベテランの知恵も加わり、優勝請負人としてかかる期待は大きい。
ジョージア州の農園に生まれたロジャースは子供の頃から本格的に野球をやっていたわけではなく、家の仕事の手伝いで忙しい少年であった。高校3年時に1年だけ外野手としてプレーし、打率.375をマークするなど高い才能を見せたロジャースはプロのスカウトの目にとまり、1982年のドラフトでレンジャーズから39位で指名される。大柄な体と強肩から投手への転向が薦められ、ロジャースは投手としてプロのスタートを切ることになった。
マイナーリーグで投手としての基礎を教えられていく一方で、ロジャースは主に中継ぎ投手としてマウンドに立っていった。怪我などもあったため順調に昇格とはいかず、メジャーからお呼びがかかったのはプロ入り8年目となる1989年だった。開幕からロースターに名を連ねたロジャースはチームトップの73試合に登板し、レンジャースのブルペンを守った。翌1990年も69試合に登板し、先発も3試合だけ経験。救援勝利9勝を含む10勝6敗15セーブを記録するなど、レンジャースには欠かせない選手となっていた。
1991年の開幕は先発として迎えたが、9試合の先発で4勝4敗、防御率7.53と結果を出せずに6月半ばにはブルペンへ戻ることになった。その後、救援登板で6勝をマークし、シーズントータルで10勝を挙げ、レンジャースの球団史上初の2年連続2桁勝利をマークした左腕投手となった。翌1992年はブルペンのみで81試合に登板。この登板数は1987年のミッチ・ウイリアムスの85試合登板に続く、球団史上2番目のシーズン登板数であった。1993年から本格的に先発に転向し、才能が大きく開花。1試合で5つのボークを出したこともあったが元々牽制はうまく、リーグで最も盗塁を許さない投手として活躍し、この年は16勝10敗、防御率4.10をマーク。特に8月だけで6勝(1敗)を挙げている。
さらに1994年もチームトップの11勝(8敗)をマーク。この年のハイライトは、7月28日の対エンゼルス戦であり、この試合でメジャーリーグ史上12人目となる完全試合を達成した。カーブとチェンジアップが有効で序盤から打たれる雰囲気はなかった。6回2アウトから4人連続でボールカウントが3つまでいくが何とか抑え、さらに最終回にはレックス・ハドラーに右中間へのライナーを打たれるが、味方のラスティ・グリアーのファインプレーで難を逃れ、大記録を達成した。ちょうど本拠地をこの年からボールパークインアーリントンに移した年で、新球場元年に素晴らしい記録を添えることが出来た。
オフにFAになったロジャースは1995年シーズン開幕前にレンジャーズと再契約。ストライキ明けのシーズンだったが31試合の先発で、キャリアハイの17勝(7敗)を記録。シーズン途中には7連勝をマークするなど自らの評価を高めた。そしてオフに再びFAとなったロジャースは、ヤンキースと契約し、ピンストライブに袖を通すことになった。
ヤンキースの一員として迎えた1996年、12勝(8敗)をマーク。特にロジャースが先発した30試合で18勝12敗と、チームの地区優勝にも貢献した。5月28日のエンゼルス戦では7回までノーヒットに抑えることもあった(しかし、1対0で敗れてしまう)。チームは勝ち進み、ワールドシリーズへ進出。第4戦で先発したロジャースだったが、この時は2回で5安打5失点と散々な内容で降板となったが、チームは見事に世界一の名誉を手にした。
1997年、開幕から当然のように先発ローテーションに入るが、なかなか結果が出ないことと伊良部秀輝の加入もあり、シーズン途中にブルペンに回ることあり、時には5イニングにもわたるロングリリーフも務めた。結局、6勝7敗の防御率5.65に終わり、オフにはスコット・ブローシャスとの交換でアスレティックスへの移籍も決まってしまう。
1998年は通算100勝をマークし、3試合連続完投など素晴らしいピッチングを披露。16勝8敗にリーグ3位の防御率3.17と抜群の安定感を見せ、さらに7完投も記録している。翌1999年は7月まででわずか5勝3敗と勝ち運から見放されている感があったが、7月23日にポストシーズンに狙いを定めているメッツへの移籍が決まった。交換相手はテレンス・ロングとレオニー・バスケスという2人のマイナーリーガーである。
突然のメッツ移籍だったが、その中で5勝1敗という成績を残した。移籍後、ロジャースが先発した12試合でチームは10勝を挙げ、チームをワイルドカードによるポストシーズン進出へ導いた。ブレーブスとのリーグチャンピオンシップシリーズ第5戦ではリリーフで2イニングを投げ、チームの延長15回の末の勝利に大きく貢献。しかし、続く第6戦でもリリーフのマウンドに立ったロジャースだったが、押し出しの四球を与えてしまう最悪のシナリオでシーズンを終えることになってしまった。これが原因か、オフにFAになったロジャースの元へメッツサイドは積極的に残留を求めてはいなかった。最終的には古巣レンジャーズと3年間2250万ドルで再契約を交わすが、当初、本人はメッツ残留を望んでいたとのことである。
5年ぶりの古巣復帰となった2000年、故障を持ちながらフルシーズン投げ続け、特に5月末からの8試合の登板で6連勝をマーク。シーズントータルでは、13勝13敗、防御率4.55という数字を残し、オフには左肘の手術を決意した。翌2001年も怪我との戦いで、7月半ば以降は故障者リストで過ごすことになった。ロジャースにとって、メジャー昇格後、初の故障者リスト入りである。この年は5勝7敗の防御率6.19に終わっている。
