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最多勝

Catfish HUNTER(キャットフィッシュ・ハンター)

Major League Baseball

#27 キャットフィッシュ・ハンター(Catfish HUNTER) | SP

キャットフィッシュ・ハンター

  • 1964年アスレティックスと契約
  • 1946年4月8日生 右投右打 183センチ 88キロ
  • ノースカロライナ州出身

選手の紹介文
剛速球を持っているわけではないが、本格派投手として活躍したハンター。強気な投球で世界一を5度も経験したキャットフィッシュ・ハンター。FA制度が制定される前にFAとなったことでも知られる選手である。剛速球投手でも変化球投手でもなかったが、コーナーを丹念に付く本格派投手として名を挙げた。若くして完全試合を達成し、その後は5年連続20勝を達成するなど、一時代を築いたのである。

ノースカロライナ州で生まれたハンターは若くして投手としての才能を発揮した。高校時代には数多くの球団のスカウトがハンターの元を訪れたが、狩猟に出かけた際、兄が誤ってハンターの足を銃で撃ってしまったのである。これによりスカウトの大半がハンターの元を離れたが、アスレティックスだけがハンターの資質を高く評価し、怪我が癒えれば大丈夫という判断を下し、1964年に契約へと至ったのである。

本名はジェイムズ・ハンターだが、キャットフィッシュ(ナマズ)という愛称が付いたのはアスレティックスのオーナーであるチャールズ・フィンリーのアイデアによるものである。ハンターを売り出すための愛称であり、そう呼ばれるに至るストーリーまで用意する周到さはフィンリーの知恵である。後に口ひげとの関連性が話されることがあったが、むしろ口ひげは後付で、愛称があっての口ひげという方が正確である。

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Dizzy DEAN(ディジー・ディーン)

Major League Baseball

#17 ディジー・ディーン(Dizzy DEAN) | SP

ディジー・ディーン

  • 1930年・カージナルスと契約
  • 1910年1月16日生 右投右打 190センチ 92キロ
  • アーカンソー州出身

選手の紹介文
ナショナルリーグ最後の30勝投手のディーン。長身から繰り出す剛速球を武器に、短期間ではあったが才能を発揮したディジー・ディーン。ディジーとは“変わり者”という意味で子供の頃からそう呼ばれていたという。ビッグマウスぶりが目立つ個性的な選手であった。怪我が元で現役生活は短くなったが、引退後は解説者として存在感を見せたという。

アーカンソー州で生まれ、オクラホマ州で育ったディーン。小学校を中退するなど満足した教育を受けずに育ったという。16歳の頃に陸軍に入ったことで野球の基礎を学ぶことが出来た。1930年、カージナルスの入団テストを受け、3人の打者を3者3球三振とわずか9球で抑えきる剛速球を見せつけた。ディーンのカージナルス入団が決まったのである。

1930年、マイナーのセントジョセフで開幕を迎えると32試合に登板し、17勝(8敗)をマーク。シーズン途中に別のマイナーとなるヒューストンに移り、ここでも14試合の登板で8勝(2敗)。シーズン終盤に1試合だけメジャーに昇格し、1試合にだけ登板。パイレーツを相手に9回を3安打1失点に抑える完投勝利で最高のメジャーデビューを飾ったのである。

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Whitey FORD(ホワイティ・フォード)

Major League Baseball

#16 ホワイティ・フォード(Whitey FORD) | SP

ホワイティ・フォード

  • 1947年1月・ヤンキースと契約
  • 1928年10月21日生 左投左打 178センチ 82キロ
  • ニューヨーク州出身

選手の紹介文
ワールドシリーズ出場11回を誇るフォード。かつてのヤンキース黄金時代を支えた小柄なサウスポーのホワイティ・フォード。多彩な変化球を武器に抜群のマウンド度胸を誇り、大舞台では勝負強かった。通算記録は236勝106敗であり、勝率.690とメジャー最高の数字を残している。ヤンキース一筋にプレーしたが、永久欠番の多いヤンキースの中でも、フォードの背番号16番は投手として唯一の永久欠番となる。

生粋のニューヨークっ子として育ったフォード。比較的裕福な家庭で育ったフォードが本格的に野球を始めたのは高校に入ってからであり、当時はファーストだったという。才能の片鱗に気付いたヤンキースのスカウトが声をかけ、投手への本格的なコンバートを進めたという。その理由としては背が低い点と、普通に投げる球に回転がかかっている点に着目したのだった。

