- 2009-09-16 (水) 0:08
- MLB Players
#18 オーランド・キャブレラ(Orlando CABRERA) | SS

- 1993年6月・エクスポズと契約
- 1974年11月2日生 右投右打 178センチ 86キロ
- コロンビア出身
過去3年間の成績
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 2006 LAA 153 607 95 171 45 1 9 72 58 51 27 .335 .404 .282 2007 LAA 155 638 101 192 35 1 8 86 64 44 20 .345 .397 .301 2008 CWS 161 661 93 186 33 1 8 57 71 56 19 .334 .371 .281 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1572 5962 799 1632 374 29 105 684 564 433 184 .322 .399 .274
選手の紹介文
ショートストップとしてゴールドグラブ賞受賞経験のあるオーランド・キャブレラ。高い守備能力は強いチームの中を渡り歩いて実績を積み重ねながらも、知名度という面では若干低いと言える。打撃面では中距離打者として安定した数字を残すなど走攻守で高レベルを維持しているだけに、見逃せない選手である。
コロンビア出身のキャブレラは、実兄ホルベルトが1990年にエクスポズと契約したことに続き、1993年に同じくエクスポズと契約を結び、そのキャリアをスタートさせた(後に兄もメジャーへと昇格しているが、定着はしていない)。さらに父は、マーリンズのスカウトとして、同郷のエドガー・レンテリアをスカウトした実績を持っている。
契約した年はドミニカのサマーリーグに参加し、38試合の出場で打率.344と非凡な実力を見せている。翌1994年からはアメリカ本土のルーキーリーグに参加。22試合の出場ではあったが、打率.315をマーク。1995年には1Aバーモントで65試合に出場し、打率.282を記録するなど、順調なスタートを切ったのである。
1996年、上のランクの1Aデルマーバでショートストップとセカンドの両方を守りながら、134試合に出場して、打率.252、14HR、65打点を記録。28本の2塁打、4本の3塁打を放ち、さらに51盗塁というリーグ4位となる数字を残している。非凡な野球センスが発揮され、エクスポズ傘下でもその評価を大いに高めた。
1997年、エクスポズのスプリングトレーニングにも参加する機会を手にしたキャブレラ。開幕は1Aウエストパームビーチだったが、69試合の出場で打率.276、32盗塁と抜群のスピードを見せ、6月半ばには2Aハリスバーグへと昇格し、7月末には3Aオタワと駆け上がり、9月には待望のメジャー昇格を果たしたのである。
コロンビア出身のメジャーリーガーとしては、ルイス・カストロ(1902年)、オーランド・ラミレス(1974~79年)、ジャッキー・グティエレス(1983~88年)、レンテリアに続いてキャブレラが5人目となる。9月のメジャー昇格後は、ほとんどが途中出場ではあったが、16試合にのみ出場する機会を得たのである。
1998年、開幕こそ3Aオタワで迎え、66試合の出場で打率.232と苦しんだ。その中で6月後半にメジャー昇格し、若いホゼ・ビドロとセカンドで併用される形となった。そして、7月末にマーク・グルジラネックがドジャースへ移籍したことでキャブレラはショートストップを中心に守るようになったのである。結果としてメジャーでは、79試合に出場して、打率.280、3HR、22打点という数字を残している。
1999年は開幕からエクスポズのショートストップに定着。4月後半から42試合連続ノーエラーという安定した守備を見せて、チームに大きく貢献。しかし、8月の試合でゴロを打ってファーストへ駆け込んだ際、左足首を痛めるアクシデントで、そのままシーズンを終えることとなった。シーズン通しては104試合の出場で打率.254、8HR、39打点に終わったが、守備率.992はリーグトップでもあった。
2000年も安定した守備力を見せたキャブレラ。左肩を痛めた影響で約1ヶ月の離脱はあったが、125試合の出場で打率.237、13HR、55打点をマーク。初めて2桁HRを記録するなどパワーを見せたが、セカンドを守るビドロとは合わせて37HR、152打点を挙げており、セカンドとショートの組み合わせではリーグ2位となる(リーグトップはジャイアンツのジェフ・ケントとリッチ・オーリリアの55HR、204打点)。
2001年、怪我なく162試合全試合に出場を果たすと、高い守備能力が評価され、自身初となるゴールドグラブ賞を受賞。エクスポズの選手としてもシーズン全試合に出場するのはウォーレン・クロマティ(1980年)以来の快挙となる。打撃面でも打率.276、14HR、96打点、19盗塁に加え、41本の2塁打と成長の跡を見せ、シーズン終盤にはクリーンナップを任されることもあった。
2002年は153試合の出場で打率.263、7HR、56打点、25盗塁と若干数字を落としてしまうが、43本の2塁打はチームメイトのビドロと並びリーグ3位タイの記録となる。翌2003年には再度162試合にフル出場して、打率.297、17HR、80打点、24盗塁とキャリア最高の数字を残した。2塁打もリーグ6位タイの47本を記録しており、これはエクスポズ史上でグルジラネック(54本/1997年)、ビドロ(51本/2000円)に次ぐ3位となる数字である。
2004年、なかなか数字が上がらない状態が続いていたキャブレラだが、この年限りでFAとなることもあり、7月末に優勝を目指すレッドソックスへの移籍が決まった。レッドソックスの象徴的な存在とされていたノマー・ガルシアパーラを放出する形で、代わりにショートストップを任されたキャブレラだったが、安定した守備はもちろん、打撃面でも移籍後の58試合で打率.294をマーク。
