- 2008-10-07 (火) 0:02
- MLB Players

#* ナップ・ラジョイ(Nap LAJOIE) | 2B

- 1896年・フィリーズと契約
- 1874年9月5日生 右投右打 181センチ 88キロ
- ローズアイランド州出身
選手の紹介文
19世紀から20世紀にかけて活躍したナップ・ラジョイ。1901年には三冠王に輝くなど、優れたバットマンとして3200本を超える安打数を記録した。メジャーリーグ創世記ならではの契約面でのトラブルや、度重なる怪我にも苦しみながら結果を残したのである。セカンドベースマンとしても広い守備範囲を売りとし、優雅なプレーでチームを救った。
ローズアイランド州に生まれたラジョイ。両親はフランスからの移民だったという。ラジョイが21歳の頃の1896年、フィリーズと契約。契約した時点ではそれほど高い評価を受けていたわけではないが、マイナーで打率.429という高打率を残し、メジャーに昇格した。この年は39試合の出場で打率.326という数字を残している。
1897年は127試合に出場し、打率.361、9HR、127打点をマーク。2塁打が40本、3塁打が23本と長打を量産し、1試合で13塁打を記録することもあったという。翌1898年からはポジションをそれまでのファーストからセカンドに移り、打率.324、6HR、127打点に加え、リーグトップの43本の2塁打を記録している。1899年は試合中の走者との激突で約2ヶ月余りも欠場し、77試合の出場に留まるが、打率.378を挙げている。
1900年も打率.337と好成績を残したラジョイだが、この当時はナショナルリーグが12球団から8球団に削減されることと、翌年からアメリカンリーグが新たに設立されることが球界全体を揺さぶっていた。その大きなうねりの中でラジョイは1901年、同じフィラデルフィアに本拠を構えるアスレティックスへの移籍を決めた。フィリーズ時代の年俸は2400ドルだったが、コニー・マック率いるアスレティックスの提示は4000ドルだったという。
アスレティックスへ移籍した1901年、アメリカンリーグ創立1年目という記念すべきシーズンでラジョイは131試合に出場し、打率.426、14HR、125打点という圧倒的な数字で三冠王を獲得。新興リーグのアメリカンリーグにとっては最高のスター選手となったのである。しかし、ラジョイを失ったフィリーズにとって、この移籍は認められるものではなく、訴訟沙汰となった。
フィリーズの主張は、移籍は無効で、フィリーズ以外の球団でのプレーは許されるものではないというものだった。これはペンシルベニア州の最高裁でフィリーズの主張が認められることになり、1902年のラジョイは開幕戦に出場しただけでプレーすることができなくなった。もはやアスレティックスだけの問題ではなく、アメリカンリーグ全体の問題となったのである。結果として、最高裁での判決をペンシルベニア州限定のものとも解釈可能であることから、ラジョイをアスレティックスからクリーブランドの球団(現在のインディアンズ)へ移籍すさせることになったのである。
1902年6月からメジャーリーグの舞台に戻ってきたラジョイは、86試合の出場で打率.379をマークしている。当時のラジョイの人気は非常に高く、メジャーリーグ創世記を支えた貴重な人気選手の一人であった。当時のクリーブランドの球団はブルーズという愛称だったが、1903年からは一般公募からナップスとなるが、これはラジョイの人気からである(インディアンズとなるのはラジョイが離脱した後の1915年からである)。
1903年に打率.344、1904年に打率.376と連続で首位打者に輝いたラジョイ。1905年からは兼任監督となったが、この年は試合中の怪我で選手としてはわずか65試合の出場に終わっている。翌年以降も監督としてはそれなりの結果を残すが、選手としてはそれまでと比べると若干劣る形になっている。そして1909年限りで兼任監督は終わり、1910年からは選手に専念することになった。
1910年のラジョイは、この時点で安打製造機として台頭していたタイ・カッブと激しい首位打者争いを演じたのである。シーズン終盤まで争いが続いたが、カッブが若干優勢で安全圏と判断したこともあり、最終2試合を欠場した。これに対し、ラジョイは最終日の対ブラウンズとのダブルヘッダーで合わせて8打数8安打という固め打ちを見せて、カッブの打率(.382)を上回った(.383)のである。8安打の内訳は、1本目は3塁打だったが、それ以降は3塁線へのバントヒットだった。
