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ハンク・アーロン

Ryan BRAUN(ライアン・ブラウン)

Milwaukee BREWERS

#8 Ryan BRAUN | LF

ライアン・ブラウン

  • 2005年6月ドラフト・ブリュワーズ1位(全米5番目)
  • 1983年11月17日生 右投右打 188センチ 90キロ
  • カリフォルニア州出身

過去1年間の成績

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 2007  Mil   113 451   91  146  26   6  34   97  112   29   15  .370 .634  .324
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total       113 451   91  146  26   6  34   97  112   29   15  .370 .634  .324

選手の紹介文
「The Hebrew Hammer(ヘブライ神の鉄槌)」と呼ばれるライアン・ブラウン。若手選手の台頭が目立つブリュワーズの中で中軸を任されるライアン・ブラウン。2007年5月後半にメジャーデビューし、打率.324、34HR、97打点と好成績を残し、新人王に輝いた。さらに2008年シーズン中に8年間4500万ドルという長期契約に合意。メジャーキャリアがようやく1年に達し、調停権すら手にしていない選手に対しての契約としては異例で、それだけ球団の期待が大きいことを示している。

高校時代から高い才能を見せたブラウンはショートストップでありながら投手も務めるなど、チームに欠かせない選手として活躍。4割以上の打率を常にキープする高い打撃力を見せた。大学進学後もその評価を高め、大学最終年には打率.396、18HR、76打点、23盗塁という数字を残している。この頃にショートストップからサードへコンバートしている。

2005年ドラフトではブリュワーズからドラフト1位指名(全米5番目)を受けて、プロ入りを果たすこととなる。ルーキーリーグからスタートしたキャリアだが、最初の10試合で打率.341、2HR、10打点という数字を残すと早くも1Aへ昇格。そこでも打率.355、8HR、35打点と桁違いの打撃を見せ、その将来性に大きな期待が寄せられた。

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Sammy SOSA(サミー・ソーサ)

Major League Baseball

#21 サミー・ソーサ(Sammy SOSA) | RF

サミー・ソーサ

  • 1985年7月・レンジャーズと契約
  • 1968年11月12日生 右投右打 183センチ 86キロ
  • ドミニカ共和国出身

選手の紹介文
メジャーリーグを代表するスラッガー、サミー・ソーサ。シーズン60HRを3度も記録しているのは、メジャーリーグ史上でサミー・ソーサしかいない。しかし、60HRを記録した年はいずれもホームランキングにはなれず、2000年にシーズン50HRを記録したときのみそのタイトルを手にしている。華々しい活躍を見せたソーサも晩年はコルクバット騒動、ストロイド使用疑惑に巻き込まれてしまい、自らのキャリアを汚してしまった。そんな中で2007年、史上5人目となる通算600号HRを記録している。

ドミニカ共和国に生まれたソーサは、7歳の頃に父親を亡くしたこともあり、子供の頃から靴磨きなどをして生計の足しになるよう働いていた。そんなソーサが何もかも忘れて熱中できる時というのが野球をしている時だった。夢はもちろんメジャーリーグでプレーすること。そして、16歳の頃にレンジャーズと契約を結び、その夢へのスタートラインに立った。着実にマイナーの階段を昇っていくソーサだが、スピード感溢れるプレーは見せるが、打撃は大振りが目立ち荒っぽかった。1989年には1Aシャーロットで打率.229ながら、42盗塁を記録し、リーグトップの3塁打12本をマークしている。

そして、1989年は2Aタルサで開幕を迎える。66試合に出場し、打率.297、7HR、31打点を記録していたソーサが、6月16日に突如メジャーへの昇格を果たす。デビュー戦(対ヤンキース戦)で4打数2安打を記録したソーサは、6月21日のレッドソックス戦でロジャー・クレメンスからメジャー初ホームランを放った。

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Mark McGWIRE(マーク・マグワイア)

Major League Baseball

#25 マーク・マグワイア | 1B

マーク・マグワイア

  • 1984年6月ドラフト・アスレティックス1位(全米10番目)
  • 1963年10月1日生 右投右打 198センチ 101キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
生まれながらのHR打者として活躍したマグワイア。史上初となるシーズン70HRを記録したマーク・マグワイア。1998年にマグワイアとサミー・ソーサが繰り広げたHR争いは、ストライキ後に低迷していた野球人気を回復させたといえる。プロ入り前からエリートコースを歩んできたマグワイアも、怪我に苦しんだ期間があり、それを乗り越えての華々しい活躍を見せた。まだ現役を続ける力はあったと思われるが、チームの事を考えての引退の決断はマグワイアらしい幕の引き方といえるかもしれない。

