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インディアンズ

Satchel PAIGE(サチェル・ペイジ)

Major League Baseball

#* サチェル・ペイジ(Satchel PAIGE) | SP

サチェル・ペイジ

  • 1948年1月・インディアンズと契約
  • 1906年7月7日生 右投右打 193センチ 82キロ
  • アラバマ州出身

選手の紹介文
伝説に満ちあふれた実力を持つサチェル・ペイジ。野球史上最高の投手の一人として名前の挙がるサチェル・ペイジ。メジャーリーグの舞台に上がったのは晩年のことで、主にニグロリーグや海外のリーグで投げ続けた。桁違いの実力とショーマンシップに溢れる投球でカリスマ的な人気を手にした。ペイジがマウンドに立つそのことだけで同時代を生きた多くのファンを魅了したのである。

アラバマ州モービルにペイジが生まれたのは1906年のことだと言われている。生年月日に関しては謎のままで、1905年生まれという説もあれば1900年以前という説もある。ペイジがプロとして頭角を現したのが1926年ということを考えると、1905年か1906年に生まれたという説が有力である。

庭師の父と洗濯婦の母の間に11人兄弟の7番目に生まれた(と言われている)ペイジは貧しい家庭環境で幼少時を過ごした。父を早くに亡くしたこともあり、7歳頃には学校に行かず、駅で鞄を運ぶ仕事をして家計の足しにいたという。1度に鞄一つを運んでもわずかなお金しか手にすることが出来ないことから、棒を担いでまとめて複数の鞄を運ぶ要領の良さを持っていたペイジはサチェル(肩掛け鞄)というニックネームを頂戴したのである(本名はリロイという)。

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#016「マイアミに咲いた世界一の華!創立5年目の快挙」(1997.10.26)

球団創立5年目で世界一となったマーリンズ。1997年のワールドシリーズは、ワイルドカードからのリーグ優勝を果たしたマーリンズに注目が集まった。1993年に新球団として誕生したマーリンズは、まだ創立5年目の若いチームだった。創立後から徐々に戦力を整え始め、1996年開幕前にはアル・ライターケビン・ブラウン、デボン・ホワイトを獲得。1997年開幕前にはモイゼス・アルー、ボビー・ボニーヤ、アレックス・フェルナンデスを獲得したいわゆる寄せ集め集団であり、その力が1997年シーズンに結集したのである。

シーズンは地区首位ブレーブスに9ゲーム差を付けられての2位に終わったが、92勝を挙げてワイルドカードとなりポストシーズン出場権を手にした。ディビジョンシリーズではジャイアンツに3連勝、リーグチャンピオンシップシリーズではブレーブス相手に4勝2敗で勝利し、フロリダ州でワールドシリーズが初めて開催されることが決まったのである。シーズン途中に突如現れたキューバからの亡命者リバン・ヘルナンデスの存在も非常に大きかった。

インディアンズとの対戦となったワールドシリーズだが、気温の高いフロリダと氷点下近いクリーブランドという両拠点で戦うため、気温差が激しいシリーズとなったのである。ヘルナンデスは第1戦と第5戦に先発し、いずれもオーレル・ハーシハイザーとの投げ合って勝利を収めた。両チームの打線が当たっていたこともあり打撃戦が多く、勝負は第7戦にもつれた。インディアンズに先制を許すも、最終回の土壇場に追いつき延長戦へ。11回裏に2アウト満塁のチャンスを掴んだマーリンズは、チーム最年少のエドガー・レンテリアがセンター前にサヨナラ打を放ち、世界一の座を手にしたのである。

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Dennis ECKERSLEY(デニス・エカーズリー)

Major League Baseball

#43 デニス・エカーズリー(Dennis ECKERSLEY) | RP

デニス・エカーズリー

  • 1972年ドラフト・インディアンズ3位(全米50番目)
  • 1954年10月3日生 右投右打 188センチ 88キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
先発としてもクローザーとしても成功したエカーズリー。先発投手としてもクローザーとしても結果を残したデニス・エカーズリー。若い頃は活きのいい先発投手として、シーズン20勝にノーヒッターを達成。不遇の時代を乗り越えた後、投球術を身につけたクローザーとして、シーズン50セーブをマーク。チームの世界一(1989年)に、シーズンMVP、サイヤング賞と手に余る栄光を手に入れたエカーズリーは2004年に晴れて殿堂入りを決めており、背番号43番もアスレティックスの永久欠番に指定されている。

