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St.Louis CARDINALS(セントルイス・カージナルス)

  • 2008-05-22 (木) 23:27

St.Louis CARDINALSセントルイス・カージナルス
1876年にナショナルリーグ創設時に加盟したが一時脱退し、1892年に再加盟。1926年に初のリーグ優勝を飾り、世界一に輝く。1934年には選手全員がユニフォームを汚すほど激しいプレーを演じたことから、「ガスハウス・ギャング」の異名をとった。1980年代には3度のワールドシリーズ進出を果たす。2006年にはシーズン83勝という低勝率ながらポストシーズンを勝ち抜き、球団10度目となる世界一の栄冠を手にしている。ニックネームはブラウンズからパーフェクトズに変わり、1899年に本拠地のセントルイスの州鳥カージナルにちなんでカージナルスに決まる。

カージナルス・球団データ

  • 創立 /1892年セントルイス
  • 世界一 /10回(1926, 1931, 1934, 1942, 1944, 1946, 1964, 1967, 1982, 2006)
  • NL・リーグ優勝 /17回(1926, 1928, 1930, 1931, 1934, 1942, 1943, 1944, 1946, 1964, 1967, 1968, 1982, 1985, 1987, 2004, 2006)
  • NL・中地区優勝 /6回(1996, 2000, 2002, 2004, 2005, 2006)
  • NL・ワイルドカード /0回
  • NL・東地区優勝 /3回(1982, 1985, 1987)
  • 本拠地 /ブッシュスタジアム (1966~) Busch Stadium

カージナルス・選手データ

# 投手 # 野手 # その他
50 アダム・ウェインライト(SP) 25 アルバート・プホルス(1B) ジョン・モゼリアック(GM)
27 カイル・ロース(SP) 7 アダム・ケネディ(2B) 10 トニー・ラルーサ(Manager)
41 ブレイデン・ルーパー(SP) 8 トロイ・グラウス(3B)    
37 トッド・ウェルマイヤー(SP) 3 シーザー・イズタリス(SS) 29 クリス・カーペンター(SP)
48 ブラッド・トンプソン(SP) 16 クリス・ダンカン(LF) 30 マーク・マルダー(SP)
33 マット・クレメント(SP) 24 リック・アンキール(CF) 23 アンソニー・レイエス(SP)
31 ライアン・フランクリン(RP) 55 スキップ・シューマッカー(RF) 35 ジョエル・ピネイロ(SP)
36 ラス・スプリンガー(RP) 4 ヤディア・モリーナ(C) 47 ライアン・ラドウィック(RF)
44 ジェイソン・イズリングハウゼン(RP) 21 ジェイソン・ラルー(C) 12 アーロン・マイルズ(2B)
        43 ホアン・エンカーナシオン(RF)

カージナルス・球団史
これから先が楽しみなプホルス。数多くの名選手を輩出し、ヤンキースに次ぐメジャー史上2位である9度のワールドチャンピオンに輝くセントルイス・カージナルス。人工芝だった球場をファンの投票で天然芝に換えるほどの熱いファンがたくさんいることでも知られる。現在、ブッシュスタジアムの近くに新球場を建設するという話があり、もし完成すればより多くのファンを引きつける魅力的な球場となるだろう。

セントルイスにメジャー球団が誕生したのはナショナルリーグが創立された1876年の事で、初年度は45勝19敗のリーグ2位に終わっている。当時の愛称はブラウンストッキングスといい、ジョージ・ブラッドリーがリーグ史上初のノーヒッターを達成している。しかし、そのブラッドリーをシカゴの球団に奪われた2年目の1877年シーズン、4位に終わるとそのままリーグを脱退した。

1882年にアメリカンアソシエーションが創立されると、ブラウンズという愛称で新たに加盟した。こちらの初年度は37勝43敗の6チーム中の5位に終わっているが、1885年から4年連続でリーグ優勝を果たす。そして、1891年限りでアメリカンアソシエーションが消滅すると、翌1892年からはナショナルリーグに加盟することになった。その後はずっと下位に低迷したが、当時の愛称はパーフェクトズであったが、ユニフォームの縁取りが深紅色(カージナル)だったことから、ファンの間でカージナルスと呼ばれるようになり、1900年からは正式にカージナルスと改称した。

20世紀最初のカージナルスはほぼ優勝とは無縁の位置にいた。チームの流れが変わりつつあったのは、1915年にロジャース・ホーンスビーが加入して以降である。さらに翌1916年にはブランチ・リッキーがカージナルスのフロント入りした。選手としてのリッキーは平凡なものだったが、その才能は指導者となってから、大きく花を開くことになる。

