- 2008-05-27 (火) 0:28
- MLB Players

#32 サンディー・コーファックス | SP

- 1955年・ドジャースと契約
- 1935年12月30日生 左投右打 188センチ 95キロ
- ニューヨーク州出身
選手の紹介文
メジャーリーグ史上、最高の左腕と言われるサンディー・コーファックス。メジャーキャリアは12年間と非常に短かったが、その前半の6年間と後半の6年間は全く違っている。特に後半の6年間は投手タイトルを総ナメするほどの活躍を見せたが、左肘の関節症というアクシデントで30歳という若さでマウンドを降りた。太く短かったコーファックスだが、1972年に史上最年少の36歳で殿堂入りを果たしている。
ニューヨーク州のブルックリンで生まれたコーファックスは、3歳の頃に両親が離婚し、母に引き取られることになった。その後に母が再婚したわけだが、再婚相手の姓がコーファックスということから、コーファックス姓を名乗ることになるが、それまではブラウン姓だった。高校時代は野球とバスケットボールで大活躍し、シンシナティ大学へはバスケットボールの奨学生として進学する。
コーファックスにとっての野球はバスケットボールの副次的なものだったが、大学2年時にマウンドに上がった際、投球回数32回に対して51個の三振を奪う快投を見せて、一躍注目を浴びることになる。プロのスカウトもコーファックスの投手として才能に注目し始める。そして、生まれ故郷のニューヨークのブルックリンに本拠を構えていたドジャースが1万4000ドルという破格の契約金でコーファックスを口説き落とした。
当時の野球協約には「ボーナスをもらった選手はメジャー25人枠に入れなければならない」というルールがあったため、コーファックスはいきなりメジャーへ合流。一見、恵まれたことのように思えるが、マイナーで野球経験を積めないということが、コーファックスの才能の開花を遅らせたことになるのかも知れない。実際、この頃のコーファックスは、球こそ速いものの、制球力がメジャーレベルに届いていなかった。
デビュー後のコーファックスの投球内容は安定感を欠いた。ドジャースが本拠地をそれまでのブルックリンからロサンゼルスへ移転させた1958年、コーファックスは11勝11敗の防御率4.48という数字を残すが、球団記録となる17暴投を記録している。翌1959年、突然のように当時のメジャータイ記録となる1試合18奪三振を記録し、大器の片鱗を見せることはあったが、安定していなかった。
1960年までの6年間でのコーファックスは、通算成績の34勝40敗が示すとおり並の投手に過ぎなかった。1961年シーズン前には大学への復学も考え始めたというコーファックスだが、変わるきっかけをついに掴むこととなる。普段からブルペン捕手としてコーファックスの球を受けてきたノーム・シェリーが「肩の力を抜いて気楽に投げよう。カーブやチェンジアップを織り交ぜて。」と話した事がそのきっかけである。
この一言がコーファックスを開眼させた。それまではただガムシャラに投げていただけだったが、力を抜くことで制球力もつき、さらに球の勢いも落ちることはなかった。結局、1961年のコーファックスは42試合に登板し、18勝13敗の防御率3.52という成績を残し、さらに269奪三振で最多奪三振のタイトルを獲得。コーファックスにとっては初のタイトルでもあり、ここから大投手への階段を昇り始めることになる。
1962年、6月30日の対メッツ戦でノーヒッターを達成。14勝7敗の防御率2.54という成績で最優秀防御率のタイトルを獲得したコーファックスの勢いは留まることを知らない。翌1963年には、5月11日の対ジャイアンツ戦で前年に続くノーヒッターを達成し、さらに25勝5敗の防御率1.88、306奪三振という圧巻の成績を残す。最多勝、最優秀防御率、最多奪三振というタイトルに加え、MVPとサイヤング賞も獲得するなど、投手としてのタイトルを総ナメした。
この年はチームもリーグ優勝を飾り、ワールドシリーズではちょうど2年連続世界一を達成しているヤンキースとの対戦だった。第1戦に先発したコーファックスはホワイティ・フォードと投げ合いを演じ、15奪三振というシリーズ記録を樹立してコーファックスが完投勝利をマーク。第4戦の先発でも再び勝利を収め、ドジャースはヤンキースを4連勝で打ち破った。コーファックスは2試合の登板で2勝を挙げて、さらに計23奪三振を奪う新記録も作り、シリーズのMVPにも輝いている。
1964年、19勝5敗の防御率1.74という好成績を残したコーファックスは、6月4日の対フィリーズ戦でも3年連続のノーヒッターを達成する活躍ぶり。チームメイトのドン・ドライスデールとコーファックスは、ドジャースの左右のエースとしてチームを引っ張り、黄金時代を作った。