カリフォルニア州オークランドに生まれたエカーズリー。高校時代から投手として高く評価されており、1972年ドラフトでインディアンズから3位指名(全米50番目)を受けてプロ入りした。先発投手としてマイナーリーグでは経験を積んだ。プロ1年目こそ5勝(5敗)に終わるが、翌1973年は12勝(8敗)、1974年は14勝(3敗)と結果を残していったのである。

1975年からメジャーリーグに昇格。まだ21歳という若さではあったが、34試合に登板(先発は24試合)し、13勝7敗、防御率2.60という新人らしからぬ好成績を残した。新人王こそフレッド・リンに奪われるが、メジャーデビューとしては十分な合格点といえる。若かりし日のエカーズリーは、伸びのある速球を長髪をなびかせながら投げるという姿で注目を集めたのである。

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Roger MARIS(ロジャー・マリス)

Major League Baseball

#9 ロジャー・マリス(Roger MARIS) | OF

ロジャー・マリス

  • 1953年1月・インディアンズと契約
  • 1934年9月10日生 右投左打 183センチ 89キロ
  • ミネソタ州出身

選手の紹介文
シーズン61HRを記録した1961年のマリス。シーズン61HRを放ち、ベーブ・ルースの記録を塗り替えたことで注目を集めたロジャー・マリス。1961年の1年が、良くも悪くもその後のマリスの人生を大きく揺さぶった。ヤンキース時代にはミッキー・マントルと共にMM砲を形成する中で、2年連続でシーズンMVPを獲得する活躍を見せるなど、好選手として足跡を残した。

クロアチアからの移民の息子ととしてミネソタ州に生まれたマリス。ノースダコタ州に移り、そこで少年時代を過ごした。野球だけでなくフットボールでも高い才能を見せていたという。フットボールの力が評価され、大学から呼ばれた際、バスから降りた時点で出迎えがないことを見て、そのまま帰ってしまう個性的な一面を持っている。

1953年にインディアンズと契約し、プロとしてのスタートを切った。マイナーでは好守に優れた外野手として評価を高めた。マイナーで過ごした4年間での通算成績は打率.303、78HRと堂々たる成績である。1957年からはメジャーに舞台を移し、116試合の出場で打率.235、14HR、51打点という数字を残している。

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Frank ROBINSON(フランク・ロビンソン)

Major League Baseball

#20 フランク・ロビンソン(Frank ROBINSON) | OF

フランク・ロビンソン

  • 1956年・レッズと契約
  • 1935年8月31日生 右投右打 185センチ 82キロ
  • テキサス州出身

選手の紹介文
抜群の長打力を誇っていたフランク・ロビンソン。メジャー史上初となる両リーグでMVP受賞経験のあるフランク・ロビンソン。度重なる逆境を跳ね返し、新人王、移籍1年目の三冠王となり、引退後は黒人初となる監督の座にもついている。オリオールズ時代には2度の世界一に貢献。通算586本のHRは、引退した当時で歴代4位にランクする本数であった。

テキサス州に生まれたロビンソン。カリフォルニア州オークランドの高校に進学するが、後輩にはカート・フラッドなどの未来のメジャーリーガーもいたという。ロビンソンに注目したのはレッズであったが、当時はそれほど高い評価を得ていたわけではない。契約金3000ドルという金額でレッズと契約を結ぶのは1953年、ロビンソンがまだ17歳の頃だった。

契約後はルーキーリーグでプレーし、72試合の出場で打率.348、17HR、83打点という好成績を残した。翌1954年は上のランクのマイナーに昇格し、打率.336、25HR、110打点をマーク。1955年は若干失速するが、1956年には待望のメジャー昇格を果たした。マイナー時代には他球団からの移籍の話しを断るなど、レッズ首脳はロビンソンの将来性を高く評価するようになっていたのである。

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Nap LAJOIE(ナップ・ラジョイ)

Major League Baseball

#* ナップ・ラジョイ(Nap LAJOIE) | 2B

ナップ・ラジョイ

  • 1896年・フィリーズと契約
  • 1874年9月5日生 右投右打 181センチ 88キロ
  • ローズアイランド州出身

選手の紹介文
近代メジャーリーグで初の三冠王となったラジョイ。19世紀から20世紀にかけて活躍したナップ・ラジョイ。1901年には三冠王に輝くなど、優れたバットマンとして3200本を超える安打数を記録した。メジャーリーグ創世記ならではの契約面でのトラブルや、度重なる怪我にも苦しみながら結果を残したのである。セカンドベースマンとしても広い守備範囲を売りとし、優雅なプレーでチームを救った。

