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ロベルトクレメンテ賞

Steve GARVEY(スティーブ・ガービー)

Major League Baseball

#6 スティーブ・ガービー(Steve GARVEY) | 1B

スティーブ・ガービー

  • 1968年ドラフト・ドジャース1位(全米13番目)
  • 1948年12月22日生 右投右打 178センチ 87キロ
  • フロリダ州出身

選手の紹介文
ドジャース不動のファーストベースマンだったガービー。1970年代から1980年代にかけて、堅守強打の選手として知られたスティーブ・ガービー。ドジャースを代表する選手としてシーズンMVPも受賞。ワールドシリーズなどの大舞台での勝負強さも目立った。晩年には移籍先のパドレスで、球団史上初となるリーグ優勝に貢献するなど、存在感は際立っていた。

フロリダ州に生まれたガービーは、ブルックリン出身だった祖父の影響でドジャースを応援するようになった。ちょうど父親もスプリングトレーニングではドジャースのバスの運転手も勤めていたという。高い運動能力は幼少時から折り紙付きで、高校卒業時にはツインズから3位指名(全米166番目)を受けている(この時は断り、大学進学の道を選んだ)。

ミシガン大学へと進学したガービーは、野球だけでなくフットボールでも適応性を見せた。当時はサードを守っており、全米代表にも選出されるなど、実力は際立っていたのである。そして迎えた1968年ドラフトで憧れのドジャースから1位指名(全米13番目)を受けて、晴れてプロ入りを果たしたのである。

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Jamie MOYER(ジェイミー・モイヤー)

Philadelphia PHILLIES

#50 ジェイミー・モイヤー(Jamie MOYER) | SP

ジェイミー・モイヤー

  • 1984年6月ドラフト・カブス6位(全米135番目)
  • 1962年11月18日生 左投左打 183センチ 77キロ
  • ペンシルベニア州出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G  GS  CG SHO   W   L  SV     IP    H   SO   BB    R   ER    ERA
 -----------------------------------------------------------------------------
 2006  Sea   25  25   2   1   6  12   0  160.0  179   82   44   85   78   4.39
 2006  Phi    8   8   0   0   5   2   0   51.1   49   26    7   25   23   4.03
 2007  Phi   33  33   1   0  14  12   0  199.1  222  133   66  118  111   5.01
 2008  Phi   33  33   0   0  16   7   0  196.1  199  123   62   85   81   3.71
 -----------------------------------------------------------------------------
 Total      637 584  31   9 246 185   0 3746.2 3876 2248 1074 1881 1743   4.19

選手の紹介文
2008年、フィリーズの一員として世界一の美酒に酔ったモイヤー。40代半ばにしても未だメジャーリーグで先発ローテーションの座を守り続けるジェイミー・モイヤー。ひょろひょろとしたのらりくらりの軟投派の投手としてチェンジアップを様々なスピードで投げ分け、年齢と共に円熟味を増す、遅咲きを絵にかいたような選手である。長い現役生活の中で世界一を果たせないでいたが、2008年に故郷に本拠を構えるフィリーズの一員として世界一の栄冠を勝ち取る幸運に恵まれた。

ペンシルベニア州に生まれたモイヤーは高校時代に、野球の他にバスケットボールやゴルフもプレーしていたという。地元フィリーズの大ファンで、1980年に球団史上初の世界一となったときは学校を抜け出してパレードにも参加したという。セントジョセフ大学に進学したモイヤーは、1984年のシーズンに16勝をマークし、防御率1.99、90奪三振という素晴らしい記録を残した。モイヤーがこのときつけていた背番号10は、後に同大学の永久欠番になっている。

そして、この年のドラフトでカブスに6位(全米135番目)で指名されプロ入り。念願のプロ入りを果たしたモイヤーは、契約後にルーキーリーグに参加し、14試合に登板し、リーグ最多の104回2/3を投げ、9勝3敗の防御率1.89、120奪三振を記録し、最多勝と最多奪三振でもリーグトップに立った。翌1985年は1Aで8勝(2敗)、2Aで7勝(6敗)と好成績を残し、その評価を高めた。

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Gary CARTER(ゲーリー・カーター)

Major League Baseball

#8 ゲーリー・カーター(Gary CARTER) | C

ゲーリー・カーター

  • 1972年6月ドラフト・エクスポズ3位(全米53番目)
  • 1954年4月8日生 右投右打 188センチ 93キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
エクスポズとして殿堂入りを選んだカーター。1970年代後半から1980年までのメジャーリーグを代表する捕手であるゲーリー・カーター。勝負強い打撃で324本ものHRを放ち、捕手としては3度のゴールドグラブ賞受賞を果たしている。メッツ移籍後には1986年の世界一に大きく貢献。陽気な性格から「キッド」という名で呼ばれた。功績が評価され、2003年には晴れて殿堂入りを決めている。

