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Roger CLEMENS(ロジャー・クレメンス)

Major League Baseball

#22 ロジャー・クレメンス(Roger CLEMENS) | SP

ロジャー・クレメンス

  • 1983年6月ドラフト・レッドソックス1位(全米19番目)
  • 1962年8月4日生 右投右打 193センチ 104キロ
  • オハイオ州出身

選手の紹介文
通算354勝を記録しているクレメンス。サイヤング賞を歴代最多の7回授賞に加え、通算354勝、4672奪三振という桁違いの成績を残したロジャー・クレメンス。「ロケット」と呼ばれた右腕は1試合20奪三振を2度も記録するなど、メジャーリーグにのその名を確実に残した。数度の引退宣言後も現役復活を果たし、年齢による衰えを見せない活躍を見せるなど、その姿は不死鳥のごとく舞い戻ってきた。しかし、ステロイド疑惑に巻き込まれた昨今、確実視された殿堂入りも危うくなってしまうなど、その後の動向には注目が集まる。

1962年、オハイオ州でデイトンに生まれたクレメンスは、まだ1歳になる前に両親が離婚してしまったため、実の父のことをほとんど知らずに育った。やがて母親が再婚したため、義理の父に育てられたわけだが、クレメンスの野球の才能を最初に見いだしたのはこの義父だった。しかし、この義父もクレメンスが9歳の頃に急逝してしまい、一家は途端に生活が苦しくなってしまう。やがて、一家は働き始めた兄の元へ引っ越しすることになる。その引っ越し先というのが、ノーラン・ライアンという大投手を輩出したテキサス州であった。

アストロドームで初めてメジャーリーガーのプレーを生で見たクレメンスは、メジャーリーグへの憧れをさらに増すことになった。特に1980年からアストロズに移籍してくるライアンや、遠征でやってくるトム・シーバーのピッチングはクレメンス少年の心を大きく揺さぶった。

高校時代にはその才能を発揮。しかし、当時のクレメンスはパワーピッチャーというよりはコントロールを持ち味とする投手だった。野球だけでなくアメフトも平行してやっていただけに怪我が絶えなかったものの、名コーチと出会ったこともあり、いつの間にか150キロを悠に超えるパワーピッチャーに変貌していた。そして、1981年のドラフトではメッツから12位で指名を受けるが、契約金で折り合いが合わずにテキサス大学への進学を決める。

当時のテキサス大学は、大学史上最高チームともいわれるチームで、後に9人がドラフト指名されることがそれを証明している。その中でクレメンスは入学直後から第一線で活躍し、チームを2年連続でカレッジ・ワールドシリーズへ導いた。1年目は準優勝に終わってしまうが、2年目は見事にチームを大学チャンピオンに導いた。

「生涯レッドソックス」を口にしたこともありました。こうして輝かしい実績を抱えて迎えた1983年のドラフト会議。地元に本拠を置くレンジャーズかアストロズが指名するのでは、と言われていたが結局、全米19番目にレッドソックスが1位指名した。契約金は12万1000ドルで、即入団したクレメンスは早速、1Aウインターヘブンに送り込まれ、4試合に先発し、3勝1敗の防御率1.24の成績を残すと、すぐに2Aニューブリテンへ昇格。ここでは7試合に登板して、4勝1敗の防御率1.38の成績を残した。チームは2Aのプレーオフに進出し、ここでもクレメンスの好投が光り、2Aイースタンリーグを制した。1983年はクレメンスにとって、2度もチャンピオンに輝くという、プロ1年目としては最高のスタートを切った。

翌1984年の開幕は3Aのポータケットで迎える。7試合に投げ、2勝3敗の防御率1.93という成績を残し、この年の5月11日にはメジャーへ昇格した。レッドソックスでは大学時代から好んでつけてきた背番号21が空いていたため、この番号をつけてのメジャーデビューとなった。メジャーでは8月最後の登板で右腕に痛みを覚え戦線離脱するが、それまでに21試合に登板し9勝4敗という成績を残した。翌年も開幕からメジャーで投げるが、腕の痛みが肩にまで広がりドクターストップ。結局、この年のオフ、手術に踏み切った。

