- 2008-06-04 (水) 0:11
- MLB Players

#23 ライン・サンドバーグ | 2B

- 1978年ドラフト・フィリーズ1位(全米20番目)
- 1959年9月18日生 右投右打 188センチ 86キロ
- ワシントン州出身
選手の紹介文
史上最高のセカンドベースマンとして名前が挙がるライン・サンドバーグ。9年連続のゴールドグラブ賞受賞に10年連続のオールスター出場に加え、MVPや本塁打王のタイトルも獲得している。静かなる男と呼ばれるサンドバーグは、アーニー・バンクス以来となる「ミスターカブス」の称号を手にしたともいえる。サンドバーグの残した守備率.990という数字はメジャー史上最高である。
1959年、ワシントン州に生まれたサンドバーグ。ラインという名前は、生まれる前にテレビを見ていた際、ヤンキースのライン・デューレンという投手がたまたま登板してきたことに由来するという。まだマリナーズが誕生していないときで、近くにドジャース傘下のマイナーチームがあった関係で、ドジャースのファンであったサンドバーグ。高校時代には野球の他に、アメフト、バスケでもその実力を発揮したという。
1978年、フィリーズから20位指名を受けて、即プロ入りを決めた。4年間のマイナー生活を経て、1981年シーズン終盤にようやくメジャー昇格。サンドバーグの憧れの選手であったラリー・ボーワが欠場したときにショートを守るという形で、13試合にだけ出場。すると、オフにはそのボーワと共に2対1の交換トレードが成立し、突然カブス入りが決まる。交換相手はショートを守るアイバン・デヘイスースであった。
これからという矢先のトレードだっただけに、サンドバーグもショックを受けたが、ボーワの付録で終わる選手ではなかった。この移籍をひとつの転機として、サンドバーグはメジャーリーグを代表する選手として成長していくのである。カブス移籍1年目の1982年は主にサードを守り、156試合に出場。打率.271、7HR、54打点、32盗塁という成績を残した。
サードを守り、ある程度の数字を残したが、1983年からはセカンドへのコンバートが決まる。するとそこで堅実な守りを見せて、リーグトップの571捕殺、守備率.986をそれぞれ記録。いきなりゴールドグラブ賞を受賞してしまった。コンバート1年目でのゴールドグラブ賞受賞はリーグ史上初の快挙でもあった。
さらなる飛躍を遂げたのは1984年のことで、記録したエラーはわずかに6個で守備率は.993。2年連続のゴールドグラブ賞受賞は間違いないが、守備での安定が打撃にも好影響を及ぼした。打率はリーグ4位の.314をマークし、19HR、84打点、32盗塁に加え、リーグトップの19本の3塁打を放った。この年のオールスターゲームにも初選出されている。
この年のカブスは地区優勝を果たした。リーグチャンピオンシップシリーズではパドレスの前に2勝3敗で敗れてしまったものの、サンドバーグは打率.368をマークしている。さらに、MVP投票では投票者24人のうちの22人がサンドバーグに1位票を投じ、初めてのMVPを受賞するなど、リーグを代表する選手として認められることになる。
1985年、打率.305、26HR、83打点とパワーを見せる一方で、54盗塁を記録。シーズンで25本以上のHRを放ち、50個以上の盗塁を記録するのは、サンドバーグで史上3人目となる快挙でもあった。翌1986年にも34盗塁をマークし、フランク・チャンスの持つ球団記録である5年連続30盗塁(1906年~1910年)に肩を並べている。
その後も安定感溢れるプレーを見せるサンドバーグは、1989年6月21日から翌1990年5月17日にかけて、123試合連続ノーエラーというメジャー記録を樹立。堅実で華麗な守りで、1983年から9年連続のゴールドグラブ賞を受賞した。物静かで知られていたサンドバーグは、オールスターの常連でもあった。
打撃でも1989年には5試合連続HRを記録するパワーを見せて、シーズン30HRをマーク。翌1990年には40HRで初の本塁打王にも輝いた。セカンドを守る選手の本塁打王は、1925年のロジャース・ホーンスビー以来の快挙でもある。さらにセカンドで2年連続30HR以上というのもメジャー史上初であった。
まさに順風満帆といったキャリアのサンドバーグだったが、1993年シーズン開幕前に左手骨折で出遅れ、これが守備にも打撃にも尾を引いた。シーズンでは打率.309をかろうじてマークするが、わずか9HRに終わるなどパワーダウンは顕著であり、堅実だった守備でもそれまで見られなかった送球エラーが見られた。翌1994年も春先は調子が良かったが、徐々に下降線を描き、ついには6月13日、体力の限界を理由に現役引退を発表した。
突然の引退の真相は球団幹部との衝突に離婚問題だとも言われている。そして、1年半のブランクを経て復帰。この時には再婚を果たし、球団幹部も替わっていた。その復活となった1996年、150試合に出場し、打率.244、25HR、92打点をマークし、健在ぶりを発揮。そして、1997年を持って2度目の現役引退を発表し、正式にユニフォームを脱ぐことになった。
実質メジャーキャリア16年間で、セカンドとして記録した守備率はメジャー史上最高の.990であり、セカンドとして放った277本のHRもメジャートップである。これほどの輝かしいキャリアを持ちながらも、ワールドシリーズ出場経験のないことが心残りでもある。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1981 Phi 13 6 2 1 0 0 0 0 1 0 0 .167 .167 .167 1982 CHC 156 635 103 172 33 5 7 54 90 36 32 .312 .372 .271 1983 CHC 158 633 94 165 25 4 8 48 79 51 37 .316 .351 .261 1984 CHC 156 636 114 200 36 19 19 84 101 52 32 .367 .520 .314 1985 CHC 153 609 113 186 31 6 26 83 97 57 54 .364 .504 .305 1986 CHC 154 627 68 178 28 5 14 76 79 46 34 .330 .411 .284 1987 CHC 132 523 81 154 25 2 16 59 79 59 21 .367 .442 .294 1988 CHC 155 618 77 163 23 8 19 69 91 54 25 .322 .419 .264 1989 CHC 157 606 104 176 25 5 30 76 85 59 15 .356 .497 .290 1990 CHC 155 615 116 188 30 3 40 100 84 50 25 .354 .559 .306 1991 CHC 158 585 104 170 32 2 26 100 89 87 22 .379 .485 .291 1992 CHC 158 612 100 186 32 8 26 87 73 68 17 .371 .510 .304 1993 CHC 117 456 67 141 20 0 9 45 62 37 9 .359 .412 .309 1994 CHC 57 223 36 53 9 5 5 24 40 23 2 .312 .390 .238 1996 CHC 150 554 85 135 28 4 25 92 116 54 12 .316 .444 .244 1997 CHC 135 447 54 118 26 0 12 64 94 28 7 .308 .403 .264 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2164 8385 1318 2386 403 76 282 1061 1260 761 344 .344 .452 .285
受賞タイトル一覧
- MVP1回(1984)
- 本塁打王1回(1990)
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