カリフォルニア州に生まれたカーターは子供の頃から高い運動能力を見せていた。高校時代は野球だけに留まらず、アメリカンフットボール、バスケットボールにも実力を見せており、カーター自身はフットボールの奨学生として大学進学を決めていたという。しかし、高校卒業時の1972年、ドラフトでエクスポズから3位指名(全米53番目)されることが悩ませた。

結果的に野球の道を選んだカーター。1973年は2Aで130試合に出場し、打率.253、15HR、68打点とパワー面で非凡さを見せた。当時はチーム事情もあり、捕手以外にも外野などを守ったりしていた。1974年は3Aに舞台を移し、135試合の出場で打率.268、23HR、83打点という成績で、9月にはメジャー昇格を果たしている(9試合にだけ出場)。

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Al LEITER(アル・ライター)

Major League Baseball

#22 アル・ライター(Al LEITER) | SP

アル・ライター

  • 1984年6月ドラフト・ヤンキース2位(全米50番目)
  • 1965年10月23日生 左投左打 190センチ 97キロ
  • ニュージャージー州出身

選手の紹介文
かつてはメッツのエースとして活躍したライター。勝つチームを渡り歩き、メジャーリーグ全30球団から白星を挙げているアル・ライター。若くしてブルージェイズ、マーリンズで世界一を経験し、メッツ時代にもワールドシリーズ出場を経験している。非常に明るい選手で周囲の選手を和ませる雰囲気を持っていたこともあり、引退後はキャスターとして活躍している。

ライターの子供の頃のアイドルはトム・シーバーで、よくシェイスタジアムまでよく足を運んだという。高校時代に延長14回2/3まで無失点に抑え、32個もの三振を奪ったこともあった。1984年のドラフトでヤンキースに2位指名(全米50番目)を受けてプロ入り。マイナーでは目立った成績こそは挙げられなかったが、その投球スタイルはかつてのヤンキースのエース、ロン・ギドリーを彷彿させた。そして、毎年着実に階段を昇るライターは1987年に初めてのメジャー昇格を果たす。メジャー1年目は4試合に先発し、2勝2敗という成績に終わり、翌1988年も14試合に先発するが、4勝4敗と並の成績に終わる。

転機が訪れたのは1989年のことで、開幕早々にブルージェイズへの移籍が決まったのである。交換相手は、かつて本塁打王にも輝き、後に日本でもプレーすることになるジェシー・バーフィールドであり、期待されての交換トレードだった。しかし、ライターは移籍後すぐに故障者リスト入りしてしまい、残りのシーズンを棒に振ってしまった。再起をかけた1990年はマイナーからのスタートだったが、終盤にメジャー昇格し、中継ぎとして4試合に登板。怪我の影響もあり、移籍当初の期待を裏切る形でその後2年間は主にマイナーで過ごすこととなった。

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Barry LARKIN(バリー・ラーキン)

Major League Baseball

#11 バリー・ラーキン(Barry LARKIN) | SS

バリー・ラーキン

  • 1985年6月ドラフト・レッズ1位(全米4番目)
  • 1964年4月28日 右投右打 183センチ 84キロ
  • オハイオ州出身

選手の紹介文
レッズのチームリーダーとして活躍したラーキン。スピード感あふれる走塁と守備でレッズを引っ張ったバリー・ラーキン。レッズのチームリーダーとしてラーキンの存在感は際立っていたのである。1990年にはチームの世界一に貢献し、1995年にはシーズンMVPを受賞している。ラーキンが背負っていた背番号11番は、将来的にはレッズの永久欠番になると言われている。

シンシナティで生まれたラーキンは高校時代、野球と共にフットボールやバスケットボールにも汗を流すスポーツマンだった。ちなみに高校の1年後輩には、後にメジャーリーグのスーパースターとなり、チームメイトになるケン・グリフィー・ジュニアもいた。高校卒業時にはレッズから2位指名(全米51番目)を受けるも大学へ進学。大学での3シーズンにおいて通算打率.361を記録し、2度もアメリカ代表に選出される名誉を手にした。

そして、ラーキンは1984年のロサンゼルスオリンピックのアメリカ代表チームに選ばれ、見事に銀メダルを手にしている(金メダルは日本)。この時のアメリカ代表チームには、ウイル・クラークマーク・マグワイアBJ・サーホフらを揃える蒼々たるチームであった。

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Edgar MARTINEZ(エドガー・マルチネス)

Major League Baseball

#11 エドガー・マルチネス(Edgar MARTINEZ) | 1B

エドガー・マルチネス

  • 1982年12月・マリナーズと契約
  • 1963年1月2日生 右投右打 180センチ 86キロ
  • ニューヨーク州出身

選手の紹介文
マリナーズ一筋にキャリアを全うしたエドガー・マルチネス。「ミスターマリナーズ」という称号が最もふさわしいエドガー・マルチネス。独特なリーダーシップでチームを引っ張り、勝負強さには定評があるイカしたナイスガイであった。背負っていた背番号11番は、永久欠番に準ずる位置にある。歴代指名打者の中でも代表的な存在として知られている。

