Home > Tags > 首位打者

首位打者

Paul WANER(ポール・ウェイナー)

Major League Baseball

#11 ポール・ウェイナー(Paul WANER) | OF

ポール・ウェイナー

  • 1926年・パイレーツと契約
  • 1903年4月16日生 右投右打 174センチ 69キロ
  • オクラホマ州出身

選手の紹介文
「ビッグ・ポイズン」と呼ばれたポール・ウェイナー。1920年代後半から1930年代にかけて、パイレーツの中心選手として活躍したポール・ウェイナー。首位打者を獲得すること3回、シーズン200本安打を達成すること8回と一時代を築いた名選手である。ポールは「ビッグ・ポイズン」と呼ばれ、実弟ロイド・ウェイナーは「リトル・ポイズン」と呼ばれていた。なお、ポールの付けていた背番号11番は、パイレーツの永久欠番に指定されている。

オクラホマ州に生まれたポールは、3歳年下の弟ロイドと共に野球を楽しんでいた。幼い日から非凡な才能を見せていたが、姉のアルマが一番打撃の才能があったと後に語るほど、才能に満ち溢れた家族に育ったという。1925年にはマイナー球団であるサンフランシスコ・シールズで打率.401をマークし、パイレーツと契約を交わすに至った。

1926年から早くもパイレーツの外野の一角を占め、144試合に出場したポール。打率.336、8HR、79打点という新人らしからぬ成績を残したわけだが、出塁率(.413)、3塁打数(22本)はいずれもリーグトップだった。なお、打率はリーグ5位だったが、当時は100試合以上に出場しただけで規定打席に達したとされており、現代の基準で言えばポールが首位打者となるのである(この年、ポールを首位打者と換算する説もある)。

Continue reading

Cap ANSON(キャップ・アンソン)

Major League Baseball

#* キャップ・アンソン(Cap ANSON) | 1B, Mgr

キャップ・アンソン

  • 1871年・フォーレストシティーズと契約
  • 1852年4月17日生 右投右打 183センチ 103キロ
  • アイオワ州出身

選手の紹介文
19世紀のメジャーリーグを代表する選手だったアンソン。メジャーリーグ創世記となる19世紀に選手、そして兼任監督として実績を残したキャップ・アンソン。史上初となる3000本安打を達成した選手として知られている。活躍の場は19世紀の間だけだったが、現代にも伝わっている野球戦術のいくつかをも生み出している。一方で、人種差別を球場に持ち込んだ面もあり、評価は二分されている。

アイオワ州に生まれたアンソンは、本名をエイドリアン・コンスタンチン・アンソンという。後に強烈なリーダーシップを見せたことからキャップという愛称で呼ばれるようになる。アンソンが生まれた時点でまだメジャーリーグは存在しなかったが、いくつかのノンプロ球団が群雄割拠している状態だった。アンソンも若くしてその中の球団でプレーを始めることとなる。

1871年にナショナルアソシエーションが創立され、ここからメジャーリーグの歴史が始まることとなる(ナショナルアソシエーションが、現在も続くナショナルリーグの前身とされている)。その中でイリノイ州に本拠を構えるロックフォード・フォレストシティーズと契約を交わしたアンソンは、まだ19歳だった。するとシーズンでは25試合に出場し、打率.325に加え、リーグ最多の11本の2塁打を放つ非凡さを見せている。しかし、チームは最下位(4勝21敗で勝率.160)に終わり、この年限りでチームは消滅した。

Continue reading

Willie KEELER(ウィリー・キーラー)

Major League Baseball

#* ウィリー・キーラー(Willie KEELER) | OF

ウィリー・キーラー

  • 1892年・ジャイアンツと契約
  • 1872年3月3日生 左投左打 164センチ 64キロ
  • ニューヨーク州出身

選手の紹介文
卓越した打撃技術は一目置かれていたキーラー。19世紀から20世紀初頭にかけて、安打製造機という名を馳せたウィリー・キーラー。非常に小柄な選手ではあったが、8年連続200本安打を記録するなど、HRが乱れ飛ぶ前の時代を代表する選手だった。ヒットの大半がシングルヒットであり、そこからちっぽけなことを意味する「ウィー(Wee)」と呼ばれていた。

ニューヨーク州ブルックリンに生まれたキーラー。父親は当時のブルックリンの売りのひとつであるトロリー馬車の運転手を務めていたという。幼少時から野球に親しみ、俊敏な動きを見せていたキーラーは、1892年に当時のマイナーリーグに位置するイースタンリーグのビンガムトンと契約し、プロへの階段を昇り始めた。当時は左投げでありながらサードを守っていたのである。

ビンガムトンでは93試合の出場で、リーグトップの打率.373をマーク。シーズン終盤にメジャーリーグのジャイアンツへと契約金800ドルで引っ張られた(ジャイアンツでは13試合に出場し、打率.306をマーク)。翌1893年もジャイアンツでプレーするが、最初の7試合に出場した時点で怪我での離脱。その後、ブルックリン・グライドグルームス(現在のドジャース)へと放出された。この時のポジションはショートストップだった。

