- 2008-07-03 (木) 0:09
- MLB Players
#51 ランディ・ジョンソン(Randy JOHNSON) | SP

- 1985年6月ドラフト・エクスポズ2位
- 1963年9月10日生 左投右打 208センチ 101キロ
- カリフォルニア州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 2005 NYY 34 34 4 0 17 8 0 226.2 207 211 47 102 95 3.79 2006 NYY 33 33 2 0 17 11 0 205.0 194 172 60 125 114 5.01 2007 Ari 10 10 0 0 4 3 0 56.2 52 72 13 26 24 3.81 ----------------------------------------------------------------------------- Total 566 556 98 37 284 150 2 3855.1 3065 4616 1422 1556 1381 3.22
選手の紹介文
208センチの長身左腕ランディ・ジョンソンは「ビッグユニット」という愛称で呼ばれる。若手時代は制球力に難があったが徐々に改善されていった。長身から繰り出す剛速球で三振を奪いまくり、奪三振数はメジャー史上歴代2位を誇る(左腕投手としては歴代1位)。サイヤング賞は両リーグでの受賞含め、計5度も受賞。通算300勝の大台へ、1日も早い到達が待たれる。
1963年、カリフォルニア州のサンフランシスコ近くの小さな町で生まれ育ったジョンソン。7歳から野球を本格的に始めたジョンソンにとって、地元アスレティックスの左腕、ヴァイダ・ブルーが憧れだった。ブルーは1971年にMVPとサイヤング賞の同時受賞し、さらに最優秀防御率のタイトルも手にしている大投手である。
幼少時から身長はずば抜けて高かった。さらにその高い運動神経のため、父親から野球の英才教育を受け育つことになる。しかし、自分の体をうまく生かせず、バラバラなフォームのため、ノーコンに苦しんだ。高校に入ってもそのノーコンは続いたが、当時の監督の熱心な指導で、後のジョンソンのピッチングの原型ができあがった。高校最後の試合では見事に完全試合も達成している。ちなみに高校卒業時にはブレーブスから3位で指名されているが、名門南カリフォルニア大学への進学の道を選ぶ。
大学時代の通算成績は16勝12敗。剛速球で三振を次々に奪ってはいくが、同じ数だけ四球も出すという投手だった。しかし、潜在能力の高さは誰もが認めるもので、1985年、エクスポズからドラフト2位指名を受けプロ入りを果たした。
即ルーキーリーグでデビューを果たし、8試合に登板し27回1/2を投げ、0勝3敗。三振は21個を奪ったが、24個の四球を与えていた。これは若い剛速球投手の宿命とも言えるものだが、コーチのアドバイスを有効に生かし、3年目には2Aジャクソンビルで25試合に投げ、11勝8敗を記録し、リーグトップの163個の三振を奪った。一方では四球を128個も与えることが若いジョンソンらしい。
そして、1988年は3Aのインディアナポリスで開幕を迎え、シーズン終盤の9月半ばにことである。デビュー戦は味方の打線の爆発にも恵まれ、初登板初勝利を記録した。このころは、投手としての才能そのものより高い身長にばかりが話題になってた。
翌1989年は開幕前から好調を保ち、新人王の候補にも挙げられていたが、開幕からまさかの4連敗で3Aに降格してしまった。このマイナーにいた頃にマリナーズへの移籍が決まった。ジョンソンの交換相手にはマリナーズのエース、マーク・ラングストンも含まれていた。マリナーズでのデビュー戦はヤンキースタジアムでの対ヤンキース戦であった。初めての大歓声でのプレーだった。
さらに翌1990年、6月2日の対タイガース戦で球団史上初のノーヒッターも達成した。この年、14勝11敗と好成績を残したジョンソンは、1992年オフにノーラン・ライアンの指導を受け、投手としてさらに一回り大きくなる。1993年は最終戦で1試合18奪三振を奪う好投を見せ、終わってみれば19勝8敗と文句につけようのない内容だった。奪三振数は308個を数えた。この年引退したライアンへの栄誉のため、1試合だけ背番号34をつけてプレーしたこともある。
