- 2008-07-19 (土) 0:02
- MLB Players
#42 マリアーノ・リベラ(Mariano RIVERA) | RP

- 1990年2月・ヤンキースと契約
- 1969年11月29日生 右投右打 193センチ 76キロ
- パナマ出身
過去3年間の成績
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 2005 NYY 71 0 0 0 7 4 43 78.1 50 80 18 18 12 1.38 2006 NYY 63 0 0 0 5 5 34 75.0 61 55 11 16 15 1.80 2007 NYY 67 0 0 0 3 4 30 71.1 68 74 12 25 25 3.15 ----------------------------------------------------------------------------- Total 787 10 0 0 62 44 443 953.0 759 857 238 270 249 2.35
選手の紹介文
大舞台であればあるだけそのプレッシャーを楽しみ、ウイニングショットのカッターで打者を斬り斬り舞いにするマリアーノ・リベラ。メジャーリーグ全体で永久欠番となっている背番号42を付けており、これは1997年以前より付けていた選手だけに許される特権である。通算セーブ数も450を越え、そのままヤンキースの永久欠番となる可能性も秘めている。
パナマ出身のリベラがヤンキースと契約したのは1990年のこと。契約したその年は、22試合に登板し、5勝1敗という記録に、リーグトップの防御率0.17をマーク。翌1991年は1Aグリーンズボロに昇格し、4勝9敗ながら、防御率2.75に123奪三振と素晴らしい潜在能力を見せつけた。当時から150キロを超える速球はリベラの大きな魅力だった。これは漁師の父の手伝いをしていたこともあり、足腰が普通の人間よりも強いのだ。
メジャー昇格は時間の問題と思われたが、怪我などの問題もありその後の2年間は苦しむ結果になった。1Aタンパで開幕を迎えた1994年は7試合に先発し、3勝0敗、防御率2.21の成績を挙げると2Aアルバニーに昇格し、ここでも9試合に先発し、3勝0敗の防御率2.27という成績を残す。そして、シーズン終盤には3Aコロンバスへ昇格し、4勝2敗という数字を残した。
1995年は3Aで開幕を迎えるが、5月16日に初めてメジャーからお呼びがかかり、メジャーのマウンドに立った。マイナーでもずっと先発のマウンドに立っていたリベラは当然メジャーに上がっても先発としての起用だった。5月28日のアスレティックス戦で5回1/3を7安打1失点に抑え初勝利をマークするが、4試合に先発した段階で1勝2敗の防御率10.20と壁にぶち当たった感もあり、6月半ばに3Aへ降格。降格後に右肩を痛めてしまうアクシデントがあったが6月末には復帰し、その復帰登板において雨天5回コールドにより参考記録にとどまるが見事にノーヒッターを達成。7月には再びメジャーへ昇格した。そして、7月4日のカブス戦で8回無失点に抑え、11奪三振を奪う好投で自らの復帰を飾った。
しかし、チームの首脳陣から信頼してもらえるだけの安定感を見せるピッチングは長く続かず、メジャー1年目は先発にロングリリーフという起用法であり、結局、19試合の登板(先発は10試合)で5勝3敗、防御率5.51という成績に終わった。この年、ワイルドカードでポストシーズンに進出したヤンキースはディビジョンシリーズでマリナーズと対戦。2勝3敗で敗れてしまうが、リベラは3試合に登板し、5回1/3を投げ、8個の三振を奪っている。これがリベラのポストシーズンデビューであった。
1996年はクローザーのジョン・ウェッテランドにつなぐセットアッパーに専念。これがリベラ自信に新境地を開かせることになり、チームも18年ぶりの世界一に輝いた。61試合に投げたリベラは8勝3敗5セーブと素晴らしい成績に加え、107回2/3を投げ130奪三振というのは、過去のヤンキースのブルペンを守ってきた投手の中で史上最多のものである。4月後半から5月後半まで26イニング連続無失点という記録も樹立。ポストシーズンでも8試合に登板し(計11イニング)、無失点に抑えている。
