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Larry WALKER(ラリー・ウォーカー)

Major League Baseball

#33 ラリー・ウォーカー(Larry WALKER) | RF

ラリー・ウォーカー

  • 1984年11月・エクスポズと契約
  • 1966年12月1日生 右投左打 188センチ 83キロ
  • カナダ出身

選手の紹介文
晩年、カージナルスで念願のワールドシリーズ出場を果たしたウォーカー。抜群のバットコントロールで1990年代後半のメジャーリーグを彩った選手の一人であるラリー・ウォーカー。1998年以降の4シーズンで3度の首位打者となるなど、輝かしい実績に溢れている。そんな素晴らしい才能を見せるウォーカーも、カナダ出身ということも関係したのか、プロ入りしたときは野球のルールすら知らなかったとは誰も信じないだろう。

カナダのブリティシュコロンビア州に生まれたウォーカー。野球よりもアイスホッケーが盛んな土地だったことや、兄の影響もありウォーカー自身もアイスホッケーをプレーするようになる。高校時代、アイスホッケーのゴールキーパーとしてプレーするも、満足できる出場機会が与えらないこともあり次第にアイスホッケーから心が離れていった。

そもそもウォーカーが在籍した高校では野球部自体がなく、その地域ではそれが当たり前だった。夏が短いカナダでは野球をやる機会すらそれほどなかった。高校卒業時にアルバイトをしながらたまたま野球をやっていたところをエクスポズのスカウトが見ていたことがウォーカーの人生を大きく変えてしまった。ちらりと見せる野球の才能にくわえ、これまであまり野球をやっていなかったという点がウォーカーの評価を高めさせた。1984年11月のことである。

プロとして初めてルーキーリーグに参加した1985年、ファーストやサードを守りながらウォーカー自身の適正を探した。初めて本格的な野球をやるということで時にはトンチンカンなプレーも見せたが、徐々に野球になれていった。足が速いことと強肩であるということから、翌1986年のシーズン途中には外野へ正式コンバート。この年は1Aバーリントンで95試合に出場し、打率.289、29HR、74打点を記録し、シーズン終盤にはランクが上の1Aへ昇格も果たした。

1987年、2Aジャクソンビルでフルシーズン過ごし、128試合の出場で、打率.287、26HR、83打点と充分なパワーを見せた。球団内からもウォーカーへの評価が高まる中で、1988年はメジャーリーグのエクスポズのスプリングトレーニングに招待選手として参加が決定。ここで活躍すれば開幕メジャーも夢ではないところだった。しかし、それ以前に参加していたメキシコのウインターリーグで足を捻ってしまった。これがとんでもない大怪我であり、1年間を棒に振ることになってしまった。

1989年、3Aインディアナポリスで復活を果たしたウォーカー。3Aで114試合に出場し、打率.270、12HR、59打点をマークし、この年の8月半ばには待望のメジャー昇格を果たした。メジャーではわずかに20試合の出場にとどまったが、前年の怪我からの復活は充分にアピールしている。

1994年、アウトカウントを間違えて子供にボールを渡してしまうボーンヘッドも冒した。初めて開幕メジャーの座を手にした1990年、外野のレギュラーの座も獲得した。133試合に出場し、打率は.241と低かったが、新人としての19HRは球団の新人記録である。チームの中でもマーキス・グリッソムやモイゼス・アルーらの若手がメジャーに昇格し、チーム内に活気が溢れていた。ウォーカーは1992年に打率3割を越え(.301)、チームの主力と成長した。この年はオールスターゲームに初出場し、さらにゴールドグラブ賞、シルバースラッガー賞も獲得した。