ジョンソンはマリナーズ在籍時の1995年に初めてサイヤング賞を受賞。18勝2敗のとてつもない成績により、6年連続で2桁勝利をマークし、さらに4年連続最多奪三振のタイトルも手にした。チームも球団史上初のプレーオフ進出を果たすなど、ジョンソンにとっては忘れられないシーズンとなった。しかし、初めてのプレーオフ出場で無理をしたためか、翌年に響いた。1997年、前年の怪我から再起をかけたシーズン。ジョンソンはキャリア初、球団初の20勝をマークするなど、1試合19奪三振を2度も記録した。
1998年オフにFAとなるジョンソンを、シーズン途中にマリナーズはアストロズのマイナー3選手と交換した。アストロズのユニフォームに袖を通したジョンソンは、11試合の登板で10勝1敗、防御率1.28という素晴らしいピッチングを見せ、チームの地区制覇に貢献した。しかし、今回も悲願のワールドシリーズ進出はならなかった。ちなみに交換でマリナーズ入りした選手とは、2001年のマリナーズ快進撃に貢献したフレディ・ガルシア、ジョン・ハラマ、カルロス・ギーエンの3人である。
そして、FAとなったジョンソンはダイヤモンドバックスと4年間で5240万ドルの高額契約を結んだ。移籍1年目に17勝9敗、防御率2.48の364奪三振を記録し、自身2度目のサイヤング賞受賞。さらに翌2000年も19勝7敗、防御率2.64の347奪三振でサイヤング賞を連続受賞した。
そして迎えた2001年、前年途中に加入したカート・シリングと共にダイヤモンドバックスを引っ張っていくと思われた。シリングは開幕から好調で、この2大エースは期待に見事に応えた。ジョンソンは5月8日の対レッズ戦において、9回まで投げたところで20個の三振を奪う快投を見せる。チームの援護がないため試合は延長に入り、10回からはキム・ビョンヒョンにマウンドを譲った。試合は延長11回の末、ダイヤモンドバックスが勝利。ジョンソンは試合後、「この日のピッチングをタイムカプセルに入れて未来の人に観てもらいたい」と名言を吐いた。
7月19日のパドレス戦、照明塔が爆発しサスペンデットゲームとなった前日の試合が、中断した3回から再スタートされた。先発はシリングだったが、3回からジョンソンがまさかの救援登板。前日は2回を無安打に抑えたシリングの後を受け継いだジョンソンは、8回裏2アウトでウィキィ・ゴンザレスにヒットを打たれただけで、7回を投げ1安打無失点に抑えた。圧巻だったのは救援したジョンソンが16奪三振を奪ったことである。救援投手として16奪三振というのはメジャー新記録である。これまでは1913年7月25日にワシントン・セネタースのウォルター・ジョンソンが、延長15回まで進んだ試合で11回1/3を救援で投げ、15個の三振を奪ったのが記録だった。

球団創立4年目にしてリーグ優勝を果たしたダイヤモンドバックス。ジョンソンは第2戦で3安打完封勝利、第6戦では7回を2失点に抑える好投を見せた。そして第7戦の8回表、1点ビハインドの場面で2日連続のマウンドに立った。大歓声の中での登板となったが、1回1/3を完全に抑え込み、9回裏の味方の大逆転劇を呼び込んだ。このシリーズで3勝をマークしたジョンソンは、チームメイトのシリングと共にMVPを受賞。
世界一の栄誉も手にしたジョンソンは、1999年から3年連続でのサイヤング賞の受賞も記録。3年連続というのは1992年から95年まで4年連続受賞したグレッグ・マダックス以来である。通算4度の受賞というのもロジャー・クレメンスの7度に次ぎ、マダックス、スティーブ・カールトンに並ぶ大記録である。まさに208センチの長身が大きく輝いた2001年の秋であった。
2002年、24勝(5敗)、防御率2.32、334奪三振で投手3冠王となり、4年連続5度目のサイヤング賞を受賞したジョンソン。5年連続300奪三振を記録する無敵の投球である。翌2003年は故障に苦しみ、わずか6勝(8敗)に終わってしまうが、シーズン終盤に打つ方でキャリア初のHRを放っている。
2004年、40歳となったジョンソンは5月18日の対ブレーブス戦でメジャー史上17人目となる完全試合を達成。最年長での完全試合達成であることは言うまでもない。両リーグでノーヒッターを達成したことになり、これはサイ・ヤング、ジム・バニング、ライアン、野茂英雄に次ぐ5人目の快挙でもある。さらに6月29日の対パドレス戦で通算4000奪三振も記録している。この年は打線の援護に恵まれず、16勝14敗、防御率2.60に終わっている。サイヤング賞投票ではクレメンスに敗れ、2位に終わっている。
2005年はヤンキースへ移籍することになった。ライバル球団とされるレッドソックス相手に5勝0敗と勝負強さを見せ、シーズン通して17勝11敗、防御率3.79という数字を残したが、ポストシーズンで本来の力が出せなかった。翌2006年も開幕時は好調だったが、その後は苦しみ、結果的に17勝11敗、防御率5.01と力の衰えを感じさせてしまうこととなった。
