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ロジャース・ホーンスビー

Rogers HORNSBY(ロジャース・ホーンスビー)

Major League Baseball

#* ロジャース・ホーンスビー(Rogers HORNSBY) | 2B

ロジャース・ホーンスビー

  • 1914年・カージナルスと契約
  • 1896年4月27日生 右投右打 180センチ 86キロ
  • テキサス州出身

選手の紹介文
シーズン最高打率となる.424を記録しているホーンスビー。史上最高の右打者と呼ばれるロジャース・ホーンスビー。1924年に記録した打率.424はシーズン最高打率として、今の燦然と輝くメジャー記録である。さらに三冠王を獲得したことは2回を数えるなど、セカンドを守る選手としては20世紀を代表する選手となる。野球に対して厳格すぎるほどの姿勢は、周囲と軋轢を生むことも珍しくなかった。

テキサス州の酪農家の家に生まれたホーンスビー。学生時代に野球の才能を発揮し、18歳になった1914年にはマイナーリーグでプレーを始めた。ショートを守っていたホーンスビーはガリガリの選手であり、あきらかな力不足だった。この年は113試合に出場し、打率.232しか記録していない。翌1915年も119試合の出場で打率.277と結果は残せないでいた。

そんなホーンスビーに目を付けたのはカージナルスである。ファーム体制の充実を図っていたカージナルスのスカウトの目に引っかかったのである。契約金500ドルでカージナルスはホーンスビーと契約し、1915年にはメジャーリーグの舞台で18試合にだけ出場している。

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Barry BONDS(バリー・ボンズ)

Major League Baseball

#25 バリー・ボンズ(Barry BONDS) | LF

バリー・ボンズ

  • 1985年6月ドラフト・パイレーツ1位(全米6番目)
  • 1964年7月24日生 左投左打 188センチ 93キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
前人未踏のシーズン73HRを記録したボンズ。通算歴代トップとなる762HRをマークし、7度のMVP授賞という輝かしい球歴に彩られるバリー・ボンズ。シーズン73HR、「40-40」の達成1回を含む5度の「30-30」達成し、通算でも514盗塁とオールラウンドで優れた成績を残している。そのボンズも晩年になって薬物問題で騒がれ、殿堂入りも危うい状況となっている。

ボンズは生まれたときからのサラブレッドだった。父親はメジャーリーガーのボビー・ボンズで、母方の従弟にはレジー・ジャクソンがいた。さらに、バリーという名前の名付け親が名選手ウイリー・メイズであり、ボンズは父に憧れる一方、メイズに尊敬のまなざしを送った。

父親に連れられて、当時のジャイアンツの本拠地、キャンドルスティックパーク(後にスリーコムパークと改称)がボンズの遊び場であり、野球少年としてはこの上ない幸せな環境に恵まれている。なお、父は1970年代に「30-30(30HRと30盗塁)」を5度も達成するという名選手だった。

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Ryne SANDBERG(ライン・サンドバーグ)

Major League Baseball

#23 ライン・サンドバーグ | 2B

ライン・サンドバーグ

  • 1978年ドラフト・フィリーズ1位(全米20番目)
  • 1959年9月18日生 右投右打 188センチ 86キロ
  • ワシントン州出身

選手の紹介文
メジャー史上最高のセカンドと言われるサンドバーグ。史上最高のセカンドベースマンとして名前が挙がるライン・サンドバーグ。9年連続のゴールドグラブ賞受賞に10年連続のオールスター出場に加え、MVPや本塁打王のタイトルも獲得している。静かなる男と呼ばれるサンドバーグは、アーニー・バンクス以来となる「ミスターカブス」の称号を手にしたともいえる。サンドバーグの残した守備率.990という数字はメジャー史上最高である。

1959年、ワシントン州に生まれたサンドバーグ。ラインという名前は、生まれる前にテレビを見ていた際、ヤンキースのライン・デューレンという投手がたまたま登板してきたことに由来するという。まだマリナーズが誕生していないときで、近くにドジャース傘下のマイナーチームがあった関係で、ドジャースのファンであったサンドバーグ。高校時代には野球の他に、アメフト、バスケでもその実力を発揮したという。

1978年、フィリーズから20位指名を受けて、即プロ入りを決めた。4年間のマイナー生活を経て、1981年シーズン終盤にようやくメジャー昇格。サンドバーグの憧れの選手であったラリー・ボーワが欠場したときにショートを守るという形で、13試合にだけ出場。すると、オフにはそのボーワと共に2対1の交換トレードが成立し、突然カブス入りが決まる。交換相手はショートを守るアイバン・デヘイスースであった。

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George SISLER(ジョージ・シスラー)