1965年、勢いは留まることなくコーファックスは勝ち続け、26勝8敗、防御率2.04、382奪三振という成績で再びタイトルを総ナメし、自身2度目のサイヤング賞も受賞した。チームが97勝を挙げた中で、ドライスデール(23勝)と合わせて半分以上の49勝をマークしたことになる。シーズン終盤の9月9日の対カブス戦では、自身初の完全試合も達成し、4年連続でのノーヒッターを記録したことにもなる。そして、チームもリーグ優勝を飾った。
ツインズとのワールドシリーズでは、第2戦先発のコーファックスはKOされてしまうが、2勝2敗で迎えた第5戦は散発4安打、10奪三振で完封勝利をマーク。第7戦にも中2日で先発のマウンドに上がり、10奪三振に2安打完封という文句の付けようのない成績でチームに世界一を呼び込んだ。シリーズMVPにコーファックスが選ばれたのは言うまでもない。
オフにはドライスデールと共に、年俸アップを求めて契約拒否の姿勢を貫いたが、1966年シーズンの開幕前に当時としては破格の13万ドルで契約を交わした。1966年、ドライスデールは調整遅れが響き、思うような成績は挙げられずに終わるが、コーファックスはキャリアハイの27勝9敗に加え、防御率1.73、317奪三振と3度、投手タイトルを総ナメ。ワールドシリーズではオリオールズの前に敗れてしまうが、コーファックスの存在は際立っていた。
しかし、コーファックスはオフになると左肘痛を理由に突然、引退を発表してしまう。まだ30歳と若いコーファックスだったが、本人の信念もあり、あえて絶頂時にユニフォームを脱ぐ決意をしたのである。メジャーキャリアの最初の6年は冴えなかったが、後半の6年間では通算で129勝47敗をマークするなど、全く生まれ変わったような成績を残した。
左肘の痛みはコーファックスの慢性的なものとも、プレー中の怪我とも言われている。その痛みを抑えるために左肘をアイシングするなど、現代でいうところの当たり前の事を最初にやったのがコーファックスである。肘の痛みから、投球フォームで球種がわかってしまうが、それでも打ち崩すことは出来なかった。パイレーツの強打者であるウイリー・スタージェルは「コーファックスを打つのは、フォークでコーヒーを飲むものだ。」と最大級の褒め言葉を贈っている。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1955 Bro 12 5 2 2 2 2 0 41.2 33 30 28 15 14 3.02 1956 Bro 16 10 0 0 2 4 0 58.2 66 30 29 37 32 4.91 1957 Bro 34 13 2 0 5 4 0 104.1 83 122 51 49 45 3.88 1958 LAD 40 26 5 0 11 11 1 158.2 132 131 105 89 79 4.48 1959 LAD 35 23 6 1 8 6 2 153.1 136 173 92 74 69 4.05 1960 LAD 37 26 7 2 8 13 1 175.0 133 197 100 83 76 3.91 1961 LAD 42 35 15 2 18 13 1 255.2 212 269 96 117 100 3.52 1962 LAD 28 26 11 2 14 7 1 184.1 134 216 57 61 52 2.54 1963 LAD 40 40 20 11 25 5 0 311.0 214 306 58 68 65 1.88 1964 LAD 29 28 15 7 19 5 1 223.0 154 223 53 49 43 1.74 1965 LAD 43 41 27 8 26 8 2 335.2 216 382 71 90 76 2.04 1966 LAD 41 41 27 5 27 9 0 323.0 241 317 77 74 62 1.73 ----------------------------------------------------------------------------- Total 397 314 137 40 165 87 9 2324.1 1754 2396 817 806 713 2.76
受賞タイトル一覧
- MVP1回(1963)
- サイヤング賞3回(1963,65,66)
- 最多勝3回(1963,65,66)
- 最優秀防御率5回(1962~66)
- 最多奪三振4回(1961,63,65,66)
- オールスター出場6回(1961~66)
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