- 2009-06-21 (日) 0:06
- MLB Players

#6 スティーブ・ガービー(Steve GARVEY) | 1B

- 1968年ドラフト・ドジャース1位(全米13番目)
- 1948年12月22日生 右投右打 178センチ 87キロ
- フロリダ州出身
選手の紹介文
1970年代から1980年代にかけて、堅守強打の選手として知られたスティーブ・ガービー。ドジャースを代表する選手としてシーズンMVPも受賞。ワールドシリーズなどの大舞台での勝負強さも目立った。晩年には移籍先のパドレスで、球団史上初となるリーグ優勝に貢献するなど、存在感は際立っていた。
フロリダ州に生まれたガービーは、ブルックリン出身だった祖父の影響でドジャースを応援するようになった。ちょうど父親もスプリングトレーニングではドジャースのバスの運転手も勤めていたという。高い運動能力は幼少時から折り紙付きで、高校卒業時にはツインズから3位指名(全米166番目)を受けている(この時は断り、大学進学の道を選んだ)。
ミシガン大学へと進学したガービーは、野球だけでなくフットボールでも適応性を見せた。当時はサードを守っており、全米代表にも選出されるなど、実力は際立っていたのである。そして迎えた1968年ドラフトで憧れのドジャースから1位指名(全米13番目)を受けて、晴れてプロ入りを果たしたのである。
指名されたその年はそのままルーキーリーグに参加し、62試合に出場して打率.338、20HR、59打点と抜群の数字を残したガービー。1969年は2Aアルバカーキで83試合の出場で打率.373、14HR、85打点と好成績を挙げて、その評価を高めた。9月になると初のメジャー昇格を果たし、3試合にだけ出場している。翌1970年はメジャーと3Aスポーケンの往復となった。
1971年からはメジャーに定着。ドジャースのサードとして期待されていたが、移籍してきたばかりのディック・アレンとの併用が続いた。翌1972年も期待されていたが、打撃面で結果が残せずに苦しんだ。それもあり、1973年からはファーストにコンバートされた。当時のドジャースのファーストにはビル・バックナーがいたが、バックナーを外野へと移し、ガービーをファーストに据えることとなる。
コンバートの結果は1974年には実を結び、156試合の出場で打率.312、21HR、111打点という数字を残し、ドジャースのリーグ優勝に大きく貢献。この活躍が認められ、ガービーはシーズンMVPの大賞も受賞した。さらに初出場を果たしたオールスターゲームでもタイムリー含む2安打を放ち、オールスターMVPも受賞。リーグチャンピオンシップシリーズ(対パイレーツ)でも、打率.389(18打数7安打)、2HR、5打点を挙げてリーグ優勝へと導いた。ワールドシリーズ(対アスレティックス)では敗れたが、ガービーにとっては大きく飛躍を果たしたシーズンとなった。
この年のドジャースの内野陣は、ファーストにガービーが入り、セカンドにデーブ・ロープス、サードにロン・セイ、ショートにビル・ラッセルと安定感を誇る布陣を形成し、これは1981年まで、ロープスが移籍するまでの8シーズンも固定されたのである。ガービーはファーストの守備も評価が高く、1974年から4年連続でゴールドグラブ賞を受賞している。
1975年、ドジャースの4番打者に定着したガービーは、160試合の出場で打率.319、18HR、95打点という数字で主軸としての責任を果たした。常に高い意識を持ってプレーしているガービーは、人望が厚かった。プレーに対しての責任感も強く、この年の9月3日から9シーズンに跨る連続試合出場を作ることとなる。実に1207試合もの長きに渡る連続出場記録であり、これはナショナルリーグの記録でもある。
1976年、打率.317、13HR、80打点と3年連続での打率3割を記録。翌1977年は打率(.297)こそ3割を割ったが、33HR、115打点と長打力が開花した。この年のドジャースはガービーの他にレジー・スミス(32HR)、ダスティ・ベイカー(30HR)、セイ(30HR)と30HRカルテットを形成。前年途中から監督に就任していたトミー・ラソーダの元、地区優勝を果たしている(リーグ優勝を果たすも、ワールドシリーズではヤンキースの前に敗退)。
1978年は開幕序盤から快調な打撃を見せると、打率.316、21HR、113打点という数字を残した。HRこそ減ったが、打率は2年ぶりに3割台へと復帰。オールスターゲームでも終盤に勝ち越しの口火を切る3塁打を放ち、自身2度目のオールスターゲームMVPを受賞している。ガービーの真価が発揮されたのはリーグチャンピオンシップシリーズ(対フィリーズ)のことで、打率.389(18打数7安打)、4HR、7打点をマークした。シリーズの4HRはジェフリー・レオナルド(1987年)に並ぶリーグタイ記録であり、さらに2塁打1本を含むシリーズ5長打もボブ・ロバートソン(1971年)に並ぶタイ記録である(しかし、ワールドシリーズではヤンキースの前に敗退している)。
1979年は打率.315、翌1980年も打率.304と安定した打撃を見せたガービー。1974年から3年連続200本安打を達成し、1年おいて1978年からも3年連続200本安打と打撃の安定感はリーグ屈指である。1981年はストライキによる短縮シーズンとなったが、ガービーは不振だった。その中で前後期制となったリーグを勝ち抜き、ディビジョンシリーズ(対アストロズ)、リーグチャンピオンシップシリーズ(対エクスポズ)、ワールドシリーズ(対ヤンキース)を制し、悲願の世界一となった。ポストシーズンを通して、ガービーは打率.359(64打数23安打)、3HR、6打点と大当たりを見せている。