2002年、33試合に先発し、13勝8敗、防御率3.85という成績を残した。自身10度目の2桁勝利をマークすると共に、自身2度目のゴールドグラブ賞を受賞している。翌2003年はツインズに移籍し、前年同様13勝(8敗)を挙げる活躍を見せた。オフにFAとなると、再度古巣レンジャーズと2年間600万ドルで契約合意に至った。
2度目のレンジャーズ出戻りとなる2004年のロジャースは35試合に先発し、キャリアハイとなる18勝(9敗)をマーク。シーズン通しての防御率は4.76と悪いが、1試合平均6.85点という援護に恵まれた。オールスター前だけで12勝3敗と白星に恵まれたが、後半戦は6勝6敗と苦しんでいる。その中で、自身3度目のゴールドグラブ賞を受賞したが、アメリカンリーグでは最年長での受賞となる。
2005年、開幕序盤から好調を維持したロジャース。4月後半から6月半ばにかけて9連勝をマークしたが、5月に限れば、6勝0敗、防御率0.98という抜群の安定感を見せた。結果的に後半戦は足踏み状態となってしまったが、シーズンが終わってみれば、14勝8敗、防御率3.46という成績を残している。この年もゴールドグラブ賞を受賞。しかし、シーズン中にカメラマンを暴行したことで批判を浴びている。
2006年、タイガースと2年間1600万ドルで契約を交わしたロジャース。年齢による衰えは見せず、34試合の登板(先発は33試合)で、17勝8敗、防御率3.84という好成績を残した。6月18日の対カブス戦で通算200勝を達成し、3年連続5度目のゴールドグラブ賞も受賞している。チームもリーグ優勝を果たしたが、これまでポストシーズンでは白星を挙げたことがなかったロジャースが、23回連続無失点に抑える快投を見せた。世界一にはなれなかったが、ワールドシリーズでは史上最年長の勝利投手になっている。
2007年はシーズンの大半を故障者リストで過ごし、わずか11試合の登板に終わった。オフにFAとなると、代理人のスコット・ボラスを解雇し、自らタイガースと交渉して1年間800万ドルで契約合意。ロジャースは牽制のうまさが売りであり、牽制死のメジャー記録を持っている。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- ゴールドグラブ賞:5回(2000-AL、2002-AL、2004-AL~2006-AL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1989 Tex 73 0 0 0 3 4 2 74.2 60 63 42 28 24 2.93 1990 Tex 69 3 0 0 10 6 15 98.2 93 74 42 40 34 3.13 1991 Tex 63 9 0 0 10 10 5 110.2 121 73 61 80 66 5.42 1992 Tex 81 0 0 0 3 6 6 79.2 80 70 26 32 27 3.09 1993 Tex 35 33 5 0 16 10 0 208.1 210 140 71 108 95 4.10 1994 Tex 24 24 6 2 11 8 0 167.1 169 120 52 93 83 4.46 1995 Tex 31 31 3 1 17 7 0 208.0 192 140 76 87 78 3.38 1996 NYY 30 30 2 1 12 8 0 179.0 179 92 83 97 93 4.68 1997 NYY 31 22 1 0 6 7 0 145.0 161 78 62 100 91 5.65 1998 Oak 34 34 7 1 16 8 0 239.2 215 138 67 96 84 3.17 1999 Oak 19 19 3 0 5 3 0 119.1 135 68 41 66 57 4.30 1999 NYM 12 12 2 1 5 1 0 76.0 71 58 28 35 34 4.03 2000 Tex 34 34 2 0 13 13 0 227.1 257 127 78 126 115 4.55 2001 Tex 20 20 0 0 5 7 0 121.2 150 74 49 88 83 6.19 2002 Tex 33 33 2 1 13 8 0 211.2 212 107 70 101 90 3.85 2003 Min 33 31 0 0 13 8 0 195.0 227 116 50 108 99 4.57 2004 Tex 35 35 2 1 18 9 0 212.2 248 126 66 117 112 4.76 2005 Tex 30 30 1 1 14 8 0 195.1 205 87 53 86 75 3.46 2006 Det 34 33 0 0 17 8 0 204.0 195 99 62 97 87 3.84 2007 Det 11 11 0 0 3 4 0 63.0 65 36 25 36 31 4.43 2008 Det 30 30 0 0 9 13 0 173.2 212 82 71 118 110 5.70 ----------------------------------------------------------------------------- Total 762 474 36 9 219 156 28 3302.2 3457 1968 1175 1739 1568 4.27
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:4回(1995-AL、2004-AL~2006-AL)
- 世界一経験:1回(1996-NYY)
- 完全試合:1回(1994-7-28-Tex/エンゼルス戦)
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