手術のリハビリからの再起をかけた1986年は、クレメンスにとって飛躍の年となった。4月29日の対マリナーズ戦ではメジャー記録となる1試合20奪三振を記録。この勢いに乗って快投を続けるクレメンスは、この頃から、「ロケット」の愛称で呼ばれるようになる。初めて出場したオールスターゲームでは先発し、MVPも獲得。前年手術した8月30日に、20勝目をマークした。

終わってみれば、24勝4敗の好成績を残し、チームもワールドシリーズへの進出を果たした(しかし、メッツの前に敗れ、世界一はならなかった)。クレメンスが初めてサイヤング賞を手にしたのはこの年のことで、15年後の2001年、共にサイヤング賞を争ったマーク・マルダーが9歳、フレディ・ガルシアが10歳の頃である。そして、1986年12月には待望の長男も誕生。まさにクレメンスにとっては忘れられない1年となった。

ブルージェイズで見事な復活劇を見せた。メジャリーグを代表する投手となったクレメンスは、1987年にも20勝9敗という成績を残し、2年連続のサイヤング賞を受賞。その後も安定した数字を残し続け、1990年には21勝6敗の防御率1.93を記録してチームもプレーオフに進出。しかし、アンパイアの判定に不服を申しつけ、あっさり退場させられ、クレメンスのシーズンは終わった。この年は好成績を残したが、ボブ・ウェルチ(当時アスレティックス)が27勝もマークしたため、サイヤング賞をさらわれてしまう。

1991年は18勝10敗の防御率2.62、241奪三振で自身3度目のサイヤング賞を受賞した。翌年も18勝をマークするが、1993年以降は肩を痛めたこともあり、成績が急落する。当時はボストンのマスコミとの軋轢もあり、苦しい時期だった。当時のインタビューでは「力が衰えたらすぐにやめる。35歳ぐらいまでだろう。」と話している。

光が再び差し始めたのは1995年のこと。シーズントータルでは10勝5敗という成績に終わるが、肩の故障で初登板は6月のこと。8月以降だけで7勝挙げたことになる。翌年も10勝13敗に終わるが、若い頃の奪三振ラッシュが始まり、自身2度目の1試合20奪三振を記録し、最多奪三振のタイトルを獲得した。そして、オフにFAになったクレメンスはブルージェイズへ移籍することになる。

移籍1年目は、開幕から11連勝をマーク。結局、21勝7敗の防御率2.05、292奪三振でタイトルを総ナメし、4度目のサイヤング賞を受賞。翌年も20勝6敗を記録し、2年連続のサイヤング賞を受賞した。すでにクレメンスは36歳になっていた。

投手としてのタイトルは取り尽くしたクレメンスが手にしていないものが世界一の名誉である。その焦りと不安から1998年オフ、チームの方針に疑問を抱き移籍騒動を起こした。結果として、翌1999年シーズン前にヤンキースに緊急トレード決定。ワールドシリーズで投げたいと希望するクレメンスが、その望みをかなえるのに一番近いチームへの移籍であった。

マウンドに立っているだけで存在感を感じる男。ヤンキースのピンストライブに袖を通したクレメンスは、14勝10敗の成績を残してチームに貢献。ブレーブスとのワールドシリーズ第4戦では、先発し8回途中まで投げ1失点に抑える好投。見事にチームの世界一に貢献した。初めて世界一となったクレメンスは、その感激に泣きじゃくったという。

2000年のワールドシリーズは同じニューヨークに本拠を構えるメッツとのサブウェイシリーズ。話題はクレメンスとマイク・ピアザとの因縁だった。折れたバットを投げつけたクレメンスに対し、非難が集まったがクレメンスは全く引かなかった。8回を2安打無失点に抑え、チームの世界一に花を添える。