ローズアイランド州に生まれたラジョイ。両親はフランスからの移民だったという。ラジョイが21歳の頃の1896年、フィリーズと契約。契約した時点ではそれほど高い評価を受けていたわけではないが、マイナーで打率.429という高打率を残し、メジャーに昇格した。この年は39試合の出場で打率.326という数字を残している。

1897年は127試合に出場し、打率.361、9HR、127打点をマーク。2塁打が40本、3塁打が23本と長打を量産し、1試合で13塁打を記録することもあったという。翌1898年からはポジションをそれまでのファーストからセカンドに移り、打率.324、6HR、127打点に加え、リーグトップの43本の2塁打を記録している。1899年は試合中の走者との激突で約2ヶ月余りも欠場し、77試合の出場に留まるが、打率.378を挙げている。

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Tris SPEAKER(トリス・スピーカー)

Major League Baseball

#* トリス・スピーカー(Tris SPEAKER) | OF

トリス・スピーカー

  • 1907年・レッドソックスと契約
  • 1888年4月4日生 左投左打 181センチ 88キロ
  • テキサス州出身

選手の紹介文
外野守備で革命を起こしたとも言えるスピーカー。メジャーリーグ創世記に抜群の守備力を持った外野手として記憶されるトリス・スピーカー。センターを守り、打球を捕ってからセカンドベースを踏んでのダブルプレーを何度も達成するなど、極端な前進守備でメジャーリーグ全体のレベルを上げたのである。守るだけでなく、通算打率.345を記録する巧打者でもあった。

テキサス州に生まれたスピーカーは元々右利きだったが、幼少時に馬から落ちて右手を痛める怪我が原因で左投げの練習を始めたという。左投げ投手として台頭したが、次はフットボール中の怪我で外野手へ転向。1906年にはマイナー球団と契約を結んだのである。

1907年、マイナー球団でリーグトップの打率.314をマークしたことが評価され、レッドソックスと契約金750ドルで契約合意した。シーズン終盤に7試合にだけ出場している。翌1908年もマイナーでの出場が大半だったが、ここでもリーグトップの.350と結果を残した。この年はメジャーで31試合にだけ出場している。

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Jim THOME(ジム・トーミ)

Chicago WHITE SOX

#25 ジム・トーミ(Jim THOME) | 1B

ジム・トーミ

  • 1989年6月ドラフト・インディアンズ13位
  • 1970年8月27日生 右投左打 193センチ 100キロ
  • イリノイ州出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 2005  Phi   59  193   26   40   7   0   7   30   59   45    0  .360 .352  .207
 2006  CWS  143  490  108  141  26   0  42  109  147  107    0  .416 .598  .288
 2007  CWS  130  432   79  119  19   0  35   96  134   95    0  .410 .563  .275
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total     2011 6841 1338 1925 369  24 507 1398 2043 1459   18  .409 .565  .281

選手の紹介文
出塁率の高さに定評のあるトーミ。メジャーリーグを代表するHR打者であるジム・トーミ。メジャー通算HR数も500本の大台に乗せており、年齢による衰えも全く感じさせない打棒を見せる。怪我さえなければ。シーズン通して30HR、100打点は確実に残せる頼れる打者である。通算500本目のHRはメジャー史上初となるサヨナラHRで飾ったことでも話題になった。

高校時代は野球の他にもバスケットボールでも名を馳せており、両方の球技でイリノイ州を代表する選手として活躍した。そして、1989年のドラフトでインディアンズから13位指名(全米331番目)を受けてプロ入り。指名された年はルーキーリーグで55試合に出場し、打率.237、0HR、22打点と結果を残せなかった。ポジションはショートからサードに変わっている。

1990年、1Aバーリントンで34試合に出場し、打率.373、12HR、34打点という好成績を残した。そのまま上のランクの1Aキンストンへ昇格し、ここでも打率.308をマークするなど高い打撃能力を見せたトーミだが、この年は怪我に苦しみ、シーズン後半戦は試合に出場できなかった。しかし、残した成績はトーミへの期待を膨らませるのに十分だった。

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