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ケン・グリフィー

Frank THOMAS(フランク・トーマス)

Oakland ATHLETICS

#35 フランク・トーマス(Frank THOMAS) | DH

フランク・トーマス

  • 1989年6月ドラフト・ホワイトソックス1位(全米7番目)
  • 1968年5月27日生 右投右打 196センチ 116キロ
  • ジョージア州出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 2005  CWS   34  105   19   23   3   0  12   26   31   16    0  .315 .590  .219
 2006  Oak  137  466   77  126  11   0  39  114   81   81    0  .381 .545  .270
 2007  Tor  155  531   63  147  30   0  26   95   94   81    0  .377 .480  .277
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total     2251 7953 1467 2409 488  11 513 1674 1340 1628   32  .421 .561  .303

選手の紹介文
ホワイトソックスで猛打を誇っていた頃のトーマス。「ビッグハート(Big Hurt:破壊者)」と呼ばれるほどの恐れられる打棒を見せたフランク・トーマス。1993年から2年連続MVPに輝くなど、1990年代を代表する選手として名前が挙がる。通算成績として、打率.300、500HR、1500打点、1000得点、1500四球を記録しているのはベーブ・ルーステッド・ウイリアムスメル・オットに続く史上4人目としてトーマスの名前が挙がる。

ジョージア州コロンバスで生まれ育ったトーマス。非常にフットボール熱が高い町でトーマスは当然のようにフットボールに熱中した。それと同時に野球もやり始めていたという。高校時代にウェイトトレーニングの重要さを知り、熱心に取り組んだ。野球の才能の方が上だと思っていたトーマスは卒業時のドラフトでメジャーリーグからの指名を待ったが指名されず、これにはトーマス自身落ち込んだそうだ。才能だけではダメで努力が必要だと悟ったのもこの時である。

大学へはフットボールの奨学生として進学したが、怪我などもあり実際にフットボールをしたのは1年のみだった。その後は本格的に野球に転じ、大学通算で49本ものホームランを記録。トーマスが記録したシーズン73個の四球は、大学最多記録であり、いかにこの頃から選球眼が素晴らしかったかの証明でもある。そして1989年のドラフトでは全米7番目にホワイトソックスから1位指名され、晴れてプロ入りを果たす。

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Ken GRIFFEY(ケン・グリフィー)

Cincinnati REDS

#3 ケン・グリフィー | RF

ケン・グリフィー

  • 1987年6月ドラフト・マリナーズ1位(全米1番目)
  • 1969年11月21日 左投左打 190センチ 92キロ
  • ペンシルベニア州出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 2005  Cin  128  491   85  148  30   0  35   92   93   54    0  .369 .576  .301
 2006  Cin  109  428   62  108  19   0  27   72   78   39    0  .316 .486  .252
 2007  Cin  144  528   78  146  24   1  30   93   99   85    6  .372 .496  .277
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total     2378 8826 1545 2558 473  37 593 1701 1593 1162  184  .374 .553  .290

選手の紹介文
人気、実力ナンバー1のスーパースターとして一時代を築いたケン・グリフィー・ジュニア。メジャーリーグのスーパースターとして一時代を築いたケン・グリフィー。人気においても、実力においてもナンバー1といえるだけの実績を残した。マリナーズ時代は若さに満ちあふれ、やんちゃ坊主だったグリフィーも、レッズ移籍後は怪我に苦しんだ。しかし、昨今のステロイド疑惑にも全く染まらず、メジャー史上6人目となる600号HRを達成したことはグリフィーの評価を大きく高めており、引退後の殿堂入りは確実ともいえる。

父親のシニアは、ビッグレッドマシンと呼ばれたレッズの一員として、ワールドシリーズ2連覇に貢献したスター選手だった。その父親の背中を見て育ち、球場を遊び場に育ったグリフィーは、シンシナティのモーラー高校に進学し、野球とフットボールを掛け持ちしながら共に大活躍。野球では1986年、1987年と2年連続、在籍していたリーグのプレイヤーオブザイヤーに選ばれ、全米にその名を轟かせた。そして、1987年のドラフトでマリナーズから全米1番目の1位指名を受けて、プロ入りを決めた。父のシニアがまだ現役でプレーしていたこともあり、この指名は非常に注目された。グリフィー、17歳の夏である。

