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Nap LAJOIE(ナップ・ラジョイ)

Major League Baseball

#* ナップ・ラジョイ(Nap LAJOIE) | 2B

ナップ・ラジョイ

  • 1896年・フィリーズと契約
  • 1874年9月5日生 右投右打 181センチ 88キロ
  • ローズアイランド州出身

選手の紹介文
近代メジャーリーグで初の三冠王となったラジョイ。19世紀から20世紀にかけて活躍したナップ・ラジョイ。1901年には三冠王に輝くなど、優れたバットマンとして3200本を超える安打数を記録した。メジャーリーグ創世記ならではの契約面でのトラブルや、度重なる怪我にも苦しみながら結果を残したのである。セカンドベースマンとしても広い守備範囲を売りとし、優雅なプレーでチームを救った。

ローズアイランド州に生まれたラジョイ。両親はフランスからの移民だったという。ラジョイが21歳の頃の1896年、フィリーズと契約。契約した時点ではそれほど高い評価を受けていたわけではないが、マイナーで打率.429という高打率を残し、メジャーに昇格した。この年は39試合の出場で打率.326という数字を残している。

1897年は127試合に出場し、打率.361、9HR、127打点をマーク。2塁打が40本、3塁打が23本と長打を量産し、1試合で13塁打を記録することもあったという。翌1898年からはポジションをそれまでのファーストからセカンドに移り、打率.324、6HR、127打点に加え、リーグトップの43本の2塁打を記録している。1899年は試合中の走者との激突で約2ヶ月余りも欠場し、77試合の出場に留まるが、打率.378を挙げている。

1900年も打率.337と好成績を残したラジョイだが、この当時はナショナルリーグが12球団から8球団に削減されることと、翌年からアメリカンリーグが新たに設立されることが球界全体を揺さぶっていた。その大きなうねりの中でラジョイは1901年、同じフィラデルフィアに本拠を構えるアスレティックスへの移籍を決めた。フィリーズ時代の年俸は2400ドルだったが、コニー・マック率いるアスレティックスの提示は4000ドルだったという。

アスレティックスへ移籍した1901年、アメリカンリーグ創立1年目という記念すべきシーズンでラジョイは131試合に出場し、打率.426、14HR、125打点という圧倒的な数字で三冠王を獲得。新興リーグのアメリカンリーグにとっては最高のスター選手となったのである。しかし、ラジョイを失ったフィリーズにとって、この移籍は認められるものではなく、訴訟沙汰となった。

フィリーズの主張は、移籍は無効で、フィリーズ以外の球団でのプレーは許されるものではないというものだった。これはペンシルベニア州の最高裁でフィリーズの主張が認められることになり、1902年のラジョイは開幕戦に出場しただけでプレーすることができなくなった。もはやアスレティックスだけの問題ではなく、アメリカンリーグ全体の問題となったのである。結果として、最高裁での判決をペンシルベニア州限定のものとも解釈可能であることから、ラジョイをアスレティックスからクリーブランドの球団(現在のインディアンズ)へ移籍すさせることになったのである。

1902年6月からメジャーリーグの舞台に戻ってきたラジョイは、86試合の出場で打率.379をマークしている。当時のラジョイの人気は非常に高く、メジャーリーグ創世記を支えた貴重な人気選手の一人であった。当時のクリーブランドの球団はブルーズという愛称だったが、1903年からは一般公募からナップスとなるが、これはラジョイの人気からである(インディアンズとなるのはラジョイが離脱した後の1915年からである)。

1903年に打率.344、1904年に打率.376と連続で首位打者に輝いたラジョイ。1905年からは兼任監督となったが、この年は試合中の怪我で選手としてはわずか65試合の出場に終わっている。翌年以降も監督としてはそれなりの結果を残すが、選手としてはそれまでと比べると若干劣る形になっている。そして1909年限りで兼任監督は終わり、1910年からは選手に専念することになった。