Major League Baseball

#* ジョージ・シスラー | 1B

ジョージ・シスラー

  • 1915年・ブラウンズと契約
  • 1893年3月24日生 左投左打 179センチ 77キロ
  • オハイオ州出身

選手の紹介文
1920年、当時のメジャー記録となるシーズン257安打を記録したシスラー。投手から打者に転向して大成功した選手としては、ベーブ・ルースを始めとして数多くの選手がいるが、ジョージ・シスラーもその系譜に名を連ねる一人である。シーズン打率4割を記録すること2回、通算打率.340、盗塁王4回と輝かしい記録を打ち立てたシスラーの愛称は「ゴージャス」といい、ファーストとしての守備も優雅で、多くのファンを引きつけた選手である。

1893年、オハイオ州に生まれたシスラーはミシガン大学へ進学。そこで運命的な出会いを果たすことになる。ちょうど大学のコーチを務めていたブランチ・リッキーとの出会いであった。一目でシスラーの才能を見抜いたリッキーは、大学に入ったばかりのシスラーを先発投手としてマウンドに上げる。するとシスラーは、7イニングで20奪三振を記録するという期待通りの働きを見せる逸話も残している。

リッキーは後のメジャーリーグに大きな影響を与える人物であり、マイナー組織を整え、弱小チームだったカージナルス、ドジャースを常勝軍団に変えたことでも知られる。ちなみに黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンを生み出したのもリッキーの手腕である。

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Ted WILLIAMS(テッド・ウイリアムス)

Major League Baseball

#9 テッド・ウイリアムス | OF

テッド・ウイリアムス

  • 1938年・レッドソックスと契約
  • 1918年8月30日生 右投左打 192センチ 93キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
テッド・ウイリアムス「史上最高の打者」、「最後の4割打者」、「打撃の神様」など数多くの代名詞でその偉大さが語られるテッド・ウイリアムス。細い体から繰り出される華麗なスイングで、打率4割を1回、三冠王を2回も受賞するなど数々の記録を打ち立てる一方で、歯に衣着せぬ発言で物議をかもしだし、マスコミとは度々衝突した。ファンの声援に手を振ることはなく、プレーのみでしか表現しないウイリアムスの姿勢には「神様は返事を書かない」と評された。

1918年、カリフォルニア州の港町サンディエゴで生まれた。大不況の波に飲み込まれ、家に戻ってこなくなった父親と宗教的活動にのめり込む母親の間に生まれたこともあり、両親の愛情を目一杯に受けたわけではないウイリアムスは、徐々に野球に情熱を傾けていく。1936年、地元のマイナーチーム、サンディエゴ・パドレスと契約したが、背は高いが体は細く、周りからは弱々しく見られていたのは事実である。

ウイリアムスの夢は、街を歩いているときに「あれがウイリアムスだ。史上最高の打者だ。」と言われることである。史上最高、史上最高と念仏のように唱え、ひらすら素振りを繰り返す日々だった。1938年、レッドソックスと契約を結ぶが、傘下のミネアポリス・ミラーズへの降格を言い渡される。しかし、そこでロジャース・ホーンスビーの指導を受ける幸運に恵まれたウイリアムス。そしてこの年、マイナーではありながら打率.366、43HR、142打点で堂々と三冠王に輝いた。

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Lou GEHRIG(ルー・ゲーリッグ)

Major League Baseball

#4 ルー・ゲーリッグ | 1B

ルー・ゲーリッグ

  • 1923年・ヤンキースと契約
  • 1903年6月19日生 左投左打 183センチ 91キロ
  • ニューヨーク州出身

選手の紹介文
「アイアンホース」ゲーリッグは、2130試合連続出場を記録。王者ヤンキースの第1期黄金時代の主要メンバーであったルー・ゲーリッグ。3番のベーブ・ルースに次ぐ4番を打ち、1931年には三冠王にも輝いた。2130試合連続出場という当時のメジャー記録を樹立し、「アイアンホース」とまで呼ばれたゲーリッグは、大舞台でも勝負強い選手として知られていた。満塁HR23本というのは未だにメジャー記録である。

1903年、ドイツ系移民の両親の元、ニューヨークで生まれ育ったゲーリッグ。家計が非常に苦しい中でも、ゲーリッグはスポーツに高い才能を見せた。ルースが憧れの選手で、将来はメジャーリーガーになりたいという夢はあったが、母親が建築家になることを強く勧めたこともあり、建築家になるために名門コロンビア大学へ進学した。

大学へ入っても野球にもフットボールにも高い才能を見せ、頭角を現すのに時間はかからなかった。当時のジャイアンツの監督ジョン・マグローから偽名でメジャーでプレーしないと勧められたこともあったという。それだけ、ゲーリッグの実力は際立っていたともいえる。結果的にマイナー球団でわずかにプレーしたことがばれてしまい、大学1年時にはほとんどのスポーツ活動を禁じられることになってしまった。

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