1994年、フェリペ・アルー監督の下、ウォーカー、グリッソム、アルーやケン・ヒル、ペドロ・マルチネスら投打がうまく噛み合い、地区首位を快走する。しかし、悪夢のストライキにより、8月途中でシーズン中断。エクスポズ初のワールドシリーズ進出という夢は消えてしまった。この年にFAの権利を取得したウォーカーだったが、財政難のエクスポズから引き留めの手が挙がらなかった。結局、ウォーカーはストライキが解決したばかりの1995年4月8日、ロッキーズと3年契約を結ぶこととなってしまう。

本拠地をコロラドに移したウォーカーは移籍1年目にいきなり打棒が爆発。131試合に出場して打率.306、36HR、101打点と全ての部門で最高の数字を残した。これまでエクスポズに在籍していた6年間で記録したHRは99本で、長距離砲というよりは中距離ヒッターというイメージがあったが、打者有利と言われるクアーズフィールドに本拠地を移してから、持ち前の長打力を発揮し始めた。

更なる成長が期待された1996年は左鎖骨を骨折し、2ヶ月以上も故障者リストで過ごすことになってしまった。結局、わずか83試合しか出場できずに終わっている。この怪我から復帰し、前年のように活躍できるか危惧されたが、発展途上中のウォーカーには関係なかった。

1997年4月5日の古巣エクスポズ戦で1試合3本のHRを放ち、復活を大きくアピール。このまま好調をずっと維持し、打率.366、49HR、130打点、33盗塁という数字を残し、初めてのホームラン王のタイトルを獲得し、「30-30」クラブ入りも果たした。仮にあと4本のヒットと10打点をマークしていれば三冠王も現実となっていただけの活躍である。そして、カナダ出身選手としては初めてとなるシーズンMVPも受賞するなど、ウォーカーにとってキャリア最高のシーズンとなった。

全盛期には打率4割も夢ではないと言われていた。ユニークなエピソードには事欠かないウォーカーだが、この年のオールスターでの1コマは球史に残るものとして話題になった。エクスポズ時代にチームメイトだったこともあるランディ・ジョンソンとの対決である。ジョンソンのノーコンぶりを知っているウォーカーは恐る恐る打席に入るが、ジョンソンはわざと頭の後ろを通るボールを投げた。これに対し、左打者のウォーカーはヘルメットを逆にかぶり、右打席に入ることでこれに応えた。これはメジャーリーグの珍プレーとして後々まで語り継がれている(とはいえ、2人は公私ともに友人としていい関係を築いている)。

1998年は肘を痛めたこともあり、約1ヶ月の故障者リスト入りがあったが、打率.363をマークし、初の首位打者も獲得。ちょうど前年のオフに契約で揉めたことがあったが、首位打者となることでその期待に応えたことになる。翌1999年も、打率.379、37HR、115打点と高い数字を残し、2年連続の首位打者に輝いた。

2000年は開幕から好調をキープし、開幕早々の4月13日のダイヤモンドバックス戦で天敵のジョンソンからHRを打った。ジョンソン自身、それまで3年間左打者にHRを打たれたことがなかっただけに貴重な1発となった。しかし、右肘を痛め、5月半ばから故障者リスト入り。復帰するも8月には再び故障者リスト入りし、そのままシーズンを終えた。この年はわずか87試合にしか出場できず、打率.309、9HR、51打点という数字に終わった。9月には右肘、10月には右膝にメスを入れることになった。

何度も怪我を乗り越え、復活を果たしているウォーカーは2001年にも見事に復活を果たした。142試合に出場し、打率.350、38HR、123打点をマーク。ロッキーズにとってトッド・ヘルトンとのコンビは非常に強力なものとなった。ウォーカー自身も通算300号HRを達成したこの年も、チームは地区最下位に低迷してしまった。ワールドシリーズ進出が夢のウォーカーにとって、首位打者というタイトルは大したものではないとも語っていたが、4年で3度も首位打者に輝いている点は圧巻である。

