- 2008-10-09 (木) 0:04
- MLB Players

#4 メル・オット(Mel OTT) | OF

- 1926年・ジャイアンツと契約
- 1909年3月2日生 右投左打 175センチ 77キロ
- ルイジアナ州出身
選手の紹介文
グリップを下げた特徴的な一本足打法でHRを量産したメル・オット。メジャーデビューは17歳と若く、当時の最年少記録の多くを更新した。20歳の頃には42HR、151打点を記録し、6度の本塁打王獲得に加え、8年連続を含む9度のシーズン100打点を挙げている。小柄ではあったが、1試合5敬遠四球を記録しているなど、スラッガーとして一目置かれる存在だった。
ルイジアナ州に生まれたオットは子供の頃から野球の才能を発揮した。ただ体が小さく、身長が170センチに足りてなかったこともあり、16歳の頃に受けたマイナー球団の入団テストでは体格を理由に落ちた経験を持っている。しかし、そのオットの実力を早々に見抜いたジャイアンツのスカウトは、当時の監督であるジョン・マグローに伝えたところからオットの野球人生は開かれていくことになる。
また17歳という若さでポログラウンズに呼ばれたこともあり、電車の乗り継ぎがうまくいかず、やっとのことで球場へ到着。マグローはオットの打撃能力の高さを見抜き、即座にジャイアンツと契約を交わすことになる。捕手だったオットだが、キャッチングに難があったこともあり、打撃をより生かす意味も含めて外野へ転向することになったのである。
年齢的には若すぎるということもあり、マイナーで経験を積むという提案もあったが、マグローがこれを拒否した。打撃フォーム自体が特異であり、それを触られることを拒んだことが理由の一つとして挙げられる。また、マグロー自身がその哲学をオットに叩き込みたいというのもあったという。ちなみにこのとき、ジャイアンツ傘下のマイナーチームで監督を務めていたのはケイシー・ステンゲルだった。
1926年、17歳でメジャーデビューしたオットは代打として経験を積み重ねた。1年目は打率.383と非凡なところを見せたオット。翌1927年、7月の試合でランニングHRを放ったが、これがオットのメジャー初HRとなった。19歳となる1928年には、スタメン出場が増え、打率.322、18HR、77打点という数字を残している。
オットが大きく飛躍したのは1929年のことで、150試合に出場し、打率.328、42HR、151打点という好成績を20歳で記録。若きスラッガーとして結果を残したのである。本塁打王のタイトルはチャック・クラインに1本及ばなかったが、クラインの43本目のHRはジャイアンツのエースであるカール・ハッベルから打ったもので、ハッベルがオットに謝ったという。
1932年に32HR、123打点で本塁打王のタイトルを始めて受賞。この年からの7年間で5度の本塁打王に輝くなど、HRを量産。1929年から続いたシーズン100打点以上の記録も8年連続でマークしている。本拠地ポログラウンズは中堅までは147メートルあるのに対し、両翼は78メートルしかないことがオットのHR量産に拍車をかけたのである。
1933年はチームがリーグ優勝を果たし、ワールドシリーズの舞台に立った。対セネタースの第1戦、先制の2ランHRに含む4打数4安打3打点の大活躍を見せた。第5戦には延長10回に勝ち越しHRを放ち、ジャイアンツの世界一に大きく貢献している。1936年から2年連続リーグ優勝を果たしたが、このときはリーグ優勝を果たすことはできなかった。
1942年には兼任監督となり、この年30HRを放ち、自身6度目の本塁打王に輝いている。1945年には通算500HRも達成。1947年限りで現役を退き、翌1948年は監督に専念するが、結果を残せずにシーズン途中にレオ・ドローチャーに監督の座を譲ったのである。マイナーを経験せずにメジャー定着したオットが、現役引退後にマイナーでの選手育成に当たった形になる。
ジャイアンツで背番号制導入された1932年は5番を付けていたが、翌年以降のオットは4番を背負うことになり、この番号はそのままジャイアンツの永久欠番になっている。1951年に野球殿堂入りを果たしたが、早熟の天才は49歳の若さで交通事故により、短い生涯を閉じてしまったのである。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1926 NYG 35 60 7 23 2 0 0 4 9 1 1 .393 .417 .383 1927 NYG 82 163 23 46 7 3 1 19 9 13 2 .328 .380 .282 1928 NYG 124 435 69 140 26 4 18 77 36 52 3 .389 .524 .322 1929 NYG 150 545 138 179 37 2 42 151 38 113 6 .442 .635 .328 1930 NYG 148 521 122 182 34 5 25 119 35 103 9 .444 .578 .349 1931 NYG 138 497 104 145 23 8 29 115 44 80 10 .391 .545 .292 1932 NYG 154 566 119 180 30 8 38 123 39 100 6 .422 .601 .318 1933 NYG 152 580 98 164 36 1 23 103 48 75 1 .365 .467 .283 1934 NYG 153 582 119 190 29 10 35 135 43 85 0 .414 .591 .326 1935 NYG 152 593 113 191 33 6 31 114 58 82 7 .404 .555 .322 1936 NYG 150 534 120 175 28 6 33 135 41 111 6 .441 .588 .328 1937 NYG 151 545 99 160 28 2 31 95 69 102 7 .405 .523 .294 1938 NYG 150 527 116 164 23 6 36 116 47 118 2 .440 .583 .311 1939 NYG 125 396 85 122 23 2 27 80 50 100 2 .439 .581 .308 1940 NYG 151 536 89 155 27 3 19 79 50 100 6 .403 .457 .289 1941 NYG 148 525 89 150 29 0 27 90 68 100 5 .399 .495 .286 1942 NYG 152 549 118 162 21 0 30 93 61 109 6 .413 .497 .295 1943 NYG 125 380 65 89 12 2 18 47 48 95 7 .388 .418 .234 1944 NYG 120 399 91 115 16 4 26 82 47 90 2 .421 .544 .288 1945 NYG 135 451 73 139 23 0 21 79 41 71 1 .410 .499 .308 1946 NYG 31 68 2 5 1 0 1 4 15 8 0 .167 .132 .074 1947 NYG 4 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2730 9456 1859 2876 488 72 511 1860 896 1708 89 .410 .533 .304
受賞タイトル一覧
- 本塁打王6回(1932-NL,1934-NL,1936-NL~1938-NL,1942-NL)
- 打点王1回(1934-NL)
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