- 2008-10-19 (日) 0:04
- MLB Players

#44 ウイリー・マッコビー(Willie McCOVEY) | 1B

- 1955年・ジャイアンツと契約
- 1938年1月10日生 左投左打 192センチ 103キロ
- アラバマ州出身
選手の紹介文
左の強打者として通算521HRを記録しているウイリー・マッコビー。サンフランシスコ移転後のジャイアンツで主に活躍。ウイリー・メイズ、ホアン・マリシャルと同じ時代を過ごしており、1950年代、60年代、70年代、80年代と4ディケードでプレーした息の長い選手である。口数が少なく闘志をうちに秘めていたことが、マッコビーの存在感をより高めることとなっていた。
アラバマ州で生まれたマッコビーであるが、同郷にはハンク・アーロンがおり、4歳年上のアーロンは十分に意識させられる存在であった。17歳の頃である1955年、ジャイアンツと契約。マイナーで経験を重ねるが、1年目は打率.305、19HR、113打点を記録し、2年目には打率.310、29HR、89打点とスラッガーとしての片鱗を示し、着実にメジャーリーグへの階段を昇っていったのである。
1959年、3Aフェニックスで開幕を迎え、95試合に出場し、打率.372、29HR、92打点と圧巻の数字を残すと、7月末の段階でついにメジャーからお呼びがかかった。デビュー戦ではロビン・ロバーツとの対戦となったが、いきなり4安打をマーク。わずか52試合の出場で打率.354、13HR、38打点という数字を残し、規定打席には届かないが特例で新人王の栄冠を手にしたのである。
メイズが全盛を誇っていたジャイアンツのメンバーに加わり、一躍スターダムにのし上がったマッコビー。その後は伸び悩み、1960年は打率.238、1961年は打率.271と落ち込み、売りであった長打力も発揮できずに苦しんだ。1962年、わずか91試合の出場に留まり、打率.291、20HR、54打点という数字に終わるが、ワールドシリーズで飛躍のきっかけを掴むことになる。
ヤンキースとの対戦となった1962年のワールドシリーズ。第2戦では特大HRを放ち、チームを勝利に結びつけると3勝3敗で迎えた第7戦、0対1と劣勢の最終回2アウトから同点タイムリーを放ったのである(結果、この試合には敗れて世界一は逃してしまうのだが)。マッコビーはこのシリーズで打率.200(15打数3安打)と結果は残したとは言えないが、印象的な一打を放つなど非常に価値のあるシリーズとなった。
1963年、152試合に出場し、打率.280、44HR、102打点と好成績を残して、本塁打王のタイトルを獲得。その後も長打力を見せ、ジャイアンツの主軸としてメイズと共にチームを支えた。30歳になった1968年には打率.293、36HR、105打点を記録し、二冠王を獲得する活躍を見せ、ここから円熟期を迎えることとなる。
1969年はマッコビーの打棒が発揮された1年となり、打率.320、45HR、126打点という数字を残し、2年連続の二冠王に輝いた。この年は45個もの敬遠四球を記録するなど、当時のメジャー記録を樹立(現在のメジャー記録は2004年のバリー・ボンズによる120個)。シーズンのMVPも獲得したが、オールスターゲームでも2HRでMVPを受賞するなど、最高の1年となったのである。翌1970年も39HR、126打点をマークし、3年連続100打点を記録するなど、まさにマッコビーの絶頂期だったのである。
しかし、1971年からは右膝の状態が悪化し、それがマッコビー本来の打棒を奪っていったのである。1971年は105試合、1972年は81試合と出場試合数が減るなど、苦しいシーズンが続いた。1973年には29HRするが、打率.266と落ち込み、この年限りでジャイアンツからパドレスへの移籍が決まったのである。パドレスで2年半、その後にアスレティックスでプレーしたが本来のかつての打棒は復帰しなかった。
マッコビーがジャイアンツを去った後、マッコビーの背番号44番を永久欠番にする決定を行った。まさに現役引退は近いという判断からだったが、1971年には現役選手としてジャイアンツに戻ってきたのである。永久欠番を背負い、打率.280、28HR、86打点と見事な復活劇を見せたマッコビー。結果的に1980年まで現役を続けるが、引退試合でサヨナラ打を放つなど華々しく現役生活にピリオドを打ったのである。
通算HR数は521本を数え、そのうちで満塁HRは18本を数え、ナショナルリーグのリーグ記録を樹立(メジャー記録はルー・ゲーリッグの23本)。これは、アーロンの16本を抜いての達成であり、価値あるものである。1986年には殿堂入りも果たした。現在のジャイアンツの本拠地AT&Tパークでは、ライトフェンス後方の入り江を「マッコビー・コーブ」といい、マッコビーの功績を称えている。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1959 SF 52 192 32 68 9 5 13 38 35 22 2 .429 .656 .354 1960 SF 101 260 37 62 15 3 13 51 53 45 1 .349 .469 .238 1961 SF 106 328 59 89 12 3 18 50 60 37 1 .350 .491 .271 1962 SF 91 229 41 67 6 1 20 54 35 29 3 .368 .590 .293 1963 SF 152 564 103 158 19 5 44 102 119 50 1 .350 .566 .280 1964 SF 130 364 55 80 14 1 18 54 73 61 2 .336 .412 .220 1965 SF 160 540 93 149 17 4 39 92 118 88 0 .381 .539 .276 1966 SF 150 502 85 148 26 6 36 96 100 76 2 .391 .586 .295 1967 SF 135 456 73 126 17 4 31 91 110 71 3 .378 .535 .276 1968 SF 148 523 81 153 16 4 36 105 71 72 4 .378 .545 .293 1969 SF 149 491 101 157 26 2 45 126 66 121 0 .453 .656 .320 1970 SF 152 495 98 143 39 2 39 126 75 137 0 .444 .612 .289 1971 SF 105 329 45 91 13 0 18 70 57 64 0 .396 .480 .277 1972 SF 81 263 30 56 8 0 14 35 45 38 0 .316 .403 .213 1973 SF 130 383 52 102 14 3 29 75 78 105 1 .420 .546 .266 1974 SD 128 344 53 87 19 1 22 63 76 96 1 .416 .506 .253 1975 SD 122 413 43 104 17 0 23 68 80 57 1 .345 .460 .252 1976 SD 71 202 20 41 9 0 7 36 39 21 0 .281 .351 .203 1976 Oak 11 24 0 5 0 0 0 0 4 3 0 .296 .208 .208 1977 SF 141 478 54 134 21 0 28 86 106 67 3 .367 .500 .280 1978 SF 108 351 32 80 19 2 12 64 57 36 1 .298 .396 .228 1979 SF 117 353 34 88 9 0 15 57 70 36 0 .318 .402 .249 1980 SF 48 113 8 23 8 0 1 16 23 13 0 .285 .301 .204 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2588 8197 1229 2211 353 46 521 1555 1550 1345 26 .374 .515 .270
受賞タイトル一覧
- シーズンMVP1回(1969-NL)
- 新人王(1959-NL)
- 本塁打王3回(1963-NL,1968-NL,1969-NL)
- 打点王2回(1968-NL,1969-NL)
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