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Oakland ATHLETICS(オークランド・アスレティックス)

  • 2008-05-23 (金) 0:23

Oakland ATHLETICSオークランド・アスレティックス
ナショナルリーグに所属していたフィラデルフィアに籍を置いていた球団が、アメリカンリーグ誕生と同時にリーグ移籍。オーナー兼監督としてコニー・マックが50年間も君臨し、その間に9度のリーグ優勝と3度の世界一の栄誉を手にした。カンザスシティの移転を経て、1968年からオークランドへと移転。1972年からワールドシリーズ3連覇を果たせば、1988年からはホゼ・カンセコマーク・マグワイアらを擁して3年連続リーグ優勝を果たし、1989年には世界一となった。個性の強い監督、オーナー、GMなどがアスレティックスの球団史に彩りを加えている。アスレティックスと改称したのは本拠地をフィラデルフィアに移転してからである。

アスレティックス・球団データ

  • 創立 /1901年フィラデルフィア→1955年カンザスシティ→1968年オークランド
  • 世界一 /9回(1910, 1911, 1913, 1929, 1930, 1972, 1973, 1974, 1989)
  • AL・リーグ優勝 /15回(1902, 1905, 1910, 1911, 1913, 1914, 1929, 1930, 1931, 1972, 1973, 1974, 1988, 1989, 1990)
  • AL・西地区優勝 /14回(1971, 1972, 1973, 1974, 1975, 1981, 1988, 1989, 1990, 1992, 2000, 2002, 2003, 2006)
  • AL・ワイルドカード /1回(2001)
  • 本拠地 /マカフィー・コロシアム (1968~) McAFEE Coliseum

アスレティックス・選手データ

# 投手 # 野手 # その他
55 ジョー・ブラントン(SP) 10 ダリック・バートン(1B) ビリー・ビーン(GM)
40 リッチ・ハーデン(SP) 14 マーク・エリス(2B) 53 ボブ・ゲレン(Manager)
57 チャド・ゴーディン(SP) 3 エリック・チャベス(3B)    
58 ジャスティン・デュークシャー(SP) 7 ボビー・クロスビー(SS) 4 エミル・ブラウン(RF)
25 ダナ・イブランド(SP) 32 ジャック・カスト(LF) 11 ダン・ジョンソン(1B)
35 レニー・ディナード(SP) 19 クリス・デノーフィア(CF) 22 ジャック・ハナハン(3B)
29 キース・フォーク(RP) 6 トラビス・バック(RF) 15 ライアン・スウィーニー(RF)
41 アラン・エンブリー(RP) 5 マイク・スウィーニー(DH)    
20 ヒューストン・ストリート(RP) 24 カート・スズキ(C)    

アスレティックス・球団史
背広姿でアスレティックス監督を50年も務めたマック。2度の本拠地移転の結果、西海岸までやってきたオークランド・アスレティックス。数多くの名選手に加え、名物オーナーや名物監督などに彩られ、球団史をユニークに飾っている名門球団である。お金に頼る補強を行ってないのがアスレティックスの特徴で、結果としてはこれまでも黄金期と停滞期を交互に繰り返しているといえるかもしれない。

1901年、アメリカンリーグ創立と同時に誕生したアスレティックスだが、チーム名はかつてのアメリカンアソシエーション(1982年から10年に渡って実在したリーグ)に参加していたフィラデルフィアのチームから引き継いだものである。アスレティックスは、アメリカンリーグ創設時に当時のマイナーリーグだったウエスタンリーグ会長のバン・ジョンソンがフィラデルフィアに球団を置きたいと考え、コニー・マックに声をかけたことから始まる。

マックは19世紀末に捕手としてナショナルリーグでプレーしており、その後はパイレーツの監督やウエスタンリーグのチームの監督を務めていた。そして、アスレティックスの球団創立に共同経営者として協力することになる。チームの4分の1の権利を持つマックが監督となり、アスレティックスの歴史は始まった。マックの監督としてのスタイルは背広で采配を振るうというもので、現在では考えられないスタイルでもある。

創立1年目はリーグ4位に終わったアスレティックスだが、この年に同じフィラデルフィアに本拠を構えている古参のフィリーズから引き抜いたような形で獲得したナポレオン・ラジョイが、打率.422、14HR、125打点で三冠王を獲得。しかし、ラジョイを巡るトラブルは法廷にまで及び、1902年途中にはインディアンズへ放出せざるを得なくなった。

とはいえ1902年シーズンは、カブスから獲得したルーブ・ワッデルが24勝、左腕エディー・プランクが20勝をマークする活躍ぶりで初めてアメリカンリーグの優勝チームとなった。ちなみにこの年まではワールドシリーズがまだ開催されておらず、ナショナルリーグの優勝チームと戦うことはなかった。翌年からワールドシリーズが開催されたが、アスレティックスがワールドシリーズに登場するのは1905年のことである。