1947年、18歳のフォードはヤンキースのマイナーからプロ生活をスタートさせるといきなり13勝(4敗)をマーク。物怖じしない性格も幸いし、その後も16勝(8敗)、16勝(5敗)と着実に毎年成績を残していき、1950年のシーズン途中にはメジャー昇格を果たしたのである。デビュー戦こそKOされてしまうが、その後は9連勝を挙げるなど周囲の期待に十分すぎるほどの答えを出したのである。なお、ワールドシリーズでも初登板初勝利を飾っている。

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Juan MARICHAL(ホアン・マリシャル)

Major League Baseball

#27 ホアン・マリシャル(Juan MARICHAL) | SP

ホアン・マリシャル

  • 1957年1月・ジャイアンツと契約
  • 1937年10月20日生 右投右打 183センチ 84キロ
  • ドミニカ共和国出身

選手の紹介文
ドミニカ共和国出身として一世を風靡したマリシャル。左足を高く上げてから投げ下ろす豪快な投球フォームで一時代を築いたホアン・マリシャル。速球だけでなく、カーブ、スライダーなど多彩な変化球を武器に、1960年代の10年間に限ればメジャー最多勝(191勝)を挙げている。ドミニカ共和国出身選手としては初めての殿堂入りを1983年に決めており、背番号27番もジャイアンツの永久欠番に指定されている。

ドミニカ共和国に生まれたマリシャルは、子供の頃から投手をやるときは誰に教わるわけでもなく、左足を上げるハイキック投法だったという。下半身が抜群に強いのは生まれつきだったようである。19歳の頃に学校を中退してジャイアンツと契約することになるが、このときの契約金は500ドルと安いものだった。

1958年から1Aミシガンシティでプロ生活をスタートさせると、35試合の登板で21勝8敗、防御率1.87という好成績を残した。さらに翌1959年も1Aスプリングフィールドでは37試合の登板で18勝13敗、防御率2.39と活きのいい投球を見せている。1960年は3Aタコマで開幕を迎えると、ここでも11勝(5敗)を挙げており、7月半ばにはメジャーからお呼びがかかったのである。

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Mordecai BROWN(モデカイ・ブラウン)

Major League Baseball

#* モデカイ・ブラウン(Mordecai BROWN) | SP

モデカイ・ブラウン

  • 1903年・カージナルスと契約
  • 1876年10月19日生 右投両打 178センチ 79キロ
  • インディアナ州出身

選手の紹介文
ハンデキャップを武器にしたモデカイ・ブラウン。幼少時の事故で障害を抱えながらも、20世紀初頭のカブスの黄金時代を支えたエースのモデカイ・ブラウン。自らの障害から「スリーフィンガー(三本指)」と呼ばれたが、これを逆に利用した鋭いカーブを武器に白星を積み重ねたのである。キャリア通算では防御率2.06を記録しており、歴代メジャーでも3位にランクする大記録である。

インディアナ州で生まれたブラウンは、7歳の頃に叔父の農場でトウモロコシ粉砕機に右手を巻き込まれる事故に見舞われ、人差し指を第2関節から切断。小指も第1関節から切断し、中指の先も曲がってしまう痛々しいアクシデントだった。そのアクシデントを背負いながらも野球を続けていた。

1901年のブラウン24歳の頃、マイナー球団と契約。最初はサードを守るスイッチヒッターだったが、右手のハンデを生かしたカーブの切れ味を生かすために投手に転向。そして、メジャーからお呼びがかかるのは1903年のことで、最初はカージナルスと契約したのである。ブラウン、26歳の頃であり、メジャー入りは非常に遅かったと言える。

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Lefty GROVE(レフティ・グローブ)

Major League Baseball

#* レフティ・グローブ(Lefty GROVE) | SP

レフティ・グローブ

  • 1925年・アスレティックスと契約
  • 1900年3月6日生 左投左打 188センチ 79キロ
  • メリーランド州出身

選手の紹介文
アスレティックス3連覇に貢献したグローブ。メジャーリーグの史上最高左腕として名前の挙がるレフティ・グローブ。左腕から繰り出す剛速球は、見えない球としてスモークボールと例えられるほどの威力を発揮した。メジャー入りは25歳と遅かったが、通算勝利数は300勝と大台をクリアしており、存在感は抜群だった。気性の激しい性格で若い頃は制球難にも苦しんだが、年齢と共に熟練度が増し、結果を残し続けた。

