- 2008-06-11 (水) 0:03
- MLB Players

#12 ウェイド・ボッグス | 3B

- 1976年ドラフト・レッドソックス7位
- 1958年6月15日生 右投左打 188センチ 89キロ
- ナブラスカ州出身
選手の紹介文
広角に打ち分ける高い打撃能力と鋭い選球眼で安打製造機の名をほしいままにするウェイド・ボッグス。4年連続を含む5度の首位打者獲得を始め、メジャー18年間で打率3割を15度も記録するなど、1980年代を彩った名選手であることは間違いない。
1976年、レッドソックスからドラフト7位指名を受けてプロ入りしたボッグス。マイナーリーグ時代は期待されていた選手というわけではなかったが、3Aで首位打者を獲得するなど実績を積み上げ、メジャーからお呼びがかかったのは1982年開幕のことである。
当時のレッドソックスのサードを守っていたのは、前年(1981年)に打率.336で首位打者を獲得しているカーニー・ランクフォードであり、必然的にボッグスの出場機会は少なかった。しかし、そのランクフォードが足首を痛めて欠場するとボッグスがサードに入り、この間の打率は.390と高打率をマーク。メジャー1年目のこの年は104試合の出場に留まりながら、シーズントータルの打率は.349と高いものだった。
するとレッドソックスは前年の首位打者ランクフォードをアスレティックスに放出し、レッドソックスのサードの座をボッグスに明け渡したのである。晴れてレギュラーとなった1983年は153試合に出場し、打率.361、210安打、5HR、74打点をマークし、首位打者のタイトルを奪取。球団の大きな期待に十分すぎる内容で応えたのである。
1984年は打率.325、203安打をマーク。首位打者こそドン・マッティングリー(打率.343)に譲るが、ボッグスの実力は誰もが認めるものとなった。
1985年、161試合に出場して、打率.368、240安打をマークし、首位打者に返り咲き。この年は28試合連続安打も記録し、これは当時にして1980年以降最長の連続安打記録であり、シーズン240安打というのも、当時にして54年ぶりのメジャー記録でもあった。
1986年、5月末の対ツインズ戦で5打数5安打を記録し、一時的に打率を4割台に乗せ、打率4割への期待もふくらんだが、打率.357、207安打で2年連続の首位打者を獲得。翌1987年も打率.363、200安打で首位打者。ボッグスのシーズンHR数は一ケタであるが、この年はキャリアハイの24HRをマークしている。
1988年、打率.366、214安打で4年連続5度目の首位打者となったボッグス。この時点で6年連続200安打を記録しており、これは20世紀以降としてはチャック・クライン(1929~33年)、チャーリー・ゲリンジャー(1933~37年)が記録している5年連続200安打というメジャー記録を塗り替えるものである。
1989年は打率.330、205安打で首位打者こそカービー・パケット(打率.339)に明け渡してしまうものの、200安打以上、100四球以上を4シーズンに渡って続けるメジャー記録も樹立。これまではルー・ゲーリッグの3シーズン連続200安打、100四球が記録であった。
1990年はボッグスらしくないシーズンとなり、打率.302、187安打に終わってしまう。続けていた連続シーズン200安打は7年で止まってしまった(ちなみにウィリー・キラーが1984年から1901年にかけて8年連続200安打という記録を樹立している)。
1991年は打率.332、181安打に終わり、翌1992年に至っては打率.259、133安打と極度のスランプに陥ってしまう。FAとなったボッグスはヤンキースとの契約を決めてしまった。こうしてボッグスは慣れ親しんだボストンの地を離れることになったのである。
名門復活をかけて動いているヤンキースにとって、ボッグスはチームリーダーとして大きな力を発揮した。移籍前年にはキャリア初の打率2割台を経験したが、移籍後は打率も3割台に復帰。しかし年齢により衰えは否定できず、サードとしての守備範囲も狭くなるなどしていた。
1996年シーズン終盤には同じサードを守るチャーリー・ヘイズを獲得して、ボッグスと併用する形となった。デレク・ジーター、バーニー・ウイリアムスら若手の台頭も目立ち、ヤンキースは世界一に輝いた。ボッグスにとっても念願となるチャンピオンリングを手にした。
晩年となる1998年には創立されたばかりのデビルレイズに移籍し、残りの選手生活を懸けることとなった。新球団の初HRを記録するなど存在感をアピール。
1999年8月7日の対インディアンズ戦、ボッグスは自身の3000本安打をHRで飾った。3000本安打をHRで飾ったのはボッグスが史上初である。しかも、この前日にはトニー・グウィンが3000本安打を記録しており、同時代を彩った両選手に歓喜の輪が広がったのである。そしてこのシーズンを最後に引退を決めた。通算打率は.328、通算安打は3010本である。
げんかつぎもあり試合前にチキンを食べ続けていたことから、チームメイトのジム・ライスに「チキンマン」というニックネームもつけられていたボッグス。生後18ヶ月という幼少時にスイングしている写真があり、その写真を同じレッドソックスで一時代を築いたテッド・ウイリアムスが見て「完璧なスイングだ」と語ったといわれる逸話も残っている。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1982 Bos 104 338 51 118 14 1 5 44 21 35 1 .406 .441 .349 1983 Bos 153 582 100 210 44 7 5 74 36 92 3 .444 .486 .361 1984 Bos 158 625 109 203 31 4 6 55 44 89 3 .407 .416 .325 1985 Bos 161 653 107 240 42 3 8 78 61 96 2 .450 .478 .368 1986 Bos 149 580 107 207 47 2 8 71 44 105 0 .453 .486 .357 1987 Bos 147 551 108 200 40 6 24 89 48 105 1 .461 .588 .363 1988 Bos 155 584 128 214 45 6 5 58 34 125 2 .476 .490 .366 1989 Bos 156 621 113 205 51 7 3 54 51 107 2 .430 .449 .330 1990 Bos 155 619 89 187 44 5 6 63 68 87 0 .386 .418 .302 1991 Bos 144 546 93 181 42 2 8 51 32 89 1 .421 .460 .332 1992 Bos 143 514 62 133 22 4 7 50 31 74 1 .353 .358 .259 1993 NYY 143 560 83 169 26 1 2 59 49 74 0 .378 .363 .302 1994 NYY 97 366 61 125 19 1 11 55 29 61 2 .433 .489 .342 1995 NYY 126 460 76 149 22 4 5 63 50 74 1 .412 .422 .324 1996 NYY 132 501 80 156 29 2 2 41 32 67 1 .389 .389 .311 1997 NYY 104 353 55 103 23 1 4 28 38 48 0 .373 .397 .292 1998 TB 123 435 51 122 23 4 7 52 54 46 3 .348 .400 .280 1999 TB 90 292 40 88 14 1 2 29 23 38 1 .377 .377 .301 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2440 9180 1513 3010 578 61 118 1014 745 1412 24 .415 .443 .328
受賞タイトル一覧
- 首位打者5回(1983,85~88)
- ゴールドグラブ賞2回(1994,95)
- オールスター出場12回(1985~96)
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