タイ・カッブとのバットマンレースは熾烈を極めた。1910年のラジョイは、この時点で安打製造機として台頭していたタイ・カッブと激しい首位打者争いを演じたのである。シーズン終盤まで争いが続いたが、カッブが若干優勢で安全圏と判断したこともあり、最終2試合を欠場した。これに対し、ラジョイは最終日の対ブラウンズとのダブルヘッダーで合わせて8打数8安打という固め打ちを見せて、カッブの打率(.382)を上回った(.383)のである。8安打の内訳は、1本目は3塁打だったが、それ以降は3塁線へのバントヒットだった。

ブラウンズのサードが深く守っていたことにより、バントヒットを積み重ねたのではないかという疑念が挙がり、当時のリーグ会長が2人の打撃成績を見直す指示を出したのである。結果として、カッブの打率は.385、ラジョイの打率は.384となり、軍配はカップに挙がったのである(しかし、その後の調査により、カッブの安打数は2安打余計に追加されていることがわかり、カップは打率.383となることになり、本来であればラジョイが首位打者ということになるが、公式記録上はカッブが首位打者となっていることに変わりはないらしい)。

その後も高い打率を維持する打撃を見せ、1914年までクリーブランドに在籍。1914年からの2年間は古巣のアスレティックスに戻ってプレーし、メジャーリーグの舞台から退いている。通算成績で3242本という安打数は、当時でホーナス・ワグナーに次ぐ2位のメジャー記録だった。アメリカンリーグで記録した2521本という安打数も1918年にカッブに抜かれるまでのリーグ記録だったのである。1937年には晴れて野球殿堂入りも決めている。

<written by Kenji@webmaster>

各年度別成績一覧

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 1896  PhP   39  175   36   57  12   7   4   42   11    1    7  .326 .543  .326
 1897  PhP  127  545  107  197  40  23   9  127   --   15   20  .388 .569  .361
 1898  PhP  147  608  113  197  43  11   6  127   --   21   25  .351 .461  .324
 1899  PhP   77  312   70  118  19   9   6   70   --   12   13  .415 .554  .378
 1900  PhP  102  451   95  152  33  12   7   92   --   10   22  .361 .510  .337
 1901  PhA  131  544  145  232  48  14  14  125   --   24   27  .462 .643  .426
 1902  PhA    1    4    0    1   0   0   0    1   --    0    1  .250 .250  .250
 1902  Cle   86  348   81  132  35   5   7   64   --   19   19  .412 .569  .379
 1903  Cle  125  485   90  167  41  11   7   93   --   24   21  .370 .518  .344
 1904  Cle  140  553   92  208  49  15   5  102   --   27   29  .409 .546  .376
 1905  Cle   65  249   29   82  12   2   2   41   --   17   11  .373 .418  .329
 1906  Cle  152  602   88  214  48   9   0   91   --   30   20  .382 .465  .355
 1907  Cle  137  509   53  152  30   6   2   63   --   30   24  .337 .393  .299
 1908  Cle  157  581   77  168  32   6   2   74   --   47   15  .336 .375  .289
 1909  Cle  128  469   56  152  33   7   1   47   --   35   13  .370 .431  .324
 1910  Cle  159  591   94  227  51   7   4   76   --   60   26  .431 .514  .384
 1911  Cle   90  315   36  115  20   1   2   60   --   26   13  .411 .454  .365
 1912  Cle  117  448   66  165  34   4   0   90   --   28   18  .400 .462  .368
 1913  Cle  137  465   66  156  25   2   1   68   17   33   17  .389 .404  .335
 1914  Cle  121  419   37  108  14   3   0   50   15   32   14  .303 .305  .258
 1915  PhA  129  490   40  137  24   5   1   61   16   11   10  .292 .355  .280
 1916  PhA  113  426   33  105  14   4   2   35   26   14   15  .264 .312  .246
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total     2480 9589 1504 3242 657 163  82 1599   85  516  380  .372 .466  .338

受賞タイトル一覧

  • 首位打者3回(1901-AL,1903-AL,1904-AL)
  • 本塁打王1回(1901-AL)
  • 打点王2回(1901-AL)

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