- 2008-12-16 (火) 0:03
- MLB Players

#31 ロブ・ネン(Robb NEN) | RP

- 1987年6月ドラフト・レンジャーズ32位(全米830番目)
- 1969年11月28日生 右投右打 196センチ 98キロ
- カリフォルニア州出身
選手の紹介文
160キロ近い速球に140キロを超える高速スライダーで打者を翻弄したロブ・ネン。マーリンズのクローザーとして球団史上初となる世界一に貢献。その後はジャイアンツに移籍後も、チームをワールドシリーズに導く活躍を見せたのである。2000年から3年連続40セーブ以上を記録していたが、2003年以降は右肩の痛みに苦しみ、そのまま現役を退く形になってしまった。
父親のディック・ネンはドジャース、セネタース、カブスで活躍した一塁手である(1963年から1970年までプレー)。父親の影響もあり、息子ネンも自然と野球をやり始めた。高校では野球とフットボールで汗を流し、1987年のドラフトでは、レンジャーズに32位指名(全米830番目)を受け、プロ入りを決めた。ちなみに当時の高校のチームメイトには、後にメジャーでチームメイトになるJT・スノーもいた。
剛速球を持つ先発投手としてルーキーリーグからキャリアをスタートしたネン。1989年に1Aガストニアで24試合に先発し、7勝4敗の防御率2.41という成績を残した。138回1/3を投げて、146奪三振を記録し、才能を一気に開花させるかと思われた。しかし、常に全力で投げるため長いイニングが持たず、怪我がネンを苦しめた。
1990年、開幕してすぐに2度も故障者リスト入りし、翌1991年には3度も故障者リスト入り。1992年は4月末からシーズン終了まで故障者リスト入りするなど、3年間も満足して投げることが出来なかった。しかし、1993年はメジャーのスプリングトレーニングに参加し、見事開幕メジャーの座を掴んだ。中継ぎでの登板がほとんどだったが、4月末にようやくメジャー初先発を経験。そして、5月2日のブリュワーズ戦で6回を2安打2失点に抑え、メジャー初勝利も記録した。6月に再び右肩を痛め故障者リスト入りが決まってしまう。
メジャーへの再昇格のため3Aオクラホマシティで投げていたネンだが、7月17日にクリス・カーペンターとの1対2のトレードでマーリンズへ移籍することが決まった。移籍後すぐにナショナルリーグでの初勝利を投げたネン。この移籍がネンの転機にもなったのは事実だった。ネンの速球をより生かすために、スライダーをより強力にすることに取り組み、ネンのピッチングの幅は広がった。
1994年、チームのクローザーだったブライアン・ハービーが怪我するとネンがその座についた。5月18日のメッツ戦で2回を完全に抑え、メジャー初のセーブを挙げ、ここからクローザーとしてのメジャー生活が始まった。この年、15度のセーブ機会の登板で全てセーブを記録。スコアリングポジションに背負った28人の走者のうち、1人しかホームインさせないというほぼ完璧なピッチングを披露した。
1995年はフルシーズンをクローザーで過ごし、前半戦こそ成績を残せなかったが、計62試合に登板し、23セーブをマーク。特に8月は13試合に登板して、自責点ゼロに抑えて9セーブを挙げるという素晴らしい活躍を見せた。翌1996年は75試合に登板し、リーグ6位の35セーブをマークし、防御率も1.95と抜群の安定感を見せた。投球回数83イニングに対し92奪三振ということで、9イニング換算の奪三振が10個を記録。ネンが三振を取れるクローザーであるというイメージは定着した。
1997年、チームはワイルドカードでポストシーズン進出。球団創立5年目にして世界一の座を手にすることになるのだが、インディアンズとのワールドシリーズでは力でねじ伏せて2セーブを記録し世界一に貢献した。シーズンでもリーグトップタイの9勝をマークし、さらにリーグ6位の35セーブを記録しており、セーブ機会42回でのセーブ数としては、この年ジェフ・シャウに次ぐリーグ2位のセーブ成功率を誇ったことになる。