1997年はウェッテランドがレンジャーズへ移籍することでリベラはクローザーへ定着。オールスターまでの前半戦で27セーブをマーク。オールスターにも当然選出され、セーブをマーク。ヤンキースの投手としてオールスターでセーブを挙げたのは、この年のリベラが初めてだった。後半戦に入っても勢いはとどまらず、9月16日のレッドソックスとのダブルヘッダーでは、1日2セーブもマーク。結局、シーズン43セーブをマークしたリベラ。この数字は前年のクローザー、ウェッテランドが記録した数字と同じである。そして、インディアンズとのディビジョンシリーズ第1戦で、ポストシーズン初セーブを記録。しかし、2勝1敗で迎えた第4戦、1点リードの場面でマウンドに昇った8回裏、サンディ・アロマーに同点ホームランを打たれてしまう。この試合を落としたヤンキースは翌日の第5戦を落とし、シーズンを終えた。がっくり肩を落としたリベラも、アロマーの1発がリベラ伝説の始まりとは本人も気付いていなかった。
1998年は開幕直後に故障者リスト入りするが、復帰後は依然と変わらぬ素晴らしい投球を披露し、無敵艦隊ヤンキースのクローザーとしての任務を確実に遂行した。この年のヤンキースはシーズン114勝をマークし、リベラは36セーブを挙げた。チームも2年ぶりの世界一となり、パドレスとのワールドシリーズでは4連勝であっさり振り切り、そのうちの3試合の最後を締めくくったのはリベラであった。
1999年になっても勢いは決して止まらず、むしろ増していく感さえあった。4月にはキャリアハイとなる6試合連続セーブというタフさも披露。8月には13試合に登板し、リーグトップの11セーブをマークした。当然月間MVPも手にする。結局、45セーブをマークし、最多セーブ王のタイトルも獲得した。ポストシーズンも順調に勝ち上がり、ワールドシリーズでは1990年代最強チーム言われるブレーブスと対戦ということで注目が集まったが、ヤンキースがあっさり4連勝で2連覇を決める。リベラは4試合全てに登板し、1勝2セーブをマークして、ワールドシリーズMVPも栄誉も手にした。振り返れば、2年前のアロマーのホームランから、ポストシーズンでのリベラはずっと無失点を記録していた。
2000年は初登板でセーブを挙げるものの1失点されてしまったが、リベラはリベラだった。66試合に登板し、7勝4敗の36セーブをマーク。これで4年連続30セーブを記録したことになる。チームも無事3年連続地区優勝を果たし、ポストシーズン出場となれば5年連続である。ずっとポストシーズン無失点を記録していたリベラだったが、マリナーズとのリーグチャンピオンシップシリーズ第6戦で1失点を記録され、連続イニング無失点は34でストップしてしまった。ワールドシリーズではメッツとの対戦でサブウェイシリーズとして注目された。その中でリベラは第2戦でジェイ・ペイトンに3ランホームランを浴びるも2セーブをマークし、チームの3連覇に貢献した。
2001年は佐々木主浩と激しい最多セーブ王争いを演じるが、終盤に振り切り、キャリアハイの50セーブを挙げた。ヤンキースのクローザーとしては、1986年のデーブ・リゲッティによるシーズン46セーブがそれまでの球団記録だったが、それをついに塗り替えたことになる。通算セーブも215個とし、ヤンキースのクローザーとして史上2位であり、1位のリゲッティ(224セーブ)を抜くのは、もはや時間の問題である。
非常に苦しみながらも4年連続ワールドシリーズ進出を決めたヤンキース。ダイヤモンドバックスと球史に残す激しい戦いを繰り広げ、試合は3勝3敗で第7戦へ。アルフォンゾ・ソリアーノのホームランで1点勝ち越したヤンキースは8回裏から満を持してリベラをマウンドに送る。8回は難なく抑えるも、9回のリベラはこれまでのリベラと微妙に違っていた。先頭のマーク・グレースにセンター前へのヒットを許す。続くダミアン・ミラーの送りバントがリベラの真っ正面に転がり、それを捕ったリベラがすかさず2塁へ投げるが、まさかの悪送球。これでピンチを広げたダイヤモンドバックスの勢いに押される形で逆転負けを許した。この試合についた黒星は、リベラにとって初めてのポストシーズンにおける黒星でもある
怪物リベラも2001年ワールドシリーズの最後の最後に思わず人間の心を取り戻してしまったが、リベラが天下無敵のクローザーであるという評価は決して色褪せない。全てを手に入れたかのように見えるリベラも、その視線の先は世界一奪回しかない。「奴が出てくれば終わり」と敵味方の両チームに思わせるリベラの存在は、ひとつの失敗を簡単に吹き飛ばしてしまうほどに強力なのである。