1963年、カリフォルニア州の裕福な家庭に生まれたマグワイア。男5人兄弟の2番目として生まれ、その兄弟の誰もがスポーツで才能を見せていたという。10歳の頃からリトルリーグで野球を始め、公式戦の初打席で初HRを放ったマグワイアは、投手としても高い才能を見せていた。高校卒業時には投手としてエクスポズから8位指名を受けるが、それを拒否して南カリフォルニア大学への進学を決めた。

投手として大学に入り、1年時はリリーフが主で、打者としてもそれほどの成績を残したわけではなかった。しかし、2年生になると、防御率2.78をマークしたマグワイア。当時のチームメイトには、後にメジャーを代表する左腕となるランディ・ジョンソンがいたものの、そのジョンソンを含めてもチーム最高の防御率を記録した。それだけ投手としても評価されていたマグワイアだが、自らのパワーを生かすためにファースト転向を希望。

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Bobby BONDS(ボビー・ボンズ)

Major League Baseball

#25 ボビー・ボンズ | OF

ボビー・ボンズ

  • 1964年・ジャイアンツと契約
  • 1946年3月15日生 右投右打 185センチ 84キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
走攻守が兼ね備わったボビー・ボンズ。メジャーデビュー戦の初打席で満塁HRを放つ華々しいデビューを飾り、30HR30盗塁を5回も記録したボビー・ボンズ。今ではバリー・ボンズの父親という印象が強いが、パワーとスピードを兼ね備えた選手として一時代を築いたことは紛れもない事実である。

1946年にカリフォルニア州に生まれたボビー。高い運動能力に恵まれ、野球だけでなく、フットボール、バスケットボール、陸上競技でも注目されるアスリートだった。ウイリー・メイズに憧れていたボビーは野球を選択することとなり、1964年にはメイズのジャイアンツと契約している。

ちなみにその1964年には、息子であるバリーは誕生していた。実にボビーは18歳にして父親となっていたのである。さらに妻の従弟にはレジー・ジャクソンがいるという名実共に野球一家が誕生。ジャイアンツと契約したのはバリー誕生の10日後のことであり、ボビーのプロ野球界での歩みのすぐそばに、常に最愛の息子バリーがいたことになる。

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Eddie MURRAY(エディー・マレー)

Major League Baseball

#33 エディー・マレー | 1B

エディー・マレー

  • 1973年6月ドラフト・オリオールズ3位
  • 1956年2月24日生 右投両打 188センチ 91キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
史上最高のスイッチヒッターであるマレー。物静かで地味な印象はあるが、チーム内での存在感や残した成績は抜群のエディー・マレー。3000本安打と500HRの両方を達成したのはハンク・アーロンウイリー・メイズに次ぐ史上3人目であり、スイッチヒッターとしては、マレーが史上初である。1試合左右両打席HRを11回を記録したのはマレーのみであるなど、スイッチヒッターとして残した成績はミッキー・マントルを上回っている。

1956年、カリフォルニア州ロサンゼルスで生まれたマレー。高校時代には後に華麗な守備で殿堂入りも果たすオジー・スミスとチームメイトとして共にプレーする機会にも恵まれた。そして、1973年にオリオールズから3位指名を受けて、プロ入り。即メジャー昇格とはいかず、マイナーで4年間もじっくりと鍛え上げ、長打も兼ね備えたスイッチヒッターとして磨きをかけた。

1977年、メジャー初昇格と同時にオリオールズのファーストのポジションを確保。1年目から160試合に出場し、打率.283、27HR、88打点という好成績を残し、見事に新人王を受賞。翌1978年も161試合の出場で、打率.285、27HR、95打点と前年とほぼ同じ数字を残し、2年目のジンクスを全く感じさせない打撃を見せた。その後も安定した数字を残し、1979年にはチームのリーグ優勝に貢献。はじめてのワールドシリーズの舞台では、HRも記録したが世界一になることは出来なかった。

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Willie MAYS(ウイリー・メイズ)

Major League Baseball

#24 ウイリー・メイズ | OF

ウイリー・メイズ

  • 1950年・ジャイアンツと契約
  • 1931年5月6日生 右投右打 179センチ 79キロ
  • アラバマ州出身

選手の紹介文
メイズの通算660本のHRはメジャー史上3位の大記録。走攻守全てが兼ね備わった万能選手として知られるウイリー・メイズ。本塁打王4回に盗塁王4回という数字がそれを証明している。プレーそのものに華があり、多くのファンを魅了したメイズ。そのメイズに憧れて、背番号24をつけてプレーする選手が増えるなど、大きな影響を残したと言える。また、バリー・ボンズの名付け親としても知られ、さらにメジャー史上3位という通算660本のHRも記録している。

