- 2009-02-25 (水) 0:05
- MLB Players

#14 ルー・ピネラ(Lou PINIELLA) | OF, Mgr

- 1962年・インディアンズと契約
- 1943年8月28日生 右投右打 188センチ 90キロ
- フロリダ州出身
選手の紹介文
選手としても監督としても世界一を経験しているルー・ピネラ。個性的な選手が溢れる1970年代後半のヤンキースで外野の一角を守り、監督としては幾多の球団を渡り歩きながら結果を残している。闘将と呼ばれるに相応しく、審判に対する激しい抗議は見物の一つになっている。
フロリダ州タンパに生まれたピネラ。幼少時には同郷のトニー・ラルーサとも一緒に野球をしたことがあるという(ピネラの方がラルーサより1歳上)。野球だけではなくバスケットボールの才能も持っており、高校時代にはバスケットボールの全米代表に選ばれている。高校卒業後となる1962年にはにはインディアンズと契約を交わし、野球の道を選ぶこととなった。
マイナーリーグで野球をしながら、大学にも進学。大学選手としては野球で全米代表に選ばれるほど活躍。一方、マイナーリーグでは1962年はインディアンズ傘下でプレーし、翌1963年からマイナーリーグドラフトによりセネタースに移籍。セネタース傘下の1Aで、19歳のピネラは143試合に出場し、打率.310、16HR、77打点と非凡な数字を残し、その将来が嘱望されたのである。
1964年のシーズン途中にセネタースからオリオールズへと移籍。初めてメジャーリーグの舞台に上がったのはこの年で、4試合にだけ出場している(打席に立ったのでは1度だけでノーヒットに終わっている)。1965年は2Aに戻り、打率.249と苦しむと、オフにはインディアンズに出戻ることとなってしまった。
1966年から3年間はインディアンズ傘下の3Aでプレーし続け、中距離打者として結果を残した。メジャーから声がかかったのは1968年のことで、わずか6試合にだけ出場。オフになると新球団シアトル・パイロッツ(現在のブリュワーズ)からエクスパンションドラフトで28番目に指名されて移籍。そして、1969年開幕直前にはパイロッツと並ぶもうひとつの新球団ロイヤルズへ移籍と慌しく球団を渡り歩くこととなってしまった。
1969年からロイヤルズの一員としてようやく腰を落ち着けてプレーすることが可能となった。新球団ロイヤルズの5番打者として135試合に出場し、打率.282、11HR、68打点という新人としては文句ない結果を残して新人王を受賞。新球団1年目で新人王獲得と最高のメジャーデビューを飾ることとなった。翌1970年には打率.301をマークするなど、メジャーリーガーとしての一定の地位は確保したことになる。1972年にはオールスターゲームにも出場している。
ロイヤルズには1973年まで在籍。1974年からはヤンキースへ交換トレードで移籍することとなった。ちょうどヤンキースはサーマン・マンソン、グレイグ・ネトルズらを中心にチームを建て直し中であり、その中でピネラは外野手としては4番手の存在でチームを支えることになった。監督にビリー・マーチンが就任し、FAでレジー・ジャクソンらを獲得することでチームは強化され、1976年からの3年連続リーグ優勝、特に1977年と1978年は共に世界一となるチームの中でピネラは勝負強いプレーでチームに貢献したのである。
1978年は130試合の出場で打率.314、1979年も130試合の出場で打率.297と安定感を出し、外野手としてポジションを争う形となっていたミッキー・リバースをチームから追い出したのである。とはいえ年齢もあり、徐々に成績は下降し、出場機会は減っていった。1984年を最後に現役を引退。通算成績は打率.291、1705安打、102HR、766打点というものである。
現役を引退後、1年を置いて1986年からヤンキースの監督に就任。いきなりシーズン90勝(勝率.556)をマークして地区2位に押し上げた。翌1987年はシーズン89勝(勝率.549)で地区3位。1988年からはGMという立場で現場を離れるが、監督であるマーチンが途中で解任されると途中からヤンキース監督に戻った。しかし、その年限りでピネラはヤンキースを去っている。
1990年からレッズの監督に就任。バリー・ラーキン、クリス・セイボー、エリック・デービスなどを中心とするチームであり、就任1年目にしてシーズン91勝(勝率.562)を挙げて地区優勝。リーグチャンピオンシップシリーズ(対パイレーツ)を制し、ワールドシリーズでは前年の世界一チームであるアスレティックスを相手に劣勢が伝えられたが、まさかの4連勝で世界一となった。ホゼ・リホが2勝を挙げて、シリーズMVPに輝いている。