そして、2001年のクレメンスは、開幕から味方打線の援護もあり、20勝1敗と史上初の高勝率をマーク。結局、20勝3敗の防御率3.51でシーズンを終えた。6度目のサイヤング賞となったわけだが、この防御率でのサイヤング賞受賞は、史上2番目に高い防御率である。一番高い防御率でサイヤング賞を手にしたのは1983年のラマー・ホイトの3.66だが、ホイトの場合はこの年に24勝をあげ最多勝をマークしている。また、史上3番目の高齢(39歳と3ヶ月半)でのサイヤング賞受賞投手となった。過去には1978年のゲイロード・ペリー(40歳と2ヶ月)、1959年のアーリー・ウイン(39歳と10ヶ月)がそれぞれ受賞しているが、それに次ぐものである。

2003年、シーズン途中の段階でこの年限りの現役引退を発表。6月13日の対カージナルス戦では史上21人目となる通算300勝を達成。じつに4度目の調整による大記録樹立である。さらにこの試合では通算4000奪三振も同時に達成。実にライアン(5714個)、スティーブ・カールトン(4136個)に次ぐ史上3人目の大記録である。シーズン終盤は引退セレモニーが相次ぐ中、かつての本拠地フェンウェイパークでもファンに温かく迎えられる場面もあった。シーズン最後の試合ではジョー・トーレに代わり、ヤンキースの指揮を執るなど、現役最後の記念と思われるシーンが数多くあった。ワールドシリーズまで進出するなど(世界一は逃すが)、大投手の幕切れにとって非常に華々しいものと思えた。

全ての動きが様になる。2004年、開幕前にあっさりと引退を撤回し、故郷であるテキサスに本拠地を構えるアストロズと1年契約に合意。背景にはヤンキース時代にチームメイトだったアンディ・ペティットがアストロズへFA移籍したことも影響したと言われる。この年は18勝4敗、防御率2.98という成績により、通算7度目のサイヤング賞まで受賞。実に42歳でのサイヤング賞獲得は最高齢での受賞でもあるが、ずっとアメリカンリーグでプレーしていたクレメンスにとって、ナショナルリーグでの受賞で、両リーグでの受賞はG・ペリー、ペドロ・マルチネスランディ・ジョンソンに次ぐものである。1980年代、90年代、2000年代と、3つのディケイドでそれぞれ2度以上受賞したことになり、その偉大さは如何様にも表現可能である。

さらに引退をささやくものも、2005年も現役続行を決定。32試合に先発し、13勝8敗、防御率1.87と圧巻の数字を記録。ナショナルリーグとしては1995年のグレッグ・マダックス(1.63)以来となる1点台の防御率である。白星の数が伸びなかったのは、打線の援護に恵まれなかっただけである。シーズン終盤には通算4500奪三振をマークしている。10月9日のブレーブス戦では延長15回に代打で登場し、その後の3イニングを抑え、クレメンスに白星がついた。チームは球団史上初となるリーグ優勝を果たした。ワールドシリーズでは第1戦先発のクレメンスが早々にKOされ、4連敗で世界一を逃した。

2006年、FAとなっていたクレメンスは開幕後の5月末にアストロズと再契約。19試合に先発し、7勝(6敗)しか挙げられなかったが防御率は2.30と安定感を見せた。翌2007年、シーズン途中にヤンキース復帰を表明。試合観戦中にマイクを持ち、自ら契約を発表したことで話題になったが、結果は6勝(6敗)、防御率4.18と苦しんだ。オフにはステロイド疑惑の渦に巻き込まれ、現役続行はおろか、殿堂入りにまで黄信号が灯る状況に陥ってしまった。

レッドソックスにいた1996年5月23日、対マリナーズ戦では外野手がいなくなったため、クレメンスが代打として登場するという一コマもあった。肘にも足にもプロテクターをつけ完全装備で打席に立ったクレメンスは、追い込まれてからノーム・チャールトンの速球をセンター前にはじき返した。これがクレメンスにとって、メジャー初打席初安打である。ちなみにこの翌年からインターリーグ(交流試合)が行われるようになり、アメリカンリーグの投手も打席に立つことになる。

