Home > MLB Players > Raul MONDESI(ラウル・モンデシー)

Raul MONDESI(ラウル・モンデシー)

Major League Baseball

#43 ラウル・モンデシー(Raul MONDESI) | RF

ラウル・モンデシー

  • 1988年6月・ドジャースと契約
  • 1971年3月12日生 右投右打 180センチ 98キロ
  • ドミニカ共和国出身

選手の紹介文
ドジャース時代には新人王も獲得しているモンデシー。広い守備範囲と強肩で、1990年代のメジャーリーグを代表する外野手だったラウル・モンデシー。メジャーデビューしたドジャースでは新人王にも輝き、2度も「30-30」を達成するほどの選手にまで成長した。トラブルメーカーとしての一面も持つが、その足跡を確実にメジャーリーグに刻み込んだと言える。

ドミニカ共和国に生まれたモンデシーは、幼少時から貧しい環境で生まれ育った。そのモンデシーがドジャースと契約を結んだのは1988年のことである。最初の2年間はドミニカリーグでプレーし、アメリカ本土のルーキーリーグでプレーすることになるのは1990年になってからとなる。若さ故に荒削りが魅力な選手だったのである。

1991年、1Aベイカーズフィールドで開幕を迎えることになるが、前半戦の大半を故障者リストで過ごすこととなった。しかし、この年は2Aサンアントニオに上がり、シーズン終盤には3Aアルバカーキにまで昇格している。翌1992年は開幕を3Aで迎えるが、4度も故障者リスト入りするなど、メジャー昇格を果たせずに終わった。

満を持して迎えた1993年、3Aで110試合に出場し、打率.280、12HR、65打点と好成績を残したモンデシーは7月半ばにようやくメジャーから声がかかる。メジャーデビューは7月19日の対フィリーズ戦である。試合終盤に代打として登場し、見事にメジャー初ヒットを放った。売り物の外野からの強肩でも大きくアピールするなど、この年はメジャーで42試合に出場している。

1994年、開幕からドジャースのレギュラーに定着したモンデシーはその実力をいかんなく発揮した。ストライキで中断されたシーズンの中で、112試合に出場し、打率.306、16HR、56打点をマーク。さらにメジャートップの16捕殺を記録し、新人王のタイトルも獲得。ドジャースからはエリック・キャロスマイク・ピアザに続く3年連続の新人王輩出となったのである(翌年以降も野茂英雄トッド・ホランズワースと続き、5年連続まで伸ばしている)。

1995年も勢いは収まるところを知らなかった。初のオールスター出場の名誉も手にし、ゴールドグラブ賞も獲得。139試合の出場で、打率.285、26HR、88打点、27盗塁という記録を残し、ドジャースとしては1988年のカーク・ギブソン以来となる20HRと20盗塁による「20-20」クラブ入りを果たした。さらに2年連続でメジャートップの16捕殺も記録している。チームも地区優勝を果たし、初めてのポストシーズンも経験することが出来た(しかし、ディビジョンシリーズでレッズに3連敗)。

1996年、すでにメジャーを代表する外野手になっていたモンデシーは、打撃でも高い成績を残す。157試合に出場し、打率.297、24HR、88打点をマークし、2塁打数はリーグ6位となる40本を放っている。翌1997年は、打率.310、30HR、87打点、32盗塁を記録し、球団史上初の「30-30」クラブ入りを決めた。2塁打42本、3塁打5本を含めた長打77本は、モンデシー自身のキャリアハイであり、ドジャースの球団記録にもなった。さらに自身2度目のゴールドグラブ賞も獲得している。

かつては「30-30」クラブ入りも果たしたことがある。1998年はチーム内に移籍が相次ぎ、これまでライトを主に守ってきたモンデシーがセンターに回ることが多くなった。この年は148試合の出場で、打率.279、30HR、90打点、16盗塁という数字を残している。翌1999年は開幕から好調をキープ。5月末の段階でHRダービーのトップに立つほどの打棒を見せていたが、その後はなかなかHRが出なかった。結局、大振りが目立つこともあり、打率は.253とこれまでと加えると大幅に下げたが、33HR、99打点、36盗塁で2度目の「30-30」クラブ入りを果たしている。

球団と揉めることが多くなってきたモンデシーは、この年のオフにはショーン・グリーンとの交換でブルージェイズへ移籍することが決まった。ブルージェイズのユニフォームを着て迎えた2000年は。突然の環境の変化に対応できず、さらに怪我もあり、わずか96試合の出場に留まってしまった。終盤には右肘の手術も決意し、移籍1年目は期待に応えることが出来ずに終わったのである。

戦線に復帰した2001年、守備での安定感は相変わらずだが、打撃は大振りが目立った。149試合の出場で、打率.252、27HR、84打点、30盗塁という成績に終わり、移籍候補として名前が挙がることもしばしばだった。しかし、膨れあがったモンデシーの年俸を引き受ける球団は限られているというのも事実であった。

2002年、開幕序盤からこそ好調だったが、徐々に調子を落としていった。7月1日にヤンキースへの移籍が決まるが、この時点での打率はわずか.224に過ぎない。ヤンキースでも決して高い成績を残したわけではなく、高い年俸のみが残っているという状況である。この年は2球団で合わせて146試合に出場し、打率.232、26HR、88打点という数字を残している。オフには放出要員として名前が挙がったが、残留が決まっている

