- 2008-05-09 (金) 0:06
- MLB Players

#6 スタン・ミュージアル(Stan MUSIAL) | OF

- 1938年・カージナルスと契約
- 1920年11月21日生 左投左打 183センチ 79キロ
- ペンシルベニア州出身
選手の紹介文
野球の実力はもちろん、誰からも愛される人柄で、「ザ・マン(男の中の男)」と命名されたスタン・ミュージアル。MVPを3度も受賞し、首位打者は実に7回も獲得。大舞台にも強く、20回も出場したオールスターゲームでは6本ものHRを放っており、これはメジャー記録である。ミュージアルの付けていた背番号6は、カージナルスの永久欠番である。
1920年、ペンシルベニア州に生まれたミュージアル。ポーランド移民の子供だったミュージアルは、幼少時からスポーツに秀でていた。ちょうどフィリーズにポーランド系のメジャーリーガーとしてアル・シモンズが台頭してきたこともあり、父に連れられてよくフィリーズの試合を見に行っていたという。
高校時代には投手としても打者としても活躍。投手としては、その左腕から7イニングで17個の三振を奪う快投を見せれば、打者としては特大HRを打って見せたミュージアルをメジャーリーグのスカウトが放っておく訳がない。野球以外にもバスケットボールで高い才能を見せており、バスケットボールの奨学生として大学進学の話もあったが、それを断ってカージナルスと契約した。その他にもミュージアルを誘った球団はあったが、カージナルスが一番熱心だったという。
投手としてスタートしたミュージアルのマイナー生活。1938年は6勝、1939年は9勝、1940年は18勝をマークするなど、投手として確実にステップアップしていた。しかし、選手層が薄いということとミュージアルが高い打撃能力を持っているため、投げない日は外野を守ることもあったという。そんな中、ダイビングキャッチを試みた際に左肩を痛めてしまう。
当時、ミュージアルを公私に渡って面倒を見ていたマイナーリーグの監督であったリチャード・カーは、ミュージアルに打者転向を勧めた。決断には時間がかかるものの、決断後は早かった。1941年、マイナーのCクラスのリーグで87試合に出場し、打率.379、26HR、94打点という好成績で本塁打王を獲得。その後、マイナーの中でトップのAAクラスを経て、シーズン終盤には初のメジャー昇格も果たした。
1942年、開幕からカージナルスのレフトを守ったミュージアルは140試合に出場し、リーグ3位の打率.315をマークするなど、新人らしからぬ打撃を披露。チームもリーグ優勝を果たし、ワールドシリーズではヤンキースを4勝1敗で振り切り、世界一の座に輝いた。ミュージアル独特のクラウチングスタイルからの打撃フォームは、カージナルスに欠かせないものになっていたといえる。
1943年、220安打を放ち、打率.357で首位打者のタイトルを獲得し、MVPも受賞。安打数はもちろん、2塁打数(48本)、3塁打数(20本)のいずれもリーグトップであった。そして、2年連続のリーグ優勝にも貢献した(ワールドシリーズではヤンキースの前に1勝4敗で敗れてしまう)。翌1944年も、打率.347をマークし、チームを3年連続でワールドシリーズへ導く。ワールドシリーズではブラウンズを4勝2敗で退け、世界一に返り咲いた。
第二次世界大戦というご時世もあり、各チームの主力選手が戦地に足を運ぶため、チームを離れることが当たり前になっていた。ミュージアルにとっても例外ではなく、1945年の1年を海軍で過ごし、1946年にメジャーへ復帰した。復帰1年目に打率.365をマークして首位打者となり、安打数(228本)、2塁打数(50本)、3塁打数(20本)もそれぞれリーグトップであり、2度目のMVPも受賞。
ミュージアルが復帰したこの年、チームも2年ぶりにリーグ優勝を果たした。ワールドシリーズでは、ミュージアル同様に戦地から戻ってきたテッド・ウイリアムスのいるレッドソックスと対戦。ミュージアルもウイリアムスも不振が続いたこともあり、試合は7戦までもつれ、結果的にはカージナルスが勝利を収め、世界一になった。
徐々に長打力が身に付き、1948年は打率.376、39HR、131打点で首位打者と打点王の二冠王を獲得。HRも40本のジョニー・マイズとラルフ・カイナーに1本だけ及ばずにタイトルを逃しており、三冠王まであと少しだった。安打数(230本)、2塁打数(46本)、3塁打数(18本)はどれもリーグトップであるなど、3度目のMVP受賞に文句のつけようはなかった。
その後も安定した数字を残し続けたミュージアルは1950年から3年連続の首位打者となり、打撃王の名を欲しいほどの活躍を見せる。1954年5月2日のダブルヘッダーでは、第1試合に3HR、第2試合に2HRと1日に5HRという快挙を達成。1955年のオールスターゲームでは延長12回裏に試合を決めるサヨナラHRも放った。