球団史上初の世界一に貢献したホーンスビー。リッキーが監督に就任したのは1919年からであり、監督としてはあまり結果を出したわけではない。この間にリッキーが力を入れたのはファーム制度の充実である。そして、1920年にはホーンスビーが打率.370で初めての首位打者も獲得した。ホーンスビーはこの年から5年連続で首位打者のタイトルを獲得しており、1922年は打率.401、42HR、152打点で三冠王、1924年は20世紀最高打率となる.424をマークし、1925年にも打率.403、39HR、143打点で自身2度目の三冠王となっている。

1925年の5月にはホーンスビーが監督兼任選手となり、リッキーはフロントに戻った。この年こそ4位に終わってしまうが、翌1926年には、すでに39歳となっていたベテラン投手のグローバー・アレキサンダーをシーズン中にウェーバーで獲得。そして、89勝65敗という成績で2リーグ制以降初の優勝を果たした。そして、ワールドシリーズではベーブ・ルースを中心に全盛期を迎えつつあったヤンキースと対戦することになる。

第1戦こそ敗れてしまうが、第2戦では39歳アレキサンダーが4安打2失点に抑える好投で白星を手にした。2勝3敗で迎えた第6戦では再びアレキサンダーが先発し、2失点完投で逆王手をかける。第7戦、3対2で迎えた7回裏に2アウト満塁という大ピンチを迎え、打席には強打者のトニー・ラゼリを迎えた。ここでマウンドに上がったのは前日の試合で完投しているアレキサンダーである。アレキサンダーはラゼリを見事に三振に斬って取りピンチ脱出。最終回2アウトからルースを四球で出塁させてしまうが、ルースの盗塁失敗でカージナルスに世界一が転がり込んだ。

全盛期は短かったが、確実に結果は残したディーン。見事に初めての世界一に輝いたカージナルスだが、シーズン終了後にオーナーと衝突したホーンスビーが、巧打者のフランク・フリッシュとの交換でジャイアンツへ放出される大型トレードが成立した。チームの求心力を失ったカージナルスだが、2年後の1928年にはジム・ボトムリーの31HR、136打点と二冠王に輝く活躍で再びリーグ優勝を果たす。しかし、ワールドシリーズではヤンキースの前にあっさりと4連敗を食らい、シーズンを終えている。

1930年、野手8人全てが打率3割以上でチーム打率.314という猛打でリーグ優勝を果たすものの、ワールドシリーズでは黄金時代を迎えていたアスレティックスと対戦し、2勝4敗で敗れてしまった。翌1931年もリーグ優勝を交わしたカージナルス。MVPと盗塁王を同時受賞したのフリッシュや首位打者となったチック・ヘイフィの活躍で2年連続のリーグ優勝を果たす。

ワールドシリーズではアスレティックスと2年連続の対戦。アスレティックスのエースは、シーズン31勝をマークしたレフティー・グローブであったが、第3戦に打ち込み勝利を飾ると、そのままアスレティックスは4勝3敗でかろうじて逃げ切り、5年ぶりの世界一に輝いた。このシリーズでは21歳のペッパー・マーチンが打率5割をマークする猛打を見せている。

安定した強さを見せるカージナルスに強力なエースが加わったのは1932年のことである。そのディジー・ディーンは1930年のシーズン最終戦に初めて先発としてメジャーのマウンドに立ち、完投勝利を収めた経験を持っており、1932年からメジャーに定着することになった。剛速球を投げるディーンはメジャー定着1年目に18勝をマークし、翌1933年には20勝をマークする活躍を見せている。

カージナルス球団史を飾るミュージアル(左)とメドウィック。投手に軸が出来たのと同時に、打撃陣にも大きな軸が出来ることになった。1933年にカージナルスの外野の一角に定着したジョー・メドウィックはクラッチヒッターぶりを発揮し、新人ながらリーグ4位となる98打点をマークしている。選手全員がユニフォームを真っ黒に汚すほどの激しいプレーを見せることから「ガスハウス・ギャング」と呼ばれることになるのは翌1934年のことである。

1934年はジャイアンツと首位争いを演じるがシーズン最終日にリーグ優勝を決めたカージナルス。ディーンは30勝をマークする活躍ぶりで、さらに実弟のポール・ディーンも19勝をマークしている。ワールドシリーズでは第7戦までもつれるが、ディーン兄弟がそれぞれ2勝ずつを挙げて、世界一に輝いている。

