- 2008-09-23 (火) 0:05
- MLB Players

#* ロジャース・ホーンスビー(Rogers HORNSBY) | 2B

- 1914年・カージナルスと契約
- 1896年4月27日生 右投右打 180センチ 86キロ
- テキサス州出身
選手の紹介文
史上最高の右打者と呼ばれるロジャース・ホーンスビー。1924年に記録した打率.424はシーズン最高打率として、今の燦然と輝くメジャー記録である。さらに三冠王を獲得したことは2回を数えるなど、セカンドを守る選手としては20世紀を代表する選手となる。野球に対して厳格すぎるほどの姿勢は、周囲と軋轢を生むことも珍しくなかった。
テキサス州の酪農家の家に生まれたホーンスビー。学生時代に野球の才能を発揮し、18歳になった1914年にはマイナーリーグでプレーを始めた。ショートを守っていたホーンスビーはガリガリの選手であり、あきらかな力不足だった。この年は113試合に出場し、打率.232しか記録していない。翌1915年も119試合の出場で打率.277と結果は残せないでいた。
そんなホーンスビーに目を付けたのはカージナルスである。ファーム体制の充実を図っていたカージナルスのスカウトの目に引っかかったのである。契約金500ドルでカージナルスはホーンスビーと契約し、1915年にはメジャーリーグの舞台で18試合にだけ出場している。
ホーンスビーに命じられたのは、体重の増加と打撃フォームの修正だった。1916年にはカージナルスのレギュラー選手として139試合に出場。打率.313に15本の3塁打をマークするなど、結果はすぐに現れたのである。翌1917年は145試合に出場し、リーグ2位となる打率.327を記録し、大打者としての階段を昇り始めたのである。当時のポジションは内野であればどこでも守っており、主にショートが多かった。
1920年、セカンドに定着したホーンスビーは149試合に出場し、打率.370、9HR、50打点という成績を残し、首位打者と打点王のタイトルを獲得した。安打数(218本)、2塁打数(44本)はいずれもリーグトップの記録である。この年からホーンスビーは6年連続首位打者に輝くなど破竹の勢いを見せるが、この年はベーブ・ルースがシーズン54HRを記録するなど新しい時代が始まろうとしていた矢先でもあった。
1921年には打率.397をマークし、翌1922年は打率.401、42HR、152打点という数字を残し、三冠王に輝いた。1923年は107試合の出場に終わりながらも打率.384、1924年はキャリアハイとなる打率.424で、これはシーズン最高打率となる。1925年は打率.403、39HR、143打点で自身2度目の三冠王となったのである。この5年間の平均打率は4割を超えており、ホーンスビーの凄まじさがわかる。
1925年のシーズン途中にはブランチ・リッキーの後任としてカージナルスの監督となり、兼任選手としてプレーすることになった。1926年はホーンズビーの個人成績こそ、打率.317、11HR、93打点と前年までの成績を大きく落としたが、チームは初のリーグ優勝を果たすことになった。ヤンキースとのワールドシリーズでは第7戦までもつれながら、相手のミスもあり、世界一の座に輝いたのである。
世界一になったシーズンのオフにオーナーと衝突し、ジャイアンツへ放出されることが決まったホーンスビー。契約更改時に5年間5万ドルを要求するも、球団側と衝突した結果の放出劇である。また、監督就任時に前任者のリッキーから球団株を1株45ドルで1000株を購入しており、この株も元値の1ドル45ドルで引き取りたいという球団に対し、1ドル100ドルという主張を崩さなかったホーンスビーはコミッショナーを巻き込んでの騒動となり、結果的にホーンスビーの主張が受け入れられるという一悶着があったのである。
1927年はジャイアンツ(本拠地はニューヨーク)でジョン・マグローの元で打率.361、26HR、125打点をマーク。翌1928年はブレーブス(本拠地はボストン)に移り、打率.387、21HR、94打点を挙げて、首位打者のタイトルを手にしている。オフにはカブスとの交換トレードがまとまったが、交換相手は5人の選手と20万ドルというお金だったという。
カブスに移籍した1929年、打率.380、39HR、149打点と十分な結果を残した。1930年は足首の怪我に悩まされ、わずか42試合にしか出場できなかった。1931年は選手兼任監督としてプレーし、選手としては100試合の出場で、打率.331、16HR、90打点という数字を残したが、選手として結果を残せたのはこの年が最後であった。その後は代打での出場が中心となり、出場機会が減っていったのである。
1932年、シーズン途中の8月にカブスから解雇されたホーンスビー。ホーンスビー離脱後のカブスは快進撃を続け、リーグ優勝を飾った。しかし、ホーンスビーの人望の無さか、ワールドシリーズでの分配金はホーンスビーの元には届かなかったという(ちなみにカブスはワールドシリーズでヤンキースの前に4連敗を喫している)。
