- 2009-07-31 (金) 0:04
- MLB Players
#47 ライアン・ラドウィック(Ryan LUDWICK) | RF

- 1999年6月ドラフト・アスレティックス2位(全米60番目)
- 1978年7月13日生 左投右打 190センチ 100キロ
- フロリダ州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 2005 Cle 19 41 8 9 0 0 4 5 13 7 0 .333 .512 .220 2007 StL 120 303 42 81 22 0 14 52 72 26 4 .339 .479 .267 2008 StL 152 538 104 161 40 3 37 113 146 62 4 .375 .591 .299 ------------------------------------------------------------------------------ Total 376 1175 184 321 78 4 65 209 317 116 12 .345 .512 .273
選手の紹介文
幾多の球団を渡り歩き、2008年に大ブレイクを果たしたライアン・ルドウィック。29歳にしてのブレイクだったが、大学時代から高い能力は認められていた。もはやカージナルスに欠かせない選手となり、主砲アルバート・プホルスを十分に援護している。左投げ右打ちという珍しい選手であり、左投げ右打ちの選手としてのシーズン最多HRの記録(37本)を持っている。
フロリダ州に生まれたラドウィックは、ネバダ州へと移り、そこで高校生活、大学生活を送ることとなる。大学進学後には、1年生時に打率.354、16HR、68打点という好成績を残し、在籍するリーグ内でも一躍注目を浴びることとなる。2年生になっても打率.352、14HR、57打点をマークし、全米選抜にも選ばれるなど、輝かしいキャリアが期待された。
大学3年生のシーズンを迎える前にはドラフト1位指名候補であった。シーズンでは打率.381、13HR、69打点という高い数字を残したが、シーズン13HRという点がパワー不足と映ったらしく、迎えた1999年ドラフトではアスレティックスからの2位指名(全米60番目)に留まってしまう。であるにしろ、ラドウィックはプロへの道を歩むこととなる(ちなみにラドウィックの兄エリックも投手としてメジャーリーグでプレーしている)。
指名されたその年、アスレティックス傘下の1Aモデストで43試合に出場し、打率.275、4HR、34打点という数字を残している。翌2000年には同じ1Aチームでプレー。129試合の出場で打率.264、29HR、102打点という成績を残し、パワー面で大きくアピールした。球団からはセンターを守ることが期待されていたが、スピード面で劣る点もあり、強肩を生かすべくライトが適性ではないかとも言われていた。
2001年、2Aミッドランドへと舞台を移すと、119試合の出場で打率.269、25HR、96打点という数字を残して、シーズン終盤には3Aサクラメントにも昇格している。オフには交換トレードがまとまり、レンジャーズへの移籍が決まることとなる。交換相手にはカルロス・ペーニャが含まれている2対4の大型トレードだった。
2002年、レンジャーズ傘下の3Aオクラホマで開幕を迎えると、序盤から好調な打撃を見せた。4月だけで打率.305、6HR、25打点という数字を残し、その勢いで6月にはメジャー昇格を果たした。メジャーでは壁にぶち当たり、約1ヶ月の在籍で打率.235と落ち込んでいる。3Aに戻った8月には左足を痛めた影響で離脱。結果として、3Aでは78試合の出場で打率.285、15HR、52打点という数字に終わっている。
2003年、開幕は再び3Aとなり、81試合の出場で打率.303、17HR、63打点という成績を残し、7月にはようやくメジャー昇格。わずか8試合に出場した段階でインディアンズへの移籍が決まった(交換相手はシェーン・スペンサーとリカルド・ロドリゲス)。8月以降はインディアンズの外野の一角を占めることが出来たが、9月に入って右膝を痛めてしまい離脱。怪我がラドウィックの出場機会を奪ったのである。
2004年は開幕直前に前年痛めた右膝を痛めて、再手術となった。6月後半に2Aで戦線復帰。3Aを経て、8月末にようやくメジャーに戻るが、満足できる数字は残せていない。翌2005年、インディアンズの開幕ロースター入りを果たすが出場機会に恵まれず、6月には3Aへと降格。左足や右肋骨を痛めるアクシデントもあるなど非常に苦しい時期だった。
2006年にはタイガースとマイナー契約。3Aトレドで134試合に出場し、打率.266、28HR、80打点と一定の数字を残すが、メジャーからはお呼びがかからなかった。この年、リーグ優勝を果たしたタイガースに、ラドウィックの力が必要とされなかったのである。在籍する3Aのリーグで、トップとなる167個の三振を喫した点も評価が分かれた。
2007年、カージナルスとマイナー契約を交わしたラドウィック。開幕は3Aメンフィスで迎えることとなるが、好調な打撃を見せると、5月にはメジャー昇格。プレストン・ウイルソンの故障者リスト入りに伴う昇格となったが、このチャンスを生かした。代打としても結果を残し、シーズン最後までメジャーに残ったのである。結果として、120試合の出場で打率.267、14HR、52打点という数字を残している。
2008年はカージナルスの開幕ロースター入りを果たした。開幕戦こそスタメンを外れるが、2戦目以降はライトを任されることとなる。チーム方針から打順は一定しないが、4番や3番、時には1番を任されるなど便利な選手となった。特に5月の月間成績は打率.333、9HR、26打点という圧倒的な数字を残した。そして、オールスター出場の名誉も手にしたのである。
後半戦に入っても勢いは留まらず、結果としては152試合の出場で打率.299、37HR、113打点と一流の数字を残し、シルバースラッガー賞も初受賞している。HRも打点も、チームの揺るがぬ主砲であるプホルスと比べても遜色のない数字である。左投げ右打ちの選手としてのシーズン最多HRは、リッキー・ヘンダーソンの28HR(1986年)だったが、その記録も塗り替えたことになる。
真価が問われる2009年、前半戦は怪我などもあり、不振に苦しんだが、7月以降は復調の兆しを見せつつある。カージナルスとしても優勝を狙える位置にあることから、今後のラドウィックの打棒には期待がかかる。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- シルバースラッガー賞:1回(2008-NL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 2002 Tex 23 81 10 19 6 0 1 9 24 7 2 .295 .346 .235 2003 Tex 8 26 3 4 1 0 0 0 9 4 0 .267 .192 .154 2003 Cle 39 136 14 36 7 1 7 26 39 8 2 .306 .485 .265 2004 Cle 15 50 3 11 2 0 2 4 14 2 0 .278 .380 .220 2005 Cle 19 41 8 9 0 0 4 5 13 7 0 .333 .512 .220 2007 StL 120 303 42 81 22 0 14 52 72 26 4 .339 .479 .267 2008 StL 152 538 104 161 40 3 37 113 146 62 4 .375 .591 .299 ------------------------------------------------------------------------------ Total 376 1175 184 321 78 4 65 209 317 116 12 .345 .512 .273
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:1回(2008-NL)
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