- 2009-06-05 (金) 0:04
- MLB Players

#18 モイゼス・アルー(Moises ALOU) | RF

- 1986年1月ドラフト・パイレーツ1位(全米2番目)
- 1966年7月3日生 右投右打 191センチ 88キロ
- ジョージア州出身
選手の紹介文
抜群の打撃センスを持ち、勝負強さを売りとするモイゼス・アルー。父親(フェリペ・アルー)はメジャーリーガーとして活躍し、後に監督としても結果を残しており、さらに2人の伯父もメジャーリーガーだったこともあり、血筋がいいサラブレッドといえる。在籍したマーリンズ、アストロズ、カブスでそれぞれポストシーズンを経験している点も見逃せない。
ジョージア州アトランタに生まれたアルーだが、これは父フェリペがブレーブスでプレーしていたときに生まれたからである。元々は父の故郷であるドミニカ共和国にルーツをたどることができる。幼き日から抜群の野球センスを見せており、1986年の1月ドラフトでパイレーツから1位指名(全米2番目)を受けて、プロ入りを果たした。
指名された年から1Aでプレーを始めるが、最初は結果を残すことが出来なかった。プロ3年目となる1988年、1Aオーガスタで105試合に出場し、打率.313、7HR、62打点、24盗塁とようやく浮上の兆しを見せたのである。翌1989年には1Aセイラムから2Aハリンスバーグへと這い上がっている。
1990年、2Aから3Aバファローへと昇格し、7月に入ると待望のメジャー昇格。しかし、昇格後に2試合に出場した段階でエクスポズへと移籍が決まった。ちょうどエクスポズは父フェリペが打撃コーチを務めていたこともあり、親子で同じユニフォームを着ている。移籍後はわずか14試合に出場したのみ。翌191年は怪我でシーズンを丸々棒に振っている。
1992年に戦線に復帰したアルー。この年から父フェリペがエクスポズの監督に就任しており、親子で監督と選手という関係が大きな話題になった。開幕序盤は代打での出場が主だったが、6月以降はスタメンとしての出場機会が増え始め、結果的に115試合の出場で打率.282、9HR、56打点をマーク。翌1993年も136試合に出場し、打率.286、18HR、85打点とパワー面で成長の跡を見せたのである。
1994年はストライキによりシーズン途中での打ち切りが決まったが、エクスポズは快進撃を見せ、地区首位のままでシーズンを終えることとなった。107試合の出場ながらも打率.339、22HR、78打点を記録したアルーは、オールスターゲームにも初出場を果たし、サヨナラ2塁打を放つ活躍を見せたのである。また、エクスポズの快進撃が評価され、父フェリペも最終監督賞を手にしている。
1995年は怪我でわずか93試合の出場に終わったアルー。この年のオフに両肩を手術し、迎えた1996年は143試合の出場で打率.281、21HR、96打点を記録。怪我からの再起を見せたわけだが、オフにFAとなったアルーはマーリンズへの移籍を決めた。こうして、父フェリペとの親子鷹は一旦ピリオドを打たれることとなった。
1997年にアルーがプレーすることになったマーリンズは、まだ創立5年目の新興チーム。FAなどの大型補強でアルーやゲーリー・シェフィールド、ボビー・ボニーヤ、チャールズ・ジョンソンが打線の軸を形成し、ケビン・ブラウンやアレックス・フェルナンデス、アル・ライターに加え、2年前にキューバから亡命してきたリバン・ヘルナンデスらがロースターに名を連ねていた。
猛者たちの中でアルーは150試合に出場。打率.292、23HR、115打点と勝負強い数字をのこしたが、HRと打点はチームトップでもあった。チーム自体は地区首位ブレーブスに9ゲーム差の2位だったが、ワイルドカードの座を手にした。アルーにとって、初めてのポストシーズンが巡ってくるが、ディビジョンシリーズ(対ジャイアンツ)では打率.214、リーグチャンピオンシップシリーズ(対ブレーブス)ではわずかヒット1本しか打てなかったが、チームは初めてのワールドシリーズ進出を果たしたのである。
しかし、インディアンズとのワールドシリーズ第1戦では、1対1の同点で迎えた4回裏、それまで苦手としていたオーレル・ハーシハイザーから3ランHRを放ったアルーは、そのハーシハイザーをマウンドから引き吊りおろす大活躍を見せた。そして2勝2敗で迎えた第5戦、2対4と2点ビハインドされた場面から、第1戦と同じハーシハイザーから逆転となる3ランHRを放ち、チームの勝利に貢献した。このシリーズは第7戦までもつれ込む熱戦となったが、その中でアルーの勝負強さは十分な光を放っていた。こうして新興チームのマーリンズは、ワイルドカードとして初めての世界一の名誉を手にすることになった。
5年間で2500万ドルという長期契約を結んでいたアルーだが、チームの経営難からアストロズへの放出が決定。移籍した1998年は打率.312、38HR、124打点と文句ない成績を挙げた。HRと打点はいずれもこの時点でのキャリアハイとなる数字である。この年のMVP投票では、HR争いで沸かせたサミー・ソーサ、マーク・マグワイアに次ぐ3位に付けている。しかし、9月は1本もHRを打てないなど、スタミナ面での課題が残ったのである。
更なる飛躍が期待された1999年だったが、シーズン前に左膝の靱帯を痛めてしまい手術することになってしまう。結局、そのシーズンは1年まるまる棒に振ることになってしまった。復活した2000年シーズンは126試合に出場に留まったが、キャリア最高打率となる.355をマークし、復活を大きくアピール。アルーの打撃能力は全く錆び付いていなかった。
