- 2009-04-16 (木) 0:07
- MLB Players
#34 ケリー・ウッド(Kerry WOOD) | SP

- 1995年6月ドラフト・カブス1位(全米4番目)
- 1977年6月16日生 右投右打 196センチ 101キロ
- テキサス州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 2006 ChC 4 4 0 0 1 2 0 19.2 19 13 8 13 9 4.12 2007 ChC 22 0 0 0 1 1 0 24.1 18 24 13 9 9 3.33 2008 ChC 65 0 0 0 5 4 34 66.1 54 84 18 24 24 3.26 ----------------------------------------------------------------------------- Total 276 178 11 5 77 61 34 1219.1 947 1407 577 525 494 3.65
選手の紹介文
長く在籍していたカブスを離れ、インディアンズのクローザーとして再スタートを切るケリー・ウッド。かつては有望な若手投手として奪三振に関するメジャー記録を樹立した時代もあったが、相次ぐ怪我が継続した活躍を不可能とした。かつての1試合20奪三振を記録したときのような輝きが求められる。
テキサス州に生まれたウッドは両親の影響もあり、自然と野球に触れあっていった。特に同郷のノーラン・ライアンの熱烈なファンであった父親によって、何度も球場に足を運んだ。特にライアンの7度目のノーヒッターを目の当たりにし、試合後に直接サインをもらったことは、少年ウッドにとって忘れられない瞬間だったという。
父親は元々スピードを売りとする左利きのショートストップだったこともあり、ウッドもリトルリーグ時代はショートストップを守っていた。とはいえ、ライアンを目指し、カーブの投げ方を教えるなど、父親はウッドの将来に大きな希望を抱いていたのである。高校に入ったときも最初はショートストップで、身長も伸びたことから投手も任されるようになり、才能が開花したのである。
高校2年生の時にベン・グリーブの所属する高校と対戦したウッド。当時のグリーブは鳴り物入りの選手であり、目当てのスカウトが集まる中で、ウッドは自らの投球で注目を逆に集めさせた。グリーブとの対決ではいきなり三振に軌って取り、その後の対決ではHRも打たれている。140キロを超える速球を投げたウッドにはドワイト・グッデン、ロジャー・クレメンスらと比較する声も聞かれたのである。
高校3年生になると常時150キロをマークするようになり、残した数字は14勝0敗、防御率0.77と桁違いである。投球回数81回1/3で152奪三振と抜群の奪三振率を誇った。そして1995年ドラフトでカブスから1位指名を受けたのである。それもダリン・アースタッド、ベン・デービス、ホゼ・クルーズに次ぐ全米4番目の指名となった。数多くの有望な選手がいる中でカブスはウッドの将来性を高く評価したのである。
とはいえ、このドラフト後に高校生活最後の試合となる州大会の準決勝と決勝が残っていた。ここでの勝利を優先したウッドはダブルヘッダーとなった準決勝と決勝の両方に登板し(準決勝は先発して、決勝はリリーフ)、計200球を投げ込んで自らのチームに優勝をもたらした。カブス側からはクレームもあったが、結果としては契約金120万ドルでプロへの道を進むこととなったのである。
指名後の1995年はルーキーリーグと1Aウイリアムスポートで計3試合にだけ登板。1996年は1Aデイトナでフルシーズンを過ごし、22試合の先発で10勝2敗、防御率2.91、投球回数114回1/3に対して136奪三振という数字を残している。翌1997年は2Aオーランドと3Aアイオワの2ランクでプレーし、合わせて10勝9敗、防御率4.57をマークしている。151回2/3を投げて、186奪三振w奪うなど、驚異の奪三振率は変わっていない。
1998年はカブスのスプリングトレーニングに参加し、20歳らしからぬ投球で周囲に衝撃を与えた。開幕は3Aに回るが、怪我人が出たことでウッドにメジャー昇格の知らせが届いたのは4月間もない頃である。4月12日の対エクスポズ戦での初先発がメジャーデビューとなり、4月18日の対ドジャース戦でメジャー初勝利を手にしている。こうしてウッドは早くもカブスの先発ローテーションの座を確保したのである。
こうして迎えた5月6日の対アストロズ戦、ウッドは伝説的な記録を作ったのである。序盤から記録的な奪三振ペースを見せ、終わってみればクレメンスに並ぶ1試合20奪三振というメジャータイ記録を樹立。許したランナーは内野安打による1人と、死球による1人のみである。まだ若いと言うことで投球制限があったが、球場の雰囲気がそれを許さず、9回まで投げきって122球も費やしている。
若くしても驕れることなく先発のマウンドに上がり続けたウッド。シーズン最後の1ヶ月は肘痛で離脱したが、終わってみれば26試合の先発で13勝6敗、防御率3.40、233奪三振(投球回数は166回2/3)という数字を残した(ポストシーズンにも1試合だけ投げている)。見事に新人王も受賞したウッド。この年記録した1試合20奪三振に注目が注目が集まったが、新人選手の記録としてはビル・ガリクソンの記録(1試合18奪三振/1980年)を塗り替えたことにもなる。
