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監督

Cap ANSON(キャップ・アンソン)

Major League Baseball

#* キャップ・アンソン(Cap ANSON) | 1B, Mgr

キャップ・アンソン

  • 1871年・フォーレストシティーズと契約
  • 1852年4月17日生 右投右打 183センチ 103キロ
  • アイオワ州出身

選手の紹介文
19世紀のメジャーリーグを代表する選手だったアンソン。メジャーリーグ創世記となる19世紀に選手、そして兼任監督として実績を残したキャップ・アンソン。史上初となる3000本安打を達成した選手として知られている。活躍の場は19世紀の間だけだったが、現代にも伝わっている野球戦術のいくつかをも生み出している。一方で、人種差別を球場に持ち込んだ面もあり、評価は二分されている。

アイオワ州に生まれたアンソンは、本名をエイドリアン・コンスタンチン・アンソンという。後に強烈なリーダーシップを見せたことからキャップという愛称で呼ばれるようになる。アンソンが生まれた時点でまだメジャーリーグは存在しなかったが、いくつかのノンプロ球団が群雄割拠している状態だった。アンソンも若くしてその中の球団でプレーを始めることとなる。

1871年にナショナルアソシエーションが創立され、ここからメジャーリーグの歴史が始まることとなる(ナショナルアソシエーションが、現在も続くナショナルリーグの前身とされている)。その中でイリノイ州に本拠を構えるロックフォード・フォレストシティーズと契約を交わしたアンソンは、まだ19歳だった。するとシーズンでは25試合に出場し、打率.325に加え、リーグ最多の11本の2塁打を放つ非凡さを見せている。しかし、チームは最下位(4勝21敗で勝率.160)に終わり、この年限りでチームは消滅した。

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Gil HODGES(ギル・ホッジス)

Major League Baseball

#14 ギル・ホッジス(Gil HODGES) | 1B, Mgr

ギル・ホッジス

  • 1943年・ドジャースと契約
  • 1924年4月4日生 右投右打 185センチ 90キロ
  • インディアナ州出身

選手の紹介文
ドジャースのスラッガーとして、7年連続100打点をマークしたホッジス。ブルックリン時代からロサンゼルス移転後までドジャースの主力打者として活躍したギル・ホッジス。ドジャース念願の初の世界一(1955年)に貢献。メッツが新球団として誕生するとその創立メンバーとしてプレーした。後にメッツ監督として初の世界一(1969年)をもたらすなど、一時代を築いたのである。

インディアナ州に炭鉱者の息子として生まれたホッジス。その後、ピータースバーグに移転したが、幼少時から高い運動能力を見せた。高校時代には野球だけでなく、フットボール、バスケットボール、陸上競技で結果を残している。高校卒業時の1941年にタイガースから誘われるが、大学へ進学の道を選んだ。

1943年にドジャースと契約を交わし、この年はメジャーで1試合にだけ出場。この時のポジションはサードだった。翌年から徴兵により戦地に赴き、メジャーに戻ってくるのは1947年のこと。ちょうどドジャースにはジャッキー・ロビンソンがデビューしたばかりのことであり注目が集まる中で、ホッジスは28試合に出場している(この時は捕手だった)。チームがリーグ優勝したこともあり、ワールドシリーズの舞台にも1打席にだけ立ち、三振している(シリーズはヤンキースの前に敗れた)。

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Mike SCIOSCIA(マイク・ソーシア)

Major League Baseball

#14 マイク・ソーシア(Mike SCIOSCIA) | C, Mgr

マイク・ソーシア

  • 1976年ドラフト・ドジャース1位(全米19番目)
  • 1958年11月27日生 右投左打 188センチ 90キロ
  • ペンシルベニア州出身

選手の紹介文
1988年ポストシーズンでは値千金の同点HRを放ったソーシア。現役時代はドジャース一筋の捕手、引退後はエンゼルス監督として存在感を発揮しているマイク・ソーシア。選手として2度、監督として1度の世界一経験を持っていることもあり、確固たる地位を築いている。さらに監督としての契約を2018年まで延長するなど、今後の活躍も見逃せない。