メリーランド州に生まれたグローブ。10代半ばには学校を中退し、炭坑などで働き始め、生計を立てることを身につけた。20歳の頃にマイナー球団と契約するが、契約間もなくボルチモアのマイナー球団へと移籍することになった。交換は3500ドルという金銭であり、元の球団はそれを元手にホーム球場にフェンスを取り付けたという。後にグローブはフェンスとトレードされたことを笑い話にしている。

移籍先の球団はインターナショナルリーグ(マイナー)の強豪球団であり、グローブはエースとして活躍。実に1920年から1924年までの5年間に渡って投げ続け、通算で109勝36敗という数字を残している。当時の月給は1000ドルと高く、メジャー弱小球団よりは高かったという。メジャーからもグローブ獲得に動き出すが金額面で合意に至らず、アスレティックスが破格の10万600ドルという契約金を用意し、グローブのメジャー入りが決まったのである。

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Grover ALEXANDER(グローバー・アレクサンダー)

Major League Baseball

#* グローバー・アレクサンダー(Grover ALEXANDER) | SP

グローバー・アレクサンダー

  • 1911年・フィリーズと契約
  • 1887年2月26日生 右投右打 185センチ 84キロ
  • ネブラスカ州出身

選手の紹介文
メジャー史上3位タイの373勝を挙げているアレクサンダー。波乱に富んだ野球人生を送りながら、鉄腕ぶりを発揮したグローバー・アレクサンダー。名前が長いことから「ピート」と呼ばれたり、驚異的な投球から「アレクサンダー大王」などと呼ばれていた。7年連続投球回数300回以上投げる馬力を見せ、その中でも3年連続30勝をマークし、最終的にはメジャー史上3位タイとなる373勝を挙げている。

ネブラスカ州にて生まれたアレクサンダー。13人兄弟の中で育ち、野球の才能を磨いていくのである。1907年には月50ドルで投手としてセミプロ球団と契約した。しかし、順調な成長曲線を描くことは出来ず、試合中に走者としてランニング中に野手の送球が頭に当たってしまい昏睡状態に陥ってしまった。一時は生死の境をさまよいながらも何とか回復したのである。

復帰後も後遺症に悩まされた。さらに一旦契約したチームでは打撃投手を任された際、打者の脇腹に投球を当てたことが原因で解雇される不運もあった(打者は監督であり、骨折したという)。1909年には別のチームで15勝(8敗)を挙げてきっかけを掴むと、1910年には完全復活し、15完封を含むシーズン29勝(14敗)という成績を残したのである。そして、フィリーズと750ドルで契約合意に至り、アレクサンダーのメジャー生活は始まることになる。

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Walter JOHNSON(ウォルター・ジョンソン)

Major League Baseball

#* ウォルター・ジョンソン(Walter JOHNSON) | SP

ウォルター・ジョンソン

  • 1907年・セネタースと契約
  • 1987年11月6日生 右投右打 185センチ 89キロ
  • カンザス州出身

選手の紹介文
ビッグ・トレインと呼ばれるウォルター・ジョンソン。メジャー史上2位となる通算417勝をマークしているウォルター・ジョンソン。無類の剛速球を武器に奪三振の山を築き、「ビッグ・トレイン/The Big Train(人間機関車)」という愛称で呼ばれた。弱小球団セネタースにキャリアを捧げたこともあり、仮に強い球団に入っていたならより多くの白星を挙げていたに違いない。

カンザス州に生まれたジョンソンは子供の頃にカリフォルニア州に移住。野球を始めたのは14歳と遅かったが、その強肩は早い段階で注目を浴びた。最初のポジションは捕手であったが、投手転向後、高校時代には1試合27奪三振という記録も残しているという。卒業後、アイダホ州のセミプロ球団で投げていたジョンソンへ最初に声をかけたのはパイレーツだった。

入団テストへの参加を求められ、合否を問わず帰りの電車賃を求めたジョンソンに対し、パイレーツはノーと言った。そのタイミングでセネタースからの声がかかったのである。セネタースは入団テストに落ちても帰りの電車賃を払うことを約束し、ジョンソンはワシントンに向かった。そして実力が認められ、1907年、セネタースと契約したのである。

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