1982年もシーズンは不振で打率.282に終わると、オフにはFAとなった。そして、パドレスへの移籍を決断。移籍した後も、ドジャースへの思いは強く、新聞広告を使ってドジャースファンに感謝を述べるなど、愛される選手だった。移籍1年目の1983年は、7月末にホームでのクロスプレーで親指骨折のアクシデントに見舞われ、その後は欠場。ずっと続けていた連続試合出場が途切れるなど、苦しい1年となった。
再起をかける1984年、最初は3番トニー・グウィンに次ぐ4番を任されていたガービーだが、序盤は不振に苦しんだ。6月半ばの時点で、グウィンを2番に回し、ガービーを3番に繰り上げてからは徐々に調子を上げていった。結果としては161試合に出場し、打率.284、8HR、86打点と往年のパワーは見せられなくなっていたが、要所要所での勝負強い打撃でパドレスの地区優勝に貢献した。
リーグチャンピオンシップシリーズ(対カブス)では、2連敗後に1つ勝ち、迎えた第4戦、5対5で迎えた9回裏、ガービーはリー・スミスからサヨナラ2ランHRを放った。続く第5戦にも勝利し、パドレスを球団初リーグ優勝に導いたのである。ガービーは自身2度目のリーグチャンピオンシップシリーズMVPを受賞している。ワールドシリーズ(対タイガース)では惜しくも敗れ、世界一は逃した。
1985年は162試合に出場し、打率.281を記録するが、翌1986年は打率.255に終わった。1987年は開幕から不振で、さらに腕の怪我もあり、5月末を最後にシーズンを終えることとなった。翌年以降の復帰を目指すものの、パドレスには若いジョン・クラックが台頭しており、パドレス復帰は難しく、古巣ドジャースでの復帰も果たせなかった。そして、現役引退を決断した。
メジャーでの通算成績は打率.294、2599安打、272HR、1308打点というものである。10度のオールスター出場に2度のMVP受賞、さらにポストシーズンでの勝負強さは非常に頼れる存在だった。ドジャース、パドレスで一貫して付けていた背番号6番は、パドレスでは球団史上初となる永久欠番に指定されている。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- オールスターMVP:2回(1974、1978)
- シーズンMVP:1回(1974-NL)
- リーグチャンピオンシップシリーズMVP:2回(1978-NL、1984-NL)
- ゴールドグラブ賞:4回(1974-NL~1977-NL)
- ロベルトクレメンテ賞(1981)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1969 LAD 3 3 0 1 0 0 0 0 1 0 0 .333 .333 .333 1970 LAD 34 93 8 25 5 0 1 6 17 6 1 .310 .355 .269 1971 LAD 81 225 27 51 12 1 7 26 33 21 1 .290 .382 .227 1972 LAD 96 294 36 79 14 2 9 30 36 19 4 .312 .422 .269 1973 LAD 114 349 37 106 17 3 8 50 42 11 0 .328 .438 .304 1974 LAD 156 642 95 200 32 3 21 111 66 31 5 .342 .469 .312 1975 LAD 160 659 85 210 38 6 18 95 66 33 11 .351 .476 .319 1976 LAD 162 631 85 200 37 4 13 80 69 50 19 .363 .450 .317 1977 LAD 162 646 91 192 25 3 33 115 90 38 9 .335 .498 .297 1978 LAD 162 639 89 202 36 9 21 113 70 40 10 .353 .499 .316 1979 LAD 162 648 92 204 32 1 28 110 59 37 3 .351 .497 .315 1980 LAD 163 658 78 200 27 1 26 106 67 36 6 .341 .467 .304 1981 LAD 110 431 63 122 23 1 10 64 49 25 3 .322 .411 .283 1982 LAD 162 625 66 176 35 1 16 86 86 20 5 .301 .418 .282 1983 SD 100 388 76 114 22 0 14 59 39 29 4 .344 .459 .294 1984 SD 161 617 72 175 27 2 8 86 64 24 1 .307 .373 .284 1985 SD 162 654 80 184 34 6 17 81 67 35 0 .318 .430 .281 1986 SD 155 557 58 142 22 0 21 81 72 23 1 .284 .408 .255 1987 SD 27 76 5 16 2 0 1 9 10 1 0 .231 .276 .211 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2332 8835 1143 2599 440 43 272 1308 1003 479 83 .329 .446 .294
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:10回(1974-NL~1981-NL、1984-NL、1985-NL)
- 世界一経験:1回(1981-LAD)
- 永久欠番:#6(Padres)
-
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