特に3勝3敗で迎えた第7戦は、兄のディーンが強打タイガース打線を6安打完封に抑え、11対0と大勝したが、主砲のメドウィックの猛烈なスライディングが相手選手の怒りを買い、乱闘になる騒ぎが起こった。球場のファンからメドウィックに物が投げつけられるということもあり、コミッショナー命令で途中退場が告げられるハプニングもあった。

1937年、メドウィックが打率.374、31HR、154打点で三冠王に輝くほどの活躍を見せる。しかし、エースのディーンは、その1937年のオールスターで左足に打球を受けて負傷。その負傷をかばって投げ続けたことが肩を壊す原因となってしまい、その後のディーンのキャリアは尻すぼみとなってしまった。しかし、紛れもなく1930年代のカージナルスの投手陣を支えたのはディーンであった。

投手の中の投手であることを証明したギブソン。しばらく優勝から遠ざかるカージナルスにスタン・ミュージアルという若者が加わるのは1941年のことである。最初は投手としてスタートしたミュージアルも怪我が原因で打者へ転向。メジャーに定着した1942年に打率.315と非凡な才能を見せ、翌1943年には打率.357で初めてとなる首位打者のタイトルを獲得している。

カージナルスにファーム組織を定着させたリッキーは、1942年を最後にドジャースへ移籍するが、その1942年からリーグ3連覇を達成するなど、リッキーの積み上げた功績は計り知れない。そして、そのカージナルスを引っ張ったのはミュージアルであったことも紛れもない事実である。1942年はヤンキースを4勝1敗で勝利し、翌1943年はヤンキースに1勝4敗で敗れてしまう。1944年は同じセントルイスに本拠を構えたブラウンズとセントルイス対決を戦い、カージナルスが4勝2敗で勝利を収めている。

戦争が終わった1946年、ミュージアルが打率.365で首位打者となり、エノス・スローターが130打点で打点王を獲得する活躍でチームを引っ張る。最終的にドジャースと同率で並び、3回戦のプレーオフが行われるが、カージナルスは2連勝で決めて、2年ぶりのリーグ優勝を決めた。ワールドシリーズではテッド・ウイリアムス率いるレッドソックスと戦い、3勝3敗で迎えた第7戦の8回裏、スローターが1塁から長駆ホームインする好走塁で勝ち越しの1点を奪い、世界一に輝いた。また、このシリーズではヘンリー・ブリーチンが3勝0敗の防御率0.45という好成績を挙げている。

1950年代は低迷したカージナルスだが、1964年にボブ・ギブソンがエースとしての安定感を見せ始め、シーズン途中にはカブスから快足のルー・ブロックを獲得。シーズン残り12試合を残したところで、首位フィリーズとは6.5ゲーム差があったが、カージナルスの猛烈な追い上げと、フィリーズのまさかの10連敗もあり、シーズン最終日にはカージナルスが逆転優勝をさらっていた。

スピードある走塁でチームを引っ張ったブロック。ワールドシリーズでは宿敵ヤンキースと戦い、7戦までもつれるが4勝3敗で18年ぶりの世界一となったカージナルス。シリーズ2勝のギブソンがシリーズのMVPに輝き、シーズンでMVPとなったケン・ボイヤーも第4戦で貴重な勝ち越し逆転満塁HRを放っている。しかし、シリーズ終了後にはカージナルス監督のジョニー・キーンが、敗れたヤンキースの監督に就任するという衝撃的な出来事もあった。

1967年はシーズン101勝で圧倒的にリーグ優勝を飾り、ワールドシリーズではギブソンが3勝をマークする活躍を見せた。1968年は投手の年と呼ばれるほどの年になったが、その中でもギブソンの成績は群を抜いていた。22勝9敗の防御率1.12という桁違いの成績は、ギブソンを光り輝かすことになった(しかし、1968年のワールドシリーズでは3勝4敗で敗れている)。

1970年代のカージナルスは安定した力を持ちつつも、優勝とは縁がなかった。この頃のカージナルスを支えたのはブロックである。8度の盗塁王獲得に加え、1974年にはシーズン118個という当時のメジャー記録を樹立している。1979年限りで引退したブロックだが、通算盗塁数は938個を数えるなど、後にリッキー・ヘンダーソンが台頭するまでのメジャー記録を作り上げた。

