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ジャイアンツ

John McGRAW(ジョン・マグロー)

Major League Baseball

#* ジョン・マグロー(John McGRAW) | 3B

ジョン・マグロー

  • 1891年・オリオールズと契約
  • 1873年4月7日生 右投左打 170センチ 70キロ
  • ニューヨーク州出身

選手の紹介文
19世紀のメジャーリーグでスピード感あるプレーを見せたジョン・マグロー。メジャーリーグ創世記に選手、監督として一時代を築いたジョン・マグロー。厳格なことで有名だったマグローは「リトルナポレオン」と称された。選手兼任時代を加え、33年間もの長期に渡り監督を務め、通算2763勝を挙げている。いわゆる名選手が名監督になった初めての例といえるかもしれない。

マグローが生まれたのは1873年とメジャーリーグが産声をあげそうな時代であった。幾多のリーグが乱立しては消えていく中、幼き日のマグローは野球の才能を磨いていく。1891年、18歳の頃にアメリカンアソシエーションに属していたボルチモア・オリオールズと契約(現在のオリオールズとは異なる)。プロとしてのキャリアを積み上げていくことになる。

1891年を持ってアメリカンアソシエーションが消滅することになると、オリオールズは1892年に現在も存続するナショナルリーグに移籍する。マグローが頭角を現すのは翌1893年のことで127試合に出場し、打率.321、38盗塁をマークしている。スピード感溢れるプレーが売りであり、19世紀のメジャーリーグを舞台に花を開かせようとしていた。

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#019「老舗2球団がニューヨークから西海岸へ移転!」(1958)

西海岸移転を決意したウォルター・オマリー。かつてニューヨークには3球団が本拠地として構えていた。ヤンキース、ジャイアンツ、ドジャースの3球団である。古くからの名門と言えば創立から強さを誇っていたジャイアンツと下町ブルックリンに愛されたドジャースの2球団が老舗であり、ベーブ・ルース加入後に人気と実力を兼ね備え始めた新興のヤンキースという構図である。

1940年代から1950年代にかけて、ヤンキースはジョー・ディマジオミッキー・マントルヨギ・ベラホワイティ・フォードらの台頭により黄金時代を迎えるチームとなり、ジャイアンツにはカール・ハッベルメル・オットウイリー・メイズらがおり、ドジャースにはデューク・スナイダーを始めとして、ジャッキー・ロビンソンロイ・キャンパネラらがおり、この時代のニューヨークはまさに輝いていたのである。しかし、その時代は球団が移転するというシナリオで終わりを迎えることになった。

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Hack WILSON(ハック・ウイルソン)

Major League Baseball

#* ハック・ウイルソン(Hack WILSON) | OF

ハック・ウイルソン

  • 1923年・ジャイアンツと契約
  • 1900年4月26日生 右投右打 175センチ 95キロ
  • ペンシルベニア州出身

選手の紹介文
ナショナルリーグのルースと言われたウイルソン。愛嬌ある体型から勝負強い打撃を見せたハック・ウイルソン。1930年に記録したシーズン191打点は、今後も破れられないであろう大記録である。同時代に活躍したベーブ・ルースと比較して、ナショナルリーグのルースとまで言われる打棒を見せた。しかし、自らの不摂生もあり、現役生活は長くなかったのである。

ペンシルベニア州に生まれたウイルソンはプロ生活を始める前は工員として働いており、重いハンマーを使っていたことから上半身が鍛えられたという。首周りから肩、腹、太股とがっちりしているのに対し、膝より下だけは細いという体型の基礎はこのときに作られたのである。その後、マイナーリーグに身を置くようになり、1922年には30HRを放ち、そのリーグで本塁打王となっている。

1923年、ジャイアンツと契約を結び、傘下のトレドでプレー。115試合に出場し、打率.388、19HR、101打点という成績を残し、三冠王に輝く活躍を見せた。シーズン終盤にメジャーリーグに昇格し、3試合にだけ出場している。元々は捕手だったウイルソンは、足を骨折したことをきっかけに外野手にコンバートしていた。

