- 2009-05-20 (水) 0:06
- MLB Players
#61 リバン・ヘルナンデス(Livan HERNANDEZ) | SP

- 1996年1月・マーリンズと契約
- 1975年2月20日生 右投右打 188センチ 102キロ
- キューバ出身
過去3年間の成績
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 2006 Was 24 24 0 0 9 8 0 146.2 176 89 52 94 87 5.34 2006 Ari 10 10 0 0 4 5 0 69.1 70 39 26 31 29 3.76 2007 Ari 33 33 1 0 11 11 0 204.1 247 90 79 116 112 4.93 2008 Min 23 23 2 0 10 8 0 139.2 199 54 29 93 85 5.48 2008 Col 8 8 0 0 3 3 0 40.1 58 13 14 36 36 8.03 ----------------------------------------------------------------------------- Total 382 381 45 7 147 139 0 2551.0 2806 1613 873 1335 1240 4.38
選手の紹介文
キューバから亡命してきた投手として、コンスタントに白星を積み重ねているリバン・ヘルナンデス。メジャーデビュー間もない1997年には、マーリンズの世界一に貢献するなど、華々しいスタートを切った。その後もチームを転々としながら、毎年のように2桁勝利を記録している。オルランド・ヘルナンデスはリバンの実兄となる。
キューバで生まれ育ったリバンは、父と兄の兄の影響で野球を始め、その実力も折り紙付きで高い評価を受けていた。キューバ代表にリバンが選ばれたのは1994年のことで、当時からエース候補として期待されていたのである。しかし、1995年の秋、遠征で訪れていたメキシコのホテルから姿を消し、そのままドミニカ共和国に亡命したのである。こうしてメジャーリーグ各球団で熾烈な争奪戦が繰り広げられることとなる。
ヤンキースやブレーブスからは高額なオファーがあったものの、その中でリバンが選んだのはマーリンズだった。マーリンズのあるマイアミは全米で最も多くのキューバ系移民が暮らしていることからの決断だった。1993年に創立されたばかりのマーリンズはチーム強化に力を入れている最中で、リバンと4年間250万ドルという内容で正式に契約することとなる。
1996年、即メジャーで登板すると思われたが、まずは3Aシャーロットに送り込まれた。しかし、調整不足もあり、10試合に投げて2勝4敗の防御率5.14に終わってしまい、2Aポートランドへ降格。2Aでは格の違いを見せ、15試合に投げ、9勝2敗の防御率4.34を記録し、この年の最後に1試合だけメジャーで登板した。
1997年は開幕こそ2Aだが、即3Aに昇格。シーズン前の調整もうまくいったことから、6月にはメジャー昇格を果たした。すぐに初勝利をあげると、150キロを超える速球を武器にそのまま9連勝を飾った。これは新人としては歴代4位となる記録である。チームはワイルドカードとして、球団創立初のポストシーズンへの進出を決めたが、リバンは終盤に3連敗してしまったことから、ポストシーズンの先発ローテーションからははずれてしまう。シーズン通しては17試合の先発で9勝3敗、防御率3.18という数字を残している。
ポストシーズンに入ると、ディビジョンシリーズ(対ジャイアンツ)をあっさりと3連勝スウィープしたマーリンズだが、リバンはこのシリーズで、リリーフとして4イニングだけ投げた。続いてはリーグチャンピオンシップシリーズ(対ブレーブス)だが、このシリーズ中にエース格のアレックス・フェルナンデスが右肩筋肉断裂というアクシデントが降りかかってしまう。これにより、リバンの出場機会が増えることとなったのである。
リーグチャンピオンシップシリーズ第3戦では中継ぎとして1回2/3を投げて1勝を手にした後、第5戦では先発予定のケビン・ブラウンが風邪というアクシデントがあり、リバンに先発の機会が巡ってきた。この第5戦では、グレッグ・マダックスとの投げ合いだったが、3安打1失点に抑える完投勝利。ブレーブスは6人もの左打者を並べたが、リバンは毎回の15奪三振を記録し、これでマーリンズは流れをつかみ、このシリーズを4勝2敗で制した。当然、リバンはこのシリーズのMVPに輝いた。
続くワールドシリーズ(対インディアンズ)では第1戦の先発に抜擢されたリバン。5回2/3で3失点と振るわないが、味方打線が大量点を奪ったこともあり、勝利投手となった。22歳7ヶ月での開幕戦勝利は、史上最年少という記録である。2勝2敗で迎えた第5戦にも先発し、9回途中まで投げ、8四球4失点と安定感に欠けたものの味方打線のおかげでまた勝利投手となった。
国交断絶のアメリカとキューバの間で特別に話し合いが進められ、リバンの母親を特別ビザで渡米。第7戦前に親子は2年ぶりの再開を果たした。チームは第7戦を制し、チーム創立5年目での世界一に輝き、ラッキーボーイ的な活躍をしたリバンはワールドシリーズMVPをも手にしたのである。まさにリバンにとっての激動の1年を華々しく締めくくったのである。
1998年はチームの財政難から主力選手を次々に放出。実質メジャー2年目のリバンにエースとしての働きが求められたが、この年は33試合の先発で10勝12敗、防御率4.72という数字に終わっている。前年の世界一から、シーズン108敗で地区最下位に沈んだチームの中では負け越すことも仕方がないといえる。
1999年も開幕時はマーリンズにいたが、主力選手を放出するチーム方針の波はリバンの身にも降りかかり、7月後半にはジャイアンツへの移籍が決まったのである。この年は2球団で計30試合に先発し、8勝12敗、防御率4.64に終わってしまう。しかし、翌2000年は持ち直し、33試合に先発して、チームの勝ち頭となる17勝(11敗)を挙げて、防御率3.75と安定感を見せた。チームの地区優勝にも大きく貢献している。
