- 2009-06-08 (月) 0:02
- MLB Players

#21 ポール・オニール(Paul O’NEILL) | OF

- 1981年6月ドラフト・レッズ4位(全米93番目)
- 1963年2月25日生 左投左打 193センチ 98キロ
- オハイオ州出身
選手の紹介文
確実性のある高い打撃能力で、ヤンキース黄金時代を呼び寄せたポール・オニール。1994年には首位打者のタイトルを獲得している。毎年のように安定した一定の数字を残し続けたプレースタイルは現役を退いてからも、ファンから熱烈な支持を受けた。ヤンキースの背番号21番は聖域のような形になっている。
オハイオ州に生まれたオニールは家族揃って地元レッズの大ファンだった。幼少時には1970年までレッズが本拠地としていたクロースリーフィールドにも足を運んでいる。そんなオニールの憧れはレッズと対するパイレーツのロベルト・クレメンテだった。後に同じ背番号21番を付けて、ライトを守ることとなる。
高校卒業時の1981年ドラフトで、地元レッズから4位指名(全米93番目)を受けて、プロ入りを決めた。走攻守揃った外野手というのが当時の評判で、指名されたその年はルーキーリーグで66試合に出場し、打率.315をマークするなど非凡な打撃センスを見せている。その後は1A、2Aで経験を積み重ねるが、しばらくは打率.270周辺に停滞していた。
1984年、2Aバーモントでフルシーズン過ごし、134試合の出場で打率.265、16HR、76打点とパワー面での結果を残した。翌1985年には3Aデンバーへと昇格すると、137試合に出場し、打率.305、7HR、74打点をマーク。安打数(155本)、2塁打数(32本)はいずれもリーグトップであった。そして、この年の9月には待望のメジャー昇格を果たしている(出場はわずか5試合)。
すんなりとレッズの外野の一角に食い込むのは難しかった。1986年は開幕序盤にわずか3試合しか出場できず、ほとんどを3Aで過ごすこととなった。翌1987年もメジャーのロースターに名を連ねながらも84試合にしか出場出来ないなど、苦しい時期が続いた。1988年にライトのポジションを確保。主に5番打者としての起用が続き、145試合の出場で打率.252、16HR、73打点という数字を残している。
1989年、開幕序盤から好調な打撃を披露。夏場に離脱したことはあり、尻すぼみな状態にはなったが、117試合に出場し、打率.276、15HR、74打点という数字を残した。この年の守備で、オニールはライトに転がったゴロを上手く捕れずファンブルし、そのままボールを左足で蹴ってしまい、内野にボールを返す珍プレーも見せている。
1990年、ルー・ピネラ新監督の元、レッズは躍進を果たした。バリー・ラーキン、エリック・デービス、ホゼ・リホ、ランディ・マイヤーズらの踏ん張りもあり、地区優勝を果たした。その中でオニールは145試合の出場で打率.270、16HR、78打点をマーク。リーグチャンピオンシップシリーズ(対パイレーツ)では打率.471(17打数8安打)を記録し、リーグ優勝に貢献。ワールドシリーズ(対アスレティックス)では、オニールは不振だったが、戦前の不評を吹き払い、世界一となっている。
1991年、145試合の出場で打率.252、28HR、91打点とパワーを見せたオニール。オールスターゲームにも初選出されている。翌1992年は148試合に出場して、打率.246、14HR、66打点と数字を落とした。当時のオニールは長打を狙いすぎる傾向があり、打率は低く、安定感という意味では欠けていたのである。そして、オフになると交換トレードによるヤンキースへの移籍が決まった(交換相手はロベルト・ケリー)。
1993年、ヤンキースへの移籍1年目となるシーズンがオニールにとって転機となった。ウェイド・ボッグス、ドン・マッティングリーらとチームメイトになったことも幸いしたのかもしれないが、オニールの打撃自体が無理に長打を狙わないように変わってきた。そして141試合に出場したこの年、打率.311、20HR、75打点という好成績を残した。初めて打率3割を記録したのである。
1994年、ストライキで中断されたシーズンだが、103試合の出場で打率.359、21HR、83打点という数字を残し、首位打者のタイトルを獲得した。MVP投票でも見事に5位にランクインしている。1995年からはヤンキースの3番打者に定着。127試合に出場し、打率.300、22HR、96打点と前年の首位打者がフロックではないことを証明。また、長年優勝から遠ざかっていたヤンキースにも遅い春が訪れようとしていた。
1996年、開幕序盤から好調な打撃を見せて、オニールはチームを引っ張った。ジョー・トーレ新監督の元、デレク・ジーター、アンディ・ペティット、マリアーノ・リベラらの台頭や、バーニー・ウイリアムス、ボッグスらの力が噛み合い、見事に地区優勝を飾った。オニールも150試合に出場し、打率.302、19HR、91打点という成績を残している。ポストシーズンではオニール自体はパッとした活躍は出来なかったが、ヤンキースは18年ぶりの世界一となったのである。
1997年は149試合に出場し、打率.324、21HR、117打点と安定した数字を残した。しかし、ディビジョンシリーズ(対インディアンズ)では打率.421(19打数8安打)を記録しながらチームは敗れた。翌1998年、ヤンキースはシーズン114勝を挙げるほどの快進撃を果たし、その中でオニールも3番打者として打率.317、24HR、116打点と勝負強い打撃を見せた。ポストシーズンも勝ち抜き、2年ぶりとなる世界一の名誉も手にしている。
