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Sparky ANDERSON(スパーキー・アンダーソン)

Major League Baseball

#10 スパーキー・アンダーソン(Sparky ANDERSON) | Mgr

スパーキー・アンダーソン

  • 1953年・ドジャースと契約
  • 1934年2月22日生 右投右打 175センチ 77キロ
  • サウスダコタ州出身

選手の紹介文
「ビッグレッドマシン」を作り上げた名監督アンダーソン。メジャー史上初となる両リーグのチームで世界一を経験したスパーキー・アンダーソン。選手としての実績がなく、メジャー監督就任時には「スパーキー?フー?」とまで言われたが、監督として評価はあっという間に高まり、メジャーリーグを代表する名監督となった。1970年代に最強を誇った「ビッグレッドマシン」を指揮していたのがアンダーソンである。

サウスダコタ州に生まれたアンダーソンは、高校卒業後にドジャースと契約。ドジャース傘下のマイナーチームでプロとしてのキャリアをスタートした。セカンドを守っており、守備はいいが打撃に難があるという評価だった。マイナー時代には審判に泡を飛ばしながら激しく抗議するアンダーソンの姿を見て、いつの間にか「スパーキー」と呼ばれるようになったという(本名はジョージ・アンダーソンという)。

1958年にドジャース傘下からフィリーズ傘下に移籍。1959年に初めてメジャー昇格を果たした。フィリーズのセカンドのレギュラー選手として1シーズンプレー。152試合に出場し、打率.218、0HR、34打点と期待を裏切ることになった。翌年以降はマイナーで過ごすこととなり、メジャーに復帰することは1度もなく、1963年を最後に選手としてのキャリアを追えている。

1964年からマイナーの監督専任になると、早速監督としての適応能力を見せた。1965年以降、マイナーのランクの異なるそれぞれのチームにおいて4年連続で優勝に導く手腕を発揮している。1966年には延長29回を戦う試合の指揮も執っている(試合には3対4で敗れたが、プロの試合では中断のない状態での最長試合として記録に残っている)。

1968年からレッズ傘下の2Aチームの監督となったアンダーソン。翌1969年はパドレスのコーチとしてメジャーに復帰。1970年からはエンゼルスのコーチになることが決まっていたが、その数日後、レッズから新監督の誘いを受けることとなる。アンダーソンはこの誘いを受諾。まだ35歳と若く、知名度も低いアンダーソンの抜擢は驚きをもって受け止められる。

この決断を下したのはレッズのボブ・ハウゼン会長である。ハウゼンは1964年、カージナルスのGMとして世界一を経験しており、その後レッズに移ってきたのである。さらにレッズのトム・シーバーグ広報部長はアンダーソンの高校の同級生であり、シーバーグの強力なプッシュがハウゼンの決断を促したのである。そして、電撃的なレッズ監督就任となった。

アンダーソンが監督就任したタイミングはレッズが生まれ変わろうとしている最中で、1970年6月に新球場リバーフロントスタジアムの開場が予定されていた。ハッスルプレーを売りに安打製造機のごとく打ちまくっていたピート・ローズ、打てる捕手として1968年に新人王を受賞したばかりのジョニー・ベンチ、強打のトニー・ペレス、俊足のデーブ・コンセプシオンなどの選手が揃っていた。その中でアンダーソンは不安を抱えていたというが、チームリーダーのローズが積極的にコミュニケーションを取ることでアンダーソンは救われたという。

メジャー監督として迎えた1970年、アンダーソン自身の人心掌握術が功を奏し、シーズン102勝を挙げるほどの快進撃で地区優勝をもたらしたのである。リーグチャンピオンシップシリーズ(対パイレーツ)も3連勝で退けて、レッズに9年ぶりのリーグ優勝を果たした。ワールドシリーズではオリオールズと対戦したが、レッズ投手陣に怪我人が相次いだこともあり、世界一を果たすことは出来なかった。

1971年はシーズン79勝の地区5位に終わるが、翌1972年はアストロズからジョー・モーガンを獲得した。モーガンはレッズのパーツにはまり、チームはさらに機能した。シーズン95勝を挙げて、2年ぶりの地区優勝を果たし、リーグチャンピオンシップシリーズ(対パイレーツ)も制して、ワールドシリーズに進出。7戦までもつれる激しいシリーズとなったが、1点差で敗れて世界一はまたもや逃してしまった。

タイガース監督としても世界一を経験した。再びワールドシリーズの舞台が巡ってきたのは1975年のことである。既存の戦力に加え、ジョージ・フォスターの長打力が目立ち始め、ケン・グリフィー、シーザー・ジェロニモらも台頭し、「ビッグレッドマシン」としての形が整った。シーズン108勝でシーズンを勝ち抜け、リーグチャンピオンシップシリーズ(対パイレーツ)も3連勝で退けた。ワールドシリーズではレッドソックスと激しいシリーズを戦い抜き、第7戦の末に勝利を収め、念願の世界一に輝いたのである。

1976年もシーズン102勝で勝ち抜き、ワールドシリーズではビリー・マーチン率いるヤンキースを4連勝で一掃。見事に2年連続世界一に輝いた。その後はFA制度も始まり、「ビッグレッドマシン」を形成した選手がレッズを離れていった。1978年を最後にレッズを解任されると、翌1979年のシーズン途中からタイガースの監督として迎えられたのである。幾つかの球団から誘われていたが、将来性のある選手がいるタイガースをアンダーソンが選んだというのが実際のところらしい。

タイガース監督就任直後はなかなか勝てずに苦しんだが、就任5年目となる1984年は開幕から絶好調。シーズン最初の40試合を35勝5敗と圧倒的な強さを見せると、そのままシーズン104勝を挙げて地区優勝。このときのタイガースは、エースにジャック・モリスがおり、主砲カーク・ギブソンに、強打の捕手ランス・パリッシュ、チームリーダーのアラン・トラメルなど戦力が揃っていたのである。

リーグチャンピオンシップシリーズ(対ロイヤルズ)も勝ち抜き、ワールドシリーズ(対パドレス)も4勝1敗で退け、世界一となった。アンダーソンはメジャー史上初となる両リーグで世界一を経験した監督となったのである(この年、パドレス監督だったディック・ウイリアムスも1972年、1973年にアスレティックス監督として世界一を経験しており、パドレスが勝っていれば、ウイリアムスが両リーグ世界一の監督となるところだった)。

その後のアンダーソンは、1987年に地区優勝を果たして以降、優勝とは縁がなくなった。長くタイガースの監督を務め、1995年を最後に監督生活を引退した。監督としての通算成績は2194勝1834敗というもので、レッズで863勝、タイガースで1331勝を挙げている。

2000年に野球殿堂入りを決めた。レッズ時代に付けていた背番号10番は永久欠番となっている、タイガース時代に付けていた背番号11番は未だに永久欠番と指定されてはいないが、アンダーソン引退後は誰も付けておらず、実質的に永久欠番となっている。

【written by Kenji@webmaster】

獲得タイトル一覧

受賞アワード一覧

  • 最優秀監督賞:2回(1984-AL、1987-AL)

各年度別成績一覧

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 1959  PHI  152  477   42  104   9   3   0   34   53   42    6  .282 .249  .218
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total      152  477   42  104   9   3   0   34   53   42    6  .282 .249  .218

キャリアハイライト一覧

  • 世界一経験:3回(1975-Cin、1976-Cin、1984-Det)
  • 殿堂入り:2000年(ベテランズ委員会)
  • 永久欠番:#10(Reds)

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