- 2008-08-20 (水) 0:03
- MLB Players
#33 スコット・ローレン(Scott ROLEN) | 3B

- 1993年6月ドラフト・フィリーズ2位
- 1975年4月4日生 右投右打 193センチ 95キロ
- インディアナ州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 2005 StL 56 196 28 46 12 1 5 28 28 25 1 .323 .383 .235 2006 StL 142 521 94 154 48 1 22 95 69 56 7 .369 .518 .296 2007 StL 112 392 55 104 24 2 8 58 56 37 5 .331 .398 .265 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1505 5498 954 1558 380 32 261 1012 1097 718 104 .372 .507 .283
選手の紹介文
メジャーリーグを代表するサードベースマンのスコット・ローレン。怪我なくプレーすれば、ゴールドグラブ賞受賞は間違いないと言われ、メジャーリーグ史上でも指折りの守備を見せる。怪我に苦しむシーズンが続いているが、かつては勝負強い打撃も見せており、一日も早い完全復活が待たれるところである。
高校時代から野球とバスケットボールで高い評価を受けていたローレン。特にバスケットボールでは幾つかの大学から奨学生としてのオファーがあるなど、身体能力は一目置かれていた。1993年のドラフトでフィリーズから2位指名を受けてプロ入りすることになった。指名後にルーキーリーグでプレーし、打率.313と非凡なところを見せている。
1994年は2Aスプルタンバーグでフルシーズン過ごした。138試合の出場で、打率.294、14HR、72打点という数字を残した。かつてのフィリーズの名選手であり、殿堂入りも果たしているマイク・シュミットと同じサードを守っていることもあり、ローレンと比較されることが多く、マイナー時代から「シュミット2世」と言われるほどのフィリーズ期待の有望株であった。
1995年は左手有効骨の手術でシーズンに出遅れるが、復帰後は1Aから2Aまで昇格した。翌1996年は2Aリーディングで開幕を迎えると、自らの誕生日(4月4日)に行われた開幕戦でHRを打つ幸先のいいスタートを切ったローレン。結局、2Aでは61試合に出場し、打率.361、9HR、42打点と文句なしの成績を残した。6月には3Aスクラントンへ昇格し、そのままこの年の8月に入って、メジャーリーグからお呼びがかかったのである。
8月1日の対カージナルス戦で、スタメンとしてメジャーデビューを飾ったローレン。メジャーの壁に苦しみながらも結果を徐々に出しつつあった。8月21日の対ドジャース戦では野茂英雄から、メジャー初ホームランを含む1試合2HRを記録。しかし、9月7日の対カブス戦でスティーブ・トラクセルから死球を受けて骨折し、戦線離脱してしまう。思わぬ怪我でシーズンを終えることになったローレンだが、ちょうど打数が130打数であり、ギリギリで来季へ新人王の望みをつなぐ結果となった(新人王受賞資格は野手の場合、前年まで通算130打数以下でなければならないという条件があるため)。
満を持して臨んだ1997年シーズンは156試合に出場し、打率.283、21HR、92打点を記録し、文句なしの成績で新人王を受賞。フィリーズの選手としては1964年のディック・アレン以来の新人王となる。ナショナルリーグで、22歳以下の選手で90打点以上を記録するのは1984年のダリル・ストロベリー以来の快挙でもある。さらにHRと打点に関してはフィリーズの新人記録(1972年のグレッグ・ルジンスキーによる18HR、72打点)を塗り替えるものである。
1998年は160試合の出場で、打率.290、31HR、110打点に120得点、45本の2塁打をマーク。フィリーズ史上、最年少でのシーズン100打点を記録したことになる。さらに1シーズンで30HR、100打点、100得点、40本の2塁打を同時に達成したのはチャック・クライン(1929、1930、1932年)以来、2人目の快挙である。さらにこの年、ゴールドグラブを初受賞。フィリーズとしてもシュミット以来の受賞となるなど、早くも一流選手としての階段を昇り始めた。
1999年はシーズン後半に腰を痛めてしまい、終盤1ヶ月を棒に振ってしまった。その中で112試合の出場で、打率.268、26HR、77打点をマーク。翌2000年も前年の怪我の影響で満足いくシーズンは過ごせなかったが、128試合の出場に終わり、打率.298、26HR、89打点と非凡な数字を残している。さらに2年ぶり2度目のゴールドグラブ賞を受賞している。
2001年、開幕から好調なチームの中でローレンのバットは湿っていた。4月が終わった段階で、打率.205と大スランプに陥っており、さらに監督のラリー・ボーワとの不和も伝えられるなど、苦しい時期だった。オールスターが始まる前までに打率.278に戻すのが精一杯だった。
後半戦に入り徐々に成績を上げていき、地区優勝が指定席になっていたブレーブスをシーズン終盤まで大いに苦しめた。特に9月17日の対ブレーブス直接対決第1試合に、キャリア9度目の1試合2HRを記録し、怪我をする前の1998年以来となるシーズン100打点を達成している(結局ブレーブスに振り切られ、ポストシーズンに進出することはできなかった)。この年は打率.289、25HR、107打点を記録している。
オフになると、翌2002年限りでFAとなることもあり、フィリーズとしてはローレンとの長期契約を模索していた。まだ26歳と若いローレンに10年間1億4000万ドルの大型契約を提示したという話もあったが、断ったそうである。そのため、2002年がローレンにとってフィリーズ最後のシーズンになることが現実味を帯びてきた。