1992年までレッズ監督を務め、1993年からはマリナーズ監督へ。ケン・グリフィーやジェイ・ビューナー、ティノ・マルチネス、エドガー・マルチネス、ランディ・ジョンソンなどの戦力が揃っていながら勝てないでいたが、1995年にようやくマリナーズ史上初となる地区優勝を果たし、ポストシーズン進出に導いた(ディビジョンシリーズではヤンキースに勝つが、リーグチャンピオンシップシリーズではインディアンズに敗れた)。1997年にも地区優勝している(ディビジョンシリーズで敗退)。
2000年、グリフィーが抜けるもアレックス・ロドリゲス、E・マルチネス、ジョン・オルルドらの活躍でワイルドカード(地区2位)としてポストシーズン進出(リーグチャンピオンシップシリーズでヤンキースの前に敗退)。翌2001年はA・ロドリゲスがFA移籍するも、イチロー、ブレッド・ブーンの加入もあり、シーズン116勝(勝率.716)という圧倒的な勝ちっぷりで地区優勝を果たした。しかし、リーグチャンピオンシップシリーズではまたもやヤンキースの前に敗れてしまった。
2002年オフに本人の希望もあり、ピネラはデビルレイズに移籍。選手であるランディ・ウィンと監督であるピネラという異色の交換トレードとなった。デビルレイズ監督を3年務めるが結果を残せずに退団。2007年からはカブスの監督に就任。戦力も整いつつあり、1世紀ぶりのカブス世界一奪取にピネラの手腕が注目される。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- 新人王(1969-AL)
- 最優秀監督賞:3回(1995-AL、2001-AL、2008-NL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1964 Bal 4 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 1968 Cle 6 5 1 0 0 0 0 1 0 0 0 .000 .000 .000 1969 KC 135 493 43 139 21 6 11 68 56 33 2 .325 .416 .282 1970 KC 144 542 54 163 24 5 11 88 42 35 3 .342 .424 .301 1971 KC 126 448 43 125 21 5 3 51 43 21 5 .311 .368 .279 1972 KC 151 574 65 179 33 4 11 72 59 34 7 .356 .441 .312 1973 KC 144 513 53 128 28 1 9 69 65 30 5 .291 .361 .250 1974 NYY 140 518 71 158 26 0 9 70 58 32 1 .341 .407 .305 1975 NYY 74 199 7 39 4 1 0 22 22 16 0 .262 .226 .196 1976 NYY 100 327 36 92 16 6 3 38 34 18 0 .322 .394 .281 1977 NYY 103 339 47 112 19 3 12 45 31 20 2 .365 .510 .330 1978 NYY 130 472 67 148 34 5 6 69 36 34 3 .361 .445 .314 1979 NYY 130 461 49 137 22 2 11 69 31 17 3 .320 .425 .297 1980 NYY 116 321 39 92 18 0 2 27 20 29 0 .343 .361 .287 1981 NYY 60 159 16 44 9 0 5 18 9 13 0 .331 .428 .277 1982 NYY 102 261 33 80 17 1 6 37 18 18 0 .352 .448 .307 1983 NYY 53 148 19 43 9 1 2 16 12 11 1 .344 .405 .291 1984 NYY 29 86 8 26 4 1 1 6 5 7 0 .355 .407 .302 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1747 5867 651 1705 305 41 102 766 541 368 32 .333 .409 .291
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:1回(1972-AL)
- 世界一経験:3回(1977-NYY、1978-NYY、1990-Cin)
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