2001年、前半戦こそ白星に恵まれずに苦しんだが、オールスター明けに5連勝を記録するなどでチームを引っ張った。チームは惜しくもポストシーズンへと進むことはできなかったが、先発ローテーションを守り抜き、先発試合が34試合を数える点は評価される(結果は13勝15敗、防御率5.24)。
2002年、開幕4連勝を飾ったリバン。打ち込まれる試合も多かったが一貫してタフな投球を見せた。結果として33試合に先発し、3完封含む12勝16敗、防御率4.38という数字を残している。チームもワイルドカードとしてポストシーズンに進出し、ディビジョンシリーズ(対ブレーブス)では8回1/3を3失点に抑え、白星を手にしている。5年ぶりに上がったワールドシリーズ(対エンゼルス)では2試合に登板するが、いずれもKOされてしまった(チームも世界一を逃した)。
2003年は開幕直前にエクスポズへの移籍が決定。すると33試合に先発し、15勝10敗、防御率3.20をマークした。完投数は8試合を数え、投球回数はリーグトップの233回1/3を記録している。翌2004年も35試合に先発して、11勝15敗、防御率3.60を記録。この年も完投数は9試合で、投球回数は255回で2年連続のリーグトップであった。オールスターゲームにも初出場し、シルバースラッガー賞も受賞している。なお、シーズン中には2005年からの3年間2100万ドルで契約延長に合意している。
2005年、チームはモントリオールからワシントンに移転し、愛称もエクスポズからナショナルズに変わった。この節目の年にリバンは、前半戦だけで11連勝を含む12勝(3敗)をマーク。左膝を痛めた影響もあり、後半戦は失速したが、終わってみると35試合の先発で15勝10敗、防御率3.98をマーク。投球回数(246回1/3)は3年連続のリーグトップとなる数字であり、先発としての役割を十分に果たしたのである。そして、シーズン終了後には痛めていた左膝の手術を行った。
2006年は手術明けのシーズンということで防御率は5点台と高かったが、先発ローテーションは守り続けた。8月に入ってからは先発投手を必要としていたダイヤモンドバックスへ移籍。ナショナルズでは9勝(8敗)、ダイヤモンドバックスでは4勝(5敗)を挙げ、2球団合わせては13勝13敗、防御率4.83という数字を残している。翌2007年も33試合に先発し、11勝11敗、防御率4.93をマークしている。
2008年はFAとしてツインズと契約合意(1年間500万ドル)。7月までで10勝(8敗)を挙げながらも防御率は5.48と不安定であり、7月末の段階で解雇された。するとロッキーズに拾われる形で移籍。移籍後の成績は3勝(3敗)、防御率8.03とまったく振るわなかったオフに再度FAとなると、メッツとマイナー契約を交わした。するとメジャーのロースターに入り、復活を果たす機会が与えられたのである
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- ワールドシリーズMVP:1回(1997)
- リーグチャンピオンシップシリーズMVP:1回(1997-NL)
- シルバースラッガー賞:1回(2004-NL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1996 Fla 1 0 0 0 0 0 0 3.0 3 2 2 0 0 0.00 1997 Fla 17 17 0 0 9 3 0 96.1 81 72 38 39 34 3.18 1998 Fla 33 33 9 0 10 12 0 234.1 265 162 104 133 123 4.72 1999 Fla 20 20 2 0 5 9 0 136.0 161 97 55 78 72 4.77 1999 SF 10 10 0 0 3 3 0 64.2 66 47 21 32 31 4.38 2000 SF 33 33 5 2 17 11 0 240.0 254 165 73 114 100 3.75 2001 SF 34 34 2 0 13 15 0 227.2 266 138 85 143 132 5.24 2002 SF 33 33 5 3 12 16 0 216.0 233 134 71 113 105 4.38 2003 Mon 33 33 8 0 15 10 0 233.1 225 178 57 92 83 3.20 2004 Mon 35 35 9 2 11 15 0 255.0 234 186 83 105 102 3.60 2005 Was 35 35 2 0 15 10 0 246.1 268 147 84 116 109 3.98 2006 Was 24 24 0 0 9 8 0 146.2 176 89 52 94 87 5.34 2006 Ari 10 10 0 0 4 5 0 69.1 70 39 26 31 29 3.76 2007 Ari 33 33 1 0 11 11 0 204.1 247 90 79 116 112 4.93 2008 Min 23 23 2 0 10 8 0 139.2 199 54 29 93 85 5.48 2008 Col 8 8 0 0 3 3 0 40.1 58 13 14 36 36 8.03 ----------------------------------------------------------------------------- Total 382 381 45 7 147 139 0 2551.0 2806 1613 873 1335 1240 4.38
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:2回(2004-NL、2005-NL)
- 世界一経験:1回(1997-Fla)
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