猛打で三冠王も獲得したことのあるフォックス。1905年、ワッデルが27勝、プランクが24勝をマークして晴れてリーグ優勝。ワールドシリーズでの対戦相手はジョン・マグロー率いるジャイアンツである。マグローは前年のワールドシリーズでアメリカンリーグ優勝チームのピルグリムスとの対戦を拒否した経緯もあり、開催が危ぶまれたが、周囲の力もあってかろうじて開催にこぎつけた。アスレティックスとしてはエースのワッデルが事故で出場できないアクシデントもある中、ジャイアンツのエースのクリスティー・マシューソンに第1戦、第3戦、第5戦の3試合を完封されてしまい、1勝4敗でジャイアンツに敗れてしまった。

そして1910年、カーブを武器とするジャック・クームズが31勝をマークし、当時の新記録となる53イニング連続無失点記録を樹立し、アメリカインディアン出身のチーフ・ベンダー投手はノーヒッターを達成して、シーズン23勝をマーク。この2人を軸にリーグ優勝を飾ると、カブスとのワールドシリーズではクームズが一人で3勝を挙げる活躍を見せて、アスレティックスは初めて世界一のタイトルを手にした。

当時のアスレティックスは、セカンドのエディー・コリンズ、サードのフランク・ベイカーなどで、10万ドルの内野陣を形成。1911年もリーグ優勝したアスレティックスは、ジャイアンツとのワールドシリーズではマシューソンを打ち砕き、2年連続の世界一に輝いた。このシリーズで2本のHRを放ったベイカーは、「ホームラン・ベイカー」という名前を手にした。

1913年にもアスレティックスは世界一に輝き、4年間で3度の世界一と黄金時代を築き上げたが、選手への年俸が高くなり始めたこともあり、監督であり経営者でもあったマックは主力選手の他チームへの放出を始めた。こうしてアスレティックスは長い冬の時代を迎えることになり、最下位が定位置となった。

メジャー最高の左腕とも言われるグローブ。転機になったのは1925年のことで、アル・シモンズジミー・フォックスミッキー・カクレーンに加え、レフティー・グローブの台頭もあり、久々にリーグ2位に躍り出た。当時はヤンキースが黄金時代を迎えていたこともあり、優勝にはなかなか手が届かなかったが、1929年にはそのヤンキースに大差を付けて、実に15年ぶりのリーグ優勝を飾った。カブスとのワールドシリーズでは2勝1敗で迎えた第4戦、0対8から1イニングに一挙10点を奪う猛攻で逆転し、そのまま世界一の座に躍り出た。

1930年もリーグ優勝を飾ったアスレティックスは、カージナルス相手のワールドシリーズでも4勝2敗で振り切り、2年連続での世界一を手にした。翌1931年、エースのグローブが31勝をマークする好調ぶりで3年連続のリーグ優勝を飾るが、ワールドシリーズでは3勝4敗で敗れてしまう。そして、マックにとってはこの年のシリーズが最後のワールドシリーズとなったのである。この頃から以前のように主力選手の放出が始まり、それと共にチーム力は下降していく。

リーグ3連覇の軸として活躍した捕手のカクレーン、1930年から2年連続の首位打者になっているシモンズを放出。1932年に58HR、169打点で二冠王、翌1933年には打率.356、48HR、163打点で三冠王に輝いたフォックスも放出され、エースのグローブさえも例外ではなかった。その後のアスレティックスは常に低空飛行を続けた。

創立から監督を務めていたマックが、その座を降りたのは1950年のことである。実に50年間も監督を務めたマックの監督としての通算成績は3731勝3948敗である。勝率では5割を割っているが、監督として、さらに経営者としてのマックの手腕は高く評価されている。

マックに代わり監督を務めたのはそれまでコーチだったジミー・ダイクスだったが、結果を残せず観客動員でも苦しんだ。そして、1955年には本拠地をそれまでのフィラデルフィアを離れ、アメリカのヘソと呼ばれるカンザスシティへの移転を決めた。移転1年目はチームの成績こそ6位だったが、観客動員では初めて100万人を突破している。

オークランド移転後に大ブレイクしたジャクソン。1960年、シカゴで保険業で財を成したチャールズ・フィンリーがアスレティックスを買収。指名打者制を提案したり、フェアゾーンの拡大を勧めるなど奇抜なアイデアで、他チームのオーナーと衝突した。その中でもチームは浮上することなく、1968年には西海岸のオークランドへ本拠地を移すことになった。結局、カンザスシティに本拠を構えていた13年間で勝率が5割を越えることは1度もなかった。

