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タイガース

Billy MARTIN(ビリー・マーチン)

Major League Baseball

#1 ビリー・マーチン(Billy MARTIN) | 2B

ビリー・マーチン

  • 1949年・ヤンキースと契約
  • 1928年5月16日生 右投右打 180センチ 75キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
大舞台で勝負強さを見せたビリー・マーチン。勝利に対する強い執念で、選手としても監督としても激しさを売りとしたビリー・マーチン。特にヤンキース監督として選手やオーナーとぶつかりながらも勝利に導いた手腕は評価される。ヤンキースの監督に就任しては解任されるを5度も繰り返すなど、球場の内外で話題に事欠かなかった。

イタリア系移民の子供としてカリフォルニア州バークレーで生まれたマーチン。本名はアルフレッド・マニュエル・ペサノというが、若くして両親が離婚し、母親の再婚相手がマーチンという苗字だった。子供の頃から喧嘩っ早かったマーチンだが、野球との出会いがマーチンを構成させた。同じイタリア系のジョー・ディマジオに憧れたのである。

高校卒業後、マイナー球団と契約。小柄なマーチンは体型面でハンデがあったこともあり、その分は荒々しいスライディングなどでアピールした。マーチンはとにかく目立たなければいけないという信念を持っていたのである。3Aオークランドと契約にこぎ着けたのだが、そのチームの監督がケーシー・ステンゲルであり、これが運命の扉だった。

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Hideo NOMO(野茂英雄)

Major League Baseball

#16 野茂英雄(Hideo NOMO) | SP

野茂英雄

  • 1995年2月・ドジャースと契約
  • 1968年8月31日生 右投右打 188センチ 95キロ
  • 大阪府出身

選手の紹介文
トルネード投法は野茂の代名詞。大きく振りかぶり背中を打者に向けてから投げる「トルネード投法」を武器にメジャーリーグに旋風を巻き起こした野茂英雄。フォークボールを武器に三振の山を築き上げ、両リーグでのノーヒッター達成は誇るべき足跡である。日本人メジャーリーガーのパイオニアとしての存在感が際だっており、日米通算で201勝を記録している。

幼き日に江夏豊に憧れた少年。もっと速い球を投げたいと考えた少年があみだしたのが体をひねって投げる投法、後に「トルネード投法」と名付けられた投法だった。この特異なピッチングフォームにより、高校時代には完全試合も達成した。社会人時代には全日本メンバーにも選出され、ソウルオリンピックにも出場。オリンピックなどで世界の野球を肌で感じる素晴らしい経験をした。日本のドラフト会議で前代未聞の8球団が1位指名を行い、クジの結果、近鉄バファローズが交渉権を手にすることになる。

プロの世界に足を踏み入れてもその実力はいかんなく発揮され、4年連続最多勝、最多奪三振と毎年のようにタイトルを獲得する。日米野球で来日したロジャー・クレメンスの立ち振る舞いに非常に感動し、いかなる成績を残してもその現状に留まらず、常に上を見ていた。しかし、プロ入り5年目の1994年、右肩を痛めてしまい思うような成績を残せずに終わった野茂は、オフに複数年契約を求めて交渉に臨むが認めてもらえない。元々、トレーニングに関してチームの首脳陣と意見が合わず、その衝突は幾度と伝えられていた。

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Al KALINE(アル・ケーライン)

Major League Baseball

#6 アル・ケーライン(Al KALINE) | OF

アル・ケーライン

  • 1953年・タイガースと契約
  • 1934年12月19日生 右投右打 187センチ 79キロ
  • メリーランド州出身

選手の紹介文
タイガースの球団史を飾るアル・ケーライン。タイガース一筋にプレーし、通算3000本安打も達成しているアル・ケーライン。マイナー経験なく18歳でメジャーデビューし、20歳の若さで首位打者を獲得する早熟ぶりを見せた。MVP等の大きなタイトルには縁がなかったが、1968年にはタイガースの世界一にも貢献している。背番号6番はタイガースの永久欠番となっている。

メリーランド州に生まれたケーライン。高校時代から高い評価を受けていたこともあり、卒業時の1953年6月にはタイガースと契約金35000ドルで契約を交わした。18歳のケーラインは細身の体ではあったが、高い打撃能力や内野手としての強肩に一目置かれていたのである。ちなみに当時はまだ地元ボルチモアにメジャー球団がなく、ブラウンズが移転してオリオールズになるのは翌1954年のことであり、ケーラインがもう少し遅く生まれてきていたら運命は変わっていたかもしれない。