1999年は前年から痛めていた右肘の状態が悪く、手術を決断。シーズンを棒に振ることとなった。翌2000年、マイナーでのリハビリ登板を経て、5月にようやくメジャー復帰。23試合に先発し、8勝7敗、防御率4.80、132奪三振(投球回数は137回)をマークし、復活への手応えを掴んだのである。
2001年、28試合の先発で12勝6敗、防御率3.36、217奪三振(投球回数は174回1/3)と本来の投球を取り戻した。特にシーズン最後の20試合の先発に限れば、11勝2敗、防御率2.71と一流の数字である。翌2002年も33試合に先発し、12勝11敗、防御率3.66、217奪三振(投球回数は213回2/3)をマーク。投球回数が200回を超えたのはキャリア初のことである。
2003年、ウッドはマーク・プライアー、カルロス・ザンブラーノ、マット・クレメントらと先発陣を形成し、チームの地区優勝に大きく貢献した。この年は32試合に先発し、14勝11敗、防御率3.20、266奪三振(投球回数は211回)をマーク。オールスターゲームにも初選出されたウッドは最多奪三振のタイトルを獲得。カブスの投手としての最多奪三振は、ファギー・ジェンキンス(1969年/273奪三振)以来のタイトル奪取となる。また、通算1000奪三振を達成したこの年だが、要した試合が134試合であり、これはクレメンスの記録(143試合)を塗り替える最速記録となった。
チームのエース格として迎えたポストシーズンでは、ディビジョンシリーズ(対ブレーブス)で2勝を挙げる活躍を見せたウッド。リーグチャンピオンシップシリーズ(対マーリンズ)では第3戦に先発し、チームの勝利を演出。3勝3敗で迎えた第7戦にも先発し、打つ方ではHRを放ったが、投げる方では5回2/3を投げて5回2/3を7安打4四球の7失点降板し、カブスにリーグ優勝をもたらすことは出来なかった。
2004年、開幕前に3年間3250万ドルで契約延長に合意したウッド。開幕序盤は安定した投球を見せていたが、5月半ばに右腕を痛めて故障者リスト入りしてしまう。約2ヶ月の離脱後はなかなか本来の投球は出来なかった。結果としては22試合の先発で8勝9敗、防御率3.72、144奪三振という内容に終わっている。
2005年は3度の故障者リスト入りと全く振るわずに終わり、最後は右肩の手術を決断している。翌2006年もスプリングトレーニング時に右膝を痛めて出遅れ、シーズンに入ってからも5月にようやく戦線復帰するとすぐに肩を痛めて離脱。オフには3年契約が終わり、オプションも破棄されてFAとなるが、カブスと1年間175万ドルで再契約で残留が決定した。
2007年も開幕から故障者リストで過ごし、8月に戦線に戻るが与えられた役割は先発ではなく中継ぎであった。2008年は1年420万ドルで再契約すると、クローザーとして活路を見いだしたウッド。65試合に登板し、5勝4敗34セーブ、防御率3.26、84奪三振(投球回数は66回1/3)で復活果たしたのである。オフにFAとなるが、カブスはケビン・グレッグを獲得したことにより、ウッドとの再契約しないことを発表。結果としてインディアンズと2年間2050万ドルで合意に至り、カブスを離れることになったのである。まだ果たしていないワールドシリーズのマウンドに立つことは出来るだろうか。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
- 最多奪三振:1回(2003-NL)
受賞アワード一覧
- 新人王(1998-NL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1998 ChC 26 26 1 1 13 6 0 167.2 117 233 85 69 63 3.40 2000 ChC 23 23 1 0 8 7 0 137.0 112 132 87 77 73 4.80 2001 ChC 28 28 1 1 12 6 0 174.1 127 217 92 70 65 3.36 2002 ChC 33 33 4 1 12 11 0 214.2 169 217 97 92 87 3.67 2003 ChC 32 32 4 2 14 11 0 211.0 152 266 100 77 75 3.20 2004 ChC 22 22 0 0 8 9 0 140.1 127 144 51 62 58 3.72 2005 ChC 21 10 0 0 3 4 0 66.0 52 77 26 32 31 4.23 2006 ChC 4 4 0 0 1 2 0 19.2 19 13 8 13 9 4.12 2007 ChC 22 0 0 0 1 1 0 24.1 18 24 13 9 9 3.33 2008 ChC 65 0 0 0 5 4 34 66.1 54 84 18 24 24 3.26 ----------------------------------------------------------------------------- Total 276 178 11 5 77 61 34 1219.1 947 1407 577 525 494 3.65
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:2回(2003-NL、2008-NL)
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