37歳だった1957年、打率.351で7度目の首位打者を獲得。1958年にも打率.337をマークし、メジャーデビュー後、16年連続の3割打者となったミュージアル。その後は体力の衰えから、打率3割を切るシーズンが続いたが、42歳になった1962年、135試合に出場し、打率.330をマークする意地を見せた。そして、1963年限りで現役引退。早婚だったミュージアルはこの時点ですでに孫が誕生し、初孫誕生後の打席でHRを放っている。
22年間のメジャー生活で、通算成績は打率.331、3630安打、465HR、1951打点と輝かしい。引退後もカージナルスのフロントに入り、1967年の世界一にも力を尽くした。もし、メジャー昇格前に肩を痛めることなく、投手として選手生活を送ることになっていたら、ミュージアルの人生はどのようになっていたのだろうか。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
- 首位打者:7回(1943-NL、1946-NL、1948-NL、1950-NL~1952-NL、1957-NL)
- 打点王:2回(1948-NL、1956-NL)
受賞アワード一覧
- シーズンMVP:3回(1943-NL、1946-NL、1948-NL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1941 StL 12 47 8 20 4 0 1 7 1 2 1 .449 .574 .426 1942 StL 140 467 87 147 32 10 10 72 25 62 6 .397 .490 .315 1943 StL 157 617 108 220 48 20 13 81 18 72 9 .425 .562 .357 1944 StL 146 568 112 197 51 14 12 94 28 90 7 .440 .549 .347 1946 StL 156 624 124 228 50 20 16 103 31 73 7 .434 .587 .365 1947 StL 149 587 113 183 30 13 19 95 24 80 4 .398 .504 .312 1948 StL 155 611 135 230 46 18 39 131 34 79 7 .450 .702 .376 1949 StL 157 612 128 207 41 13 36 123 38 107 3 .438 .624 .338 1950 StL 146 555 105 192 41 7 28 109 36 87 5 .437 .596 .346 1951 StL 152 578 124 205 30 12 32 108 40 98 4 .449 .614 .355 1952 StL 154 578 105 194 42 6 21 91 29 96 7 .432 .538 .336 1953 StL 157 593 127 200 53 9 30 113 32 105 3 .437 .609 .337 1954 StL 153 591 120 195 41 9 35 126 39 103 1 .428 .607 .330 1955 StL 154 562 97 179 30 5 33 108 39 80 5 .408 .566 .319 1956 StL 156 594 87 184 33 6 27 109 39 75 2 .386 .522 .310 1957 StL 134 502 82 176 38 3 29 102 34 66 1 .422 .612 .351 1958 StL 135 472 64 159 35 2 17 62 26 72 0 .423 .528 .337 1959 StL 115 341 37 87 13 2 14 44 25 60 0 .364 .428 .255 1960 StL 116 331 49 91 17 1 17 63 34 41 1 .354 .486 .275 1961 StL 123 372 46 107 22 4 15 70 35 52 0 .371 .489 .288 1962 StL 135 433 57 143 18 1 19 82 46 64 3 .416 .508 .330 1963 StL 124 337 34 86 10 2 12 58 43 35 2 .325 .404 .255 ------------------------------------------------------------------------------ Total 3026 10972 1949 3630 725 177 475 1951 696 1599 78 .417 .559 .331
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:20回(1943-NL、1944-NL、1946-NL~1963-NL)
- 世界一経験:3回(1942-StL、1944-StL、1946-StL)
- 殿堂入り:1969年(投票率:93.2%)※1回目
- 永久欠番:#6(Cardinals)
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