ブラウンズのサードが深く守っていたことにより、バントヒットを積み重ねたのではないかという疑念が挙がり、当時のリーグ会長が2人の打撃成績を見直す指示を出したのである。結果として、カッブの打率は.385、ラジョイの打率は.384となり、軍配はカップに挙がったのである(しかし、その後の調査により、カッブの安打数は2安打余計に追加されていることがわかり、カップは打率.383となることになり、本来であればラジョイが首位打者ということになるが、公式記録上はカッブが首位打者となっていることに変わりはないらしい)。
その後も高い打率を維持する打撃を見せ、1914年までクリーブランドに在籍。1914年からの2年間は古巣のアスレティックスに戻ってプレーし、メジャーリーグの舞台から退いている。通算成績で3242本という安打数は、当時でホーナス・ワグナーに次ぐ2位のメジャー記録だった。アメリカンリーグで記録した2521本という安打数も1918年にカッブに抜かれるまでのリーグ記録だったのである。1937年には晴れて野球殿堂入りも決めている。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1896 PhP 39 175 36 57 12 7 4 42 11 1 7 .326 .543 .326 1897 PhP 127 545 107 197 40 23 9 127 -- 15 20 .388 .569 .361 1898 PhP 147 608 113 197 43 11 6 127 -- 21 25 .351 .461 .324 1899 PhP 77 312 70 118 19 9 6 70 -- 12 13 .415 .554 .378 1900 PhP 102 451 95 152 33 12 7 92 -- 10 22 .361 .510 .337 1901 PhA 131 544 145 232 48 14 14 125 -- 24 27 .462 .643 .426 1902 PhA 1 4 0 1 0 0 0 1 -- 0 1 .250 .250 .250 1902 Cle 86 348 81 132 35 5 7 64 -- 19 19 .412 .569 .379 1903 Cle 125 485 90 167 41 11 7 93 -- 24 21 .370 .518 .344 1904 Cle 140 553 92 208 49 15 5 102 -- 27 29 .409 .546 .376 1905 Cle 65 249 29 82 12 2 2 41 -- 17 11 .373 .418 .329 1906 Cle 152 602 88 214 48 9 0 91 -- 30 20 .382 .465 .355 1907 Cle 137 509 53 152 30 6 2 63 -- 30 24 .337 .393 .299 1908 Cle 157 581 77 168 32 6 2 74 -- 47 15 .336 .375 .289 1909 Cle 128 469 56 152 33 7 1 47 -- 35 13 .370 .431 .324 1910 Cle 159 591 94 227 51 7 4 76 -- 60 26 .431 .514 .384 1911 Cle 90 315 36 115 20 1 2 60 -- 26 13 .411 .454 .365 1912 Cle 117 448 66 165 34 4 0 90 -- 28 18 .400 .462 .368 1913 Cle 137 465 66 156 25 2 1 68 17 33 17 .389 .404 .335 1914 Cle 121 419 37 108 14 3 0 50 15 32 14 .303 .305 .258 1915 PhA 129 490 40 137 24 5 1 61 16 11 10 .292 .355 .280 1916 PhA 113 426 33 105 14 4 2 35 26 14 15 .264 .312 .246 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2480 9589 1504 3242 657 163 82 1599 85 516 380 .372 .466 .338
受賞タイトル一覧
- 首位打者3回(1901-AL,1903-AL,1904-AL)
- 本塁打王1回(1901-AL)
- 打点王2回(1901-AL)
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