- 2008-12-22 (月) 0:05
- MLB Players
#5 ノマー・ガルシアパーラ(Nomar GARCIAPARRA) | SS

- 1994年6月ドラフト・レッドソックス1位(全米12番目)
- 1973年7月23日生 右投右打 183センチ 75キロ
- カリフォルニア州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 2006 LAD 122 469 82 142 31 2 20 93 30 42 3 .367 .505 .303 2007 LAD 121 431 39 122 17 0 7 59 41 31 3 .328 .371 .283 2008 LAD 55 163 24 43 9 0 8 28 11 15 1 .326 .466 .264 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1369 5426 910 1702 362 52 226 920 526 395 93 .363 .525 .314
選手の紹介文
かつて打率4割に近い男として名前の挙がっていたノマー・ガルシアパーラ。レッドソックス時代には2年連続首位打者となるなど、高い打撃能力には定評があった。その後は怪我もあり低迷し、レッドソックスから放出された後はなかなか満足出来る数字は残しておらず、正念場となるシーズンが続いている。
ノマーという名前は非常に珍しい名前である。というのも父がラモン(Ramon)ということから、そのスペルをひっくり返してノマー(Nomar)にしたというユニークなエピソードを持つ。ノマーという名前をもらった少年は子供の頃から、野球にサッカー、フットボールに熱を上げ、その中で最も熱中したのがサッカーであった。
高校時代に野球の実力が認められ、卒業時にはブリュワーズから5位指名(全米131番目)を受ける。これを蹴ってジョージア工科大学へ進学を決めた。大学進学後の1992年にはバルセロナオリンピックのアメリカ代表メンバーに選ばれ、銅メダルを手にしている。この時の代表メンバーには、ジェイソン・ジオンビーやフィル・ネビン、チャールズ・ジョンソンらがいた。
大学での3年間で通算記録は、打率.372、23HR、166打点という蒼々たるものである。3年時には、打率.427(274打数117安打)を記録。同大学で1シーズン100安打を達成したのはガルシアパーラで4人目である。輝かしい大学生活を経て、1994年のドラフトでレッドソックスから1位指名(全米12番目)を受け、晴れてプロ入りを果たした。
1995年は2Aトレントンで1年間プレーし、125試合の出場で、打率.267、8HR、47打点、35盗塁を記録。翌1996年は、3Aポータケットで43試合に出場し、打率.343をマークするや、シーズン後半にはメジャーへ昇格した。昇格後もジョン・バレンティンというショートのレギュラーがいながら、ショートのポジションを任された。
1997年は開幕からレッドソックスの1番打者として定着。新人らしからぬ活躍を見せ、打率.306、30HR、98打点という好成績を残し、シーズンオフの新人王投票では、満票で文句なしの新人王に輝いた。この年放った209安打というのはリーグトップの記録で、さらに新人としては54年ぶりとなる30試合連続ヒットも記録した。1番打者としては史上最高となる98打点を記録し、さらにリーグトップの11本の3塁打を記録している。さらに7月24日の対アスレティックス戦ではサイクルヒットも記録した。
翌1998年は、新人王受賞の翌シーズンということで2年目のジンクスということが話題に挙がったが、ガルシアパーラには関係なかった。5月半ばに肩を痛めたことから一時、故障者リスト入りするが、シーズントータルの数字としては、前年を上回った。前年より10試合少ない143試合の出場ながら、打率.323、35HR、122打点という凄まじさである。
オフにはワイルドカードで初のポストシーズンを経験。インディアンズとのディビジョンシリーズでは1勝3敗と敗れてしまうが、ガルシアパーラはこの4試合で3本のHRを放ち、シリーズ新記録となる11打点をマーク。名選手に必要な条件である「大試合に強い」という一面を見事に見せつけた。
1999年は怪我もあり、135試合の出場に留まったが、打率.357で首位打者を獲得。27HR、104打点という数字も十分なもので、チームは2年連続でワイルドカードとしてポストシーズン進出。前年に引き続き、インディアンズとディビジョンシリーズを戦い、2連敗後の3連勝でひとつの壁を乗り越えた。続くヤンキースとのリーグチャンピオンシップシリーズでは1勝4敗で敗れ、1986年以来のワールドシリーズ進出は果たせなかった。そんな中でもガルシアパーラは、ポストシーズン10試合で打率.406(32打数12安打)、4HR、9打点をマークしている。さらにこの年は本拠地ボストンでオールスターゲームが行われ、初めてのファン投票での選出を果たしている。
2000年のガルシアパーラは、5月に一時故障者リストに入るが復活後は好調な打撃を見せた。貧打に苦しむチームの中で火を噴き、7月には打率が4割を越えることもあった。結局、打率.372でシーズンを終えたが、2年連続で首位打者のタイトルを獲得したのである。しかし、チームは勢いに乗れず、投手陣においてはペドロ・マルチネスの孤軍奮闘もむなしく、3年連続となるポストシーズン進出は逃してしまったのである。
マニー・ラミレス、野茂英雄を獲得し、打倒ヤンキースの一番手としてあげられて臨んだ2001年、開幕前にガルシアパーラは手首の手術に踏み切り、前半戦を棒に振ることになってしまった。そして、戦線復帰は7月29日の対ホワイトソックス戦まで遅れることとなってしまった。ガルシアパーラ自身の「2001年開幕戦」において、HRを含む4打数2安打3打点を記録し、その存在感を十分にアピールした。しかし、再び故障者リスト入りし、この年はわずか21試合の出場にとどまり、チームも失速している。
