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サンディー・コーファックス

Don DRYSDALE(ドン・ドライスデール)

Major League Baseball

#53 ドン・ドライスデール | SP

ドン・ドライスデール

  • 1956年・ドジャースと契約
  • 1936年7月23日生 右投右打 196センチ 86キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
剛速球で内角を厳しく突いていくドライスデール。長身のサイドスローから厳しく内角を突く投球スタイルで「ヘッドハンター」とも言われたドン・ドライスデール。1960年代前半にはチームメイトのサンディー・コーファックスと左右の両輪としてドジャースの黄金時代を築き上げた。キャリア14年間での与四球は154個を数えており、これはメジャー記録でもある。

カリフォルニア州バンナイズで生まれたドライスデールがドジャースと契約を結んだのは1956年のこと。まだドジャースがニューヨークのブルックリンに本拠を構えていたときのことである。メジャー1年目は25試合に登板(先発は12試合)し、5勝5敗という成績に終わるが、その荒れ気味の剛速球は、相手打者に恐怖を覚えさせたほどだ。

2年目の1957年には34試合の登板(先発は29試合)で、17勝9敗の防御率2.69と一躍頭角を現し、チームのエース格にのしあがった。後にドライスデールと双璧を成すことになるコーファックスとは、すでにチームメイトではあったが、まだ才能が開花したとは言えない段階ではなかった。そして、この年のオフにドジャースは本拠地を西海岸のロサンゼルスへ移転することになる。

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Jim PALMER(ジム・パーマー)

Major League Baseball

#22 ジム・パーマー | SP

ジム・パーマー

  • 1964年・オリオールズと契約
  • 1945年10月15日生 右投右打 192センチ 89キロ
  • ニューヨーク州出身

選手の紹介文
オリオールズ一筋で投げ続けたパーマー。オリオールズ一筋で選手生活を全うし、サイヤング賞を受賞すること3回を数えるジム・パーマー。シーズン20勝を8度も記録し、ノーヒットノーランも達成したことがあり、さらに3デケード(1960年代~80年代)においてワールドシリーズで勝ち投手になるなど、投手として望むべきものを全て手に入れたような選手である。

生まれはニューヨークだが、家族の引っ越しもあり、カリフォルニア州やアリゾナ州で育った。高校時代から野球を始めとするスポーツで高い運動能力を見せ、注目を浴びたパーマー。オリオールズと契約を交わしたのは1964年のことである。

1965年には19歳という若さでメジャー昇格を果たす。そして、メジャー初勝利を記録した試合では、メジャー初HRも記録している。メジャー1年目は27試合に登板(先発は6試合)し、5勝4敗という成績を残した。

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Brooks ROBINSON(ブルックス・ロビンソン)

Major League Baseball

#5 ブルックス・ロビンソン | 3B

ブルックス・ロビンソン

  • 1955年・オリオールズと契約
  • 1937年5月18日生 右投右打 185センチ 82キロ
  • アーカンソー州出身

選手の紹介文
オリオールズの球団史を飾るブルックス・ロビンソン。「人間掃除機」と呼ばれるほどの鉄壁の守備を誇り、メジャーリーグ史上最高のサードベースマンと評価されるブルックス・ロビンソン。16年連続のゴールドグラブ賞受賞に加え、15年連続でオールスターゲームに先発出場するなどその足跡を球史に残した。オリオールズ一筋に23年間を過ごしたフランチャイズプレイヤーとしても価値のある選手である。

ロビンソンは高校での野球を経験していない珍しい球歴を持つ。教会などで行われている野球リーグに参加しており、当時のポジションはセカンドだったという。そこで頭角を現したロビンソンは1955年、高校卒業と同時にオリオールズと契約。契約したその年、シーズン終盤の9月には早くもメジャーに昇格し、デビュー戦では2安打を記録した。

その後はなかなかメジャーに定着できず、マイナーとの行き来を繰り返す。1958年には145試合に出場するも、翌1959年は開幕をマイナーで迎えるなど伸び悩んでいた。そんな中でメジャー定着したのは1960年のこと。オリオールズのサードのポジションを自らのものとして152試合に出場し、打率.294、14HR、88打点をマーク。初のゴールドグラブ賞も受賞している。

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Roberto CLEMENTE(ロベルト・クレメンテ)

Major League Baseball

#21 ロベルト・クレメンテ | OF

ロベルト・クレメンテ

  • 1953年・ドジャースと契約
  • 1934年8月18日生 右投右打 180センチ 79キロ
  • プエルトリコ出身

選手の紹介文
不慮の事故で命を落としてしまったクレメンテ。「ライフルアーム」と呼ばれる強肩に加え、4度の首位打者を獲得する打撃で一時代を築いたロベルト・クレメンテ。そして、現在でも語り継がれているほどのボランティア精神に満ちた人格者のクレメンテには多くの崇拝者が存在する。現役生活中、飛行機事故により命を落としてしまったが、今でもクレメンテの精神はメジャーリーグに生きており、毎年、最高の人格者に「ロベルト・クレメンテ賞」を送るという形で、これから先も語り継がれていくであろう。

