- 2008-07-05 (土) 0:04
- MLB Players
#99 マニー・ラミレス(Manny RAMIREZ) | LF

- 1991年6月ドラフト・インディアンズ1位(全米13番目)
- 1972年5月30日生 右投右打 183センチ 86キロ
- ドミニカ共和国出身
過去3年間の成績
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 2006 Bos 130 449 79 144 27 1 35 102 102 100 0 .439 .619 .321 2007 Bos 133 483 84 143 33 1 20 88 92 71 0 .388 .493 .296 2008 Bos 100 365 66 109 22 1 20 68 86 52 1 .398 .529 .299 2008 LAD 53 187 36 74 14 0 17 53 38 35 2 .489 .743 .396 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2103 7610 1444 2392 507 18 527 1725 1667 1212 37 .411 .593 .314
選手の紹介文
強豪レッドソックスの4番を任されるマニー・ラミレス。歴代2位となる満塁HR20本を記録していることに加え、ポストシーズンで放った24本のHRは歴代最多でもある。気まぐれな性格と発言で議論が巻き起こることが多いが、勝たなければいけないチームの中で結果を残している点は誰も文句が言えない。全盛期は出場試合数よりも叩き出す打点数の方が多いと言うことで注目を浴びたこともあった。
ドミニカ共和国のサント・ドミンゴで生まれ育ったラミレス。13歳の頃に家族と共にニューヨークへ引っ越した。国籍はドミニカ共和国だが、ニューヨークのジョージ・ワシントン高校を卒業したためドラフト対象選手となり、結果として、インディアンズに全米13番目となる1位指名を受けた。
プロ1年目の1991年はルーキーリーグで、打率.326、19HR、63打点を記録し、ホームラン王と打点王の2つのタイトルを手にする。93年は2Aシャーロットで打率.340をマークし首位打者を獲得。このころから、出場試合数に近いだけの打点をマークするクラッチヒッターぶりを発揮。こうして1993年にメジャー昇格を果たし、レギュラーに定着したのが1995年のこと。この年、打率.308、31HR、107打点をマークした。
1998年のシーズン終盤には1試合3HRを含む4打数連続アーチを記録するという大当たりで、自己最多の45HRを放った。さらにこの年、日米野球のメンバーとして来日し、特大ホームランを放った。ちなみにラミレスは同郷のドミンゴ・マルチネスの影響もあり、日本のバットをずっと愛好している。
1999年は147試合に出場して165打点をマーク。これは1938年にジミー・フォックスがシーズン175打点を記録して以来の160打点以上である。これにより、この年制定されたばかりのハンク・アーロン賞も受賞した。
これまで故障者リストに入ることなど1度もなかったラミレスだが、2000年は走塁で左足を痛め、キャリア初の離脱を経験。1ヶ月半の戦線離脱はチームに響いた。結局、チームはポストシーズン進出を逃したものの、ラミレスは、118試合の出場で、打率.351、38HR、122打点と文句ない成績を残した。
この年のオフにFAとなるラミレスの動向はシーズン中からずっと注目されていた。シーズン最終戦では、ファンのチーム残留を求める声の中、最終打席で特大ホームランを放つ。しかし、ファンの声もむなしく、このホームランがインディアンズのユニフォームを着ての最後のホームランとなった。
将来的に指名打者に転向し長くプレーしたいラミレスにとって、移籍候補としては必然的にアメリカンリーグのチームに絞られた。本人はインディアンズ残留も希望していたが、金額的に折り合いがつかず、しかも交渉中に同じくFAのエリス・バークスと契約を結んだこともあり、徐々に残留の可能性は薄れていった。こうしてラミレスは友人のペドロ・マルチネスがいるレッドソックスを選ぶことになった。8年契約で1億6000万ドルという破格の金額でのレッドソックス入りとなり、大きな話題になった。
シーズン前のエキシビジョンゲームでは打率.138の1HRと期待を裏切る成績しか残せず、周囲から批判の声が相次いだが、本人は全く気にしなかった。シーズンが始まれば、怪我で離脱したノマー・ガルシアパーラの穴を埋める活躍を見せた。開幕から好調で、4月は打率.408、9HR、31打点と三冠王も狙えるハイペースで月間MVPまで獲得した。シーズンが終わってみれば、打率.311、41HR、125打点を記録。チームは怪我人続出で優勝を逃してしまったが、ラミレスにとって移籍1年目としては合格点の成績を残した。
2002年も開幕から好調を維持し、5月11日の時点で打率.372、9HR、35打点をマーク。しかし、試合中のスライディングで左手人差し指を骨折。故障者リスト入りし、実に39試合の欠場となったが、復帰後は打ちに打ちまくった。シーズン最後の4試合で記録した打率は.414というもので、.310だった打率は.349まで跳ね上がり首位打者のタイトルを獲得した。わずか120試合の出場での首位打者となった。ラミレスは9月に月間30打点を記録したが、レッドソックスの選手で9月に30打点を挙げた選手となると1980年のジム・ライス(31打点)以来となる快挙でもある。
2003年、154試合に出場し、打率.325、37HR、104打点をマーク。首位打者のタイトルはチームメイトのビル・ミラーにわずかな差で奪われたが、後にデュオとして相手チームから恐れられることになるデビッド・オルティスと同じユニフォームを着たのはこの年からで、早速アベックアーチを9回も記録している(ちなみにこの年、トロット・ニクソンとのアベックアーチも9回記録している)。
2004年は開幕前からアレックス・ロドリゲスらとのトレード話に巻き込まれるなど、周囲が必要以上に騒がれることがあったが、打撃では文句なしの数字を残した。打率.308、43HR、130打点という好成績で本塁打王のタイトルを獲得。相方となるオルティスも打率.301、41HR、139打点をマーク。アメリカンリーグ史上、チーム内で打率.300、40HR、100打点以上をマークしたデュオとなると1931年のベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグ以来の快挙となる。
