- 2008-06-07 (土) 0:08
- MLB Players

#24 リッキー・ヘンダーソン(Rickey HENDERSON) | OF

- 1976年6月ドラフト・アスレチックス4位(全米96番目)
- 1958年12月25日生 左投右打 178センチ 86キロ
- イリノイ州出身
選手の紹介文
「史上最高のリードオフマン」と言われ、引退後の野球殿堂入り間違いなしのリッキー・ヘンダーソン。42歳で迎えた2001年のシーズンではベーブ・ルースの通算2062四球、タイ・カッブの通算2245得点と、二人の偉大なスーパースターが保持していた「不滅」と言われるメジャーリーグ記録を塗り替えた。
1958年のクリスマスにシカゴで生まれ、後にアーカンソー、オークランドと移り住んだヘンダーソンは、幼い頃から野球よりフットボールのほうが好きだった。地元のオークランド工科高校時代には野球での活躍はもちろんのこと、フットボールでもランニングバックとして1100ヤード・ラッシュを突破という素晴らしい数字を残し、20を超える大学から奨学金のオファーが届いた。と同時に1976年のドラフトではオークランド・アスレチックスから4順目で指名され、進路が注目された。
野球を選んだヘンダーソンに影響を与えたのは母親だった。幼い頃、ユニホームを泥だらけに汚して帰ってくるヘンダーソンを、一切叱らず笑顔で迎えていた母親のボビーは、激しいぶつかり合いがあり怪我をしやすいフットボールよりも、できるだけ長くプレーできる野球を薦めたと言う。
1976年にA級ボイジーに所属しプロとしてスタートしたヘンダーソンは、翌1977年のシーズンにはA級モデストで1試合7盗塁を成功させるなど、リーグトップの95盗塁を記録した。また、彼の野球人生で最も影響を受けた人物の一人と言われ、盗塁の心構えを学んだとされる、トム・トレベルホーンと出逢ったのもこの年である。
1978年にはAA級に昇格し81盗塁でリーグトップ、翌1979年のシーズン途中にはメジャーに初昇格し、89試合で33盗塁。翌1980年には、早くも100盗塁をし、盗塁王となった。1981年はストライキの影響で試合数が減少したのもあり、盗塁王となったものの56盗塁に終わったが、翌1982年には、ルー・ブロックが1974年に樹立した、シーズン118盗塁を更新し、今ではお馴染みとなったベースを頭上に掲げ、観客の声援に応えた。最終的には130盗塁をマークし、現在も尚、メジャーリーグのシーズン最多記録となっている。
1983年、1984年は共に盗塁王を獲得したが、1984年の12月5日にニューヨーク・ヤンキースへトレードされることとなる。ヤンキースでのヘンダーソンは怪我が重なる不運とマスコミの「仮病ではないか?」との批判にさらされ、出場試合数が減り連続盗塁王も途絶えた。しかし、在籍中、盗塁王を逃したのは、その一度だけで1989年のシーズン途中までプレーし、トレードで再びアスレチックスのユニフォームを着ることとなる。
その年は、アスレチックスが15年ぶりにワールドチャンピオンとなったシーズンでもあった。また、ノーラン・ライアンの、通算5000奪三振のバッターとなったシーンや、プレーオフからワールドシリーズまで11回連続盗塁成功の新記録を達成するなど、印象的なシーズンとなった。
300万ドルプレーヤーの仲間入りを果たした1990年は、ヘンダーソンにとって最高のシーズンとなる。打率.325(リーグ2位)、HR28本(長打率リーグ2位)、盗塁はもちろん、得点、出塁率でもリーグトップという文句のない成績を挙げMVPとなった。
1991年のシーズンは開幕前から注目されていた。ブロックが持つ、通算最多盗塁記録の938盗塁に2差でシーズンに入り、開幕戦のツインズ戦でいきなり盗塁を決めた。その後肉離れで14試合欠場することになるが、復帰後の5月1日、対ヤンキースで三盗に成功し、最多盗塁記録を更新した。
1992年のシーズンも勢いはとどまらない。1年前に最多盗塁記録を更新した日と同じ、5月1日に、同じ三盗で通算1000盗塁を記録した。
ヘンダーソンは盗塁だけではなく、通算290本塁打、初回先頭打者本塁打78本と、独特のクラウチングスタイルからのパワー溢れるバッティングにも注目だ。1993年の6月16日、対クリーブランド・インディアンズ戦のダブルヘッダーでは80年ぶりとなる、2試合連続初回先頭打者本塁打を記録した。その年の7月31日には、フラッグ・ディールでトロント・ブルージェーズに移籍し、ブルージェーズのワールドチャンピオンに貢献した。
1994年はアスレチックスに三度目の復帰をし、1996年からはサンディエゴ・パドレス、1997年の途中からはアナハイム・エンゼルスへと渡り歩いた。
1998年は、マーク・マグワイア、サミー・ソーサのホームランバトルで全米中が盛り上がるなか、39歳となったヘンダーソンは四度目のアスレチックス復帰を果たし、エディー・コリンズの37歳5ヵ月という最年長記録を75年ぶりに更新する、自身7年ぶり12回目の盗塁王を獲得した。
1999年はニューヨーク・メッツと契約し、打率.315、盗塁37。と40歳とは思えない活躍でプレーオフ進出に貢献した。
2000年には、3月29日、30日に東京ドームで行われた、史上初のメジャーリーグの公式戦、「ニューヨーク・メッツ対シカゴ・カブス」戦で来日し、開幕二戦目で盗塁を決め、日本のファンを喜ばせてくれた。しかし、その年の5月にメッツはヘンダーソンを解雇する。解雇の原因は、怠慢プレー、マスコミへの暴言、GMとの確執等、取り沙汰されてはいたが、1999年のチャンピオンシップ中に起こった事件も原因の1つと言えるだろう。ワイルドカードでプレーオフへ進出したメッツは、アリゾナ・ダイヤモンドバックスを破り、リーグチャンピオンシップで宿敵アトランタ・ブレーブスと対戦することになった。90年代最強と言われたブレーブスに3連敗を喫し、追い込まれたメッツはミラクルメッツの本領を発揮し、GAME6まで戻し熱闘を繰り広げた。
ところが途中で交代したヘンダーソンは、出番の無かったボビー・ボニーヤと試合中にクラブハウスでカードゲームをしていたことが後に発覚した。しかも「試合中にカードゲームをしたのか?」と聞くマスコミに「俺は試合中にカードゲームをしたんじゃない。いつもカードゲームをしているんだ」と言い、物議をかもした。