ペンシルベニア州に生まれたソーシアは高校卒業時の1976年ドラフトで、ドジャースから1位指名(全米19番目)という高い評価を得て、プロへの扉を開いた。ちょうどこの年のシーズン終盤からトミー・ラソーダがドジャース新監督となるなど、生まれ変わりが求められる時期のプロ入りだったのである。

指名された年から1Aでプレーを始め、捕手としての経験を積み重ねた。1978年には19歳にして2Aサンアントニオへと昇格するも怪我により、わずか58試合にしか出場できなかった。翌1979年には3Aアルバカーキへと舞台を移し、143試合の出場で打率.336をマークするなど高い打撃センスも見せた。

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Lou PINIELLA(ルー・ピネラ)

Major League Baseball

#14 ルー・ピネラ(Lou PINIELLA) | OF, Mgr

ルー・ピネラ

  • 1962年・インディアンズと契約
  • 1943年8月28日生 右投右打 188センチ 90キロ
  • フロリダ州出身

選手の紹介文
ヤンキースの一員として1970年代後半から活躍したピネラ。選手としても監督としても世界一を経験しているルー・ピネラ。個性的な選手が溢れる1970年代後半のヤンキースで外野の一角を守り、監督としては幾多の球団を渡り歩きながら結果を残している。闘将と呼ばれるに相応しく、審判に対する激しい抗議は見物の一つになっている。

フロリダ州タンパに生まれたピネラ。幼少時には同郷のトニー・ラルーサとも一緒に野球をしたことがあるという(ピネラの方がラルーサより1歳上)。野球だけではなくバスケットボールの才能も持っており、高校時代にはバスケットボールの全米代表に選ばれている。高校卒業後となる1962年にはにはインディアンズと契約を交わし、野球の道を選ぶこととなった。

マイナーリーグで野球をしながら、大学にも進学。大学選手としては野球で全米代表に選ばれるほど活躍。一方、マイナーリーグでは1962年はインディアンズ傘下でプレーし、翌1963年からマイナーリーグドラフトによりセネタースに移籍。セネタース傘下の1Aで、19歳のピネラは143試合に出場し、打率.310、16HR、77打点と非凡な数字を残し、その将来が嘱望されたのである。

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Leo DUROCHER(レオ・ドローチャー)

Major League Baseball

#2 レオ・ドローチャー(Leo DUROCHER) | Mgr

レオ・ドローチャー

  • 1925年・ヤンキースと契約
  • 1905年7月27日生 右投右打 178センチ 72キロ
  • マサチューセッツ州出身

選手の紹介文
監督生活はドジャースから始まったドローチャー。熱血漢溢れる監督として、通算2008勝を記録しているレオ・ドローチャー。選手としては守備を売りとしており、打撃面も含めるとスター選手ではなかった。しかし、監督兼任選手から専任監督となり、幾つかの球団を渡り歩いた。1954年にはジャイアンツを世界一に導いている。日本のプロ野球で指揮を執る可能性もあったのである。

マサチューセッツ州に生まれたドローチャーは1925年、ヤンキースと契約を交わした。まだ19歳だったドローチャーだが、契約したその年にヤンキースで2試合だけ出場している。2年間マイナーで暮らした後、1928年にヤンキースのロースターに定着した。ちょうどベーブ・ルースルー・ゲーリッグが君臨していた頃のヤンキースに名を連ねたのである。

強打を売りにするヤンキース打線の中で非力なドローチャーは逆の意味で目立っていた。気が強いドローチャーはルースとそりが合わず、時計を盗まれた盗まれてないで一悶着起こすなど犬猿の仲となったという。そんな中でヤンキース監督のミラー・ハギンズは若いドローチャーに監督としての資質を見ていたという。

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Davey JOHNSON(デーブ・ジョンソン)

Major League Baseball

#15 デーブ・ジョンソン(Davey JOHNSON) | 2B, Mgr

デーブ・ジョンソン

  • 1962年・オリオールズと契約
  • 1943年1月30日生 右投右打 185センチ 82キロ
  • フロリダ州出身

選手の紹介文
メッツ監督として1986年には世界一を経験したジョンソン。選手としても監督としても結果を残しているデーブ・ジョンソン。セカンドベースマンとして、シーズン42HRというメジャータイ記録も作っており、日本プロ野球でのプレー経験もある。監督としてはメッツ時代に世界一を経験。数球団を渡り歩き、現在はオリンピック代表監督、WBC監督として、責任も追う立場となっている。