20世紀のオールセンチュリーチームに現役投手として、唯一選ばれたクレメンスには4人の息子がいる。最初の4回のサイヤング賞は息子たちに捧げ、5回目の受賞はクレメンス自身のもの。そして、今回の6回目は自らの母親に捧げたそうである。長男のコービーは2005年6月のドラフトでアストロズに8位指名(全体254位)され、サードとしてプロ入り。2006年のWBCの練習試合で息子コービーと対戦しており、息子が父親からホームランを放った。すると次の打席、父親は息子に内角を鋭く突くビーンボールで応酬。闘争心あふれるクレメンスを象徴するエピソードである。

<written by Kenji@webmaster>

各年度別成績一覧

 YEAR Team    G  GS  CG SHO   W   L  SV     IP    H   SO   BB    R   ER    ERA
 -----------------------------------------------------------------------------
 1984  Bos   21  20   5   1   9   4   0  133.1  146  126   29   67   64   4.32
 1985  Bos   15  15   3   1   7   5   0   98.1   83   74   37   38   36   3.30
 1986  Bos   33  33  10   1  24   4   0  254.0  179  238   67   77   70   2.48
 1987  Bos   36  36  18   7  20   9   0  282.2  248  256   83  100   93   2.97
 1988  Bos   35  35  14   8  18  12   0  264.0  217  291   62   93   86   2.93
 1989  Bos   35  35   8   3  17  11   0  253.1  215  230   93  101   88   3.13
 1990  Bos   31  31   7   4  21   6   0  228.1  193  209   54   59   49   1.93
 1991  Bos   35  35  13   4  18  10   0  271.1  219  241   65   93   79   2.62
 1992  Bos   32  32  11   5  18  11   0  247.2  203  208   62   80   66   2.41
 1993  Bos   29  29   2   1  11  14   0  192.2  175  160   67   99   95   4.46
 1994  Bos   24  24   3   1   9   7   0  171.2  124  168   71   62   54   2.85
 1995  Bos   23  23   0   0  10   5   0  140.0  141  132   60   70   65   4.18
 1996  Bos   34  34   6   2  10  13   0  243.2  216  257  106  106   98   3.64
 1997  Tor   34  34   9   3  21   7   0  264.0  204  292   68   65   60   2.05
 1998  Tor   33  33   5   3  20   6   0  235.2  169  271   88   78   69   2.65
 1999  NYY   30  30   1   1  14  10   0  188.2  185  163   90  101   96   4.60
 2000  NYY   32  32   1   0  13   8   0  204.1  184  188   84   96   84   3.70
 2001  NYY   33  33   0   0  20   3   0  220.1  205  213   72   94   86   3.51
 2002  NYY   29  29   0   0  13   6   0  180.0  172  192   63   94   87   4.35
 2003  NYY   33  33   1   1  17   9   0  212.2  199  190   58   99   92   3.91
 2004  Hou   33  33   0   0  18   4   0  214.1  169  218   79   76   71   2.98
 2005  Hou   32  32   1   0  13   8   0  211.1  151  185   62   51   44   1.87
 2006  Hou   19  19   0   0   7   6   0  113.1   89  102   29   34   29   2.30
 2007  NYY   18  17   0   0   6   6   0   99.0   99   68   31   52   46   4.18
 -----------------------------------------------------------------------------
 Total      709 707 118  46 354 184   0 4916.2 4185 4672 1580 1885 1707   3.13

受賞タイトル一覧

  • MVP1回(1986)
  • サイヤング賞7回(1986,87,91,97,98,2001,04)
  • 最優秀防御率6回(1986,90~92,97,98,05)
  • 最多勝4回(1986,87,97,98)
  • 最多奪三振5回(1988,91,96~98)

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