2003年は開幕をヤンキースのライトで迎え、シーズン序盤が打率3割を超える高打率を維持した。しかし、5月半ばから徐々に下降線をたどり、7月末にはダイヤモンドバックスへの移籍が決まった。移籍後は好調は維持したこともあり、この年は2球団で計143試合の出場で打率.272、24HR、71打点という成績を残した。

強肩強打の外野手も、現役最後は野球以外で迷走した。2004年、開幕直前の2月にパイレーツと契約。パイレーツの外野の一角を占めたモンデシーは好調を維持していたが、5月に入って間もなく、個人的な理由で故郷のドミニカ共和国に帰った。身勝手な行動により、パイレーツから解雇されてしまう。5月末にエンゼルスと契約するも、怪我が相次ぎ、さらに行動が不審であることからメジャーリーグ機構からも調査を受けた。エンゼルスも解雇されることとなるが、後にこれはかつての打撃インストラクターだったマリオ・ゲレーロから脅迫を受けていたことがわかった。

2005年はブレーブスと契約するも、もはや往年の力はなく、5月末を最後に戦線を離れた。そのままメジャーリーグの舞台から遠ざかることとなったのである。メジャーでの通算成績は打率.273、1589安打、271HR、860打点、229盗塁というものである。

【written by Kenji@webmaster】

獲得タイトル一覧

受賞アワード一覧

  • 新人王(1994-NL)
  • ゴールドグラブ賞:2回(1995-NL、1997-NL)

各年度別成績一覧

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 1993  LAD   42   86   13   25   3   1   4   10   16    4    4  .322 .488  .291
 1994  LAD  112  434   63  133  27   8  16   56   78   16   11  .333 .516  .306
 1995  LAD  139  536   91  153  23   6  26   88   96   33   27  .328 .496  .285
 1996  LAD  157  634   98  188  40   7  24   88  122   32   14  .334 .495  .297
 1997  LAD  159  616   95  191  42   5  30   87  105   44   32  .360 .541  .310
 1998  LAD  148  580   85  162  26   5  30   90  112   30   16  .316 .497  .279
 1999  LAD  159  601   98  152  29   5  33   99  134   71   36  .332 .483  .253
 2000  Tor   96  388   78  105  22   2  24   67   73   32   22  .329 .523  .271
 2001  Tor  149  572   88  144  26   4  27   84  128   73   30  .342 .453  .252
 2002  Tor   75  299   51   67  16   1  15   45   57   31    9  .301 .435  .224
 2002  NYY   71  270   39   65  18   0  11   43   46   28    6  .315 .430  .241
 2003  NYY   98  361   56   93  23   3  16   49   66   38   17  .330 .471  .258
 2003  Ari   45  162   27   49   8   1   8   22   31   18    5  .372 .512  .302
 2004  Pit   26   99    8   28   8   0   2   14   27   11    0  .355 .424  .283
 2004  Ana    8   34    2    4   1   0   1    1    4    2    0  .189 .235  .118
 2005  Atl   41  142   17   30   7   1   4   17   35   12    0  .271 .359  .211
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total     1525 5814  909 1589 319  49  271 860 1130  475  229  .331 .485  .273

キャリアハイライト一覧

  • オールスター出場:1回(1995-NL)

Comments:0

Comment Form
Remember personal info

Trackback:0

TrackBack URL for this entry
http://circlechange.com/players/raul-mondesi/trackback
Listed below are links to weblogs that reference
Raul MONDESI(ラウル・モンデシー) from Circle Change

Home > MLB Players > Raul MONDESI(ラウル・モンデシー)

ナショナルリーグ・球団情報
アトランタ・ブレーブス(Atlanta BRAVES) フロリダ・マーリンズ(Florida MARLINS) ニューヨーク・メッツ(New York METS) フィラデルフィア・フィリーズ(Philadelphia PHILLIES) ワシントン・ナショナルズ(Washington NATIONALS) シカゴ・カブス(Chicago CUBS) シンシナティ・レッズ(Cincinnati REDS) ヒューストン・アストロズ(Houston ASTROS) ミルウォーキー・ブリュワーズ(Milwaukee BREWERS) ピッツバーグ・パイレーツ(Pittsburgh PIRATES) セントルイス・カージナルス(St.Louis CARDINALS) アリゾナ・ダイヤモンドバックス(Arizona DIAMONDBACKS) コロラド・ロッキーズ(Colorado ROCKIES) ロサンゼルス・ドジャース(Los Angeles DODGERS) サンディエゴ・パドレス(San Diego PADRES) サンフランシスコ・ジャイアンツ(San Francisco GIANTS)
アメリカンリーグ・球団情報
ボルチモア・オリオールズ(Baltimore ORIOLES) ボストン・レッドソックス(Boston RED SOX) ニューヨーク・ヤンキース(New York YANKEES) タンパベイ・レイズ(Tampa Bay RAYS) トロント・ブルージェイズ(Toronto BLUE JAYS) シカゴ・ホワイトソックス(Chicago WHITE SOX) クリーブランド・インディアンズ(Cleveland INDIANS) デトロイト・タイガース(Detroit TIGERS) カンザスシティ・ロイヤルズ(Kansas City ROYALS) ミネソタ・ツインズ(Minnesota TWINS) ロサンゼルス・エンゼルス(Los Angeles ANGELS) オークランド・アスレティックス(Oakland ATHLETICS) シアトル・マリナーズ(Seattle MARINERS) テキサス・レンジャーズ(Texas RANGERS)
カレンダー
« 2012 年 2 月 »
M T W T F S S
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29        
Amazon.co.jp
タグクラウド
QRコード
Circle Change QRcode
メタ

Return to page top