世界一に輝いたばかりのマーリンズだが、緊縮財政の問題からシーズン終了後、ネンはあっさりジャイアンツへ放出された。ジャイアンツのユニフォームを着て望んだ1998年は、初めてオールスターにも選出されるなどネンにとって良い方向に運んだ。78試合に登板し、キャリア最高の40セーブを挙げた。防御率1.52に加え、110奪三振と活躍したもののチームをポストシーズンへ導くことは出来なかった。更に期待を持たれて迎えた1999年は、後半戦以降から右肘痛に悩まされた。そんな中で37セーブ(3勝8敗)をマークしたのはさすがといえそうだが、防御率3.98と前年より大きく跳ね上がった。結局、シーズン終盤に右肘にメスを入れることを決めることになる。
手術明けということで不安があった2000年だが、ふたを開けてみれば66試合の登板で、4勝3敗41セーブ、防御率1.50という成績をマークし、チームをポストシーズンへ導いた(しかし、ディビジョンシリーズで敗退)。セーブ数はリーグ3位に位置し、サイヤング賞の投票では4位につけるなど前年の手術の影響は全くなかった。
2001年は万全の状態で臨むことが出来たネン。79試合に登板し、4勝5敗45セーブ、防御率3.01という成績を残し、最多セーブ王のタイトルも獲得した。ジャイアンツとしてはクローザーのネンとセットアッパーのフェリックス・ロドリゲスとのコンビが投手陣に抜群の安定感をもたらしたのである。
2002年は6勝2敗43セーブ、防御率2.20という成績を残し、チームをワイルドカードとしてポストシーズン出場に導いた。そのままリーグ優勝も果たし、ジャイアンツにワールドシリーズ出場をもたらしたのである。もつれたシリーズとなり、ネン自身は打ち込まれることはなかったがエンゼルスの前に敗れてしまい、世界一は逃してしまった。しかし、バリー・ボンズにワールドシリーズの舞台を経験させたことは意味があるかもしれない。
2003年以降は右肩の痛みに苦しみ、故障者リストで過ごすこととなる。2004年にも復帰を果たせず、結果として2004年シーズン後に解雇され、そのままネンのキャリアはピリオドを打たれることとなった。2005年2月に入って正式な形で現役引退を発表している。通算成績は45勝42敗314セーブ、防御率2.98というものである。
全盛期のネンに対しては、「いかにネンを攻略するか」という課題に対して「いかにネンをマウンドに立たせないか」ということを結論として挙げられていた。ネンの安定感がずば抜けていたことを示すエピソードの一つである。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1993 Tex 9 3 0 0 1 1 0 22.2 28 12 26 17 16 6.35 1993 Fla 15 1 0 0 1 0 0 33.1 35 27 20 28 26 7.02 1994 Fla 44 0 0 0 5 5 15 58.0 46 60 17 20 19 2.95 1995 Fla 62 0 0 0 0 7 23 65.2 62 68 23 26 24 3.29 1996 Fla 75 0 0 0 5 1 35 83.0 67 92 21 21 18 1.95 1997 Fla 73 0 0 0 9 3 35 74.0 72 81 40 35 32 3.89 1998 SF 78 0 0 0 7 7 40 88.2 59 110 25 21 15 1.52 1999 SF 72 0 0 0 3 8 37 72.1 79 77 27 36 32 3.98 2000 SF 68 0 0 0 4 3 41 66.0 37 92 19 15 11 1.50 2001 SF 79 0 0 0 4 5 45 77.2 58 93 22 28 26 3.01 2002 SF 68 0 0 0 6 2 43 73.2 64 81 20 19 18 2.20 ----------------------------------------------------------------------------- Total 643 4 0 0 45 42 314 715.0 607 793 260 266 237 2.98
受賞タイトル一覧
- 最多セーブ王1回(2001-NL)
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