2002年は3度の故障者リスト入りを果たすなど、怪我に苦しんだ。結果は1勝4敗28セーブと並の記録に終わったが、通算セーブ数が225個を数え、デーブ・リゲッティの持つ球団記録(224セーブ)を抜き、ヤンキース史上最高のクローザーという称号を手にした。翌2003年はチーム状態の影響もあり、ヤンキースとして59試合を経過した段階で4セーブしか挙げてなかったが、その後の試合で36セーブを挙げ、シーズントータルとしては40セーブを記録したことになる。
2004年、74試合に登板し、4勝2敗53セーブ、防御率1.95と抜群の安定感を見せた。オールスターまでに32セーブを記録したのはリーグ記録でもある。53セーブはキャリアハイの記録でもあり、ヤンキースの球団記録でもある。アメリカンリーグとしては史上4位タイになる大記録でもある。さらにリベラは通算300セーブを達成したわけだが、同一チームのみで300セーブを挙げたのは、他にトレバー・ホフマン(パドレス)、デニス・エカーズリー(アスレティックス)、ジェフ・モンテゴメリー(ロイヤルズ)がいるのみである。ポストシーズンではレッドソックスの前に敗れ、リベラも大事な場面で決定打を許すなど、かつての怪物ぶりもなりを潜めたと言えるかもしれない。
2005年はスプリングトレーニング中の肘の痛みもあり、開幕にかろうじて間に合ったが、セーブ機会で失敗するなど若干の出遅れがあった。しかし、徐々に復調し、7勝4敗43セーブを記録。サイヤング賞投票ではバートロ・コロンに次ぐ2位に付けている。翌2006年はメジャー史上4人目となる通算400セーブを達成するなど区切りのシーズンとなった。肘の痛みで欠場期間が長かったが、5勝5敗34セーブという成績を残している。
2007年はリベラにとって辛抱の1年となった。開幕序盤は打ち込まれることが多く、結果として3勝4敗30セーブ、防御率3.15とリベラらしからぬ成績に終わっている。通算セーブ数ではジョン・フランコを抜き去り、歴代3位に浮上。上にいるのはホフマンとリー・スミスのみである。シーズン終了後にはヤンキースと3年間4500万ドルという契約を交わし、生涯ヤンキースが現実のものとなりそうである。2008年には、シーズン早々に通算450セーブを達成している。
リベラはポストシーズンで通算34セーブを記録しており、これは歴然としたメジャー記録である。さらにポストシーズン通算での防御率0.77という数字も桁違いの数字である。既に晩年にさしかかってはいるが、今でもメジャーリーグを代表するクローザーであることは誰もが認める事実である。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1995 NYY 19 10 0 0 5 3 0 67.0 71 51 30 43 41 5.51 1996 NYY 61 0 0 0 8 3 5 108.2 73 130 34 25 25 2.09 1997 NYY 66 0 0 0 6 4 43 72.2 65 68 20 17 15 1.88 1998 NYY 54 0 0 0 3 0 36 61.1 48 36 17 13 13 1.91 1999 NYY 66 0 0 0 4 3 45 69.0 43 52 18 15 14 1.83 2000 NYY 66 0 0 0 7 4 36 76.2 58 58 25 26 24 2.86 2001 NYY 71 0 0 0 4 6 50 81.2 61 83 12 24 21 2.34 2002 NYY 45 0 0 0 1 4 28 46.0 35 41 11 16 14 2.74 2003 NYY 64 0 0 0 5 2 40 71.2 61 63 10 15 13 1.66 2004 NYY 74 0 0 0 4 2 53 79.2 65 66 20 17 17 1.95 2005 NYY 71 0 0 0 7 4 43 78.1 50 80 18 18 12 1.38 2006 NYY 63 0 0 0 5 5 34 75.0 61 55 11 16 15 1.80 2007 NYY 67 0 0 0 3 4 30 71.1 68 74 12 25 25 3.15 ----------------------------------------------------------------------------- Total 787 10 0 0 62 44 443 953.0 759 857 238 270 249 2.35
受賞タイトル一覧
- 最多セーブ王3回(1999,2001,04)
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