Continue reading

Bill MUELLER(ビル・ミラー)

Major League Baseball

#11 ビル・ミラー(Bill MUELLER) | 3B

ビル・ミラー

  • 1993年6月ドラフト・ジャイアンツ15位(全米414番目)
  • 1971年3月17日生 右投両打 178センチ 82キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
2003年には突如首位打者のタイトルを獲得しているミラー。レッドソックス移籍後に首位打者獲得、さらには86年ぶりの世界一にも貢献したビル・ミラー。スイッチヒッターのサードベースマンとして伸び悩んでいた感があったもののレッドソックス入りが転機となった。1試合で左右両打席から満塁HRを打つ快挙も達成。しかし、晩年は膝手術の影響で早くにして現役を退いている。

ミズーリ州に生まれたミラー。祖父がドイツからの移民であり、スペリングからはミューラーと呼ぶのだが、アメリカに移ってきたときに発音をミラーと変更した(しかし、スペリングは変えず)。よって祖父の意志をずっと引き継いでいるのが現状である。そして、大学時の1993年ドラフトでジャイアンツから15位指名(全米414番目)を受けて、プロ入りを決めたのである。

契約後に1Aエバレットへ参加すると、主にセカンドを守り58試合の出場で打率.300をマーク。非凡な打撃センスを見せたのである。1994年は上のランクの1Aサンホゼに昇格すると、サードへとポジションを移し、ここでも120試合に出場。打率.302と十分な数字を残した。この年の3塁打数(9本)、出塁率(.435)はいずれもリーグトップであるなど、自らの評価を高めたのである。

Continue reading

Paul O’NEILL(ポール・オニール)

Major League Baseball

#21 ポール・オニール(Paul O’NEILL) | OF

ポール・オニール

  • 1981年6月ドラフト・レッズ4位(全米93番目)
  • 1963年2月25日生 左投左打 193センチ 98キロ
  • オハイオ州出身

選手の紹介文
レッズで1度、ヤンキースで4度も世界一を経験しているオニール。確実性のある高い打撃能力で、ヤンキース黄金時代を呼び寄せたポール・オニール。1994年には首位打者のタイトルを獲得している。毎年のように安定した一定の数字を残し続けたプレースタイルは現役を退いてからも、ファンから熱烈な支持を受けた。ヤンキースの背番号21番は聖域のような形になっている。

オハイオ州に生まれたオニールは家族揃って地元レッズの大ファンだった。幼少時には1970年までレッズが本拠地としていたクロースリーフィールドにも足を運んでいる。そんなオニールの憧れはレッズと対するパイレーツのロベルト・クレメンテだった。後に同じ背番号21番を付けて、ライトを守ることとなる。

高校卒業時の1981年ドラフトで、地元レッズから4位指名(全米93番目)を受けて、プロ入りを決めた。走攻守揃った外野手というのが当時の評判で、指名されたその年はルーキーリーグで66試合に出場し、打率.315をマークするなど非凡な打撃センスを見せている。その後は1A、2Aで経験を積み重ねるが、しばらくは打率.270周辺に停滞していた。

Continue reading

John OLERUD(ジョン・オルルド)

Major League Baseball

#5 ジョン・オルルド(John OLERUD) | 1B

ジョン・オルルド

  • 1989年6月ドラフト・ブルージェイズ3位(全米79番目)
  • 1968年8月5日生 左投左打 196センチ 98キロ
  • ワシントン州出身

選手の紹介文
かつては8月まで打率4割を維持する打撃を見せたこともあるオルルド。マイナーリーグを経験しないままメジャーに定着した選手として名の挙がるジョン・オルルド。1993年には打率4割への期待を抱かせる打撃で、首位打者のタイトルを獲得している。打撃時だけでなく、守備時もヘルメットをかぶっており、これはプロ入り前に受けた脳の手術による古傷を守るためである。

ワシントン州に生まれたオルルドはその高い野球センスにより、高校卒業時にはメッツから27位指名(全米682番目)を受けるが、この時は大学進学を選択した。大学2年生時には、打者として打率.464、23HR、81打点を挙げれば、投手としても15勝0敗、防御率2.49という桁違いの成績を残した。ファーストとしても投手としても評価を高めたのである。

しかし1989年1月、頭痛を訴えたオルルドはそのまま入院。クモ膜下出血により、動脈に関する大手術を行った。その後、無事に戦線復帰するが、不安の種を抱えることとなる。1989年のドラフトでは本来であれば上位指名が予想されたが、手術の影響もあり、ブルージェイズからの3位指名(全米79番目)に留まってしまった。評価が分かれる中で、GMパット・ギリックが大きな決断をしたのである。

Continue reading

Andres GALARRAGA(アンドレス・ガララーガ)

Major League Baseball

#14 アンドレス・ガララーガ(Andres GALARRAGA) | 1B

アンドレス・ガララーガ

  • 1979年1月・エクスポズと契約
  • 1961年6月18日生 右投右打 190センチ 110キロ
  • ベネズエラ出身

選手の紹介文
全打撃タイトルを獲得したことのある強打者ガララーガ。大きな体にしては軽快な動きを見せることから、「ビッグキャット」という可愛らしい愛称で呼ばれるアンドレス・ガララーガ。新球団ロッキーズへ移籍後に強打者としての才能が花開き、HR数が急増。晩年に癌治療を乗り越えて復活を果たしたこともあった。通算HR数は399本のままで止まってしまい、大台へは届かなかった点が悔やまれる。