指名されたその年、1Aビリンガムでプレーし、54試合に出場し、打率.313、14HR、40打点、13盗塁を記録し、才能の片鱗を見せた。翌1988年はランクが上の1Aサンバディーナで開幕を迎えた。この頃のグリフィーは、シニアの息子ということで周囲から受けるプレッシャーに絶えきれず、自殺しようかとも本気で考えていた、と後に語っている。しかし、58試合に出場し、打率.338、11HR、42打点、32盗塁と数字的には見事なものであり、シーズン終盤には2Aバーモントへ昇格も果たした。

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Rafael PALMEIRO(ラファエル・パルメイロ)

Major League Baseball

#25 ラファエル・パルメイロ | 1B

ラファエル・パルメイロ

  • 1985年6月ドラフト・カブス1位(全米22番目)
  • 1964年9月24日生 左投左打 183センチ 86キロ
  • キューバ出身

選手の紹介文
打撃タイトルには縁がないが、実績は申し分がないパルメイロ。通算3000本安打に500HRをマークするなど、一流の成績を残したラファエル・パルメイロ。長い間、一線でプレーしていながらワールドシリーズでの出場のない点があり、実績ほどの知名度がない。しかも、晩年はステロイド使用疑惑がかかり、ブーイングの中でプレーすることになるなど寂しい幕切れとなった。

キューバの首都ハバナで生まれたパルメイロは幼き日にフロリダへ亡命した。高校時代にMVPを獲得するほどの活躍を見せ、メッツから8位指名を受けるがこれを拒否して、大学へ進学。大学時代にはリーグ初の三冠王を獲得するなどの大活躍を見せ、カブスから1位指名(全米22番目)を受けてプロ入り。大学時代のチームメイトにはウイル・クラーク、ボビー・シグペン、ジェフ・ブラントリーらがいた。

契約したその年、1Aピオリアで打率.297をマーク。翌1986年は2Aピッツフィールドで140試合に出場し、打率.306、12HR、95打点という成績を残し、最多安打(156安打)と打点王のタイトルを獲得した。9月に入り、メジャーの登録枠が広がるとパルメイロはメジャーに昇格を果たし、22試合に出場している。1987年は3Aアイオワで開幕を迎えるが、メジャーに昇格すると、それまで外野しか守ってこなかったパルメイロはファーストも兼用して守るようになった。

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Mark McGWIRE(マーク・マグワイア)

Major League Baseball

#25 マーク・マグワイア | 1B

マーク・マグワイア

  • 1984年6月ドラフト・アスレティックス1位(全米10番目)
  • 1963年10月1日生 右投右打 198センチ 101キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
生まれながらのHR打者として活躍したマグワイア。史上初となるシーズン70HRを記録したマーク・マグワイア。1998年にマグワイアとサミー・ソーサが繰り広げたHR争いは、ストライキ後に低迷していた野球人気を回復させたといえる。プロ入り前からエリートコースを歩んできたマグワイアも、怪我に苦しんだ期間があり、それを乗り越えての華々しい活躍を見せた。まだ現役を続ける力はあったと思われるが、チームの事を考えての引退の決断はマグワイアらしい幕の引き方といえるかもしれない。

1963年、カリフォルニア州の裕福な家庭に生まれたマグワイア。男5人兄弟の2番目として生まれ、その兄弟の誰もがスポーツで才能を見せていたという。10歳の頃からリトルリーグで野球を始め、公式戦の初打席で初HRを放ったマグワイアは、投手としても高い才能を見せていた。高校卒業時には投手としてエクスポズから8位指名を受けるが、それを拒否して南カリフォルニア大学への進学を決めた。

投手として大学に入り、1年時はリリーフが主で、打者としてもそれほどの成績を残したわけではなかった。しかし、2年生になると、防御率2.78をマークしたマグワイア。当時のチームメイトには、後にメジャーを代表する左腕となるランディ・ジョンソンがいたものの、そのジョンソンを含めてもチーム最高の防御率を記録した。それだけ投手としても評価されていたマグワイアだが、自らのパワーを生かすためにファースト転向を希望。

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