その2002年、7月29日にカージナルスへの交換トレードでの移籍が決まった。移籍前のフィリーズでは100試合の出場で、打率.259、17HR、66打点を記録し、移籍後のカージナルスでは55試合の出場で打率.278、14HR、44打点という数字を残している。オールスターゲームに出場したのはこの年が初めてで、シルバースラッガー賞も初受賞している。初めてポストシーズンも経験し、ディビジョンシリーズではランディ・ジョンソンからHRも放ったが、試合中に左肩を痛めるアクシデントで、リーグチャンピオンシップシリーズでは出場機会がなくチームも敗れてしまった。
ローレンはカージナルスと2003年から8年間9000万ドルで契約延長に合意している。その2003年は154試合に出場し、打率.286、28HR、104打点をマーク。リーグ2位タイとなる49本の2塁打を記録し、長打数(78本)もリーグ5位にライクインする活躍を見せた。オールスターゲームにも2年連続で選出され、ゴールドグラブ賞は4年連続5度目の受賞を果たしている。
2004年、開幕から打点を重ねていくローレンは142試合の出場で、打率.314、34HR、124打点といずれもキャリアハイとなる数字を残し、MVP投票でも4位にランクインするほどの活躍を見せた。チームメイトのアルバート・プホルス、ジム・エドモンズと30HRトリオを形成し、3人合わせて「MV3」とも呼ばれ、カージナルス地区優勝に大きく貢献した。リーグチャンピオンシップシリーズ(対アストロズ)の第7戦で、ローレンは値千金の2ランHRを放ち、リーグ優勝に導いた。しかし、ワールドシリーズではレッドソックスの前に完敗している。
2005年は試合中の接触プレーで左肩を痛めてしまい、2度の故障者リスト入りでわずか56試合にしか出場できなかった。翌2006年は開幕戦で満塁HRを放ち、復活をアピール。142試合に出場し、打率.296、22HR、95打点という成績を残した。チームトップとなる48本の2塁打を放っている。チームもリーグ優勝を果たし、ワールドシリーズ(対タイガース)では19打数8安打と大当たりし、念願の世界一の座に輝いている。
2007年は怪我に苦しんだシーズンとなった。肩を痛めながらもサードの守備では万全ぶりを見せたローレンだが、シーズン出場は8月まででその後は手術に踏み切り、シーズンを終えた。オフにはトロイ・グロスとの交換でブルージェイズの移籍が決まった。カージナルス放出にはトニー・ラルーサ監督との確執があったとも言われている。
ブルージェイズへ移籍した2008年、開幕前に右手中指を骨折するアクシデントで出遅れ。満足できるシーズンは送れておらず、怪我との戦いが続いている。ローレンは球場外では読書を愛する物静かな好青年というイメージだが、死球をぶつけられた投手に対し翌日ロッカールームに殴り込みをかけたという逸話も持っている。しかし、両親が共に教師であり、後に兄も姉も教師になる家庭に育ったこともあり、実際は非常に物静かな好青年である。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1996 Phi 37 130 10 33 7 0 4 18 27 13 0 .322 .400 .254 1997 Phi 156 561 93 159 35 3 21 92 138 76 16 .377 .469 .283 1998 Phi 160 601 120 174 45 4 31 110 141 93 14 .391 .532 .290 1999 Phi 112 421 74 113 28 1 26 77 114 67 12 .368 .525 .268 2000 Phi 128 483 88 144 32 6 26 89 99 51 8 .370 .551 .298 2001 Phi 151 554 96 160 39 1 25 107 127 74 16 .378 .498 .289 2002 Phi 100 375 52 97 21 4 17 66 68 52 5 .358 .472 .259 2002 StL 55 205 37 57 8 4 14 44 34 20 3 .354 .561 .278 2003 StL 154 559 98 160 49 1 28 104 104 82 13 .382 .528 .286 2004 StL 142 500 109 157 32 4 34 124 92 72 4 .409 .598 .314 2005 StL 56 196 28 46 12 1 5 28 28 25 1 .323 .383 .235 2006 StL 142 521 94 154 48 1 22 95 69 56 7 .369 .518 .296 2007 StL 112 392 55 104 24 2 8 58 56 37 5 .331 .398 .265 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1505 5498 954 1558 380 32 261 1012 1097 718 104 .372 .507 .283
受賞タイトル一覧
- 新人王(1997)
- ゴールドグラブ賞7回(1998,2000~04,06)
- シルバースラッガー賞1回(2002)
-
Tags :
- Newer: Alfonso SORIANO(アルフォンゾ・ソリアーノ)
- Older: Miguel CABRERA(ミゲル・キャブレラ)
Comments:0
Trackback:0
- TrackBack URL for this entry
- http://circlechange.com/players/scott-rolen/trackback
- Listed below are links to weblogs that reference
- Scott ROLEN(スコット・ローレン) from Circle Change