1999年、153試合の出場で打率.285、19HR、110打点という成績に終わり、ヤンキース移籍から続けていた連続シーズン打率3割以上の記録は6年で途切れた。しかし、チームは2年連続で世界一となっている。翌2000年も142試合に出場し、打率.283、18HR、100打点と4年連続100打点をマーク。この年のワールドシリーズ(対メッツ)では打率.474(19打数9安打)を記録し、ヤンキース3連覇に大きく貢献したのである。
一旦FAとなるが、再びヤンキースと1年契約を交わしたオニール。現役最後のシーズンとなるが、137試合に出場して、打率.267、21HR、70打点を記録した。38歳という年齢に関わらず、キャリアハイとなる22盗塁も記録し、「20-20」クラブ入りも果たしている。この年も地区優勝し、ポストシーズンという最高の幕引きの舞台が用意された。
ディビジョンシリーズ(対アスレティックス)では不振だったが、リーグチャンピオンシップシリーズ(対マリナーズ)では打率.417(12打数5安打)をマークして、ヤンキースのリーグ4連覇に貢献。ワールドシリーズ(対ダイヤモンドバックス戦)では第7戦までもつれた結果、世界一は逃したが、本拠地ヤンキースタジアムでの最後の試合となる第5戦には、長年のオニールの貢献を称え、「ポール・オニール」コールが叫ばれる特殊な空間となった。
メジャーでの通算成績は打率.288、2105安打、281HR、1269打点というものである。引退後は解説者として活躍している。また、オニールが付けていた背番号21番は、ヤンキースの永久欠番に指定されてはいないが、実質的に永久欠番に近い形になっている。2008年にラトロイ・ホーキンスが21番を付けると、あまりのファンからの非難に22番へと変更する事態も発生した。ヤンキースファンにとってオニールは、語るに欠かせない選手となったのである。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
- 首位打者:1回(1994-AL)
受賞アワード一覧
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1985 Cin 5 12 1 4 1 0 0 1 2 0 0 .333 .417 .333 1986 Cin 3 2 0 0 0 0 0 0 1 1 0 .333 .000 .000 1987 Cin 84 160 22 41 14 1 7 28 29 18 2 .331 .488 .256 1988 Cin 145 485 58 122 25 3 16 73 65 38 8 .306 .414 .252 1989 Cin 117 428 49 118 24 2 15 74 64 46 20 .346 .446 .276 1990 Cin 145 503 59 136 28 0 16 78 103 53 13 .339 .421 .270 1991 Cin 152 532 71 136 36 0 28 91 107 73 12 .346 .481 .256 1992 Cin 148 496 59 122 19 1 14 66 85 77 6 .346 .373 .246 1993 NYY 141 498 71 155 34 1 20 75 69 44 2 .367 .504 .311 1994 NYY 103 368 68 132 25 1 21 83 56 72 5 .460 .603 .359 1995 NYY 127 460 82 138 30 4 22 96 76 71 1 .387 .526 .300 1996 NYY 150 546 89 165 35 1 19 91 76 102 0 .411 .474 .302 1997 NYY 149 553 89 179 42 0 21 117 92 75 10 .399 .514 .324 1998 NYY 152 602 95 191 40 2 24 116 103 57 15 .372 .510 .317 1999 NYY 153 597 70 170 39 4 19 110 89 66 11 .353 .459 .285 2000 NYY 142 566 79 160 26 0 18 100 90 51 14 .336 .424 .283 2001 NYY 137 510 77 136 33 1 21 70 59 48 22 .330 .459 .267 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2053 7318 1039 2105 451 21 281 1269 1166 892 141 .363 .470 .288
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:5回(1991-NL、1994-AL、1995-AL、1997-AL、1998-AL)
- 世界一経験:5回(1990-Cin、1996-NYY、1998-NYY~2000-NYY)
-
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