1933年からは古巣のカージナルスに戻るもシーズン途中に解雇され、同じセントルイスに本拠を構えるブラウンズに移籍。1937年までブラウンズの監督としてユニフォームを着て、現役を退いたのである。メジャーリーグからは退きながらもマイナーリーグを転々と過ごし、野球とは関わり続けたホーンスビー。
野球に対しては徹底的に厳格な姿勢で取り組み、酒やタバコに手を出さないのはもちろん、読書なども目が悪くなると言う理由で手を出さなかった(シーズンオフには読書をしたらしいが)。映画も見ることがなかったのも目への影響を考えてのものである。唯一とも言える趣味は競馬であり、相当のお金をつぎ込んでいたとのこと。競馬仲間からお金関連で告訴されることもあるなど、意外な一面も見せている。
1942年には野球殿堂入りを果たした。再びブラウンズの監督としてメジャーに戻ってくるのは1952年のことである。そのブラウンズの監督を解任された後は、1958年からカブスの打撃コーチに就任。1962年からは産声を挙げたばかりのメッツのコーチ兼スカウトに転身。1963年1月に白内障手術の最中に心臓発作で66歳の生涯を終えた。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
- 打者三冠王:2回(1922-NL、1925-NL)
- 首位打者:7回(1920-NL~1925-NL、1928-NL)
- 本塁打王:2回(1922-NL、1925-NL)
- 打点王:4回(1920-NL~1920-NL、1925-NL)
受賞アワード一覧
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1915 SLC 18 57 5 14 2 0 0 4 6 2 0 .271 .281 .246 1916 SLC 139 495 63 155 17 15 6 65 63 40 17 .369 .444 .313 1917 SLC 145 523 86 171 24 17 8 66 34 45 17 .385 .484 .327 1918 SLC 115 416 51 117 19 11 5 60 43 40 8 .349 .416 .281 1919 SLC 138 512 68 163 15 9 8 71 41 48 17 .384 .430 .318 1920 SLC 149 589 96 218 44 20 9 94 50 60 12 .431 .559 .370 1921 SLC 154 592 131 235 44 18 21 126 48 60 13 .458 .639 .397 1922 SLC 154 623 141 250 46 14 42 152 50 65 17 .459 .722 .401 1923 SLC 107 424 89 163 32 10 17 83 29 55 3 .459 .627 .384 1924 SLC 143 536 121 227 43 14 25 94 32 89 5 .507 .696 .424 1925 SLC 138 504 133 203 41 10 39 143 39 83 5 .489 .756 .403 1926 SLC 134 527 96 167 34 5 11 93 39 61 3 .388 .463 .317 1927 NYG 155 568 133 205 32 9 26 125 38 86 9 .448 .586 .361 1928 BsB 140 486 99 188 42 7 21 94 41 107 5 .498 .632 .387 1929 CHC 156 602 156 229 47 8 39 149 65 87 2 .459 .679 .380 1930 CHC 42 104 15 32 5 1 2 18 12 12 0 .385 .433 .308 1931 CHC 100 357 64 118 37 1 16 90 23 56 1 .421 .574 .331 1932 CHC 19 58 10 13 2 0 1 7 4 10 0 .357 .310 .224 1933 SLC 46 83 9 27 6 0 2 21 6 12 1 .423 .470 .325 1933 SLB 11 9 2 3 1 0 1 2 1 2 0 .455 .778 .333 1934 SLB 24 23 2 7 2 0 1 11 4 7 0 .484 .522 .304 1935 SLB 10 24 1 5 3 0 0 3 6 3 0 .296 .333 .208 1936 SLB 2 5 1 2 0 0 0 2 0 1 0 .500 .400 .400 1937 SLB 20 56 7 18 3 0 1 11 5 7 0 .397 .429 .321 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2259 8173 1579 2930 541 169 301 1584 679 1038 135 .434 .577 .358
キャリアハイライト一覧
- 世界一経験:1回(1926-SLC)
- 殿堂入り:1942年(投票率:78.1%)
-
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