2001年、6月後半から23試合連続ヒットを記録したアルーだが、これはアストロズの球団記録(2000年のトニー・ユーセイビオによる24試合)に1試合届かなかったが、チームを勢いづかせるのには十分だった。終わってみれば、136試合の出場でチームトップの打率.331をマークし、27HR、108打点と変わらぬ勝負強さを発揮したのである(しかし、ポストシーズンでは結果を残すことが出来なかった)。
2002年からはカブスへFA移籍。主軸のソーサ、前年途中に獲得したフレッド・マグリフらと共に強力打線を組むことが期待されたが、開幕をいきなり故障者リストで迎えてしまった。結果的に怪我などもあり、132試合の出場で打率.275、15HR、61打点という数字に終わっている。
2003年、カブスの4番に座り、151試合に出場。打率.280、22HR、91打点という成績で、地区優勝に貢献した。ポストシーズンでもディビジョンシリーズ(対ブレーブス)では打率.500(20打数10安打)と大当たり。リーグチャンピオンシップシリーズ(対マーリンズ)でも打ちまくるが、3勝2敗で迎えた第6戦の終盤、レフトのファールゾーンのフェンス際に飛んだフライを処理しようとしたアルーが、客席のファンに捕球されてしまう不運に見舞われた。ここからカブスは逆転負けを食らい、リーグ優勝を逃した。アルーにとっても後味の悪いシーズン終了となった。
2004年は38歳の年齢を吹き飛ばす打撃を見せた。155試合に出場し、打率.293、39HR、106打点と抜群の数字を残し、オフにはFAとなった。2005年からは父フェリペが監督を務めていたジャイアンツと契約合意。怪我で123試合にしか出場できなかったが打率.321をマーク。翌2006年は2度も故障者リスト入りするなど満足できる状態ではなかったが、98試合の出場で打率.301、22HR、74打点と好成績を残している。この年は2000本安打と300号HRを記録するなど、節目のシーズンとなった。
2007年からはメッツへとFA移籍するも、怪我でわずか87試合に出場するのみ(打率は.341と高かった)。翌2008年も15試合にしか出場できず、結果としてこの年限りで現役を引退することとなった。通算成績は打率.303、2134安打、332HR、1287打点というものである。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- シルバースラッガー賞:2回(1994-NL、1998-NL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1990 Pit 2 5 0 1 0 0 0 0 0 0 0 .200 .200 .200 1990 Mon 14 15 4 3 0 1 0 0 3 0 0 .200 .333 .200 1992 Mon 115 341 53 96 28 2 9 56 46 25 16 .328 .455 .282 1993 Mon 136 482 70 138 29 6 18 85 53 38 17 .340 .483 .286 1994 Mon 107 422 81 143 31 5 22 78 63 42 7 .397 .592 .339 1995 Mon 93 344 48 94 22 0 14 58 56 29 4 .342 .459 .273 1996 Mon 143 540 87 152 28 2 21 96 83 49 9 .339 .457 .281 1997 Fla 150 538 88 157 29 5 23 115 85 70 9 .373 .493 .292 1998 Hou 159 584 104 182 34 5 38 124 87 84 11 .399 .582 .312 2000 Hou 126 454 82 161 28 2 30 114 45 52 3 .416 .623 .355 2001 Hou 136 513 79 170 31 1 27 108 57 57 5 .396 .554 .331 2002 ChC 132 484 50 133 23 1 15 61 61 47 8 .337 .419 .275 2003 ChC 151 565 83 158 35 1 22 91 67 63 3 .357 .462 .280 2004 ChC 155 601 106 176 36 3 39 106 80 68 3 .361 .557 .293 2005 SF 123 427 67 137 21 3 19 63 43 56 5 .400 .518 .321 2006 SF 98 345 52 104 25 1 22 74 31 28 2 .352 .571 .301 2007 NYM 87 328 51 112 19 1 13 49 30 27 3 .392 .524 .341 2008 NYM 15 49 4 17 2 0 0 9 4 2 1 .389 .388 .347 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1942 7037 1109 2134 421 39 332 1287 894 737 106 .369 .516 .303
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:6回(1994-NL、1997-NL、1998-NL、2001-NL、2004-NL、2005-NL)
- 世界一経験:1回(1997-Fla)
-
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