1965年から始まったドラフト制度もアスレティックスにとってはプラスとなり、レジー・ジャクソンヴァイダ・ブルーらを獲得することが出来た。そしてオークランドへの移転1年目の1968年には、82勝80敗で勝率5割を突破。2地区制が導入された1969年には、地区2位にまで浮上。長い冬の時代は終わりを告げようとしていた。

1971年にはブルーが24勝、キャットフィッシュ・ハンターが21勝をマークするなど、投手陣の軸が出来上がり、地区優勝を飾るが、リーグチャンピオンシップシリーズではオリオールズの前に3連敗してしまう。翌1972年にはローリー・フィンガーズがクローザーとして揺るぎない安定感を見せ、チームはついにリーグ優勝を果たした。そして、レッズとのワールドシリーズでは主砲ジャクソンを怪我で欠きながらも42年ぶりの世界一の座に輝いた。

1973年も破竹の勢いで勝ち進んだアスレティックス。オーナーのフィンリーのアイデアで選手が口髭を伸ばし始めたこともあり、当時のアスレティックスは「ムスターシュ・ギャング」と恐れられた。ハンター、ブルー、ケン・ホルツマンという3人の20勝投手に加え、二冠王のジャクソンを軸にリーグ優勝を果たし、メッツとのワールドシリーズでは4勝3敗で2年連続世界一となった。

先発からクローザーに転身したエカーズリー。1974年も世界一に輝き、3連覇を達成したアスレティックス。翌1975年はリーグチャンピオンシップシリーズで敗れてしまうが、地区優勝を果たしている。そして、導入されたばかりのFA制度により主力選手が流出し、再びチームは弱体化。1980年には名将ビリー・マーチンを招聘し、積極的な走塁と先発投手をフル回転させる戦術で、翌1981年には地区優勝を果たした。マーチンの采配により、リッキー・ヘンダーソンの盗塁数も飛躍的に伸び、1982年にはメジャー記録となるシーズン130盗塁を記録している。

再度、低迷したアスレティックスは、1986年途中からトニー・ラルーサを監督として迎える。タイミング良く、1986年のホゼ・カンセコ、1987年のマーク・マグワイア、1988年のウォルト・ワイスと3年連続で新人王を輩出。カンセコとマグワイアはバッシュブラザーズとして売り出され、猛打を発揮。特にカンセコは1988年42HRに124打点で二冠王を獲得する一方、40盗塁も記録し、メジャー史上初の「40-40」クラブ入りを果たし、MVPも獲得している。アスレティックスは1988年から3年連続リーグ優勝。4年連続20勝のデーブ・スチュワートに、クローザーのデニス・エカーズリーと個性のある選手が集まり、1989年は世界一に輝いている。

1992年に地区優勝を果たして以降、優勝戦線から遠のいたが、ジェイソン・ジオンビーを軸に2000年に久々に地区優勝を果たす。若手投手陣の台頭が目立ち、2000年にはティム・ハドソンが最多勝、2001年はマーク・マルダーが最多勝、2002年はバリー・ジートがサイヤング賞と最多勝と若手三本柱を形成。ジオンビーは去ったが、2002年にはミゲル・テハダがMVPを受賞し、エリック・チャベスの成長も著しいことから、今後、再び黄金時代を築き上げることは可能である。

一時代を築き上げたバッシュブラザーズ。2001年はマリナーズがシーズン116勝を挙げる快進撃で地区優勝はさらわれたが、ワイルドカードでポストシーズンへ進出。翌2002年は、夏場に破竹の20連勝をマークして地区優勝。若い選手が多いだけに勢いがあるアスレティックスの戦いからは目が離せない。レベルの高い地区の中でも安定した実力を発揮することが出来るだろう。

アスレティックスは象を自らのチームのシンボルとしているが、これは1901年、当時のジャイアンツのマグロー監督がアスレティックスのことをホワイトエレファンツ(白い象)とバカにしたところ、マックはそれを逆手にチームのシンボルに採用し、翌年に初優勝。その後、シンボルを象からロバに変えたことがあったが、1988年に再び象に戻すとそこから3年連続でリーグ優勝を果たすなど、チームにとっては幸運の象となっている。
(近日、大幅更新予定。。。)
<written by Kenji@webmaster>

アスレティックス・各年度別成績一覧

アスレティックス・球団名の変換史

  • Oakland ATHLETICS (1968~現在)
  • Kansas City ATHLETICS (1955~1967)
  • Philadelphia ATHLETICS (1901~1954)

アスレティックス・マイナー組織

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