- 2009-02-18 (水) 0:03
- MLB Players

#10 トニー・ラルーサ(Tony La RUSSA) | Mgr

- 1962年・アスレティックスと契約
- 1944年10月4日生 右投右打 185センチ 86キロ
- フロリダ州出身
選手の紹介文
現在メジャーリーグを代表する名監督として名前の挙がるトニー・ラルーサ。アスレティックス、カージナルスで世界一を経験している。小技を巧みに操るスモールベースボールを代表する監督でもある。弁護士資格も持っており、経験に基づいた理論派の監督として支持者は多い。
フロリダ州タンパに生まれたラルーサは、スペイン系の母の影響で幼少時から英語とスペイン語の両方を話した。野球の才能に満ち溢れていたラルーサは高校卒業後、17歳の若さでプロへの扉を開くこととなる。まだカンザスシティに本拠を構えていた頃のアスレティックスと1962年に契約を結んだのである。
1Aでの経験を軽く積んで、1963年には早くもメジャー昇格。18歳のショートストップとして34試合に出場している(打率は.250)。ラルーサの将来は限りなく明るいと思われていた。しかし、メジャーリーガーになったばかりのオフ、友人とソフトボールを楽しもうとしていたとき、試合開始に遅れてウォーミングアップをせずに試合に出場。その守備時にいきなり矢のような送球をしたことで、肩に近い腕の腱を損傷してしまった。
この怪我は若いラルーサを大いに苦しめた。肩をかばうことで、肘や膝などにも悪影響を及ぼし、さらには選手生活にも影を落とした。この怪我の翌年から4シーズンは丸々マイナーリーグで過ごすこととなったのである。メジャーリーグに戻ってきたのは1968年のことで、この年はわずか5試合にだけ出場している。
メジャーと3Aを往復する日が続いた。アスレティックスからブレーブス傘下へ移籍。1972年には3Aリッチモンドで122試合に出場し、打率.308を残すがメジャーからお呼びがかからなかった。するとメジャーリーガーとしての夢を叶えることが難しいと悟り、フロリダ州ロースクールに通い始めるのである。以降も選手としてプレーを続けながら、オフには学校に通うという生活を続けた。
1973年にはカブス傘下に移り、大半は3Aで過ごしながら(106試合出場で打率.314)、メジャーでは1試合にだけ代走で出場。メジャーリーグでのプレーはこれが最後となった。その後もマイナーでプレーを続け、1977年、ラルーサが32歳となったときに選手生活にはピリオドを打つことになる。結果的に選手としてメジャーリーグに出場した試合はわずかに132試合(先発出場は40試合)。通算打撃成績は打率.199(176打数35安打)というもので、HRは1本も打てなかった。18歳でメジャーデビューした選手の成績としては非常に寂しい結果に終わっている。
1978年からはホワイトソックス傘下の2Aの監督になり、監督としての生活を始めることとなった。しかし、2Aでの監督生活は前半戦だけで、後半戦はホワイトソックスのコーチに昇格。ちょうどこの年のホワイトソックスはシーズン中にボブ・レモンからラリー・ドビーに交代されるなど不安定な時期だった。翌1979年、新監督としてかつて同じシカゴに本拠を構えるカブスでショートを守っていたドン・ケシンジャーが選手兼任監督となり、ラルーサは3Aの監督へ。シーズン後半、結果を残せなかったケシンジャーに代わり、シーズン54試合を残した時点でラルーサにホワイトソックスの監督の座を譲ることとなった。
こうして34歳の若さでメジャーリーグの監督となったラルーサ。残りの54試合を27勝27敗の五分で締めくくっている。新たな船出を果たしたラルーサだが、この年はオフの期間の勉学が身を結び、法律の学位を取得。5年の月日をかけて弁護士資格を取ったのである。弁護士資格を持つメジャーリーグ監督となると、ラルーサの前にはモンテ・ウォード、ヒューイ・ジェニングス、ミラー・ハギンズ、ムディ・ルエル、ジャック・ヘンドリクス、ブランチ・リッキーらがいる。
ホワイトソックスの監督としては就任3年目となる1982年にはシーズン87勝(勝率.537)で地区3位に浮上。翌1983年はシーズン99勝(勝率.611)を挙げて、初めての地区優勝を果たした。リーグチャンピオンシップシリーズではオリオールズの前に1勝3敗で敗れるが、最優秀監督賞を受賞。その後、1986年に開幕から26勝38敗と落ち込むと責任を取らされる形で解任されたのである。
ラルーサは無職になって3週間後にはアスレティックスの監督として現場に復帰することになる。アスレティックスはこの時点で借金を21個も抱える状況だったが、ラルーサ就任が転機となり、残りのシーズンを45勝34敗で乗り切ったのである。この頃のアスレティックスはホゼ・カンセコ、マーク・マグワイアのバッシュブラザーズが台頭し、急速に戦力が整う絶好のタイミングだった。エースにはデーブ・スチュワート、クローザーにはデニス・エカーズリーが定着した。