ベネズエラの首都カラカスで生まれたガララーガは1978年、国内リーグに参加することでプロとしてのキャリアをスタートさせた。捕手やサード、ファーストを守るユーティリティぶりをみせていたが、徐々にポジションはファーストに落ち着いたという。そして高い打撃能力が評価され、1979年1月にエクスポズと契約を交わすに至った。18歳のガララーガは契約金1000ドルを手にしている。

ルーキーリーグからスタートすると、最初は本職のファーストの他に、捕手や外野、サードなども守りながら経験を積み重ねていったのである。そしてファーストに定着した1984年、2Aジャクソンビルで143試合に出場し、打率.289、27HR、87打点を記録する活躍を見せて、このリーグのMVPを獲得している。

Continue reading

Freddy SANCHEZ(フレディ・サンチェス)

Pittsburgh PIRATES

#12 フレディ・サンチェス(Freddy SANCHEZ) | 2B

フレディ・サンチェス

  • 2000年6月ドラフト・レッドソックス11位(全米332番目)
  • 1977年12月21日生 右投右打 178センチ 84キロ
  • カリフォルニア州出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 2006  Pit  157  582   85  200  53   2   6   85   52   31    3  .378 .473  .344
 2007  Pit  147  602   77  183  42   4  11   81   76   32    0  .343 .442  .304
 2008  Pit  145  569   75  154  26   2   9   52   63   21    0  .298 .371  .271
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total      622 2275  302  683 149  12  31  259  241  113    5  .336 .417  .300

選手の紹介文
正式にレギュラーとなった2006年には首位打者となったサンチェス。過去には首位打者に輝いたこともあるほどの巧打力を持つフレディ・サンチェス。一躍チームの顔的な存在となるが、怪我を抱えてのプレーが続き、成績は下降してきている。2009年は2年間1100万ドルという契約の最終年ということで、身の振りも含めて、その動向が注目される。

カリフォルニア州で生まれたサンチェスは先天性内反足を煩っており、将来は歩けなくなるのではないかとも言われていた。しかし、幼少時に手術を受けて、その後の懸命なリハビリもあり、それを克服したのである。すると高校時代には野球で指折りの選手に成長。障害を克服した選手としてはまさに奇跡的な活躍を見せたのである。

高校3年時には打率.419をマークして、リーグのMVPにも輝いた。卒業時の1996年ドラフトではブレーブスから30位指名(全米902番目)を受けて、それを拒否している。後にサンチェスが高校時代に付けていた背番号21番が永久欠番になるほど、印象的な結果を残したのである。ショートストップとして将来を嘱望されており、大学への進学の道を選んだ。

Continue reading

Home > Tags > 首位打者

ナショナルリーグ・球団情報
アトランタ・ブレーブス(Atlanta BRAVES) フロリダ・マーリンズ(Florida MARLINS) ニューヨーク・メッツ(New York METS) フィラデルフィア・フィリーズ(Philadelphia PHILLIES) ワシントン・ナショナルズ(Washington NATIONALS) シカゴ・カブス(Chicago CUBS) シンシナティ・レッズ(Cincinnati REDS) ヒューストン・アストロズ(Houston ASTROS) ミルウォーキー・ブリュワーズ(Milwaukee BREWERS) ピッツバーグ・パイレーツ(Pittsburgh PIRATES) セントルイス・カージナルス(St.Louis CARDINALS) アリゾナ・ダイヤモンドバックス(Arizona DIAMONDBACKS) コロラド・ロッキーズ(Colorado ROCKIES) ロサンゼルス・ドジャース(Los Angeles DODGERS) サンディエゴ・パドレス(San Diego PADRES) サンフランシスコ・ジャイアンツ(San Francisco GIANTS)
アメリカンリーグ・球団情報
ボルチモア・オリオールズ(Baltimore ORIOLES) ボストン・レッドソックス(Boston RED SOX) ニューヨーク・ヤンキース(New York YANKEES) タンパベイ・レイズ(Tampa Bay RAYS) トロント・ブルージェイズ(Toronto BLUE JAYS) シカゴ・ホワイトソックス(Chicago WHITE SOX) クリーブランド・インディアンズ(Cleveland INDIANS) デトロイト・タイガース(Detroit TIGERS) カンザスシティ・ロイヤルズ(Kansas City ROYALS) ミネソタ・ツインズ(Minnesota TWINS) ロサンゼルス・エンゼルス(Los Angeles ANGELS) オークランド・アスレティックス(Oakland ATHLETICS) シアトル・マリナーズ(Seattle MARINERS) テキサス・レンジャーズ(Texas RANGERS)
カレンダー
« 2012 年 2 月 »
M T W T F S S
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29        
Amazon.co.jp
タグクラウド
QRコード
Circle Change QRcode
メタ

Return to page top