ポストシーズンでも全14試合で打率.350、2HR、11打点と大当たり。リーグチャンピオンシップシリーズではヤンキースを相手に3連敗4連勝と劇的な勝ち方をしたレッドソックスの中でも安定した成績を残した。カージナルスとのワールドシリーズでは打率.412をマークしたが、特筆すべきは第3戦の守備で、ジム・エドモンズの飛球を捕るとホームでラリー・ウォーカーを刺した捕殺は大きな分岐点となった。実にレッドソックスは86年ぶりの世界一なったのである。
2005年も打率.292、45HR、144打点と大当たりしたラミレス。オルティスも47HR、148打点をマークしており、2人で92HR、292打点を挙げたことになる。レッドソックス史上、2人で挙げた打点としては1949年のテッド・ウイリアムス、バーン・スティーブンスが記録した計318打点(共に159打点)に次ぐ大記録である。
2006年、開幕当初はHRが出ずに苦しんだが、6月10日のレンジャーズ戦で史上31人目の通算450号HRを記録。さらに7月1日には2000本安打も記録した(同じ日にギャレット・アンダーソンも2000本安打を達成し、話題になった)。夏場には27試合連続ヒットも記録したが、終盤は怪我に泣いた。翌2007年も怪我に苦しみ、20HR、88打点に終わった。継続していた30HR、100打点の記録も8年で途切れた。ポストシーズンでは爆発し、3年ぶりの世界一に貢献している。
真価が問われる2008年、5月31日の対オリオールズ戦で通算500号HRを達成。前年の不調から限界説もあったが、それらを払拭する活躍を見せている。スイングを見ても決して大振りとは言えないが、コンパクトにまとまっているわけでもない。ただ、スイングスピードの速さが彼のバッティングを支えているといっても過言ではない。大型契約も終わりが見えてきたが、果たして幕引きはどうなることやら。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
- 首位打者:1回(2002-AL)
- 本塁打王:1回(2004-AL)
- 打点王:1回(1999-AL)
受賞アワード一覧
- ワールドシリーズMVP:1回(2004-AL)
- シルバースラッガー賞:9回(1995-AL、1999-AL~2006-AL)
- ハンクアーロン賞:2回(1999-AL、2004-AL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1993 Cle 22 53 5 9 1 0 2 5 8 2 0 .200 .302 .170 1994 Cle 91 290 51 78 22 0 17 60 72 42 4 .357 .521 .269 1995 Cle 137 484 85 149 26 1 31 107 112 75 6 .402 .558 .308 1996 Cle 152 550 94 170 45 3 33 112 104 85 8 .399 .582 .309 1997 Cle 150 561 99 184 40 0 26 88 115 79 2 .415 .538 .328 1998 Cle 150 571 108 168 35 2 45 145 121 76 5 .377 .599 .294 1999 Cle 147 522 131 174 34 3 44 165 131 96 2 .442 .663 .333 2000 Cle 118 439 92 154 34 2 38 122 117 86 1 .457 .697 .351 2001 Bos 142 529 93 162 33 2 41 125 147 81 0 .405 .609 .306 2002 Bos 120 436 84 152 31 0 33 107 85 73 0 .450 .647 .349 2003 Bos 154 569 117 185 36 1 37 104 94 97 3 .427 .587 .325 2004 Bos 152 568 108 175 44 0 43 130 124 82 2 .397 .613 .308 2005 Bos 152 554 112 162 30 1 45 144 119 80 1 .388 .594 .292 2006 Bos 130 449 79 144 27 1 35 102 102 100 0 .439 .619 .321 2007 Bos 133 483 84 143 33 1 20 88 92 71 0 .388 .493 .296 2008 Bos 100 365 66 109 22 1 20 68 86 52 1 .398 .529 .299 2008 LAD 53 187 36 74 14 0 17 53 38 35 2 .489 .743 .396 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2103 7610 1444 2392 507 18 527 1725 1667 1212 37 .411 .593 .314
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:12回(1995-AL、1998-AL~2008-AL)
- 世界一経験:2回(2004-Bos、2007-Bos)
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[...] 2008年、開幕からドジャースのレフトに定着したイーシアー。3割近い打率をキープしたが、6月には極度のスランプに襲われてしまった。少しずつ成績を上げていったが、7月末にマニー・ラミレスが移籍してきたことが転機となった。レフトにラミレス、センターにケンプ、ライトにイーシアーという形で定着し、打棒爆発。イーシアーの9月の月間成績は打率.462と桁違いの数字であった。シーズン通しては141試合の出場で打率.305、20HR、77打点という数字を残したことになる。 [...]



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