1988年にはシーズン104勝(勝率.642)で地区優勝を果たした。リーグチャンピオンシップシリーズ(対レッドソックス)も4連勝で振り切り、ラルーサ自身としては初のリーグ優勝を経験した。ワールドシリーズ(対ドジャース)ではカーク・ギブソンの怪我を押しての劇的なHRもあり、1勝4敗で世界一を逃した。翌1989年には2年連続リーグ優勝を果たすと、ワールドシリーズ(対ジャイアンツ)で4連勝スウィープで世界一となっている。
1990年まで3年連続リーグ優勝を果たし、ラルーサの監督として名声は高まった(ワールドシリーズではレッズの前に敗れ、世界一は逃したが)。1992年にも地区優勝を果たした。ラルーサはアスレティックスの監督を個人的な理由で1995年限りで辞任。翌1996年からカージナルスの監督となった。実にジョー・トーレと入れ替わる形でカージナルス監督となったのである。
カージナルス監督としては1996年、2000年、2002年と地区優勝を果たすが、ポストシーズンは勝ち抜けなかった。2004年にシーズン105勝(勝率.648)を挙げて、リーグ優勝を果たした。しかし、ワールドシリーズではレッドソックスの前に4連敗を喫し、世界一は果たせなかった。翌2005年もシーズン100勝(勝率.617)で満を持してポストシーズンに進むが、リーグチャンピオンシップシリーズではアストロズに敗れてしまった。
2006年は怪我人が続出する中、シーズン83勝(勝率.516)でかろうじて地区優勝を果たした。するとディビジョンシリーズ(対パドレス)、リーグチャンピオンシップシリーズ(対メッツ)を勝ち抜き、ワールドシリーズではタイガースを4勝1敗で振り切り、世界一となった。ラルーサはスパーキー・アンダーソンに続くメジャー史上2人目となる両リーグでの世界一経験監督となった。この年のワールドシリーズでの対戦相手だったタイガースのジム・リーランドも1997年にマーリンズで世界一になっており、タイガースが勝っていればリーランドが史上2人目となるところだった。
カージナルスでは、アスレティックス時代の主砲マグワイアもはせ参じ、アルバート・プホルスという才能にも出会うことが出来た。両リーグで最優秀監督賞を受賞するなど、名監督としての称号を手にしている。ホワイトソックスで522勝、アスレティックスで798勝、カージナルスで1141勝をそれぞれ記録しており、通算2416勝はメジャー歴代3位である(メジャートップはコニー・マックの3731勝、2位はジョン・マグローの2763勝)。さらなる白星の上積みは十分に可能である。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- 最優秀監督賞:4回(1983-AL、1988-AL、1992-AL、2002-AL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1963 KCA 34 44 4 11 1 1 0 1 12 7 0 .346 .318 .250 1968 Oak 5 3 0 1 0 0 0 0 0 0 0 .333 .333 .333 1969 Oak 8 8 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 .000 .000 1970 Oak 52 106 6 21 4 1 0 6 19 15 0 .301 .255 .198 1971 Oak 23 8 3 0 0 0 0 0 4 0 0 .000 .000 .000 1971 Atl 9 7 1 2 0 0 0 0 1 1 0 .375 .286 .286 1973 CHC 1 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 ------------------------------------------------------------------------------ Total 132 176 15 35 5 2 0 7 37 23 0 .292 .250 .199
キャリアハイライト一覧
- 世界一経験:2回(1989-Oak、2006-StL)
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Tags :
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