1934年、プエルトリコのサンフアン郊外で、7人兄弟の末っ子として生まれた生まれたクレメンテ。家計は非常に厳しいながらも両親の愛情を目一杯に受け、心優しい少年として成長していく。プエルトリコでも当時から野球は人気スポーツであり、クレメンテは自然に野球に触れていった。高校時代には野球以外にも陸上競技、やり投げ、走り高跳びで大活躍。得意なやり投げは母親譲りであり、これが後に「ライフルアーム」と恐れられる強肩の下地を作った。

ジャッキー・ロビンソンが1947年にメジャー昇格し、そのカラーラインが崩れたことが黒人のクレメンテの人生を大きく動かすことになる。1953年、まだブルックリンに本拠地を構えていたドジャースが、当時としては破格の契約金1万ドル、年俸5000ドルでクレメンテと契約を交わした。ドジャースにはロビンソンやロイ・キャンパネラなど有力な黒人選手が多く、クレメンテに関しても決して悪くないチームと言えた。

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Bob GIBSON(ボブ・ギブソン)

Major League Baseball

#45 ボブ・ギブソン | SP

ボブ・ギブソン

  • 1957年・カージナルスと契約
  • 1935年11月9日生 右投右打 186センチ 86キロ
  • ネブラスカ州出身

選手の紹介文
体のバネをフルに生かしたギブソンのピッチングフォーム。1960年代のメジャーリーグを代表する投手であるボブ・ギブソン。体全体をしならせるダイナミックなピッチングフォームから、打者の内角を鋭くえぐる剛速球で一時代を築いた。特に1968年には防御率1.12を記録し、さらにワールドシリーズでも計7勝を挙げるなど、積み上げた実績は他に追随を許さない。フィールディングも素晴らしく、9年連続ゴールドグラブ賞も獲得している。

ネブラスカ州オハマで、7人兄弟の末っ子として生まれたギブソン。生まれる3ヶ月前に父親を亡くすという不幸があったが、母親のやりとりがうまく子供達に不自由をさせることはなかった。とはいえ、幼少時のギブソンは体が弱く、肺炎で死にかけることもあった。しかし、スポーツの才能に恵まれたギブソンはスポーツに打ち込むことで強靱な肉体を作り上げ、全てを克服する。

小柄だった体も徐々に成長し、高校時代には野球とバスケットゲームで大きな注目を浴びることとなる。卒業時にはニグロリーグのカンザスシティ・モナークスから入団の誘いもあったという。その後、クレイトン大学へ進学したギブソンは、この大学の野球とバスケットボールでプレーする最初の黒人選手となった。強い肩と高い打撃能力は、投手としても、捕手、内野手、外野手としてもいずれも大きな可能性を感じさせた。

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Sandy KOUFAX(サンディー・コーファックス)

Major League Baseball

#32 サンディー・コーファックス | SP

サンディー・コーファックス

  • 1955年・ドジャースと契約
  • 1935年12月30日生 左投右打 188センチ 95キロ
  • ニューヨーク州出身

選手の紹介文
メジャーリーグを代表する左腕のコーファックス。メジャーリーグ史上、最高の左腕と言われるサンディー・コーファックス。メジャーキャリアは12年間と非常に短かったが、その前半の6年間と後半の6年間は全く違っている。特に後半の6年間は投手タイトルを総ナメするほどの活躍を見せたが、左肘の関節症というアクシデントで30歳という若さでマウンドを降りた。太く短かったコーファックスだが、1972年に史上最年少の36歳で殿堂入りを果たしている。

ニューヨーク州のブルックリンで生まれたコーファックスは、3歳の頃に両親が離婚し、母に引き取られることになった。その後に母が再婚したわけだが、再婚相手の姓がコーファックスということから、コーファックス姓を名乗ることになるが、それまではブラウン姓だった。高校時代は野球とバスケットボールで大活躍し、シンシナティ大学へはバスケットボールの奨学生として進学する。

コーファックスにとっての野球はバスケットボールの副次的なものだったが、大学2年時にマウンドに上がった際、投球回数32回に対して51個の三振を奪う快投を見せて、一躍注目を浴びることになる。プロのスカウトもコーファックスの投手として才能に注目し始める。そして、生まれ故郷のニューヨークのブルックリンに本拠を構えていたドジャースが1万4000ドルという破格の契約金でコーファックスを口説き落とした。

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