2002年も136試合の出場で打率.338、26HR、104打点をマークするもチームは低迷。翌2003年は打率.284、16HR、79打点と数字を落としている。長年の勤続疲労がウォーカーの体を蝕み、成績の低下につながったのである。この頃にはダイヤモンドバックスへの移籍話もあったが破談となり、ロッキーズ残留を決めると言うこともあった。

2004年は開幕から故障者リストに入るなど苦しんだ。6月後半に戦線復帰すると、7月1日には通算2000本安打を達成。打率3割を越えるほどの好調を維持していたウォーカーは、8月に入ると交換トレードで優勝を狙うカージナルスへの移籍が決まった。カージナルスでは2番を任され、チームのリーグ優勝に貢献する働きを見せたのである。ワールドシリーズではレッドソックスの前にスウィープされて世界一は逃してしまうが、打率.357、2HR、3打点を挙げるなど、初めてのワールドシリーズで結果を残した。

1997年、オールスターでの一コマ。2005年、怪我での離脱もあったが100試合の出場で打率.289、15HR、52打点という数字を残した。チームはリーグチャンピオンシップシリーズで敗退。膝に腰と満身創痍だったウォーカーはこの年限りでの現役引退を決めた。メジャー生活で積み上げた数字は、打率.313、2160安打、383HR、1311打点というものである。

3という数字を好み、何かにつけて3という数字にこだわった行動を見せる。背番号が33番というのもそうだが、打席に入る前に3回素振りをすることや、セクション33の席をちょうど33席チャリティー団体へ寄付するなどの点にもそれが挙げられる。

【written by Kenji@webmaster】

獲得タイトル一覧

  • 首位打者:3回(1998-NL、1999-NL、2001-NL)
  • 本塁打王:1回(1997-NL)

受賞アワード一覧

  • シーズンMVP:1回(1997-NL)
  • ゴールドグラブ賞:7回(1992-NL、1993-NL、1997-NL~1999-NL、2001-NL、2002-NL)
  • シルバースラッガー賞:3回(1992-NL、1997-NL、1999-NL)

各年度別成績一覧

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 1989  Mon   20   47    4    8   0   0   0    4   13    5    1  .264 .170  .170
 1990  Mon  133  419   59  101  18   3  19   51  112   49   21  .326 .434  .241
 1991  Mon  137  487   59  141  30   2  16   64  102   42   14  .349 .458  .290
 1992  Mon  143  528   85  159  31   4  23   93   97   41   18  .353 .506  .301
 1993  Mon  138  490   85  130  24   5  22   86   76   80   29  .371 .469  .265
 1994  Mon  103  395   76  127  44   2  19   86   74   47   15  .394 .587  .322
 1995  Col  131  494   96  151  31   5  36  101   72   49   16  .381 .607  .306
 1996  Col   83  272   58   75  18   4  18   58   58   20   18  .342 .570  .276
 1997  Col  153  568  143  208  46   4  49  130   90   78   33  .452 .720  .366
 1998  Col  130  454  113  165  46   3  23   67   61   64   14  .445 .630  .363
 1999  Col  127  438  108  166  26   4  37  115   52   57   11  .458 .710  .379
 2000  Col   87  314   64   97  21   7   9   51   40   46    5  .409 .506  .309
 2001  Col  142  497  107  174  35   3  38  123  103   82   14  .449 .662  .350
 2002  Col  136  477   95  161  40   4  26  104   73   65    6  .421 .602  .338
 2003  Col  143  454   86  129  25   7  16   79   87   98    7  .422 .476  .284
 2004  Col   38  108   22   35   9   3   6   20   23   25    2  .464 .630  .324
 2004  StL   44  150   29   42   7   1  11   27   34   24    4  .393 .560  .280
 2005  StL  100  315   66   91  20   1  15   52   64   41    2  .384 .502  .289
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total     1988 6907 1355 2160 471  62 383 1311 1231  913  230  .400 .565  .313

キャリアハイライト一覧

  • オールスター出場:5回(1992-NL、1997-NL~1999-NL、2001-NL)

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