2007年からは古巣ダイヤモンドバックスへ復帰。しかし、背中を痛めて結果的に手術することとなり、シーズン途中での離脱が決定。この時点で通算成績は284勝、4616奪三振というもので更なる大台にまであと少しと迫っている。選手寿命が延びている時代ではあるが、ハードトレーニングにより力を維持しているジョンソン。2008年にはマウンドに戻り復活勝利を飾るなど、まだまだ「ビッグユニット」であり続けるのである。
ジョンソンは、子供の頃から絵画や写真などにものめり込むなど、芸術方面に才能を発揮した。野球同様にロックバンドにも燃えたことがあり、野球選手にならなかったらミュージシャンになっていた、と言いきっている。しかし、今は怖い風貌のジョンソンも昔は泣き虫でどうしようもなく、リトルリーグの入団テストでも寂しさに耐えられず途中で家に帰ってくる子供だったとは、今は信じられない。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1988 Mon 4 4 1 0 3 0 0 26.0 23 25 7 8 7 2.42 1989 Mon 7 6 0 0 0 4 0 30.2 29 26 26 25 22 6.67 1989 Sea 22 22 2 0 7 9 0 131.0 118 104 70 75 64 4.40 1990 Sea 33 33 5 2 14 11 0 220.2 174 194 120 103 89 3.65 1991 Sea 33 33 2 1 13 10 0 201.1 151 228 152 96 89 3.98 1992 Sea 31 31 6 2 12 14 0 210.1 154 241 144 104 88 3.77 1993 Sea 35 34 10 3 19 8 1 255.1 185 308 99 97 92 3.24 1994 Sea 23 23 9 4 13 6 0 172.0 132 204 72 65 61 3.19 1995 Sea 30 30 6 3 18 2 0 214.1 159 294 65 65 59 2.48 1996 Sea 14 8 0 0 5 0 1 61.1 48 85 25 27 25 3.67 1997 Sea 30 29 5 2 20 4 0 213.0 147 291 77 60 54 2.28 1998 Sea 23 23 6 2 9 10 0 160.0 146 213 60 90 77 4.33 1998 Hou 11 11 4 4 10 1 0 84.1 57 116 26 12 12 1.28 1999 Ari 35 35 12 2 17 9 0 272.2 207 364 70 86 75 2.49 2000 Ari 35 35 8 3 19 7 0 249.2 202 347 76 89 73 2.64 2001 Ari 35 34 3 2 21 6 0 250.2 181 372 71 74 69 2.49 2002 Ari 35 35 8 4 24 5 0 260.0 197 334 71 78 67 2.32 2003 Ari 18 18 1 1 6 8 0 114.0 125 125 27 61 54 4.26 2004 Ari 35 35 4 2 16 14 0 246.2 177 290 44 88 71 2.60 2005 NYY 34 34 4 0 17 8 0 226.2 207 211 47 102 95 3.79 2006 NYY 33 33 2 0 17 11 0 205.0 194 172 60 125 114 5.01 2007 Ari 10 10 0 0 4 3 0 56.2 52 72 13 26 24 3.81 ----------------------------------------------------------------------------- Total 566 556 98 37 284 150 2 3855.1 3065 4616 1422 1556 1381 3.22
受賞タイトル一覧
- サイヤング賞5回(1995,99~2002)
- 最優秀防御率4回(1995,99,2001,02)
- 最多勝1回(2002)
- 最多奪三振7回(1992~95,99~2001)
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