契約した年、マイナーリーグを経験せずにそのままメジャーデビューを飾った。元々は内野手だったが、プロ入り後はライトを守るようになったのである。この年は大半が守備固めであり、わずか30試合に出場したのみである。打撃面において、高校時代は打率4割をマークしていたが、新人の頃はさっぱりで、打球が内野の頭を越えず、苦しんだという。

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Eddie MATHEWS(エディー・マシューズ)

Major League Baseball

#41 エディー・マシューズ(Eddie MATHEWS) | 3B

エディー・マシューズ

  • 1949年・ブレーブスと契約
  • 1931年10月31日生 右投左打 185センチ 88キロ
  • テキサス州出身

選手の紹介文
2度の本塁打王に輝いているマシューズ。通算512HRを記録しているスラッガーとして活躍したエディー・マシューズ。低い弾道でライナーとしてスタンドに運ぶ打撃を見せた。ミルウォーキーに本拠を構えていた頃のブレーブスの中心選手として、ハンク・アーロンと共に一時代を築いた。1957年にはチームを世界一に導き、マシューズ自身としても本塁打王のタイトルを2度も受賞している。

テキサス州に生まれたマシューズは、幼少時に家族揃ってカリフォルニア州サンタバーバラへ移住。高校時代から野球にフットボールと万能な才能を見せたマシューズ。高校卒業時には幾多の球団から入団の誘いを受けることになるが、一番いい条件を示したのはドジャースであり、契約金は破格の1万ドルという提示があったという。

当時のメジャーリーグには契約金6000ドル以上を受け取った選手は、最初の2年間をメジャーのロースターに入れなければいけないというルールがあった。試合経験を積まなければいけない時期に、メジャーでベンチを温めることは選手の将来を考えても得策とはいえず、マシューズはドジャースからの誘いを断り、ブレーブスと契約金5999ドルで合意。マイナーで試合経験できる道を自ら選んだのである。

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Charlie GEHRINGER(チャーリー・ゲリンジャー)

Major League Baseball

#2 チャーリー・ゲリンジャー(Charlie GEHRINGER) | 2B

チャーリー・ゲリンジャー

  • 1924年・タイガースと契約
  • 1903年5月11日生 右投左打 180センチ 82キロ
  • ミシガン州出身

選手の紹介文
寡黙に高い数字を残し続けたゲリンジャー。高い打撃能力と高い守備能力でタイガースを支えたチャーリー・ゲリンジャー。無口で物静かな選手ではあったが、毎年のように安定した打撃と高い守備能力を見せることから「Mechanical Man(メカニカルマン)」と呼ばれた。シーズン200本安打は5年連続を含む7度も記録しており、大舞台でも勝負強く、タイガースの球団史上初の世界一(1935年)にも貢献している。

ミシガン州の大きな農場の家に生まれたゲリンジャー。大きな農場であったが、兄がいることでミシガン大学へ行く猶予が出来たのである。仮に兄がいなければ、早くから農場の手伝いをしなければいけず、野球の道に進むことはなかったかもしれない。高校時代は野球よりもバスケットボールの能力の評価が高かったとのことだが、大学に入ってからゲリンジャーの野球の才能が注目されたのである。

ゲリンジャーの才能を見抜いたのは、当時のタイガースのレフトを守っていたボビー・ビーチである。ビーチは本拠地ネビン・フィールドにゲリンジャーを招き、練習に参加させたという。監督兼任選手だったタイ・カッブにも強い印象を残し、タイガースと契約することになった。1924年、ゲリンジャーが21歳の頃だった。

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Hank GREENBERG(ハンク・グリーンバーグ)

Major League Baseball

#5 ハンク・グリーンバーグ(Hank GREENBERG) | 1B

ハンク・グリーンバーグ

  • 1930年・タイガースと契約
  • 1911年1月1日生 右投右打 192センチ 98キロ
  • ニューヨーク州出身

選手の紹介文
ユダヤ系のスター選手として活躍したグリーンバーグ。ユダヤ系選手として、メジャー初のスタープレイヤーとなったハンク・グリーンバーグ。MVPを2回受賞し、本塁打王と打点王をそれぞれ4回獲得するスラッガーとして活躍した。1938年にはシーズン58HRを記録している。折しも時代が時代であり、全盛期に約4年間も兵役に捕らわれたのは非常に残念なことだった。