ニューヨーク州で生まれたが、プエルトリコ人として育ったこともあり、尊敬する選手にはロベルト・クレメンテの名前を挙げるマルチネス。少年時代、たまたま見たパイレーツとオリオールズのワールドシリーズ(1979年)が、マルチネスを野球の世界に導いた。プエルトリコのアメリカン大学を卒業後の1982年12月にマリナーズと契約を交わした。

1984年、1Aワウソウで126試合に出場し、打率.303、15HR、66打点と好成績をマーク。翌1985年は2Aチャタヌガで開幕を迎えるが、シーズン後半には3Aカルガリーへ昇格するなど順調な成長曲線を描いていた。1986年は2Aでフルシーズン過ごし、打率.264、6HR、74打点をマーク。そして、1987年には3Aで129試合に出場し、チームトップとなる打率.329をマーク。この年の9月に入って、待望のメジャー昇格を果たしたのである。3Aのプレーオフが始まるという中でのメジャー昇格だったが、マルチネスは代走としてメジャーデビューを飾った。メジャー初ヒットは2日後に飛び出し、それは3塁打だった。ちなみにこの頃のマルチネスは、プロ入りから一貫してサードを守っていたのだ。

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Dale MURPHY(デール・マーフィー)

Major League Baseball

#3 デール・マーフィー(Dale MURPHY) | OF

デール・マーフィー

  • 1974年6月ドラフト・ブレーブス1位(全米5番目)
  • 1956年3月12日生 右投右打 193センチ 95キロ
  • オレゴン州出身

選手の紹介文
2年連続シーズンMVPに輝いたデール・マーフィー。1980年代のブレーブスを支えた選手であるデール・マーフィー。1982年、1983年と2年連続でMVPに輝くほどの強打を誇った。「30-30」を達成する足の早い面も見せ、さらに5年連続ゴールドグラブ賞を受賞するなどオールラウンドなプレーを見せた。しかし、長い現役生活の中でワールドシリーズの出場経験のない点が惜しまれる。

オレゴン州に生まれたマーフィーは、両親の薦めもあり幼き日からリトルリーグで野球を始めた。高校時代には長身の強肩捕手として名を馳せ、打っては打率.400をマークするだけの高い打撃能力を見せたのである。高校卒業時の1974年、ブレーブスから全米5番目となる1位指名を受けて、プロ入りを決めた。次代のジョニー・ベンチと言われるなど捕手としての評価が高かったのである。ルーキーリーグで歩みを始めるマーフィーは捕手としての育成方針が優先しており、打撃面は二の次になっていた。

1976年、1Aサバンナでは104試合に出場し、打率.267、12HR、55打点を挙げ、シーズン後半には3Aからメジャーへと一気に駆け上ったのである(メジャーでは19試合にだけ出場)。投手のマーフィーには捕手として致命的な送球難の問題に苦しんでいた。1977年、3Aリッチモンドでは127試合の出場で打率.305、22HR、90打点と打撃面で光る数字を残した。メジャーでは18試合に出場し、打率.316、2HR、14打点と非凡な数字を残したこともあり、打撃面をより生かすため、捕手からファーストへのコンバートが決まったのである。

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Dave STEWART(デーブ・スチュワート)

Major League Baseball

#34 デーブ・スチュワート(Dave STEWART) | SP

デーブ・スチュワート

  • 1975年6月ドラフト・ドジャース16位(全米384番目)
  • 1957年2月19日生 右投右打 187センチ 91キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
30歳以降で4年連続20勝を記録したスチュワート。結果を残せない日々が続いたが、突如ブレイクして4年連続20勝を達成したデーブ・スチュワート。捕手から投手に転向し、紆余曲折を経てメジャーリーグを代表する投手にまで成長した。晩年は優勝請負人と呼ばれるほどの勝負強い投球を見せて、リーグチャンピオンシップシリーズ8勝はメジャートップの記録である。

カリフォルニア州オークランドに生まれ育ったスチュワート。高い運動能力を持っており、野球以外にもアメリカンフットボール、バスケットボールでも際だった成績を残していた。野球では強肩を売りとする捕手としてアメリカ代表にも選出されており、その他のスポーツでも一目置かれた存在だったのである。

奨学生として大学進学を考えていたが、1975年ドラフトでドジャースから16位指名を受けたことでスチュワートの運命は変わったのである。悩んだあげくプロ入りの道を選ぶことになる。ドジャースとしては捕手として指名したはずのスチュワートだったが、スチュワート自身は投手への転向を希望し、投手としてキャリアを重ねることになったのである。

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