解雇後は、すぐにシアトル・マリナーズと契約しプレーオフ進出に貢献した。2001年はマリナーズの構想から外れ、年俸25万でパドレスと契約したものの、開幕メンバーに残れずAAAで開幕を迎えることとなった。ヘンダーソンにとって、リハビリ調整をした1985年以来のマイナー生活だったが、すぐにメジャーへ昇格し、公式戦最終日、10月7日のコロラド・ロッキーズ戦、初回第1打席でライト線へ落ちる2塁打を放ち、史上25人目の3000本安打を達成した。
昨年2つのメジャーリーグ記録と、3000本安打を達成し、引退を噂されたヘンダーソンだが、迎える2002年シーズンはボストン・レッドソックスとマイナー契約を結んだ。ルーキー時代と変わらない体型で走り続ける43歳の「世界の盗塁王」に今年も目が離せない!(近日、大幅更新予定。。。)
【written by KG24】
獲得タイトル一覧
- 盗塁王:12回(1980-AL~1986-AL、1988-AL~1991-AL、1998-AL)
受賞アワード一覧
- シーズンMVP:1回(1990-AL)
- リーグチャンピオンシップシリーズMVP:1回(1989-AL)
- ゴールドグラブ賞:1回(1981-AL)
- シルバースラッガー賞:3回(1981-AL、1985-AL、1990-AL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1979 Oak 89 351 49 96 13 3 1 26 39 34 33 .338 .336 .274 1980 Oak 158 591 111 179 22 4 9 53 54 117 100 .420 .399 .303 1981 Oak 108 423 89 135 18 7 6 35 68 64 56 .408 .437 .319 1982 Oak 149 536 119 143 24 4 10 51 94 116 130 .398 .382 .267 1983 Oak 145 513 105 150 25 7 9 48 80 103 108 .414 .421 .292 1984 Oak 142 502 113 147 27 4 16 58 81 86 66 .399 .458 .293 1985 NYY 143 547 146 172 28 5 24 72 65 99 80 .419 .516 .314 1986 NYY 153 608 130 160 31 5 28 74 81 89 87 .358 .469 .263 1987 NYY 95 358 78 104 17 3 17 37 52 80 41 .423 .497 .291 1988 NYY 140 554 118 169 30 2 6 50 54 82 93 .394 .399 .305 1989 NYY 65 235 41 58 13 1 3 22 29 56 25 .392 .349 .247 1989 Oak 85 306 72 90 13 2 9 35 39 70 52 .425 .438 .294 1990 Oak 136 489 119 159 33 3 28 61 60 97 65 .439 .577 .325 1991 Oak 134 470 105 126 17 1 18 57 73 98 58 .400 .423 .268 1992 Oak 117 396 77 112 18 3 15 46 56 95 48 .426 .457 .283 1993 Oak 90 318 77 104 19 1 17 47 46 85 31 .469 .553 .327 1993 Tor 44 163 37 35 3 1 4 12 19 35 22 .356 .319 .215 1994 Oak 87 296 66 77 13 0 6 20 45 72 22 .411 .365 .260 1995 Oak 112 407 67 122 31 1 9 54 66 72 32 .407 .447 .300 1996 SD 148 465 110 112 17 2 9 29 90 125 37 .410 .344 .241 1997 SD 88 288 63 79 11 0 6 27 62 71 29 .422 .375 .274 1997 Ana 32 115 21 21 3 0 2 7 23 26 16 .343 .261 .183 1998 Oak 152 542 101 128 16 1 14 57 114 118 66 .376 .347 .236 1999 NYM 121 438 89 138 30 0 12 42 82 82 37 .423 .466 .315 2000 NYM 31 96 17 21 1 0 0 2 20 25 5 .387 .229 .219 2000 Sea 92 324 58 77 13 2 4 30 55 63 31 .362 .327 .238 2001 SD 123 379 70 86 17 3 8 42 84 81 25 .366 .351 .227 2002 Bos 72 179 40 40 6 1 5 16 47 38 8 .369 .352 .223 2003 LAD 30 72 7 15 1 0 2 5 16 11 3 .321 .306 .208 ------------------------------------------------------------------------------ Total 3081 10961 2295 3055 510 66 297 1115 1694 2190 1406 .401 .419 .279
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:10回(1980-AL、1982-AL~1988-AL、1990-AL、1991-AL)
- 世界一経験:2回(1989-Oak、1993-Tor)
- 殿堂入り:2009年(投票率:94.8%)※1回目
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