レッドソックスのワイルドカードとしてのポストシーズン進出にも貢献した。そして、ディビジョンシリーズ(対エンゼルス)、リーグチャンピオンシップシリーズ(対ヤンキース)、ワールドシリーズ(対カージナルス)を勝ち抜き、世界一の座に輝くが、その中でキャブレラは打率.288、11打点を挙げており、勝負強さが光った。そして、オフには晴れてFA宣言することとなった。
2005年、エンゼルスと4年間3200万ドルという大型契約に合意。人気のあったデビッド・エクスタインを放出してまでして獲得したキャブレラである。そして、安定した守備力で信頼を手にした。ショートストップとしての守備率.988は、オマー・ビスケルに並ぶメジャートップタイの数字であり、エクスタインが記録した球団記録(.988/2004年)に並ぶ者である。打撃面では後半に落ち込み、打率.257、8HR、86打点に終わっている。
2006年、4月後半から約2ヶ月半にも渡り、球団記録となる63試合連続出塁を達成。これは史上6番目の記録となり、メジャー記録はテッド・ウイリアムスの84試合である。7月2日の対ドジャース戦ではホームスチールを達成するなど好調を維持したキャブレラ。結果として、153試合の出場で打率.282、9HR、72打点に加え、キャリアハイの27盗塁をマークしている。
2007年、5月以降に成績を上げていき、終わってみれば155試合の出場で打率.301、8HR、86打点、20盗塁という成績を残した。安打数(192本)も得点(101点)のいずれもキャリアハイの数字である。守備での安定感も評価され。自身2度目のゴールドグラブ賞も受賞している。そして、オフには交換トレードでホワイトソックスへの移籍が決まった(交換相手はジョン・ガーランド)。
2008年、ホワイトソックスのショートストップとして開幕を迎えた。前年まではホアン・ウリーベが守っていたショートストップだが、そのウリーベをセカンドに移し、キャブレラにショートを任された。しかし、前半戦は2割台前半の打率に苦しみ、後半戦で取り戻した。結果は161試合の出場で打率.281、8HR、57打点、19盗塁という数字に終わっている。監督であるオジー・ギーエンともそりが合わず、オフには台頭してきたアレクセイ・ラミレスをショートストップで起用したいというチーム方針から契約延長はならず、FAとなってしまった。
2009年の開幕直前にアスレティックスと契約合意。序盤はなかなか数字が上がらずに苦しんだが、7月以降でようやく好調を取り戻すと、7月末にはツインズへの移籍が決まった(交換相手はマイナー選手のテイラー・レイデンドルフ)。守備面での衰えはささやかれるが、まだまだ守備範囲の広さや強肩ぶりはチームの貴重な戦力である。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- ゴールドグラブ賞:2回(2001-NL、2007-AL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1997 Mon 16 18 4 4 0 0 0 2 3 1 1 .263 .222 .222 1998 Mon 79 261 44 73 16 5 3 22 27 18 6 .325 .414 .280 1999 Mon 104 382 48 97 23 5 8 39 38 18 2 .293 .403 .254 2000 Mon 125 422 47 100 25 1 13 55 28 25 4 .279 .393 .237 2001 Mon 162 626 64 173 41 6 14 96 54 43 19 .324 .428 .276 2002 Mon 153 563 64 148 43 1 7 56 53 48 25 .321 .380 .263 2003 Mon 162 626 95 186 47 2 17 80 64 52 24 .347 .460 .297 2004 Mon 103 390 41 96 19 2 4 31 31 28 12 .298 .336 .246 2004 Bos 58 228 33 67 19 1 6 31 23 11 4 .320 .465 .294 2005 LAA 141 540 70 139 28 3 8 57 50 38 21 .309 .365 .257 2006 LAA 153 607 95 171 45 1 9 72 58 51 27 .335 .404 .282 2007 LAA 155 638 101 192 35 1 8 86 64 44 20 .345 .397 .301 2008 CWS 161 661 93 186 33 1 8 57 71 56 19 .334 .371 .281 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1572 5962 799 1632 374 29 105 684 564 433 184 .322 .399 .274
キャリアハイライト一覧
- 世界一経験:1回(2004-Bos)
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[...] ベネズエラに生まれたキャブレラは、幼少時から類い希な身体能力に恵まれていた。2002年8月、まだキャブレラが16歳だった頃にマリナーズと契約。翌2003年より、故郷サマーリーグでプロとしてのキャリアをスタートさせた。55試合に出場して、打率.283をマークしたが、ショートストップとしての高い守備能力はオーランド・キャブレラを彷彿させた。 [...]



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