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Bill TERRY(ビル・テリー)

Major League Baseball

#3 ビル・テリー(Bill TERRY) | 1B

ビル・テリー

  • 1922年・ジャイアンツと契約
  • 1896年10月30日生 左投左打 185センチ 91キロ
  • ジョージア州出身

選手の紹介文
ナショナルリーグ最後の4割打者、ビル・テリー。ナショナルリーグ最後の4割打者として知られるビル・テリー。4割を記録した1930年には、シーズン254安打を記録し、これもナショナルリーグ記録である。打率3割を記録したシーズンは10年連続を含む11回を数えるなど巧打者として活躍。晩年には兼任監督となり、チームを優勝へ導くなど偉大な足跡を残している。

ジョージア州に生まれたテリーは幼少時に両親の離別を経験するなど、幼くして経済的な自立が求められる環境に育った。野球で身を立てることとなったのは1915年、まだテリーが17歳の頃で、クラスDのニューナンと契約し左腕投手としてキャリアをスタートした。この年は8試合に登板し、ノーヒッター含む7勝1敗と結果を残した。

1916年には6勝(2敗)、翌1917年には14勝(11敗)とマイナーで白星を積み上げていくが、生活面での困窮に苦しんだ。1918年からは社会人チームに移り、仕事をしながら野球をする環境に身を置くことになったのである。そのチームでは選手の他に監督も兼任していたという。そんな中でジャイアンツ監督のジョン・マグローがテリーの実力に目を付けたことから運命が開けていくのである。

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Juan MARICHAL(ホアン・マリシャル)

Major League Baseball

#27 ホアン・マリシャル(Juan MARICHAL) | SP

ホアン・マリシャル

  • 1957年1月・ジャイアンツと契約
  • 1937年10月20日生 右投右打 183センチ 84キロ
  • ドミニカ共和国出身

選手の紹介文
ドミニカ共和国出身として一世を風靡したマリシャル。左足を高く上げてから投げ下ろす豪快な投球フォームで一時代を築いたホアン・マリシャル。速球だけでなく、カーブ、スライダーなど多彩な変化球を武器に、1960年代の10年間に限ればメジャー最多勝(191勝)を挙げている。ドミニカ共和国出身選手としては初めての殿堂入りを1983年に決めており、背番号27番もジャイアンツの永久欠番に指定されている。

ドミニカ共和国に生まれたマリシャルは、子供の頃から投手をやるときは誰に教わるわけでもなく、左足を上げるハイキック投法だったという。下半身が抜群に強いのは生まれつきだったようである。19歳の頃に学校を中退してジャイアンツと契約することになるが、このときの契約金は500ドルと安いものだった。

1958年から1Aミシガンシティでプロ生活をスタートさせると、35試合の登板で21勝8敗、防御率1.87という好成績を残した。さらに翌1959年も1Aスプリングフィールドでは37試合の登板で18勝13敗、防御率2.39と活きのいい投球を見せている。1960年は3Aタコマで開幕を迎えると、ここでも11勝(5敗)を挙げており、7月半ばにはメジャーからお呼びがかかったのである。

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Willie McCOVEY(ウイリー・マッコビー)

Major League Baseball

#44 ウイリー・マッコビー(Willie McCOVEY) | 1B

ウイリー・マッコビー

  • 1955年・ジャイアンツと契約
  • 1938年1月10日生 左投左打 192センチ 103キロ
  • アラバマ州出身

選手の紹介文
ジャイアンツの誇るスラッガーであるマッコビー。左の強打者として通算521HRを記録しているウイリー・マッコビー。サンフランシスコ移転後のジャイアンツで主に活躍。ウイリー・メイズホアン・マリシャルと同じ時代を過ごしており、1950年代、60年代、70年代、80年代と4ディケードでプレーした息の長い選手である。口数が少なく闘志をうちに秘めていたことが、マッコビーの存在感をより高めることとなっていた。