フロリダ州に生まれたジョンソンは高校卒業時にオリオールズと契約を交わした。大学へも通いながらマイナーリーグでプレーを続けたのである。契約したばかりの1962年には、1Aで97試合に出場し、打率.309、10HR、63打点という数字を残している。1963年には20歳の若さで2Aから3Aへと駆け上がった。

1964年は3Aで155試合に出場し、打率.264、19HR、73打点という数字を残した。翌1965年は3Aで開幕を迎えるが、4月半ばにはメジャー昇格を果たした。当時のオリオールズはブルックス・ロビンソンが君臨し、ブーグ・パウエルも主砲として地位を固めつつある時期だった。その中でジョンソンはメジャーでわずか20試合に出場するのみだったが、本来のセカンドの他にサード、ショートも守っている。

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Tommy LASORDA(トミー・ラソーダ)

Major League Baseball

#2 トミー・ラソーダ(Tommy LASORDA) | Mgr

トミー・ラソーダ

  • 1945年・フィリーズと契約
  • 1927年9月22日生 左投左打 178センチ 79キロ
  • ペンシルベニア州出身

選手の紹介文
ドジャースの愛すべき存在だったラソーダ。「俺の体にはドジャーブルーの血が流れている」という名言を語ったトミー・ラソーダ。選手生活は0勝4敗の左腕投手だったが、ドジャース監督を20年間も務め、数多くの名選手の活躍をサポートした。ユーモア溢れるキャラクターは多くのファンに愛され、引退後もオリンピック代表の指揮を務めるなど精力的に動いている。

ペンシルベニア州に生まれたラソーダはイタリア系の両親の元に育ったという。高校卒業後の1945年にフィリーズと契約。左腕投手としてプロキャリアをスタートするが、1946年と1947年は兵役で戦線を離れた。1948年にマイナーリーグでマウンドに戻ってくると、6月1日の試合で延長15回を投げきって25奪三振という快投を見せた。大記録を作った続く2試合の登板でも15奪三振、13奪三振をそれぞれ記録している。

1949年以降はドジャース傘下に移り、マイナーリーグで経験を重ねることになる。ドジャースのマイナーのトップリーグであるモントリオールに昇格したのは1950年からのことである。1953年には17勝(8敗)を挙げて、リーグの最多勝投手となった。1954年8月にブルックリンに本拠を構えていたドジャースに昇格を果たしたのである。

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Walter ALSTON(ウォルター・オルストン)

Major League Baseball

#24 ウォルター・オルストン(Walter ALSTON) | Mgr

ウォルター・オルストン

  • 1935年・カージナルスと契約
  • 1911年12月1日生 右投右打 188センチ 85キロ
  • オハイオ州出身

選手の紹介文
ドジャース悲願の世界一に初めて導いたオルストン。23年間に渡りドジャースの監督を務めたウォルター・オルストン。なかなか世界一に縁のない悲運の球団だったドジャースに初めて栄冠をもたらした監督がオルストンである。選手としてはわずか1打席しか立っていないながらも、監督としては華々しい実績を作り上げたのである。ドジャースのロサンゼルス移転は、オルストンの手腕により成功に導かれたと言っても過言ではない。

オハイオ州に生まれたオルストンはマイアミ大学在学中は野球とバスケットボールのチームでキャプテンを務めるなど、リーダーシップを発揮する存在だった。1935年にカージナルスと契約を結び、プロとしてのキャリアをスタートさせると、翌1936年のシーズン終盤にメジャー昇格を果たしたのである。

メジャーデビューは、強打者として知られるジョニー・マイズと交代する形での出場だった。打席には1度だけ立って三振。守備機会は2回あり、エラーを1個だけ記録。この年の出場機会はこれだけだったが、メジャーリーガーとして残した数字はこれが全てということになってしまう。翌年からはマイナーリーグにずっと籍を置く形になってしまった。

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