2002年、戦線復帰したガルシアパーラは156試合に出場し、打率.310、24HR、120打点をマーク。特にリーグトップとなる56本の2塁打を記録しており、これはショートストップとして歴代最多となる数字である。翌2003年も156試合の出場で打率.301、28HR、105打点という成績を残し、13本の3塁打を記録するなど中距離打者としての実力を発揮していた。しかし、長期契約を結びたい球団とは契約がまとまらないでいた。
2004年は開幕前にラミレスとアレックス・ロドリゲスとの交換トレードが進んでいることが浮上。ガルシアパーラと同じポジションのロドリゲスの獲得は、ガルシアパーラの放出が近いことを匂わせていたのである(事実、ガルシアパーラとマグリオ・オルドニェスの交換トレードも水面下で進んでいた)。しかし、ラミレスとロドリゲスのトレードが選手会の反対もあり、決定直前で頓挫してしまった。そんな2004年シーズン、ガルシアパーラは故障者リストで開幕を迎えることになった。
6月に入ってようやく戻ってきたガルシアパーラだが、この時点でレッドソックスにはデビッド・オルティス、ケビン・ミラーの台頭もあり、かつてレッドソックスの顔として存在していたガルシアパーラの存在感は薄くなってきていたのである。そんな中、7月31日に4球団の絡むトレードでカブスへの移籍が決まったのである(皮肉にもガルシアパーラが抜けたこの年のレッドソックスは86年ぶりの世界一となり、「バンビーノの呪い」を振り払っている)。
カブス移籍後、背番号8を付けていたが、レッドソックス時代から慣れ親しんできた背番号5を付けていたマイケル・バレットと背番号を交換。カブス移籍後は43試合に出場し、打率.297、4HR、20打点という数字に終わっている。オフになっても、首位打者を獲得していた頃より際立った打撃を見せないガルシアパーラには期待するようなオファーは届かず、2005年までカブスに残留するが、相次ぐ怪我で満足できない結果に終わっている。
2006年はドジャースと契約し、ポジションもファーストに移った。開幕時は出遅れるが、復帰後は勝負強い打撃を見せた。122試合の出場で打率.303、20HR、93打点という非凡な成績を残した。オフにはドジャースと2年間1850万ドルで契約延長に合意。2007年はチーム事情からサードも守るようになるが、またしても怪我の影響から打率.283、7HR、59打点に終わってしまった。
2008年もスプリングトレーニング時に受けた死球が元で出遅れ、4月半ばに復帰するもすぐに怪我で故障者リスト入りするなどわずか55試合にしか出場していない。シーズン途中にかつてのチームメイトであるラミレスも移籍してきて、チームも快進撃を見せてポストシーズンに出場する機会にも恵まれている(リーグチャンピオンシップシリーズで敗退)。オフにはFAとなっている。
レッドソックス時代のガルシアパーラは、仮に自分が素晴らしい成績を残してもワールドチャンピオンになれなければ意味がないと言い切る勝利主義者である。運命のいたずらかワールドシリーズ出場経験はまだない。怪我に苦しむシーズンが続いているが、残された時間はわずかしかない。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
- 首位打者:2回(1999-AL、2000-AL)
受賞アワード一覧
- 新人王(1997-AL)
- シルバースラッガー賞:1回(1997-AL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1996 Bos 24 87 11 21 2 3 4 16 14 4 5 .272 .471 .241 1997 Bos 153 684 122 209 44 11 30 98 92 35 22 .342 .534 .306 1998 Bos 143 604 111 195 37 8 35 122 62 33 12 .362 .584 .323 1999 Bos 135 532 103 190 42 4 27 104 39 51 14 .418 .603 .357 2000 Bos 140 529 104 197 51 3 21 96 50 61 5 .434 .599 .372 2001 Bos 21 83 13 24 3 0 4 8 9 7 0 .352 .470 .289 2002 Bos 156 635 101 197 56 5 24 120 63 41 5 .352 .528 .310 2003 Bos 156 658 120 198 37 13 28 105 61 39 19 .345 .524 .301 2004 Bos 38 156 24 50 7 3 5 21 16 8 2 .367 .500 .321 2004 ChC 43 165 28 49 14 0 4 20 14 16 2 .364 .455 .297 2005 ChC 62 230 28 65 12 0 9 30 24 12 0 .320 .452 .283 2006 LAD 122 469 82 142 31 2 20 93 30 42 3 .367 .505 .303 2007 LAD 121 431 39 122 17 0 7 59 41 31 3 .328 .371 .283 2008 LAD 55 163 24 43 9 0 8 28 11 15 1 .326 .466 .264 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1369 5426 910 1702 362 52 226 920 526 395 93 .363 .525 .314
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:6回(1997-AL、1999-AL、2000-AL、2002-AL、2003-AL、2006-NL)
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