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タイガース

Justin VERLANDER(ジャスティン・バーランダー)

Detroit TIGERS

#35 ジャスティン・バーランダー(Justin VERLANDER) | SP

ジャスティン・バーランダー

  • 2004年6月ドラフト・タイガース1位(全米2番目)
  • 1983年2月20日生 右投右打 196センチ 91キロ
  • バージニア州出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G  GS  CG SHO   W   L  SV     IP    H   SO   BB    R   ER    ERA
 -----------------------------------------------------------------------------
 2006  Det   30  30   1   1  17   9   0  186.0  187  124   60   78   75   3.63
 2007  Det   32  32   1   1  18   6   0  201.2  181  183   67   88   82   3.66
 2008  Det   33  33   1   0  11  17   0  201.0  195  163   87  119  108   4.84
 -----------------------------------------------------------------------------
 Total       97  97   3   2  46  34   0  600.0  578  477  219  294  274   4.11

選手の紹介文
タイガースのエースに君臨するバーランダー。鳴り物入りでタイガース入りし、エースの座を勝ち取ったジャスティン・バーランダー。2006年にはリーグ優勝を果たし、ワールドシリーズのマウンドに立ち、2007年はノーヒッターを達成。2008年は大きな壁にぶち当たることとなってしまったが、160キロを超える速球とカーブ、チェンジアップを交えた投球で打開できるはずだ。

バージニア州に生まれたバーランダーは生まれ持った強肩で、周囲を驚かせるだけの速球を投げていたという。13歳の頃で130キロ代半ばを投げ、高校入学時は140キロを超えていた。バーランダーの描いた成長曲線は、大学進学時には球速を160キロ越えを果たすまで伸びていた。高校卒業時に高い評価を得ていたが、すでに大学進学を決めており、2001年ドラフトでは指名を受けていない。

大学3年間の通算成績は21勝18敗というものである。計46試合に先発し、完投数は17試合、完封数は5試合と高い完投能力を見せた。防御率は1.91、2.40、3.49という安定感を見せ、奪三振数も137個、139個、151個と3シーズンに渡り結果を残したのである。大学時代は全米選抜にも選ばれ続け、その実力は折り紙付きだった。

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Sparky ANDERSON(スパーキー・アンダーソン)

Major League Baseball

#10 スパーキー・アンダーソン(Sparky ANDERSON) | Mgr

スパーキー・アンダーソン

  • 1953年・ドジャースと契約
  • 1934年2月22日生 右投右打 175センチ 77キロ
  • サウスダコタ州出身

選手の紹介文
「ビッグレッドマシン」を作り上げた名監督アンダーソン。メジャー史上初となる両リーグのチームで世界一を経験したスパーキー・アンダーソン。選手としての実績がなく、メジャー監督就任時には「スパーキー?フー?」とまで言われたが、監督として評価はあっという間に高まり、メジャーリーグを代表する名監督となった。1970年代に最強を誇った「ビッグレッドマシン」を指揮していたのがアンダーソンである。

サウスダコタ州に生まれたアンダーソンは、高校卒業後にドジャースと契約。ドジャース傘下のマイナーチームでプロとしてのキャリアをスタートした。セカンドを守っており、守備はいいが打撃に難があるという評価だった。マイナー時代には審判に泡を飛ばしながら激しく抗議するアンダーソンの姿を見て、いつの間にか「スパーキー」と呼ばれるようになったという(本名はジョージ・アンダーソンという)。

1958年にドジャース傘下からフィリーズ傘下に移籍。1959年に初めてメジャー昇格を果たした。フィリーズのセカンドのレギュラー選手として1シーズンプレー。152試合に出場し、打率.218、0HR、34打点と期待を裏切ることになった。翌年以降はマイナーで過ごすこととなり、メジャーに復帰することは1度もなく、1963年を最後に選手としてのキャリアを追えている。

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Hal NEWHOUSER(ハル・ニューハウザー)

Major League Baseball

#16 ハル・ニューハウザー(Hal NEWHOUSER) | SP

ハル・ニューハウザー

  • 1939年・タイガースと契約
  • 1921年5月20日生 左投左打 188センチ 87キロ
  • ミシガン州出身

選手の紹介文
投手として2年連続でシーズンMVPを獲得したニューハウザー。1940年代にタイガースのエースとして世界一をもたらした左腕ハル・ニューハウザー。若い頃は自らの激しい気性もあり開花しなかったが、スライダーを覚え、落ち着きを取り戻すことで全盛期を迎えた。2年連続シーズンMVPを受賞し、1945年には投手三冠王にもなった名選手である。