アラバマ州で生まれたマッコビーであるが、同郷にはハンク・アーロンがおり、4歳年上のアーロンは十分に意識させられる存在であった。17歳の頃である1955年、ジャイアンツと契約。マイナーで経験を重ねるが、1年目は打率.305、19HR、113打点を記録し、2年目には打率.310、29HR、89打点とスラッガーとしての片鱗を示し、着実にメジャーリーグへの階段を昇っていったのである。

1959年、3Aフェニックスで開幕を迎え、95試合に出場し、打率.372、29HR、92打点と圧巻の数字を残すと、7月末の段階でついにメジャーからお呼びがかかった。デビュー戦ではロビン・ロバーツとの対戦となったが、いきなり4安打をマーク。わずか52試合の出場で打率.354、13HR、38打点という数字を残し、規定打席には届かないが特例で新人王の栄冠を手にしたのである。

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Frank ROBINSON(フランク・ロビンソン)

Major League Baseball

#20 フランク・ロビンソン(Frank ROBINSON) | OF

フランク・ロビンソン

  • 1956年・レッズと契約
  • 1935年8月31日生 右投右打 185センチ 82キロ
  • テキサス州出身

選手の紹介文
抜群の長打力を誇っていたフランク・ロビンソン。メジャー史上初となる両リーグでMVP受賞経験のあるフランク・ロビンソン。度重なる逆境を跳ね返し、新人王、移籍1年目の三冠王となり、引退後は黒人初となる監督の座にもついている。オリオールズ時代には2度の世界一に貢献。通算586本のHRは、引退した当時で歴代4位にランクする本数であった。

テキサス州に生まれたロビンソン。カリフォルニア州オークランドの高校に進学するが、後輩にはカート・フラッドなどの未来のメジャーリーガーもいたという。ロビンソンに注目したのはレッズであったが、当時はそれほど高い評価を得ていたわけではない。契約金3000ドルという金額でレッズと契約を結ぶのは1953年、ロビンソンがまだ17歳の頃だった。

契約後はルーキーリーグでプレーし、72試合の出場で打率.348、17HR、83打点という好成績を残した。翌1954年は上のランクのマイナーに昇格し、打率.336、25HR、110打点をマーク。1955年は若干失速するが、1956年には待望のメジャー昇格を果たした。マイナー時代には他球団からの移籍の話しを断るなど、レッズ首脳はロビンソンの将来性を高く評価するようになっていたのである。

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#010「歴史を変えた“ザ・キャッチ”」(1954.9.29)

メジャー史に残る外野守備となった「ザ・キャッチ」。1954年ワールドシリーズ第1戦、2対2で迎えた8回表、ノーアウト1塁2塁というピンチを迎えたジャイアンツ。ここでこの試合3安打放っているビック・ワーツを打席に迎えた。ワーツの打球はセンター後方に大きな飛球となるが、これをセンターを守るウイリー・メイズが背走し、打球を好捕。そのまま即座に2塁に送球し、得点を許さなかった。このワンプレーがシリーズの流れを変えた。

この年のワールドシリーズはリーグ新記録となる111勝を挙げて、ヤンキースの6連覇を阻んでリーグ優勝を果たしたインディアンズとジャイアンツとの対戦となった。インディアンズには火の玉投手ことボブ・フェラーを始めとして、ボブ・レモン、マイク・ガルシアなどの強力投手陣を抱えており、戦前の大方の予想はインディアンズ優勢。ジャイアンツの目玉はメイズだったが前年まで兵役についており、この年からフィールドに戻ってきたばかり。そうではあるがメイズは打率.345、41HR、110打点を記録して首位打者になるなど超人的な実力を見せていた。

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