1982年、パドレスから守備のスペシャリストであるオジー・スミスを獲得することから、再びカージナルスの快進撃が始まることとなる。この年、久々にリーグ優勝を果たし、ワールドシリーズでは強打を売り物に勝ち上がってきたブリュワーズと対戦。第1戦こそ0対10と大敗するが、第3戦では逆にカージナルスが新人のウイリー・マギーの2HRという活躍で打ち負かす打棒を発揮。第7戦までもつれ、結果的にカージナルスが9度目の世界一に輝くことになる。

華麗な守備でファンを魅了したスミス。1985年には、マギーが打率.353をマークして、MVPと首位打者を同時受賞する活躍を見せる一方、新人のビンス・コールマンも、新人ながら110盗塁をマークする快足でチームを引っ張った。ドジャースとのリーグチャンピオンシップシリーズでは2勝2敗で迎えた第5戦に、守備の人と言われていたスミスがこれまでHRを打ったことのない左打席からサヨナラHRを放つ活躍を見せ、リーグ優勝を果たしている

ロイヤルズを迎えて戦ったワールドシリーズでは、第5戦が終わった時点で3勝2敗とカージナルスが王手をかけた。第6戦も最終回まで1対0とリードを奪っていたカージナルス。しかし、先頭打者のジョージ・オータがファーストゴロを打ち、その打球を捕ったファーストのジャック・クラークがカバーに入った投手のトッド・ウォーレルにトス。タイミングはアウトに思われたが、1塁塁審のドン・デンキンガーの判定はセーフ。猛抗議も実らず、ここからカージナルスは逆転負けを食らい、この試合を落としてしまった。

世界一を目前に試合を落としてしまったカージナルス。第7戦は第6戦で1塁塁審を務めたデンキンガーが球審を務めたことから、試合序盤からあらゆる事でカージナルスサイドが抗議を繰り返す。ホワイティ・ハーゾック監督は試合早々に退場する荒れた展開で、試合のペースを掴むことが出来なかった。試合は、ロイヤルズ先発のブレット・セイバーヘイゲンに5安打完封されてしまい、0対11と大敗。世界一を逃してしまった。

1987年にもリーグ優勝を果たし、1980年代に3度目となるワールドシリーズ出場を果たした。ツインズとの対戦に戦前はカージナルス有利の声が多かったが、両チームが本拠地試合にのみ勝利を収める結果に終わり、カージナルスは3勝4敗で敗れ去った。

伝説となった1998年のマグワイア。コールマンは1985年から6年連続盗塁王を獲得するも、守備面などの評価は高くなく、盗塁数ほどの評価は手にしていない。なお、1990年にはチームは下位に低迷するが、マギーが高い打率をマークしていた。そして、8月末にアメリカンリーグのアスレティックスに移籍することになるが、すでに規定打数に達していたマギーはアスレティックスに在籍しながら、ナショナルリーグの首位打者(打率.335)に輝く珍事もあった。

1990年前半はジョー・トーレ監督の下、上位はキープしながらもポストシーズン出場は果たせずにいた。しかし、1996年にトニー・ラルーサが監督に就任するとその年に地区優勝を果たす。リーグチャンピオンシップシリーズではブレーブスの相手に3勝1敗と勝ち越すが、ここから3連敗してしまい、ワールドシリーズ出場はならなかった。

1997年のシーズン途中にはマーク・マグワイアが移籍。驚異的なHRペースでファンの注目を集めた。翌1998年にはシーズン70HRを放ち、メジャー記録を樹立したマグワイア。それまでのメジャー記録だった1961年のロジャー・マリスの61HRを塗り替えたわけだが、マリスは晩年の2年をカージナルスの一員で過ごしていることや、記録更新の62号がマリスの打球の特徴であったラインドライブ気味だったことにも因縁を感じさせる。マグワイアは自らの希望通り、マリスの遺族をブッシュスタジアムに招待し、その前で見事に記録を作ったわけである。

その後も優勝候補として名を連ねながらもワールドシリーズ出場は果たせずにいた。2001年を最後にマグワイアは引退するが、その年にアルバート・プホルスという驚異的な新人がデビューしたことも興味深い。新人ながら、打率.329、37HR、130打点をマークし、「ネクスト・ミュージアル」とも呼ばれている。2002年シーズン途中にはスコット・ローレンも獲得し、打線に軸の出来たカージナルス。かつてのような黄金時代を築く可能性があるかもしれない。
(近日、大幅更新予定。。。)
<written by Kenji@webmaster>

カージナルス・各年度別成績一覧

カージナルス・球団名の変換史

  • St.Louis CARDINALS (1900~現在)
  • St.Louis PERFECTOS (1892~1899)

カージナルス・マイナー組織

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ナショナルリーグ・球団情報
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