イリノイ州デトロイトに生まれたニューハウザー。高校時代から指折りの素質を見せており、高校2年生の頃には1試合24奪三振という記録も作っている。折しも時代は戦時であり、徴兵も行われていたが、ニューハウザーは心臓疾患で徴兵されないことになると、地元タイガースが契約金500ドルで早々に契約した。その後にインディアンズが1500ドルで契約を持ちかけたそうだが、すでに遅かったのである。

プロキャリアをスタートさせた1939年、マイナーの2球団でプレーし、合わせて13勝(18敗)をマーク。シーズン終盤に1試合だけメジャー昇格を果たしている。才能の片鱗は見せるがニューハウザー自身は気性が激しすぎたこともあり、チーム内で孤立。様々な軋轢を作り、結果を残せずに苦しんだ。1943年までの通算成績は34勝52敗というものだった。

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Sam CRAWFORD(サム・クロフォード)

Major League Baseball

#* サム・クロフォード(Sam CRAWFORD) | OF

サム・クロフォード

  • 1899年・レッズと契約
  • 1880年4月18日生 左投左打 183センチ 86キロ
  • ネブラスカ州出身

選手の紹介文
歴代通算309本の3塁打はメジャートップであるクロフォード。20世紀初頭のメジャーリーグを代表する選手のサム・クロフォード。タイガースに在籍時にはタイ・カッブと共に1907年からのリーグ3連覇に貢献した。デッドボール時代のスラッガーであり、歴代通算309本の3塁打はメジャー記録である。また、両リーグで本塁打王のタイトルを獲得した初の選手である。

ネブラスカ州に生まれたクロフォードは高い運動能力を見せ、アメリカンフットボールでは1896年と1897年と2度も州のチャンピオンになったという。高校卒業後は理髪店で見習いをしながら野球をプレーしていたが、その実力が認められ、1899年には月65ドルでチャタム・レッズ(カナディアンリーグ所属)と契約した。

プロとしてのキャリアをスタートさせるが、すぐにグランド・ラピッツ(ウエスタンリーグ所属)に移籍し、この年の9月にはメジャーリーグのレッズと契約したのである。19歳のクロフォードは31試合に出場し、打率.307という非凡な数字を残した。才能が認められ、一気に飛躍を果たした1年となった。

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Gary SHEFFIELD(ゲーリー・シェフィールド)

Detroit TIGERS

#3 ゲーリー・シェフィールド(Gary SHEFFIELD) | RF

ゲーリー・シェフィールド

  • 1986年6月ドラフト・ブリュワーズ1位(全米6番目)
  • 1968年11月18日生 右投右打 180センチ 93キロ
  • フロリダ州出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 2006  NYY   39  151   22   45   5   0   6   25   16   13    5  .355 .450  .298
 2007  Det  133  494  107  131  20   1  25   75   71   84   22  .378 .462  .265
 2008  Det  114  418   52   94  16   0  19   57   83   58    9  .326 .400  .225
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total     2476 8949 1592 2615 454  25 499 1633 1125 1435  251  .394 .516  .292

選手の紹介文
チームの主軸打者として、実績を残してきたシェフィールド。構えたときにバットを振り回すことで知られるゲーリー・シェフィールド。内角球の裁き方は絶品で、バットコントロールとスイングスピードは折り紙付きである。若い頃には首位打者を獲得しており、その後は渡り歩いたチームの主砲として結果を残した。マーリンズ在籍時の1997年に世界一の経験も持っている。

シェフィールドは1968年、フロリダ州タンパで生まれた。4歳年上の甥としてドワイト・グッデンがおり、2人は子供の頃からの遊び友達だったのである。ヒルズボロー高校を経て、1986年にブリュワーズのドラフト1位(全米6番目)を受け、プロ入りを果たすこととなった。

1986年のルーキーリーグに参加。57試合に出場して、打率.365をマークし、プロとしての第1歩目を踏み出す。当時のシェフィールドはショートを守っており、初めてメジャーに昇格した1988年にもショートとしてのデビューだった。翌1989年途中からサードにコンバートするが、怪我などにより安定した成績を残せずに、1991年オフにはパドレスへ移籍することになった。

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Juan GONZALEZ(ホアン・ゴンザレス)