アラバマ州バーミングハムに生まれたメイズは、子供の頃から抜群の運動神経に恵まれた。生まれてすぐに両親が離婚したこともあり、伯母の元で育てられたが、運動神経は両親譲りのものである。14歳になると地元のセミプロチームでプレーし始め、17歳の頃にはニグロリーグのバーミングハム・ブラックバロンズと契約し、野球で生計を立てていった。時代はジャッキー・ロビンソンの台頭もあり、メジャーリーグが黒人に門戸を開き始めた時期と一致する。

1950年には、当時まだニューヨークに本拠を構えていたジャイアンツと契約。マイナーからのスタートだったが、1951年はマイナーでの35試合の出場で打率.477をマークし、あっさりとメジャー昇格。デビュー後は22打数ノーヒットと苦しんだが、監督のレオ・ドローチャーにセンターのポジションを与えられると、そこから自身を掴み、才能を発揮し始めた。メジャー初ヒットは、好投手ウォーレン・スパーンからのHRだった。121試合の出場で打率.274、20HR、68打点という成績で新人王を獲得。

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Tom SEAVER(トム・シーバー)

Major League Baseball

#41 トム・シーバー | SP

トム・シーバー

  • 1966年4月・メッツと契約
  • 1944年11月17日生 右投右打 185センチ 88キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
1969年のミラクルメッツの立て役者、シーバー。1962年に創立されたメッツは弱さで注目を集めたチームだった。そんなチームに入団したのが、後に通算311勝を記録するトム・シーバーである。安定感に溢れる理想的な投球フォームから、勢いある剛速球と鋭いスライダーで、1969年に弱小メッツへ初の世界一をもたらした。サイヤング賞を3度も受賞し、さらにノーヒッターを記録するなど、それらの記憶は未だに色褪せることはない。

1944年、カリフォルニア州フレズノ出身のシーバーは、名門南カリフォルニア大学を経て1966年1月のドラフトでブレーブスが1位指名を行ったが、規定違反により無効となり、メッツ、インディアンズ、フィリーズの間でくじ引きが行われ、結果的にメッツが交渉権を手にした。契約金5万ドルを手にしたシーバーは、その年を3Aで過ごし、12勝をマークしている。

1967年からメジャーに定着し、35試合に登板(先発は34試合)したシーバーは、地区最下位チームの中で16勝13敗の防御率2.76という素晴らしい成績を残し、新人王を手にした。翌1968年も16勝12敗の防御率2.20という好成績をマーク。当時のチームメイトには後の大投手であるノーラン・ライアンもおり、2人はいい意味で影響を与えあった。当時のライアンは球こそ速いが制球力がなく、安定感としてはシーバーの方が上回っていた。しかし、自分より速い球を投げるライアンをライバルとしてシーバーは更なる成長を遂げることになるのである。

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Warren SPAHN(ウォーレン・スパーン)

Major League Baseball

#21 ウォーレン・スパーン | SP

ウォーレン・スパーン

  • 1940年・ブレーブスと契約
  • 1921年4月23日生 左投左打 183センチ 78キロ
  • ニューヨーク州出身

選手の紹介文
メジャーリーグ左腕投手として、最多の363勝をマークしたスパーン。メジャーリーグの左腕投手の中でトップとなる363勝をマークしたウォーレン・スパーン。シーズン20勝を13度も記録し、最多勝のタイトルを8回も獲得するなど、その存在はメジャーリーグの中でも際立っていたといえる。あくまで現役にこだわるこの左腕投手は、46歳までマウンドに立ち続けた大投手であり、まさに燃え尽きるまで投げたといえるだろう。

ニューヨーク州バファローに生まれたスパーンは1940年、当時まだボストンに本拠を構えていたブレーブスと契約を結んだ。1941年、マイナーで19勝6敗の防御率1.83という好成績を残し、最多勝と最優秀防御率のタイトルを獲得する大活躍を見せる。そして、翌1942年にはメジャー昇格を果たすが、後にヤンキースで名監督といわれるケーシー・ステンゲルと衝突し、マイナーへ降格。スパーンはそれにも負けず、マイナーで17勝12敗の防御率1.96という数字を残している。

いよいよメジャー定着といきたいところだが、1943年からの3年間は兵役任務により、マウンドに立つことはなかった。陸軍に徴兵されたスパーンは、ヨーロッパ戦線での戦闘に参加し、かろうじて生き残って帰ってきた。この3年間は精神的に大きく成長させた期間だったと、後にスパーンは語っている。

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