- 2008-12-20 (土) 0:04
- MLB Players

#24 ティノ・マルチネス(Tino MARTINEZ) | 1B

- 1988年6月ドラフト・マリナーズ1位(全米14番目)
- 1967年12月7日生 右投左打 188センチ 95キロ
- フロリダ州出身
選手の紹介文
勝負強い打撃と堅実な守備でヤンキース黄金時代のワンピースを担ったティノ・マルチネス。シーズン100打点は5年連続を含む6度も記録しており、特に1997年は44HR、141打点とキャリアハイとなる数字を残すほどの打棒を発揮している。晩年にはヤンキースに戻り、現役最後のシーズンを過ごし、熱烈な声援に支えられた。
1967年、フロリダ州タンパで生まれたマルチネス。この地はリゾート地としても知られているが、多くのメジャーリーガーを輩出したことでも有名である。古くはドワイト・グッデン、スティーブ・ガービー、ルー・ピネラらを輩出し、マルチネスもその系譜に入ることになる。ジェファーソン高校ではルイス・ゴンザレスとチームメイトで共に活躍する。このゴンザレスとは大の仲良しで、後に2001年のワールドシリーズで顔を合わせることになるとは、この当時は予想だにしなかった。
タンパ大学に進学したマルチネスは、大学在籍時に打率.398、54HR、222打点という通算記録を樹立し、これは未だに大学の記録として残っている。そして1988年、ドラフトでマリナーズにドラフト1位(全米14番目)で指名を受ける。その後に行われたソウルオリンピックのアメリカ代表チームに選出され、決勝の日本戦では2本のHRを放ち、チームに金メダルをもたらした。そしてその後、プロ入りを決めた。
初めてメジャー昇格を果たしたのは1990年のこと。メジャーの大きな壁に跳ね返されることもあったが、1990年、91年と3Aで2年連続打率3割を記録し、メジャーリーガーとしての実力を蓄えていった。1992年以降はメジャーに定着した。時折見せるパワーは素晴らしいが、安定感に欠けるという評価を得ていたマルチネスだった。
1995年、チームの主力だったケン・グリフィー・ジュニアが怪我で途中離脱というトラブルはあったが、ランディ・ジョンソンらの活躍もあり、球団史上初のポストシーズンへの進出を決めた。シーズンでは打率.293、31HR、111打点を記録し、大きな飛躍を遂げたマルチネスだが、さらにポストシーズンにおけるヤンキースとのディビジョンシリーズでは打率.409を記録し、チームを引っ張った。そして、この年のオフにジェフ・ネルソンらとのトレードでヤンキース入りとなったのである。
1995年のオフで引退が噂されるドン・マッティングリーに代わるファーストとして活躍が期待された。1996年のシーズンが始まっても、マッティングリーの復活を求める声も多くあり、開幕直後の4月は打率.244と苦しんだ。しかし徐々に結果を出し始めたマルチネスはこのシーズン、155試合に出場し、打率.292、25HR、117打点を記録。マッティングリーの後継者として周囲に認めさせつつあった。ポストシーズンではあまり打つことはできなかったが、初めての世界一も経験している。
移籍2年目となる1997年は開幕から大爆発を起こすことになる。4月に1試合3HR含む9HRを放つなど、月間34打点という当時のメジャー記録を樹立。開幕30試合で、史上2人目の記録となる12HR、40打点をマークし、誰もが認めるヤンキースの主砲となった。7月末の段階ではHRと打点の2つの部門でリーグトップに立っていた。最終的にはグリフィーに抜かれ、共にリーグ2位となるが、打率.296、44HR、141打点という数字を残し、全ての数字でキャリア最高を記録している。
1998年は、打率.281、28HR、123打点と数字を落とすが、パドレスとのワールドシリーズ第1戦では2対5と劣勢で迎えた7回裏、チャック・ノブロックの同点3ランHRが飛び出した後、マルチネスが勝ち越し満塁HRホームランを放ち、これがダメ押しとなり勝負は決まった。この年から始まるヤンキース3年連続世界一の警報となる1発となったのである。
1999年から2000年へと数字は徐々に落ちていくものの、軽快な守備と勝負強い打撃でチームを引っ張ったマルチネス。2001年は打率.280、34HR、113打点を記録し、打棒復活の兆しを見せる。この年のワールドシリーズ、ヤンキースの1勝2敗で迎えた第4戦、ダイヤモンドバックスに1対3とリードされ、すでに9回裏2アウトとなっていた。ここで打席に立ったのがマルチネス。この場面でマルチネスは、クローザーのキム・ビュンヒュンから同点となる2ランHRを放った。この1発で同点としたヤンキースは延長10回裏、デレク・ジーターにサヨナラHRが飛び出し、貴重な勝利をもたらしたことになる。それだけ価値のあるマルチネスのHRだった。
2002年からはカージナルスへFA移籍。マーク・マグワイアが引退した後のファーストを任されるも、打率.262、21HR、75打点と期待を裏切る成績に終わった。2003年も結果を残せず、2004年からは故郷タンパに本拠を構えるデビルレイズへ移籍。23HR、72打点とパワーを見せたマルチネス。2005年は古巣ヤンキースに復帰し、5月には5試合連続HRをマークする打棒を見せるも、打率.241、17HR、49打点に終わり、この年限りでユニフォームを脱いだ。
メジャーキャリア16年での通算成績としては、打率.271、1925安打、339HR、1271打点となる。そのうち、4度の世界一を経験したヤンキースで記録したのは、192HR、739打点となる。ファーストの守備能力は非常に高く、スプリングトレーニングではヤンキースの特別インストラクターとして力になっている。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- シルバースラッガー賞:1回(1997-AL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1990 Sea 24 68 4 15 4 0 0 5 9 9 0 .308 .279 .221 1991 Sea 36 112 11 23 2 0 4 9 24 11 0 .272 .330 .205 1992 Sea 136 460 53 118 19 2 16 66 77 42 2 .316 .411 .257 1993 Sea 109 408 48 108 25 1 17 60 56 45 0 .343 .456 .265 1994 Sea 97 329 42 86 21 0 20 61 52 29 1 .320 .508 .261 1995 Sea 141 519 92 152 35 3 31 111 91 62 0 .369 .551 .293 1996 NYY 155 595 82 174 28 0 25 117 85 68 2 .364 .466 .292 1997 NYY 158 594 96 176 31 2 44 141 75 75 3 .371 .577 .296 1998 NYY 142 531 92 149 33 1 28 123 83 61 2 .355 .505 .281 1999 NYY 159 589 95 155 27 2 28 105 86 69 3 .341 .458 .263 2000 NYY 155 569 69 147 37 4 16 91 74 52 4 .328 .422 .258 2001 NYY 154 589 89 165 24 2 34 113 89 42 1 .329 .501 .280 2002 StL 150 511 63 134 25 1 21 75 71 58 3 .337 .438 .262 2003 StL 138 476 66 130 25 2 15 69 71 53 1 .352 .429 .273 2004 TB 138 458 63 120 20 1 23 76 72 66 3 .362 .461 .262 2005 NYY 131 303 43 73 9 0 17 49 54 38 2 .328 .439 .241 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2023 7111 1008 1925 365 21 339 1271 1069 780 27 .344 .471 .271
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:2回(1995-AL、1997-AL)
- 世界一経験:4回(1996-NYY、1998-NYY~2000-NYY)
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