Major League Baseball

#19 ホアン・ゴンザレス(Juan GONZALEZ) | RF

ホアン・ゴンザレス

  • 1986年5月・レンジャーズと契約
  • 1969年10月16日生 右投右打 191センチ 100キロ
  • プエルトリコ出身

選手の紹介文
2度のシーズンMVP受賞経験のあるホアン・ゴンザレス。1990年代を代表する選手として名前の挙がるホアン・ゴンザレス。若くして本塁打王になるパワーを見せ、出場試合数よりも多い打点を稼ぐなど、チームの主軸打者としての責任を果たした。2度のシーズンMVP受賞は誇るべき記録である。30歳以降は相次ぐ怪我で満足する成績は残していない。

プエルトリコの貧民街で生まれたゴンザレスは、近くに野球場もない場所で育ったという。道具もままならない中で野球を楽しみ、才能を発揮した。プロの世界に足を踏み入れることになるのはゴンザレスがまだ16歳の頃である。レンジャーズと契約したのは1986年5月のことである。当時はレンジャーズのスカウトが根を張っており、1年前にはサミー・ソーサ、2年後にはイバン・ロドリゲスとそれぞれ契約するなど、多くの素材を集めたのである。

契約後はルーキーリーグに参加するも打率.240と結果を残せなかった。翌1987年は1Aガストニアでは127試合に出場し、打率.265、14HR、74打点をマークしている。1988年は膝の故障でシーズンの半分を欠場するが、1989年には2Aタルサへ舞台を移した。133試合の出場で打率.293、21HR、85打点と結果を残すと、9月に入ってメジャーリーグから声がかかり、メジャーデビューを果たした(ほとんどが代打での出場だった)。

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Cecil FIELDER(セシル・フィルダー)

Major League Baseball

#45 セシル・フィルダー(Cecil FIELDER) | 1B

セシル・フィルダー

  • 1982年ドラフト・ロイヤルズ4位(全米67番目)
  • 1963年9月21日生 右投右打 190センチ 113キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
驚異の長打力をひっさげて戻ってきたフィルダー。日本プロ野球からの出戻り選手として、シーズン50HRを記録するなど抜群の長打力を見せたセシル・フィルダー。タイガースに復帰後、2年連続本塁打王、3年連続打点王に輝き、1990年代中盤から続くHR狂想曲の口火を切った形になる。晩年には移籍したヤンキースで世界一も経験。息子プリンス・フィルダーもメジャーデビューしたが、自身の浪費癖から息子からは距離を置かれている。

カリフォルニア州ロサンゼルスで育ったフィルダーは幼少時から大柄な体格で長打力を売りにしていた。高校卒業時の1981年ドラフトでオリオールズから31位指名(全米767番目)を受けるが拒否し、翌1982年ドラフトでロイヤルズから4位指名(全米67番目)を受けてプロ入りすることとなった。指名されたその年、ルーキーリーグで20HRすると、オフにはブルージェイズ傘下へ移籍することになった。

1983年は1Aでフルシーズン過ごし、140試合の出場で打率.312、16HR、94打点をマーク。翌1984年には1Aから2Aへ昇格し、2球団合わせて28HR、93打点という数字を残している。3Aシラキュースで開幕を迎えた1985年は、シーズン途中の6月にメジャー昇格を果たした。この年は3Aで96試合に出場し、打率.294、18HR、81打点を挙げれば、メジャーでは30試合に出場し、打率.311、4HR、16打点と非凡な数字を残している。

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Billy MARTIN(ビリー・マーチン)

Major League Baseball

#1 ビリー・マーチン(Billy MARTIN) | 2B, Mgr

ビリー・マーチン

  • 1949年・ヤンキースと契約
  • 1928年5月16日生 右投右打 180センチ 75キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
大舞台で勝負強さを見せたビリー・マーチン。勝利に対する強い執念で、選手としても監督としても激しさを売りとしたビリー・マーチン。特にヤンキース監督として選手やオーナーとぶつかりながらも勝利に導いた手腕は評価される。ヤンキースの監督に就任しては解任されるを5度も繰り返すなど、球場の内外で話題に事欠かなかった。

イタリア系移民の子供としてカリフォルニア州バークレーで生まれたマーチン。本名はアルフレッド・マニュエル・ペサノというが、若くして両親が離婚し、母親の再婚相手がマーチンという苗字だった。子供の頃から喧嘩っ早かったマーチンだが、野球との出会いがマーチンを構成させた。同じイタリア系のジョー・ディマジオに憧れたのである。

高校卒業後、マイナー球団と契約。小柄なマーチンは体型面でハンデがあったこともあり、その分は荒々しいスライディングなどでアピールした。マーチンはとにかく目立たなければいけないという信念を持っていたのである。3Aオークランドと契約にこぎ着けたのだが、そのチームの監督がケーシー・ステンゲルであり、これが運命の扉だった。

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