- 2008-11-05 (水) 0:08
- MLB Players

#8 ウイリー・スタージェル(Willie STARGELL) | 1B

- 1958年8月・パイレーツと契約
- 1940年3月6日生 左投左打 190センチ 103キロ
- オクラホマ州出身
選手の紹介文
通算475HRをマークするほど迫力ある打撃を見せたウイリー・スタージェル。打席で投手に向かってバットを振り回す独特なフォームは、その存在感をより強めたのである。個性派選手が多かったパイレーツを束ねる人望の厚さはもちろん、チャリティー活動に精を出し、メジャーリーグ全体にも影響を及ぼした大きな器を持った選手だった。
オクラホマ州に生まれ、後にカリフォルニア州に引っ越したスタージェル。パイレーツと契約したのは1958年8月、スタージェルがまだ18歳の頃である。マイナーリーグで着実に力を付け、1961年には1Aアッシュビルで22HR、翌1962年には3Aコロンバスで27HRする長打力を発揮し、1962年9月にメジャーリーグの舞台に足を踏み入れている。
メジャーに定着して以降、パワー溢れる打撃を見せるスタージェルだが、三振の数も多く、豪快さが前面に出ていた。1964年には21HR、78打点をマークし、自身初のオールスター出場も果たしている。1965年は27HR、107打点をマークすれば、翌1966年にも打率.315、33HR、102打点をマークするなど、地位を高めていった。
パイレーツの4番打者として、チームの中心的な存在であるロベルト・クレメンテと共に名を連ねていたスタージェル。数字的には一時的に停滞するが、1969年には打率.307、29HR、92打点という数字を残し、翌1970年にも31HR、85打点と、とりあえずは合格点と思われる数字は残していたのである。
そのスタージェルの打棒が大きく華を開いたのは1971年のことである。141試合に出場し、打率.295、48HR、125打点という圧倒的なパワーを見せつけ、自身初の本塁打王のタイトルを獲得した。チームもワールドシリーズ(対オリオールズ)へ進出するなど、スタージェルにとって最高の1年になるはずが、大舞台では不振に苦しんだのである。結果的にクレメンテの大活躍で世界一になるのだが、スタージェルは打順を4番から6番に下げられるほど力を発揮できずに終わってしまった。
1972年は打率.293、33HR、112打点をマーク。悲劇はこの年のオフに起きてしまう。パイレーツの中心選手であるクレメンテがニカラグア大地震の救援活動を励んでいる中で不慮の事故に巻き込まれてしまったのである。パイレーツ内のみならず、メジャーリーグ全体を揺るがした大事件だったが、クレメンテの意志を引き継ぐべく、スタージェルは奔走することになる。
クレメンテのいない1973年、スタージェルは148試合の出場で打率.299、44HR、119打点という打棒を発揮し、本塁打王と打点王の二冠王に輝いた。この頃がスタージェルの全盛期だったのである。その後、1975年頃には外野からファーストにコンバート。スタージェルの成績は緩やかな下降曲線を描き始めていたが、チーム内での存在感は高まる一方でアル・オリバー、デーブ・パーカーなどの個性派集団を束ねるリーダーとして欠かせない存在となった。
スタージェルが39歳となった1979年、126試合の出場で打率.281、32HR、82打点と一念発起。チームの地区優勝に大きく貢献し、シーズンMVPを獲得(キース・ヘルナンデスと同点MVPとなっている)。リーグチャンピオンシップシリーズ(対レッズ)でも、第1戦で延長11回に勝ち越し3ランHRを放ったスタージェルは、第3戦でも特大HRを放ち、3連勝でリーグ優勝に貢献したのである。打率.455、2HR、6打点と圧倒的な打棒でリーグチャンピオンシップシリーズMVPを当然のごとく受賞した。
ワールドシリーズでは8年前と同様、オリオールズとの対戦となった。1勝3敗と追い詰められたパイレーツだが、第5戦に勝利し、第6戦は終盤のスタージェルの犠牲フライで勝ち越し、勝負は第7戦にもつれ込んだ。1点のリードを許す展開の中、6回表に逆転2ランHRを放ったスタージェル。パイレーツ世界一をたぐり寄せた1発だった。シリーズ7戦で打率.400、3HR、7打点を挙げたスタージェルがワールドシリーズMVPを受賞したのは言うまでもない。実にこの年、39歳の年齢でMVPをトリプル受賞するなど獅子奮迅の活躍を見せた。
その後は出場試合数も減り、1982年限りで現役を退いた。退くと同時に背番号8番は永久欠番となった。通算成績は打率.282、2232安打、475HR、1540打点というものである。1936三振というのもスタージェルの豪快さを示す数字といえる。クレメンテの後継者として評されるスタージェルは、慈善事業などを始めとする社会活動に積極的に取り組み、難病に苦しむ人々に手を差しのべた。メジャーリーグ全体から厚い人望に支えられていたスタージェルは1988年、晴れて殿堂入りを決めた。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1962 Pit 10 31 1 9 3 1 0 4 10 3 0 .353 .452 .290 1963 Pit 108 304 34 74 11 6 11 47 85 19 0 .290 .428 .243 1964 Pit 117 421 53 115 19 7 21 78 92 17 1 .304 .501 .273 1965 Pit 144 533 68 145 25 8 27 107 127 39 1 .328 .501 .272 1966 Pit 140 485 84 153 30 0 33 102 109 48 2 .381 .581 .315 1967 Pit 134 462 54 125 18 6 20 73 103 67 1 .365 .465 .271 1968 Pit 128 435 57 103 15 1 24 67 105 47 5 .315 .441 .237 1969 Pit 145 522 89 160 31 6 29 92 120 61 1 .382 .556 .307 1970 Pit 136 474 70 125 18 3 31 85 119 44 0 .329 .511 .264 1971 Pit 141 511 104 151 26 0 48 125 154 83 0 .398 .628 .295 1972 Pit 138 495 75 145 28 2 33 112 129 65 1 .373 .558 .293 1973 Pit 148 522 106 156 43 3 44 119 129 80 0 .392 .646 .299 1974 Pit 140 508 90 153 37 4 25 96 106 87 0 .407 .537 .301 1975 Pit 124 461 71 136 32 2 22 90 109 58 0 .375 .516 .295 1976 Pit 117 428 54 110 20 3 20 65 101 50 2 .339 .458 .257 1977 Pit 63 186 29 51 12 0 13 35 55 31 0 .383 .548 .274 1978 Pit 122 390 60 115 18 2 28 97 93 50 3 .382 .567 .295 1979 Pit 126 424 60 119 19 0 32 82 105 47 0 .352 .552 .281 1980 Pit 67 202 28 53 10 1 11 38 52 26 0 .351 .485 .262 1981 Pit 38 60 2 17 4 0 0 9 9 5 0 .333 .350 .283 1982 Pit 74 73 6 17 4 0 3 17 24 10 0 .318 .411 .233 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2360 7927 1195 2232 423 55 475 1540 1936 937 17 .360 .529 .282
受賞タイトル一覧
- シーズンMVP1回(1979-NL)
- リーグチャンピオンシップシリーズMVP1回(1979-NL)
- ワールドシリーズMVP1回(1979)
- 本塁打王2回(1971-NL、1973-NL)
- 打点王1回(1973-NL)
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