ニューヨーク州に生まれたグリーンバーグだが、両親はルーマニアからの移民してきたユダヤ人だった。子供の頃から大柄だったグリーンバーグは、体が大きい故に不器用に見えたこともあり、精力的にトレーニングに取り組んだ。高校時代にはジャイアンツから声がかかるが、期待通りの評価を得ることが出来ず、結果的に大学への進学を選んだ。

大学進学後、ヤンキースがグリーンバーグに接触。契約金1万ドルの提示があったが、同じファーストのポジションにルー・ゲーリッグがいることから、ヤンキースからの誘いを断った。そこでタイガースからの契約金9000ドルという提示があり、契約内容としては大学卒業まで待つということもありタイガースを選択。結果的に大学を中退して、プロ入りすることになったのである。

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Ty COBB(タイ・カッブ)

Major League Baseball

#* タイ・カッブ(Ty COBB) | OF

タイ・カッブ

  • 1905年・タイガースと契約
  • 1886年12月18日生 右投左打 186センチ 79キロ
  • ジョージア州出身

選手の紹介文
メジャーリーグ創世記を飾った名プレイヤーのカッブ。20世紀初頭のメジャーリーグに強烈な存在感を放ったタイ・カッブ。いわゆるHRが華となる前の時代で、闘争心をむき出しにするプレーを売り物にした。12度の首位打者、6度の盗塁王となるなど、高い技術を持っていることは誰もが認めながらも、乱暴な性格は周囲に多くの敵を作った。しかし、カッブの残した数字は時代を超えても燦然と輝いている。

ジョージア州の名家に生まれたカッブ。どん底から這い上がるというようなサクセスストーリーはなく、様々な意味で周囲の環境には恵まれすぎていた。故に傲慢さが前面に出るのは必然的なことなのかもしれない。後に人種差別主義者として知られるカッブだが、差別意識の強いジョージア州に名家の長男として生まれたことが起因しているのは間違いないだろう。

父親は教師から校長、市長、上院議員を務めるなど厳格な教育者として知られ、息子を野球選手にさせるという考えはなかった。しかし、カッブは野球にのめり込み、非凡な才能を見せていた。最終的には野球で身を立てることを父に納得させたのである。1904年、カッブが17歳の頃にマイナーリーグのオーガスタと契約し、プロへの道を歩み出した。

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Miguel CABRERA(ミゲル・キャブレラ)

Detroit TIGERS

#24 ミゲル・キャブレラ(Miguel CABRERA) | 1B

ミゲル・キャブレラ

  • 1999年7月・マーリンズと契約
  • 1983年4月13日生 右投右打 187センチ 84キロ
  • ベネズエラ州出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 2005  Fla  158  613  106  198  43   2  33  116  125   64    1  .385 .561  .323
 2006  Fla  158  576  112  195  50   2  26  114  108   86    9  .430 .568  .339
 2007  Fla  157  588   91  188  38   2  34  119  127   79    2  .401 .565  .320
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total      720 2694  449  842 183  10 138  523  592  322   17  .388 .542  .313

選手の紹介文
タイガースへ移籍し、ファーストへコンバートされたキャブレラ。メジャーリーグを代表するスラッガーであるミゲル・キャブレラ。新人時代の2003年には、20歳の4番打者としてマーリンズを世界一に導き、その後も安定した数字を残し続けた。2008年からタイガースへ移籍し、8年間で1億5330万ドルという破格の契約を交わしたキャブレラ。懸念は体重増だけである。

ベネズエラで生まれ育ったキャブレラが、マーリンズのスカウトに見いだされたのはまだ15歳の頃だった。すでにパワー、スピードで非凡な才能を見せていたキャブレラと契約を結びたいが、(16歳以上でなければ契約できないという)年齢の問題があるためマーリンズサイドとしては待たざるを得なかった。そして、1999年7月に晴れて契約を交わす。まだ16歳のキャブレラに提示された契約金は190万ドルという破格の金額であった。

2000年、ルーキーリーグでプロとしての一歩を踏み出した。57試合に出場して打率.260、2HR、22打点という数字を残すに留まった。若い頃のキャブレラの憧れの選手は、当時のマーリンズのショートストップを守っていたアレックス・ゴンザレスであり、この当時のキャブレラのポジションもゴンザレスと同じショートストップであった。

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